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第八章:「景嵐とルシア」
第百十六話:「烈陽国にて」
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ヴェルリカでの国葬を終えたのち、景嵐とルシアは深い夜の館で互いに目を合わせた。
「……もう、ここに留まる理由は無いですね」
景嵐の低い声に、ルシアは静かにうなずいた。
アルデリオス三世の謝罪も、ファルトの死も、彼らにとって重き因縁を解き放つ最後の儀であった。残るのはただ、次なる行く末を決めること。
二人はついに烈陽国へ渡る決意を固めた。
だが景嵐の胸は重い。
烈陽国はかつて彼が戦場を駆け抜け、数多の兵を斬り伏せ、そして四天王のうち守武財を除き惨殺した因縁の地。
「……俺が最も血で汚した土地に、再び足を踏み入れることになろうとは」
その言葉にルシアは視線を伏せた。彼の罪を責めることはしない。ただ、共に歩む決意を胸に抱いていた。
やがて烈陽の都に辿り着くと、まず迎えたのはリンの朗らかな笑みだった。
「景嵐、……よくきたね。そしてルシア姫、良くお越しになりました」
変わらぬ声に、景嵐の胸の氷はわずかに解けた。
さらに夫婦武神・星華と天翔が姿を現す。
「二人が来たと聞いて待ちきれなかったのですよ」
星華が柔らかく言い、天翔もまた深い眼差しで景嵐を見つめた。
そして――宿命の相手、双子の兄・守武財が現れる。
「……久しいな、弟よ」
守武財の声は憎悪を帯びてはいなかった。だがそこにあるのは、長き時を経ても拭えぬ宿命の重さだった。
集った者たちは一堂に会し、今後をどうするかを語り合う。
烈陽国、龍華帝国、そしてヴェルリカ。大陸の均衡はいまや揺らぎ、誰もが次の嵐を予感していた。
景嵐は沈黙ののち、重々しく口を開いた。
「……俺はもう、かつてのように血を浴びる剣には戻れない。だが逃げもしない。ここで、お前たちと共に考えたい」
ルシアはその隣で、真っ直ぐな瞳を輝かせた。
彼らの新たな一歩が、烈陽国で刻まれようとしていた。
やがて、守武財が口を開いた。
「弟よ……ここに長居するのは賢明ではない。ここで以前のお前が暴れたことで家族を失った遺族が沢山居る。安穏ではなく、やがて争いの渦に巻き込まれる。お前たちが真に目指すべきは、魏志国だろう」
ふと彼女の脳裏に、父の姿がよみがえる。
アルテリス王は、前カメリット王の治世に継子として生まれた時、大いに寿がれた。その名は国と同じ「アルテリス」。――民に愛されるように、との願いを込めて。
だがアルテリス王には子が授からなかった。無精子症であることを知りながらも、表向きは語られず、ただ沈黙の影が宮廷を覆った。
結局、王族の血筋を継ぐべく養子を迎えることとなり、その相手こそハメリハ公爵の娘ルシアであった。
幼い彼女は何も知らず、王の慈愛を受けて育った。王もまた我が子として扱い、不満の色を見せたことはなかった。
しかし――王は最後まで男子を諦めきれず、たびたび「男児であれば」と嘆いた。
やっと養子で迎えた男子も夭折し、国の行く末を案じた末に、ルシアをヴェルリカへと輿入れさせるしかなかった。
今回のファルトの陰謀で、ルシアは婚姻を解消され「疫病神」と罵られもした。
それでも、彼女は父を憎めなかった。愛も苦悩も知っていたからこそ、ただ父のために汚名を晴らしたいと願った。だが――その機会すら失われた。
「私は……どこにも居場所がありません。ヴェルリカにも、アルテリスにも」
ルシアの声はかすかに震えていた。
景嵐はその横顔を見つめ、拳を握りしめる。
かつては烈陽国に姫を託そうと考えた。だが、彼女をひとりにすることは、もはや出来ない。
(ならば……俺が一生、この姫を護り抜く)
沈黙を破り、守武財が再び言った。
