『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第九章:「衰退と再生の章」

第百十九話:「初めての総選挙」

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 大陸の空は、透き通るような青であった。
 その下、かつて国境を隔てていた道には露店が並び、人々が行き交う。もうそこに検問はなく、兵士の厳しい視線もない。ただ未来を語る人々のざわめきと、旗を掲げる若者たちの明るい笑顔があった。

 この日、アルテリオスとヴェルリカは一つの国家として初めての総選挙を迎える。
 両国が共に選び出す議員たちこそ、民意を反映し、国の未来を形作る礎となる。

 広場には投票所が設けられ、早朝から長い列ができていた。
 白髪の老人が杖を突きながら順番を待ち、母親が子を抱きながら未来を託そうと並ぶ。若者たちは胸を張り、「我らの声が国を動かす」と高らかに語り合う。

 炎迅の武官は、烈陽国からの監督役として投票所の周囲に立っていた。燃えるような赤衣を纏いながらも、その眼差しは優しく人々を見守る。
 水鏡の武官は票箱の前に立ち、一票一票を厳格に確認する。彼の冷徹な視線は、公平性を守るための盾であった。
 剛嶺の武官は広場の警護にあたり、威容を示して人々に安心を与えていた。

 「……これが、民が自らの手で国を築くということか」
 ヴェルリカのアルデリオス王が、病から回復した身で静かに呟く。
 隣に立つアルテリスの王も頷き、遠い未来を見つめるように言葉を紡いだ。
 「我らが為せなかったことを、民が為してくれるのですな」

 夕刻、集計が進む。広場の中央に立てられた布幕に結果が張り出されるたび、歓声と落胆の声が交錯した。
 だがその全てが、新しい国家の息吹であり、希望であった。

 やがて最終結果が読み上げられると、人々は拍手と共に声を合わせる。
 「我らが国は、我らのものだ!」

 歴史的な一日が、こうして幕を閉じた。
 それはアルテリオスとヴェルリカが名実ともに一つとなり、未来へと歩み出した瞬間であった。

 最終結果が読み上げられ、広場は歓声に包まれた。
 だが、その熱狂の陰で、不穏な声が次第に大きくなっていった。

 「見ろ! やはりヴェルリカ出身の候補ばかりが上に立った!」
 「いや、ヴェルリカの者たちが票を操作したに違いない!」

 言葉が飛び交い、互いの陣営が睨み合う。やがて怒声は罵声へと変わり、押し合いへと発展した。石が投げられ、広場に緊張が走る。

 その瞬間、烈陽国の三武官が動いた。

 炎迅の武官は、赤衣を翻しながら広場中央に飛び込み、掌を掲げた。
 瞬間、彼の周囲に熱風が渦巻き、人々を思わず立ち止まらせる。
 「民よ! 怒りをぶつける相手は隣人ではない。未来を築く責務こそ、そなたらに課されたのだ!」

 水鏡の武官はその隙に前へ進み、氷のごとき冷ややかな声で告げる。
 「一票一票はすべて我が目で確認した。ここに不正はない。烈陽国の名にかけて断言する」
 その言葉は鋭く、群衆の怒声を一瞬で凍らせた。

 剛嶺の武官は、両陣営の間に立ち塞がった。
 巨岩のような体躯を揺るがせ、地を踏み鳴らすと、その轟音が広場に響く。
 「これ以上の混乱は許さん! おぬしらの拳は国を壊すためにあるのか! それとも守るためか!」

 揺さぶられるような声に、人々は互いに顔を見合わせ、拳を下ろす。
 熱も、冷気も、大地も、それぞれの武官の力が群衆の心を押さえつけ、次第に騒ぎは収まっていった。

 沈黙の後、ある老人が杖をつきながら前に出る。
 「……我らは争うために投票したのではない。未来を託すために票を投じたのだ」
 その言葉に、人々は次第に頷き、広場には再び静かな秩序が戻っていった。

 炎迅の武官は大きく息を吐き、水鏡の武官は冷たい視線を解き、剛嶺の武官はゆっくりと両腕を下ろす。
 三武官の存在が、この若き国家の混乱を防いだのであった。
 初めての総選挙を経て、選ばれし代表たちが城内の大広間に集った。
 そこには元ヴェルリカ、元アルテリオス双方の民の代表が肩を並べ、烈陽国からは三武官も立ち会っていた。

 広間の中央に置かれた円卓を囲み、ざわめきは次第に静まりゆく。
 まず炎迅の武官が一歩進み、声を響かせた。
 「今日より、そなたらは一国の命運を担う議会の初めての議員である。過去の境界に囚われず、民の未来を見据えよ」

 水鏡の武官が言葉を継ぐ。
 「争いは昨日で終わった。今日からは共に築く者として語り合え」

 剛嶺の武官は深々と頷き、短く告げた。
 「議論は厳しくとも、心は一つであれ」

 議会はこうして始まった。
 まず話し合われたのは、新たに生まれる国の名であった。
 ある者は「連合の国」と呼ぶことを提案し、ある者は「自由の王国」と唱えた。だがいずれも決定打にはならない。

 やがて、一人の若き議員が立ち上がった。
 「ヴェルリカもアルテリスも、いずれも歴史と誇りを持つ名。ならば二つを繋ぎ、新しき意味を持たせるべきではないか」

 彼は羊皮紙に筆を走らせ、示した。
 《ヴェルテリス》
 ヴェルリカとアルテリス、両国の名を合わせた新たな国号である。

 静寂が広間を満たした後、やがて賛同の声が広がっていった。
 「二つを一つに……ふさわしい名だ」
 「過去を消さず、未来を刻む」

 全会一致の拍手が起こり、議場は歓喜に包まれた。
 こうして、新国家は「ヴェルテリス」と名付けられたのである。

 その日を境に、民は新たな旗のもとに集い、両国の垣根を越えた統合の道を歩み始めた。
 烈陽国の三武官はその様子を見届け、静かに頷く。
 「これでようやく、一つの国が生まれた」

 未来への第一歩が、確かに刻まれた瞬間であった。
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