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第十章:「孤立する正義」
第百三十三話:「ドレイヴァの刺客ビス」
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ドレイヴァ国の闇に潜む刺客――ビス。かつてはファルト暗殺の任務を完璧に遂行した冷徹な女狙撃手だった。しかし、あの任務から数年。彼女の心は、もう以前の鋭さを失いかけていた。
任務のために生き、狙いを定め、弓を引く――そんな生活に、彼女は次第に嫌気がさしていた。夜の闇にひっそりと息を潜め、次の標的を見つめるたび、胸に重くのしかかる虚無感。――これで本当に、世界は良くなるのか。
そんなある日、彼女は偶然にも目撃した。ドレイヴァ国の新国家建設に巻き込まれた少年カイリが、国際社会の前で毅然と自らの立場を語る姿を。カイリの声には恐怖よりも確固たる意志が宿り、ビスの胸を貫いた。
「私……これまで間違った方向に生きてきたのかもしれない」
暗殺者として鍛え上げられた鋭い感覚と冷静な思考が、今や彼女の新たな決意を支える。ビスは静かに拳を握った。もはや、ドレイヴァのためではない。民衆のために、生きる道を選ぶ――それが今の自分に課せられた使命だ。
彼女は密かに情報を集め、ドレイヴァ内部の矛盾や弱点を把握する。必要であれば、民衆を守るために行動する。夜ごと街を見守り、困窮する人々の助けとなる。それは、かつて彼女が狙撃の技を研ぎ澄ませた夜とは違う、静かで確かな決意の夜であった。
ビスの瞳は今、ただ一つの方向を見据えている。
――自らの手で、少しでも多くの命を守るために。
彼女の決意は、すぐに試されることとなった。
ある夜、ドレイヴァ市街地の裏路地。飢えた民衆が政府の倉庫に押し寄せ、わずかな食料を求めて混乱を起こしていた。そこへ、治安兵が容赦なく武器を構えて突入する。
「略奪者は処刑せよ!」
怒号と共に剣が振り下ろされる瞬間、闇の中から一発の矢が放たれた。剣を振り下ろそうとした兵士の腕を正確に撃ち抜き、剣は地に落ちた。
「……誰だ!」
兵たちが周囲を見渡す。だが、その姿は誰の目にも映らない。屋根の上から鋭い視線を送るビスの影だけが、月明かりの下にひっそりと潜んでいた。
「今すぐ退け。これは命令じゃない、警告よ」
低く響く女の声に、兵士たちは一瞬ひるむ。標的を正確に撃ち抜くその腕前が、ただの偶然ではないことを悟ったのだ。
民衆はその隙に身を寄せ合い、泣きながら倉庫から逃げ出す。血を流す兵士を抱えながら、他の兵たちは退却を余儀なくされた。
ビスは屋根の上で、冷ややかにその光景を見つめた。
「……これでいい。私はもう、ただの刃じゃない」
彼女の行動は、誰に称えられることもない。むしろ政府にとっては反逆者、裏切り者として追われる身となるだろう。だが、それでも彼女は歩みを止めない。
翌朝、ドレイヴァ市街はざわめきに包まれていた。
「また現れたらしいぞ、あの影の狙撃者が」
「昨夜、民を守るために兵を撃ったんだと……」
「本当にそんな奴がいるのか? ただの噂だろう」
人々の間では半信半疑の声が飛び交っていた。だが、倉庫での出来事を目撃した民衆にとって、それは確かな真実だった。
「……助けてくれたんだ。俺たちを、本当に」
疲れ果てた顔の老人が涙ながらに語るその言葉は、街角から街角へと、瞬く間に広がっていった。
一方、ドレイヴァ政府の中枢では険しい議論が交わされていた。
「許し難い! 我らの兵を撃ち、民を扇動する反逆者だ」
「いや、民の支持を得ているのは事実。このままでは“正義”を掲げる敵として利用されかねん」