「ルシア姫。魏志国は未だ未来を模索している国だ。滅びゆくヴェルリカやアルテリスに留まるより、そこに活路を見出すのが良い」
ルシアは父の影を胸に抱きながらも、兄の提案に耳を傾けた。
景嵐もまた、その道こそ二人の未来を開くのではないかと直感していた。
魏志国の都・建安に白布が張られ、花々が街道を彩った。
烈陽やアルテリスから遠く離れたこの地で、景嵐とルシアの婚礼が執り行われるのである。
豪奢ではない。だが、国の重鎮たちが立ち会い、城門の前には民衆が集まり二人を祝福した。
流浪の果てに辿り着いたこの婚儀は、単なる儀礼を超え、二人がようやく得た「居場所」を告げる鐘の音のように響いていた。
誓いの場に立ったルシアは、涙を堪えながら景嵐を見上げた。
「……私は、ようやく……あなたと共に歩めるのですね」
景嵐はその手を強く握り返す。
「俺の罪深き手であろうとも……一生、あなたを護る。それが俺の生きる意味だ」
祝詞が響き、二人の婚姻は魏志国の加護のもとに結ばれた。
民衆の歓声の中、ルシアは胸の奥で小さく呟いた。
(父上……私は、ここで生きていきます。もう、疫病神ではありません)
かつて魏志国は、龍華帝国の強勢に押され、属国にされかけたことがあった。
その時、烈陽国の武神リン、そして藍峯の献策と働きによって、魏志国は壯国や晋平国と同盟を結ぶことに成功する。さらに烈陽国との結びつきが強化されたことで、魏志国は独立を守り抜いただけでなく、国の在り方を改める転機を得た。
以後、国政には富国強兵の策が施され、農業や商業が奨励され、兵制の改革によって国境防衛が強化された。加えて法律が整備され、人々は身分や出自にとらわれずに裁かれる「秩序と公平」を実感するようになる。これにより国民の士気は大いに高まり、交易や教育も進展していった。
近年では都に学問所や芸能の場が設けられ、学識を競う者や芸を磨く者が集まり始めていた。魏志国は今、かつての劣勢から脱し、新しい文化が芽吹きつつある地として、周辺諸国からも一目置かれる存在となっていたのである。
「……もう、ここに留まる理由は無いですね」
景嵐の低い声に、ルシアは静かにうなずいた。
アルデリオス三世の謝罪も、ファルトの死も、彼らにとって重き因縁を解き放つ最後の儀であった。残るのはただ、次なる行く末を決めること。
二人はついに烈陽国へ渡る決意を固めた。
だが景嵐の胸は重い。
烈陽国はかつて彼が戦場を駆け抜け、数多の兵を斬り伏せ、そして四天王のうち守武財を除き惨殺した因縁の地。
「……俺が最も血で汚した土地に、再び足を踏み入れることになろうとは」
その言葉にルシアは視線を伏せた。彼の罪を責めることはしない。ただ、共に歩む決意を胸に抱いていた。
やがて烈陽の都に辿り着くと、まず迎えたのはリンの朗らかな笑みだった。
「景嵐、……よくきたね。そしてルシア姫、良くお越しになりました」
変わらぬ声に、景嵐の胸の氷はわずかに解けた。
さらに夫婦武神・星華と天翔が姿を現す。
「二人が来たと聞いて待ちきれなかったのですよ」
星華が柔らかく言い、天翔もまた深い眼差しで景嵐を見つめた。
そして――宿命の相手、双子の兄・守武財が現れる。
「……久しいな、弟よ」
守武財の声は憎悪を帯びてはいなかった。だがそこにあるのは、長き時を経ても拭えぬ宿命の重さだった。
集った者たちは一堂に会し、今後をどうするかを語り合う。
烈陽国、龍華帝国、そしてヴェルリカ。大陸の均衡はいまや揺らぎ、誰もが次の嵐を予感していた。
景嵐は沈黙ののち、重々しく口を開いた。
「……俺はもう、かつてのように血を浴びる剣には戻れない。だが逃げもしない。ここで、お前たちと共に考えたい」
ルシアはその隣で、真っ直ぐな瞳を輝かせた。
彼らの新たな一歩が、烈陽国で刻まれようとしていた。
やがて、守武財が口を開いた。
