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第十章:「孤立する正義」
第百三十六話:「師弟の戦い」
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闇夜の屋根の上、矢を構えたまま背後に迫る気配を感じ、ビスは一瞬で状況を把握した。そこに立っていたのは――かつて自分が所属していた黒槍隊の顔見知りの女、セリアだった。
一瞬の沈黙が訪れる。冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
「裏切り者……!」
セリアの声は凍りつくように鋭い。
「裏切りは許されない! ドレイヴァに生まれ育ち、ドレイヴァの恩を忘れ、その罪、万死に値する!」
その言葉に、ビスは小さく唇を噛む。かつての師――セリアの怒りが、今、目の前に立ちはだかる。
ビスは冷静さを失わず、短刀を握り、矢を射る準備を整える。セリアもまた、鋭い槍を構えて攻撃を仕掛ける。かつて師弟だった二人が、今や相対する敵となる瞬間――張り詰めた空気が屋根を震わせる。
だが、セリアの経験と力が勝った。瞬時の動きでビスの体を絡め取り、自由を奪う。ビスは抵抗しようとするが、セリアの腕と体勢に封じられ、身動きが取れない。
「……これで、終わりよ」
セリアの低く鋭い声に、夜の闇が反響する。
ビスはもがきながらも、まだ反撃の機会を窺う。
夜の闇に包まれた広場、ビスは冷たい縄で両足首を二頭の馬に縛られ、背中に重さを感じながら立たされていた。闇に浮かぶドレイヴァ議会の重鎮たちの影が、刑の執行を今か今かと見守る。
「これが……裏切りに対する裁き……」
ビスはわずかに目を閉じ、覚悟を固める。股裂の刑――人間として耐え難い苦痛が、まさに目前に迫っていた。
馬の蹄が地面を蹴る音が響き、二頭の馬がゆっくりと足を開く。その瞬間、空気がざわめいた。
「――何だ!?」
広場の中央に突如、巨大な竜巻きが巻き起こり、砂塵と風が人々の視界を遮る。渦中から、蘭舜の姿が疾風のごとく現れた。飛行龍を背に、彼の体は竜巻きに乗って滑るように舞い降りる。
「ビス!」
蘭舜の声が風に乗って響く。
ビスの体は小脇に抱えられ、馬に縛られた縄が引かれる前に引き上げられる。まさに絶体絶命の瞬間、蘭舜の力強い腕が彼女を守った。
周囲の議員たちや兵たちは驚愕し、思わず声を上げる。馬も慌てて暴れ、執行のタイミングは完全に崩れる。
「――行くぞ!」
蘭舜の一声と共に、飛行龍の翼が広がり、二人は竜巻きに乗って夜空へ舞い上がる。
下には怒りと恐怖に満ちた声が残り、議会も執行も、その場に立ち尽くすしかなかった。
闇を切り裂く風と共に、ビスは蘭舜の腕の中で安堵の息をつく。
「ありがとう……」
「まだ油断するな。ここからが本番だ」
蘭舜の声が鋭く響く。
二人は夜空を駆け、自由を取り戻した瞬間であった。
竜巻きに乗り、夜空を駆ける蘭舜の腕の中で、ビスは初めて肌で感じる力強さに息を呑んでいた。冷たい風が頬を撫で、闇に紛れた街の明かりが遠くに揺れる。
「危なかった」
蘭舜は力強くビスを抱え、低く落ち着いた声で告げる。その声には揺るぎない安心感と、確かな守護の意志が宿っていた。
ビスはその腕の中で、これまで感じたことのない温かさに心を満たされる。生まれて初めて、誰かに守られているという実感――それは、長い間閉ざしてきた心の扉をそっと開くような感覚だった。
「……こんな気持ちは……初めて……」
自分でも驚くほど、胸の奥に未知の感情が芽生えていることに気づく。恐怖や不安だけではない、安心と信頼、そしてほんの少しの喜び。
烈陽国の方向に向かって、蘭舜は飛行龍の翼を広げ、力強く大空を切り裂く。ビスの体はしっかりと抱えられ、振動や風にも揺るがない。
守られるという感覚。信頼できる存在が傍にいるという実感。
その全てが、ビスの心を静かに、しかし確かに変えていった。
夜の空を駆け抜ける二人。自由を取り戻した瞬間、ビスはこれまで知らなかった感情の一端に触れ、心の奥に新たな希望を灯したのだった。
烈陽国の大地に降り立ったとき、ビスはまだ蘭舜の腕の中の温もりを思い出していた。胸の奥で芽生えた感情は、もう隠しきれないほど強くなっていた。彼の背中を追いかけたい。そばにいたい。その想いは、もはや憧れでも感謝でもなく――確かな恋慕へと変わりつつあった。
しかし、蘭舜はそんな彼女の変化に気づかない。竜巻の余韻を纏いながら地に足をつけ、ただ淡々と周囲を見渡し、烈陽国の仲間たちとの合流を優先していた。
「蘭舜!」
迎えに出たリンの声が響く。その背後には藍峯の姿もあり、彼もまた警戒を解かぬまま二人を見つめていた。
「……無事だったか、ビス」
リンは安堵の色を見せるが、ビスの目はただ蘭舜に注がれている。彼が隣にいるというだけで、心の鼓動が止まらない。
「ふん、あれほど危険を冒す必要があったのか?」
藍峯は冷ややかに言葉を投げた。だが蘭舜は動じず、肩をすくめるだけだった。
「議会の刑を前に見捨てることなどできなかった。それだけだ」