重苦しい沈黙が広がる。ビスがただのならず者ではなく、狙い澄ました一撃で兵を退けたこと。それは、彼女がかつて王家直属の刺客として名を馳せた“最上の狙撃手”である証明でもあった。
「……ビス。裏切ったか」
ドレイヴァの軍司令官は低く唸る。
「ならば、必ず始末せねばならん。今度こそ――」
だがその一方で、民衆の間では密やかにこう囁かれていた。
“影の狙撃者は、我らのために戦う”
それは希望であり、同時に新たな火種でもあった。
屋根の上に身を潜めたビスは、その噂が風に乗って流れてくるのを耳にしながら、静かにボーガンを磨いていた。
「……私はもう、誰のためでもない。民のために撃つ。それだけよ」
ドレイヴァ政府の軍議は、異様な緊張に包まれていた。
「影の狙撃者を放置すれば、民心は我らから離れる一方だ」
「精鋭を差し向け、必ず仕留めよ。失敗は許されん」
命を受け、闇夜に紛れて動き出したのは黒装束の特殊部隊――“黒槍隊”。
彼らは元来、国の要人暗殺や粛清を担う精鋭で、裏切り者を始末するには最適の人材であった。
だがその動きを、既にビスは読んでいた。
かつて自らが属していた組織の思考、手口、そして行動の癖――
「……来るわね。あの頃と、何も変わっていない」
月明かりの下、廃墟となった屋敷の屋根に身を潜めたビスは、ボーガンを構えた。
耳に届くわずかな衣擦れ、砂利を踏みしめる足音。
数百メートル先からでも、誰がどう動いているかが手に取るように分かる。
やがて――。
「そこだ」
放たれた矢は、音もなく空を裂き、先頭の黒槍隊員の兜を撃ち抜いた。
「なにっ――!」
仲間が倒れるのを目の当たりにし、黒槍隊は瞬時に散開する。だが、それすらもビスにとっては読みきった動きだった。
「私を狩りに来るなんて、まだ私を知らない証拠ね」
次々と、闇の中で悲鳴が上がる。
しかし、完全勝利ではなかった。
黒槍隊の一人が倒れ際に放った矢が、ビスの左腕をかすめたのだ。
「……ちっ、やるわね」
血を押さえながら彼女は息を整えた。
だが、その痛みは不思議と苦くもなく、むしろ胸の奥に確かな実感を残した。
――私は今、民のために撃っている。
その一撃が彼女を支える力となり、またドレイヴァ政府を一層苛立たせることとなる。
任務のために生き、狙いを定め、弓を引く――そんな生活に、彼女は次第に嫌気がさしていた。夜の闇にひっそりと息を潜め、次の標的を見つめるたび、胸に重くのしかかる虚無感。――これで本当に、世界は良くなるのか。
そんなある日、彼女は偶然にも目撃した。ドレイヴァ国の新国家建設に巻き込まれた少年カイリが、国際社会の前で毅然と自らの立場を語る姿を。カイリの声には恐怖よりも確固たる意志が宿り、ビスの胸を貫いた。
「私……これまで間違った方向に生きてきたのかもしれない」
暗殺者として鍛え上げられた鋭い感覚と冷静な思考が、今や彼女の新たな決意を支える。ビスは静かに拳を握った。もはや、ドレイヴァのためではない。民衆のために、生きる道を選ぶ――それが今の自分に課せられた使命だ。
彼女は密かに情報を集め、ドレイヴァ内部の矛盾や弱点を把握する。必要であれば、民衆を守るために行動する。夜ごと街を見守り、困窮する人々の助けとなる。それは、かつて彼女が狙撃の技を研ぎ澄ませた夜とは違う、静かで確かな決意の夜であった。
ビスの瞳は今、ただ一つの方向を見据えている。
――自らの手で、少しでも多くの命を守るために。
彼女の決意は、すぐに試されることとなった。
ある夜、ドレイヴァ市街地の裏路地。飢えた民衆が政府の倉庫に押し寄せ、わずかな食料を求めて混乱を起こしていた。そこへ、治安兵が容赦なく武器を構えて突入する。
「略奪者は処刑せよ!」
怒号と共に剣が振り下ろされる瞬間、闇の中から一発の矢が放たれた。剣を振り下ろそうとした兵士の腕を正確に撃ち抜き、剣は地に落ちた。
「……誰だ!」
