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第九章:「衰退と再生の章」
第百二十一話:「ドレイヴァ国の暗躍」
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ヴェルテリス建国によって周辺の均衡は大きく変わった。旧ヴェルリカやアルテリオス国の混乱を受け、隣国ドレイヴァは警戒を強めていた。国内では兵力の増強が進められ、沿岸の港湾では新造艦の建造が急ピッチで行われる。陸軍も新兵を加えて訓練を重ね、戦時動員体制を整えていた。
だが、ドレイヴァの狙いは単なる軍備強化ではない。ヴェルテリスの政治や経済の動向を探り、混乱を誘発できる機会をうかがっている。旧ヴェルリカ出身者やドレイヴァへの恨みを抱く者たちへの接触や工作も密かに行われており、暗躍は国境の内外に広がっていた。
海上貿易の自由化や農産物・海産物の流通活性化により、ヴェルテリス国内では新たな商人や投資家が台頭しつつあった。ドレイヴァはこうした経済的繁栄を警戒し、ヴェルテリス国内に潜む工作員を通じて情報収集を進め、必要なら妨害行為も辞さない構えであった。
烈陽国や魏志国の支援によりヴェルテリスは内政の安定と防衛体制の整備を進めるが、ドレイヴァの暗躍は常に影を落とす。国境警備の強化や三武官の監視体制のもとでも、隣国の策略が完全に封じられることはなく、ヴェルテリスは常に緊張感を抱えて国家運営を行わざるを得なかった。
ヴェルテリス建国ののち、まず手をつけられたのは王侯貴族が残した負の遺産であった。ファルトをはじめとする旧支配層が、ドレイヴァから奴隷として連れてきた女たちを囲い、娼館を設けていた事実が明るみに出たのだ。新国家の理念である「自由と民意」を掲げる以上、これを看過するわけにはいかない。
烈陽国から派遣されていた三武官と壮舷の調査により、娼館は徹底的に取り壊され、女たちは解放された。故郷に帰る者、新たにヴェルテリスで生き直そうとする者、それぞれの選択が尊重されることとなった。
しかし、その中に一人、ノミと呼ばれるドレイヴァ出身の女がいた。彼女は既に身重であり、やがて男の子を産む。父親は紛れもなく、先に刺客に斃れたファルトであった。
この子の存在は、ただの私事に留まらなかった。
「ファルトの血を引く子を、国としてどう扱うべきか」
「罪深き父を持つとはいえ、子は無垢である」
「しかし、この子が将来、ヴェルリカ旧貴族の旗印となり、反乱の火種とならぬ保証はあるのか」
議場では賛否が渦巻き、激しい議論が交わされた。王制を終わらせ、民意をもって国家を築くと決めたはずのヴェルテリスにとって、血統を巡る問題はなお重い影を落とす。
ノミは泣きながら訴えた。
「この子はただの赤子です。どうか、罪を背負わせないでください…」
三武官は沈黙を守り、壮舷は憲法の条文を手にしながら答えを模索していた。新国家の理念と現実、理と情が激しくぶつかり合うこの議論は、ヴェルテリスの未来を左右する分水嶺となっていくのであった。
ヴェルテリスの議場に、ざわめきが渦巻いていた。
壮舷が議題を読み上げる。
「本日は、ファルトの血を引く子の処遇について――この子を国に留めるか、あるいは母ノミと共にドレイヴァ国へ帰すか、議決を行う」
直ちに賛否両論が噴き出した。
「留め置けば、いずれ旧ヴェルリカ派の旗印とされかねぬ!」
「いや、子は罪なき存在だ。国が庇護すれば、その心を育て直せる!」
ある議員が立ち上がり、声を張った。
「民意による国家を掲げながら、血筋だけで子を断罪することは、新憲法に反するではないか!」
これに対し、別の議員が鋭く反論した。
「だが、現実を見よ! ドレイヴァは今も暗躍し、兵を蓄え、機を窺っている。ファルトの子が育ち、あちらと結びつけば――それは新国家を根底から揺るがす脅威となる!」
三武官の一人が低く唸った。