その一言がビスの心に深く響く。――自分のために危険を冒してくれたのだ。
彼の無骨な言葉の裏にある真実を、誰よりも強く信じたいと願う。
烈陽国の空の下、四人が顔を揃えたその時から、新たな運命の歯車が動き出していた。
一瞬の沈黙が訪れる。冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
「裏切り者……!」
セリアの声は凍りつくように鋭い。
「裏切りは許されない! ドレイヴァに生まれ育ち、ドレイヴァの恩を忘れ、その罪、万死に値する!」
その言葉に、ビスは小さく唇を噛む。かつての師――セリアの怒りが、今、目の前に立ちはだかる。
ビスは冷静さを失わず、短刀を握り、矢を射る準備を整える。セリアもまた、鋭い槍を構えて攻撃を仕掛ける。かつて師弟だった二人が、今や相対する敵となる瞬間――張り詰めた空気が屋根を震わせる。
だが、セリアの経験と力が勝った。瞬時の動きでビスの体を絡め取り、自由を奪う。ビスは抵抗しようとするが、セリアの腕と体勢に封じられ、身動きが取れない。
「……これで、終わりよ」
セリアの低く鋭い声に、夜の闇が反響する。
ビスはもがきながらも、まだ反撃の機会を窺う。
夜の闇に包まれた広場、ビスは冷たい縄で両足首を二頭の馬に縛られ、背中に重さを感じながら立たされていた。闇に浮かぶドレイヴァ議会の重鎮たちの影が、刑の執行を今か今かと見守る。
「これが……裏切りに対する裁き……」
ビスはわずかに目を閉じ、覚悟を固める。股裂の刑――人間として耐え難い苦痛が、まさに目前に迫っていた。
馬の蹄が地面を蹴る音が響き、二頭の馬がゆっくりと足を開く。その瞬間、空気がざわめいた。
「――何だ!?」
広場の中央に突如、巨大な竜巻きが巻き起こり、砂塵と風が人々の視界を遮る。渦中から、蘭舜の姿が疾風のごとく現れた。飛行龍を背に、彼の体は竜巻きに乗って滑るように舞い降りる。
「ビス!」
蘭舜の声が風に乗って響く。
ビスの体は小脇に抱えられ、馬に縛られた縄が引かれる前に引き上げられる。まさに絶体絶命の瞬間、蘭舜の力強い腕が彼女を守った。
周囲の議員たちや兵たちは驚愕し、思わず声を上げる。馬も慌てて暴れ、執行のタイミングは完全に崩れる。
「――行くぞ!」
蘭舜の一声と共に、飛行龍の翼が広がり、二人は竜巻きに乗って夜空へ舞い上がる。
下には怒りと恐怖に満ちた声が残り、議会も執行も、その場に立ち尽くすしかなかった。
闇を切り裂く風と共に、ビスは蘭舜の腕の中で安堵の息をつく。
「ありがとう……」
「まだ油断するな。ここからが本番だ」
蘭舜の声が鋭く響く。
二人は夜空を駆け、自由を取り戻した瞬間であった。
竜巻きに乗り、夜空を駆ける蘭舜の腕の中で、ビスは初めて肌で感じる力強さに息を呑んでいた。冷たい風が頬を撫で、闇に紛れた街の明かりが遠くに揺れる。
「危なかった」
蘭舜は力強くビスを抱え、低く落ち着いた声で告げる。その声には揺るぎない安心感と、確かな守護の意志が宿っていた。
ビスはその腕の中で、これまで感じたことのない温かさに心を満たされる。生まれて初めて、誰かに守られているという実感――それは、長い間閉ざしてきた心の扉をそっと開くような感覚だった。
「……こんな気持ちは……初めて……」
自分でも驚くほど、胸の奥に未知の感情が芽生えていることに気づく。恐怖や不安だけではない、安心と信頼、そしてほんの少しの喜び。
烈陽国の方向に向かって、蘭舜は飛行龍の翼を広げ、力強く大空を切り裂く。ビスの体はしっかりと抱えられ、振動や風にも揺るがない。
守られるという感覚。信頼できる存在が傍にいるという実感。
その全てが、ビスの心を静かに、しかし確かに変えていった。
夜の空を駆け抜ける二人。自由を取り戻した瞬間、ビスはこれまで知らなかった感情の一端に触れ、心の奥に新たな希望を灯したのだった。
烈陽国の大地に降り立ったとき、ビスはまだ蘭舜の腕の中の温もりを思い出していた。胸の奥で芽生えた感情は、もう隠しきれないほど強くなっていた。彼の背中を追いかけたい。そばにいたい。その想いは、もはや憧れでも感謝でもなく――確かな恋慕へと変わりつつあった。
しかし、蘭舜はそんな彼女の変化に気づかない。竜巻の余韻を纏いながら地に足をつけ、ただ淡々と周囲を見渡し、烈陽国の仲間たちとの合流を優先していた。
「蘭舜!」
迎えに出たリンの声が響く。その背後には藍峯の姿もあり、彼もまた警戒を解かぬまま二人を見つめていた。
「……無事だったか、ビス」
リンは安堵の色を見せるが、ビスの目はただ蘭舜に注がれている。彼が隣にいるというだけで、心の鼓動が止まらない。
「ふん、あれほど危険を冒す必要があったのか?」
藍峯は冷ややかに言葉を投げた。だが蘭舜は動じず、肩をすくめるだけだった。
「議会の刑を前に見捨てることなどできなかった。それだけだ」
その一言がビスの心に深く響く。――自分のために危険を冒してくれたのだ。
彼の無骨な言葉の裏にある真実を、誰よりも強く信じたいと願う。
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