「弟よ……ここに長居するのは賢明ではない。ここで以前のお前が暴れたことで家族を失った遺族が沢山居る。安穏ではなく、やがて争いの渦に巻き込まれる。お前たちが真に目指すべきは、魏志国だろう」
ふと彼女の脳裏に、父の姿がよみがえる。
アルテリス王は、前カメリット王の治世に継子として生まれた時、大いに寿がれた。その名は国と同じ「アルテリス」。――民に愛されるように、との願いを込めて。
だがアルテリス王には子が授からなかった。無精子症であることを知りながらも、表向きは語られず、ただ沈黙の影が宮廷を覆った。
結局、王族の血筋を継ぐべく養子を迎えることとなり、その相手こそハメリハ公爵の娘ルシアであった。
幼い彼女は何も知らず、王の慈愛を受けて育った。王もまた我が子として扱い、不満の色を見せたことはなかった。
しかし――王は最後まで男子を諦めきれず、たびたび「男児であれば」と嘆いた。
やっと養子で迎えた男子も夭折し、国の行く末を案じた末に、ルシアをヴェルリカへと輿入れさせるしかなかった。
今回のファルトの陰謀で、ルシアは婚姻を解消され「疫病神」と罵られもした。
それでも、彼女は父を憎めなかった。愛も苦悩も知っていたからこそ、ただ父のために汚名を晴らしたいと願った。だが――その機会すら失われた。
「私は……どこにも居場所がありません。ヴェルリカにも、アルテリスにも」
ルシアの声はかすかに震えていた。
景嵐はその横顔を見つめ、拳を握りしめる。
かつては烈陽国に姫を託そうと考えた。だが、彼女をひとりにすることは、もはや出来ない。
(ならば……俺が一生、この姫を護り抜く)
沈黙を破り、守武財が再び言った。
「ルシア姫。魏志国は未だ未来を模索している国だ。滅びゆくヴェルリカやアルテリスに留まるより、そこに活路を見出すのが良い」
ルシアは父の影を胸に抱きながらも、兄の提案に耳を傾けた。
景嵐もまた、その道こそ二人の未来を開くのではないかと直感していた。
魏志国の都・建安に白布が張られ、花々が街道を彩った。
烈陽やアルテリスから遠く離れたこの地で、景嵐とルシアの婚礼が執り行われるのである。
豪奢ではない。だが、国の重鎮たちが立ち会い、城門の前には民衆が集まり二人を祝福した。
流浪の果てに辿り着いたこの婚儀は、単なる儀礼を超え、二人がようやく得た「居場所」を告げる鐘の音のように響いていた。
誓いの場に立ったルシアは、涙を堪えながら景嵐を見上げた。
「……私は、ようやく……あなたと共に歩めるのですね」
景嵐はその手を強く握り返す。
「俺の罪深き手であろうとも……一生、あなたを護る。それが俺の生きる意味だ」
祝詞が響き、二人の婚姻は魏志国の加護のもとに結ばれた。
民衆の歓声の中、ルシアは胸の奥で小さく呟いた。
(父上……私は、ここで生きていきます。もう、疫病神ではありません)
かつて魏志国は、龍華帝国の強勢に押され、属国にされかけたことがあった。
その時、烈陽国の武神リン、そして藍峯の献策と働きによって、魏志国は壯国や晋平国と同盟を結ぶことに成功する。さらに烈陽国との結びつきが強化されたことで、魏志国は独立を守り抜いただけでなく、国の在り方を改める転機を得た。
以後、国政には富国強兵の策が施され、農業や商業が奨励され、兵制の改革によって国境防衛が強化された。加えて法律が整備され、人々は身分や出自にとらわれずに裁かれる「秩序と公平」を実感するようになる。これにより国民の士気は大いに高まり、交易や教育も進展していった。
近年では都に学問所や芸能の場が設けられ、学識を競う者や芸を磨く者が集まり始めていた。魏志国は今、かつての劣勢から脱し、新しい文化が芽吹きつつある地として、周辺諸国からも一目置かれる存在となっていたのである。
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