「……この子を庇護することは情である。だが、国を危うくする恐れがある以上、情に流されるべきではない」
その言葉に議場はさらに騒然となる。
やがて、壮舷が口を開いた。
「憲法は『民は自由であり、罪はその者個人に帰す』と定めた。子に罪はない。しかし同時に、『国益を損なう恐れあるものは国外追放もやむなし』とも定めている。――つまり、これは法に則って解釈すれば、子を守ることも、国外に帰すことも、どちらも条文に適う」
場は静まり返った。結局、議会は苦渋の選択を迫られる。
最終的に多数が選んだのは――
「母子を揃って、ドレイヴァ国に帰す」という結論であった。
「この国に留めて火種とするよりも、いっそ相手に返すがよい。そこで子の未来をどう扱うかは、もはや我らの責ではない」
議決の結果が読み上げられると、ノミは泣き崩れた。
「この子に未来を…せめて…!」
景嵐もルシアも黙してその様を見守るしかなかった。
――理と情の狭間で、ヴェルテリスは苦しい決断を下したのである。
ヴェルテリスの議会での決議を受け、母ノミと子はドレイヴァへと送還された。
国境を越える際、見送りに立ち会った景嵐とルシアの胸には、言いようのない重苦しさが残った。
一方、ドレイヴァの王宮奥深くでは、すでに密談が交わされていた。
燭台の炎が揺れる薄暗い部屋で、老宰相は声を潜める。
「……これで駒が一つ、我らの手に落ちた」
傍らの将軍が低く笑う。
「ファルトの忘れ形見。いずれ大義名分となろう。『ヴェルリカ正統の血』を継ぐ者として担ぎ上げれば、旧ヴェルリカの残党も蜂起する」
「今はまだ幼子だ。だが育て方次第で、いかようにもなる。復讐心を植え付け、武勇を授け、我らが旗印に仕立て上げるのだ」
将軍は更に言葉を重ねた。
「やがてヴェルテリスに火種を撒き散らすこととなろう。民が混乱し、国が揺らげば、我らの進軍の口実は整う」
老宰相の皺だらけの口元が歪む。
「復讐の子……まさに天が与えた器よ」
こうしてノミの産んだ子は、まだ無垢な眼差しのまま、己の未来を知らぬまま、ドレイヴァの掌中に収められた。
母ノミは我が子の健やかさだけを祈りつつも、心の奥底で薄ら寒い気配を感じ取っていた。
――だがその時、すでに運命の歯車は回り始めていた。
だが、ドレイヴァの狙いは単なる軍備強化ではない。ヴェルテリスの政治や経済の動向を探り、混乱を誘発できる機会をうかがっている。旧ヴェルリカ出身者やドレイヴァへの恨みを抱く者たちへの接触や工作も密かに行われており、暗躍は国境の内外に広がっていた。
海上貿易の自由化や農産物・海産物の流通活性化により、ヴェルテリス国内では新たな商人や投資家が台頭しつつあった。ドレイヴァはこうした経済的繁栄を警戒し、ヴェルテリス国内に潜む工作員を通じて情報収集を進め、必要なら妨害行為も辞さない構えであった。
烈陽国や魏志国の支援によりヴェルテリスは内政の安定と防衛体制の整備を進めるが、ドレイヴァの暗躍は常に影を落とす。国境警備の強化や三武官の監視体制のもとでも、隣国の策略が完全に封じられることはなく、ヴェルテリスは常に緊張感を抱えて国家運営を行わざるを得なかった。
ヴェルテリス建国ののち、まず手をつけられたのは王侯貴族が残した負の遺産であった。ファルトをはじめとする旧支配層が、ドレイヴァから奴隷として連れてきた女たちを囲い、娼館を設けていた事実が明るみに出たのだ。新国家の理念である「自由と民意」を掲げる以上、これを看過するわけにはいかない。
烈陽国から派遣されていた三武官と壮舷の調査により、娼館は徹底的に取り壊され、女たちは解放された。故郷に帰る者、新たにヴェルテリスで生き直そうとする者、それぞれの選択が尊重されることとなった。
しかし、その中に一人、ノミと呼ばれるドレイヴァ出身の女がいた。彼女は既に身重であり、やがて男の子を産む。父親は紛れもなく、先に刺客に斃れたファルトであった。
この子の存在は、ただの私事に留まらなかった。
