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第九章:「衰退と再生の章」
第百二十四話:「一触即発」
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突如、地の底から雷鳴が轟いた。
大地が揺れ、土煙が天を突き抜ける。ヴェルテリスの前衛陣の下で、巧妙に仕掛けられていた火薬が爆ぜたのだ。轟音とともに塹壕が吹き飛び、兵が叫び声を上げて宙に舞い、土砂と血が入り混じった惨状が広がる。
「……っ!?」
三武官すら、瞬きの刹那には状況を把握できなかった。あまりに巧妙に設置され、まるで大地そのものが怒りを吐き出したかのようだった。
爆煙が晴れぬうちに、ドレイヴァ軍は号令とともに進軍を開始した。弓兵が一斉に矢を放ち、火薬筒が投げ込まれる。轟きと共に炎が走り、衝撃でヴェルテリス兵の耳は鳴り、視界は混乱に沈む。
「構えを崩すな! 下がるなッ!」
三武官の怒声が響くも、ヴェルテリス軍の兵は農夫や漁師を急ごしらえで集めただけの寄せ集め。実戦経験など皆無で、血と炎の惨状に足は竦み、握った槍は手汗で滑り落ちる。
前列のひとりが耐え切れずに背を向ける。その動きは瞬く間に伝染し、点から線へ、線から面へと広がる。
「逃げろ! もうダメだ!」
「矢が! 矢が降ってくる!」
叫び声とともに秩序は崩れ、隊列は瓦解した。
反対に、ドレイヴァ軍は練度の高い将兵ばかり。陣形を保ったまま着実に押し上げ、逃げ惑う兵を刈り取るように斬り伏せていく。軍鼓が響き、槍の列が迫るたびに、ヴェルテリス兵は蜘蛛の子を散らすように退却していった。
「……まずい。このままでは押し潰されるぞ」
水鏡が歯を食いしばり、炎迅は剣を抜き放って血路を切り開こうとする。しかし寄せ集めの兵が崩れてしまえば、いかなる名将の采配も焼け石に水。
夕陽が西に傾き始めるころ、戦場の空気は完全にドレイヴァに傾いていた。爆薬の火はただの狼煙にあらず――それはヴェルテリスを呑み込む火蓋そのものだった。
戦況が傾いたその刹那、烈陽国からの伝令が戦場に駆け込んだ。
鎧は砂塵にまみれ、馬も汗に泡を吹いている。伝令は三武官の前に跪き、息を荒げながら巻状の詔を差し出した。
「――三武官殿に急ぎ帰国命令! 烈陽国、南嶺国より侵攻を受け、国境線にて火急の戦となっております!」
「……なんだと」
剛嶺が低く呻き、炎迅は拳を握りしめる。
南嶺国――烈陽の南に広がる密林の国であり、交易において幾度も小競り合いを繰り返してきた宿敵であった。その国がついに牙を剥いたのだ。
伝令は続ける。
「国境の砦はすでにいくつも落ちました。藍峯将軍も、壮舷殿も帰還を命じられております。今は一刻を争う事態にございます!」
藍峯は目を伏せ、唇を噛む。
「……烈陽国の地が炎に沈むなら、我らとてここには留まれぬ」
壮舷も頷いた。
「ヴェルテリスのために尽くすは本意だが、我らが祖国を失えば元も子もない。律法も剣も、烈陽国あってこそだ」
三武官の胸中に重苦しい沈黙が落ちた。ヴェルテリスは今まさに崩れかけている。だが、烈陽国を見捨てることなどできるはずもない。
「……我らは戻る。藍峯、壮舷、共に烈陽へ」
剛嶺の決断に他の二人も従い、伝令は深々と頭を下げた。
その様子を遠目に見ていたヴェルテリスの兵たちは、顔を青ざめさせた。頼みの綱であった烈陽の将と武官が、皆祖国に帰ってしまう――。
戦場に残されるのは、実戦経験も浅い自国の兵と少数の指揮官のみ。
烈陽国からの帰国命令は、ヴェルテリスにとって致命的な孤立を意味していた。
烈陽国の三武官に、緊急の帰国命令が届いたのはまさに戦場の最中であった。
南方の 「蒼嶺国(そうれいこく)」 が突如、烈陽の領海を越えて侵攻を開始したとの急報。藍峯も壮舷も顔色を変えざるを得なかった。
「……国が燃えている。ここに留まることは、もはや許されぬ」
藍峯の低い声に、烈陽兵たちはただ頷くしかない。
彼らはヴェルテリスを支援していたが、祖国の危機の前に背を向けることはできなかった。藍峯は出立前、晋平国と壯国に援軍を要請し、魏志国には烈陽を援護するよう要請状を託した。しかし、その救援が到着するまでには時間を要する。