兵たちが周囲を見渡す。だが、その姿は誰の目にも映らない。屋根の上から鋭い視線を送るビスの影だけが、月明かりの下にひっそりと潜んでいた。
「今すぐ退け。これは命令じゃない、警告よ」
低く響く女の声に、兵士たちは一瞬ひるむ。標的を正確に撃ち抜くその腕前が、ただの偶然ではないことを悟ったのだ。
民衆はその隙に身を寄せ合い、泣きながら倉庫から逃げ出す。血を流す兵士を抱えながら、他の兵たちは退却を余儀なくされた。
ビスは屋根の上で、冷ややかにその光景を見つめた。
「……これでいい。私はもう、ただの刃じゃない」
彼女の行動は、誰に称えられることもない。むしろ政府にとっては反逆者、裏切り者として追われる身となるだろう。だが、それでも彼女は歩みを止めない。
翌朝、ドレイヴァ市街はざわめきに包まれていた。
「また現れたらしいぞ、あの影の狙撃者が」
「昨夜、民を守るために兵を撃ったんだと……」
「本当にそんな奴がいるのか? ただの噂だろう」
人々の間では半信半疑の声が飛び交っていた。だが、倉庫での出来事を目撃した民衆にとって、それは確かな真実だった。
「……助けてくれたんだ。俺たちを、本当に」
疲れ果てた顔の老人が涙ながらに語るその言葉は、街角から街角へと、瞬く間に広がっていった。
一方、ドレイヴァ政府の中枢では険しい議論が交わされていた。
「許し難い! 我らの兵を撃ち、民を扇動する反逆者だ」
「いや、民の支持を得ているのは事実。このままでは“正義”を掲げる敵として利用されかねん」
重苦しい沈黙が広がる。ビスがただのならず者ではなく、狙い澄ました一撃で兵を退けたこと。それは、彼女がかつて王家直属の刺客として名を馳せた“最上の狙撃手”である証明でもあった。
「……ビス。裏切ったか」
ドレイヴァの軍司令官は低く唸る。
「ならば、必ず始末せねばならん。今度こそ――」
だがその一方で、民衆の間では密やかにこう囁かれていた。
“影の狙撃者は、我らのために戦う”
それは希望であり、同時に新たな火種でもあった。
屋根の上に身を潜めたビスは、その噂が風に乗って流れてくるのを耳にしながら、静かにボーガンを磨いていた。
「……私はもう、誰のためでもない。民のために撃つ。それだけよ」
ドレイヴァ政府の軍議は、異様な緊張に包まれていた。
「影の狙撃者を放置すれば、民心は我らから離れる一方だ」
「精鋭を差し向け、必ず仕留めよ。失敗は許されん」
命を受け、闇夜に紛れて動き出したのは黒装束の特殊部隊――“黒槍隊”。
彼らは元来、国の要人暗殺や粛清を担う精鋭で、裏切り者を始末するには最適の人材であった。
だがその動きを、既にビスは読んでいた。
かつて自らが属していた組織の思考、手口、そして行動の癖――
「……来るわね。あの頃と、何も変わっていない」
月明かりの下、廃墟となった屋敷の屋根に身を潜めたビスは、ボーガンを構えた。
耳に届くわずかな衣擦れ、砂利を踏みしめる足音。
数百メートル先からでも、誰がどう動いているかが手に取るように分かる。
やがて――。
「そこだ」
放たれた矢は、音もなく空を裂き、先頭の黒槍隊員の兜を撃ち抜いた。
「なにっ――!」
仲間が倒れるのを目の当たりにし、黒槍隊は瞬時に散開する。だが、それすらもビスにとっては読みきった動きだった。
「私を狩りに来るなんて、まだ私を知らない証拠ね」
次々と、闇の中で悲鳴が上がる。
しかし、完全勝利ではなかった。
黒槍隊の一人が倒れ際に放った矢が、ビスの左腕をかすめたのだ。
「……ちっ、やるわね」
血を押さえながら彼女は息を整えた。
だが、その痛みは不思議と苦くもなく、むしろ胸の奥に確かな実感を残した。
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