「ファルトの血を引く子を、国としてどう扱うべきか」
「罪深き父を持つとはいえ、子は無垢である」
「しかし、この子が将来、ヴェルリカ旧貴族の旗印となり、反乱の火種とならぬ保証はあるのか」
議場では賛否が渦巻き、激しい議論が交わされた。王制を終わらせ、民意をもって国家を築くと決めたはずのヴェルテリスにとって、血統を巡る問題はなお重い影を落とす。
ノミは泣きながら訴えた。
「この子はただの赤子です。どうか、罪を背負わせないでください…」
三武官は沈黙を守り、壮舷は憲法の条文を手にしながら答えを模索していた。新国家の理念と現実、理と情が激しくぶつかり合うこの議論は、ヴェルテリスの未来を左右する分水嶺となっていくのであった。
ヴェルテリスの議場に、ざわめきが渦巻いていた。
壮舷が議題を読み上げる。
「本日は、ファルトの血を引く子の処遇について――この子を国に留めるか、あるいは母ノミと共にドレイヴァ国へ帰すか、議決を行う」
直ちに賛否両論が噴き出した。
「留め置けば、いずれ旧ヴェルリカ派の旗印とされかねぬ!」
「いや、子は罪なき存在だ。国が庇護すれば、その心を育て直せる!」
ある議員が立ち上がり、声を張った。
「民意による国家を掲げながら、血筋だけで子を断罪することは、新憲法に反するではないか!」
これに対し、別の議員が鋭く反論した。
「だが、現実を見よ! ドレイヴァは今も暗躍し、兵を蓄え、機を窺っている。ファルトの子が育ち、あちらと結びつけば――それは新国家を根底から揺るがす脅威となる!」
三武官の一人が低く唸った。
「……この子を庇護することは情である。だが、国を危うくする恐れがある以上、情に流されるべきではない」
その言葉に議場はさらに騒然となる。
やがて、壮舷が口を開いた。
「憲法は『民は自由であり、罪はその者個人に帰す』と定めた。子に罪はない。しかし同時に、『国益を損なう恐れあるものは国外追放もやむなし』とも定めている。――つまり、これは法に則って解釈すれば、子を守ることも、国外に帰すことも、どちらも条文に適う」
場は静まり返った。結局、議会は苦渋の選択を迫られる。
最終的に多数が選んだのは――
「母子を揃って、ドレイヴァ国に帰す」という結論であった。
「この国に留めて火種とするよりも、いっそ相手に返すがよい。そこで子の未来をどう扱うかは、もはや我らの責ではない」
議決の結果が読み上げられると、ノミは泣き崩れた。
「この子に未来を…せめて…!」
景嵐もルシアも黙してその様を見守るしかなかった。
――理と情の狭間で、ヴェルテリスは苦しい決断を下したのである。
ヴェルテリスの議会での決議を受け、母ノミと子はドレイヴァへと送還された。
国境を越える際、見送りに立ち会った景嵐とルシアの胸には、言いようのない重苦しさが残った。
一方、ドレイヴァの王宮奥深くでは、すでに密談が交わされていた。
燭台の炎が揺れる薄暗い部屋で、老宰相は声を潜める。
「……これで駒が一つ、我らの手に落ちた」
傍らの将軍が低く笑う。
「ファルトの忘れ形見。いずれ大義名分となろう。『ヴェルリカ正統の血』を継ぐ者として担ぎ上げれば、旧ヴェルリカの残党も蜂起する」
「今はまだ幼子だ。だが育て方次第で、いかようにもなる。復讐心を植え付け、武勇を授け、我らが旗印に仕立て上げるのだ」
将軍は更に言葉を重ねた。
「やがてヴェルテリスに火種を撒き散らすこととなろう。民が混乱し、国が揺らげば、我らの進軍の口実は整う」
老宰相の皺だらけの口元が歪む。
「復讐の子……まさに天が与えた器よ」
こうしてノミの産んだ子は、まだ無垢な眼差しのまま、己の未来を知らぬまま、ドレイヴァの掌中に収められた。
母ノミは我が子の健やかさだけを祈りつつも、心の奥底で薄ら寒い気配を感じ取っていた。
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