その間に、ヴェルテリス北部の情勢は急転した。
ドレイヴァ軍の巧妙な火薬の爆破により、戦場は混乱の渦に陥った。寄せ集めの農民兵や漁師の軍団は、一撃の衝撃に耐え切れず散り散りに崩れていく。数に勝るはずの軍勢は、恐怖に飲まれ、点々と逃走を始めた。
ドレイヴァは圧倒的な勢いで北部を制圧し、わずか数日のうちに要衝を掌握した。
やがて彼らは高らかに宣言する。
「ヴェルテリスは自ら建設予定地を爆破した!よって我らはこの地を守護する!」
その論理のすり替えは、あまりに露骨であった。だが、力を前に声を上げる者はほとんどいなかった。
こうしてドレイヴァは、建設予定地を中心に 「新ヴェルリカ国」 の建国を宣言した。
地図の上に、突如として新たな国境線が引かれ、ヴェルテリスは北部を切り取られる形となったのである。
ドレイヴァ軍の制圧が完了すると、軍旗が翻る砦の広間に人々が集められた。
粗末な玉座の前に引き立てられたのは、まだ年端もいかぬ少年――カイリであった。
彼は元来、ヴェルリカ旧王家の血を引く孤児として育てられていた。粗末な館で僅かな教育を受けさせられ、己の立場を理解する間もなく、運命に巻き込まれていった。
その小さな背に、鮮やかな紫紋の王衣がかけられる。
「この子こそ、新しきヴェルリカの王、カイリ陛下である!」
将軍の高らかな宣言とともに、周囲の兵は一斉に武器を掲げた。
民衆は唖然とし、声を失った。彼らが見たのは、威厳を欠いた少年の姿である。しかし、ドレイヴァ兵の刃が光る中、異を唱えることは誰にもできなかった。
カイリの瞳は、恐怖と戸惑いで揺れていた。
「ぼ、僕が……王に……?」
小さな声は誰にも届かない。将軍はその震える声をかき消すようにさらに叫んだ。
「ヴェルテリス王国は自ら国を壊し、この大地を捨てた!
ゆえに我らが保護し、新たなる国家を築くのだ!
新ヴェルリカの王はこの少年、カイリ陛下以外にありえぬ!」
こうして「新ヴェルリカ国」は建国を宣言した。だが、その実権は王ではなく、背後に控えるドレイヴァの軍司たちが握っている。
掲げられた旗の下、無垢なる少年はただ傀儡の象徴として座らされる――その小さな両手は膝の上で固く握りしめられていた。
大地が揺れ、土煙が天を突き抜ける。ヴェルテリスの前衛陣の下で、巧妙に仕掛けられていた火薬が爆ぜたのだ。轟音とともに塹壕が吹き飛び、兵が叫び声を上げて宙に舞い、土砂と血が入り混じった惨状が広がる。
「……っ!?」
三武官すら、瞬きの刹那には状況を把握できなかった。あまりに巧妙に設置され、まるで大地そのものが怒りを吐き出したかのようだった。
爆煙が晴れぬうちに、ドレイヴァ軍は号令とともに進軍を開始した。弓兵が一斉に矢を放ち、火薬筒が投げ込まれる。轟きと共に炎が走り、衝撃でヴェルテリス兵の耳は鳴り、視界は混乱に沈む。
「構えを崩すな! 下がるなッ!」
三武官の怒声が響くも、ヴェルテリス軍の兵は農夫や漁師を急ごしらえで集めただけの寄せ集め。実戦経験など皆無で、血と炎の惨状に足は竦み、握った槍は手汗で滑り落ちる。
前列のひとりが耐え切れずに背を向ける。その動きは瞬く間に伝染し、点から線へ、線から面へと広がる。
「逃げろ! もうダメだ!」
「矢が! 矢が降ってくる!」
叫び声とともに秩序は崩れ、隊列は瓦解した。
反対に、ドレイヴァ軍は練度の高い将兵ばかり。陣形を保ったまま着実に押し上げ、逃げ惑う兵を刈り取るように斬り伏せていく。軍鼓が響き、槍の列が迫るたびに、ヴェルテリス兵は蜘蛛の子を散らすように退却していった。
「……まずい。このままでは押し潰されるぞ」
水鏡が歯を食いしばり、炎迅は剣を抜き放って血路を切り開こうとする。しかし寄せ集めの兵が崩れてしまえば、いかなる名将の采配も焼け石に水。
夕陽が西に傾き始めるころ、戦場の空気は完全にドレイヴァに傾いていた。爆薬の火はただの狼煙にあらず――それはヴェルテリスを呑み込む火蓋そのものだった。
戦況が傾いたその刹那、烈陽国からの伝令が戦場に駆け込んだ。
鎧は砂塵にまみれ、馬も汗に泡を吹いている。伝令は三武官の前に跪き、息を荒げながら巻状の詔を差し出した。
「――三武官殿に急ぎ帰国命令! 烈陽国、南嶺国より侵攻を受け、国境線にて火急の戦となっております!」
「……なんだと」
剛嶺が低く呻き、炎迅は拳を握りしめる。
南嶺国――烈陽の南に広がる密林の国であり、交易において幾度も小競り合いを繰り返してきた宿敵であった。その国がついに牙を剥いたのだ。
伝令は続ける。
「国境の砦はすでにいくつも落ちました。藍峯将軍も、壮舷殿も帰還を命じられております。今は一刻を争う事態にございます!」
藍峯は目を伏せ、唇を噛む。
「……烈陽国の地が炎に沈むなら、我らとてここには留まれぬ」
壮舷も頷いた。
「ヴェルテリスのために尽くすは本意だが、我らが祖国を失えば元も子もない。律法も剣も、烈陽国あってこそだ」
三武官の胸中に重苦しい沈黙が落ちた。ヴェルテリスは今まさに崩れかけている。だが、烈陽国を見捨てることなどできるはずもない。
「……我らは戻る。藍峯、壮舷、共に烈陽へ」
剛嶺の決断に他の二人も従い、伝令は深々と頭を下げた。
その様子を遠目に見ていたヴェルテリスの兵たちは、顔を青ざめさせた。頼みの綱であった烈陽の将と武官が、皆祖国に帰ってしまう――。
戦場に残されるのは、実戦経験も浅い自国の兵と少数の指揮官のみ。
烈陽国からの帰国命令は、ヴェルテリスにとって致命的な孤立を意味していた。
烈陽国の三武官に、緊急の帰国命令が届いたのはまさに戦場の最中であった。
南方の 「蒼嶺国(そうれいこく)」 が突如、烈陽の領海を越えて侵攻を開始したとの急報。藍峯も壮舷も顔色を変えざるを得なかった。
「……国が燃えている。ここに留まることは、もはや許されぬ」
藍峯の低い声に、烈陽兵たちはただ頷くしかない。
彼らはヴェルテリスを支援していたが、祖国の危機の前に背を向けることはできなかった。藍峯は出立前、晋平国と壯国に援軍を要請し、魏志国には烈陽を援護するよう要請状を託した。しかし、その救援が到着するまでには時間を要する。
その間に、ヴェルテリス北部の情勢は急転した。
ドレイヴァ軍の巧妙な火薬の爆破により、戦場は混乱の渦に陥った。寄せ集めの農民兵や漁師の軍団は、一撃の衝撃に耐え切れず散り散りに崩れていく。数に勝るはずの軍勢は、恐怖に飲まれ、点々と逃走を始めた。
ドレイヴァは圧倒的な勢いで北部を制圧し、わずか数日のうちに要衝を掌握した。
やがて彼らは高らかに宣言する。
「ヴェルテリスは自ら建設予定地を爆破した!よって我らはこの地を守護する!」
その論理のすり替えは、あまりに露骨であった。だが、力を前に声を上げる者はほとんどいなかった。
こうしてドレイヴァは、建設予定地を中心に 「新ヴェルリカ国」 の建国を宣言した。
地図の上に、突如として新たな国境線が引かれ、ヴェルテリスは北部を切り取られる形となったのである。
ドレイヴァ軍の制圧が完了すると、軍旗が翻る砦の広間に人々が集められた。
粗末な玉座の前に引き立てられたのは、まだ年端もいかぬ少年――カイリであった。
彼は元来、ヴェルリカ旧王家の血を引く孤児として育てられていた。粗末な館で僅かな教育を受けさせられ、己の立場を理解する間もなく、運命に巻き込まれていった。
その小さな背に、鮮やかな紫紋の王衣がかけられる。
「この子こそ、新しきヴェルリカの王、カイリ陛下である!」
将軍の高らかな宣言とともに、周囲の兵は一斉に武器を掲げた。
民衆は唖然とし、声を失った。彼らが見たのは、威厳を欠いた少年の姿である。しかし、ドレイヴァ兵の刃が光る中、異を唱えることは誰にもできなかった。
カイリの瞳は、恐怖と戸惑いで揺れていた。
「ぼ、僕が……王に……?」
小さな声は誰にも届かない。将軍はその震える声をかき消すようにさらに叫んだ。
「ヴェルテリス王国は自ら国を壊し、この大地を捨てた!
ゆえに我らが保護し、新たなる国家を築くのだ!
新ヴェルリカの王はこの少年、カイリ陛下以外にありえぬ!」
こうして「新ヴェルリカ国」は建国を宣言した。だが、その実権は王ではなく、背後に控えるドレイヴァの軍司たちが握っている。
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