『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第十章:「孤立する正義」

第百三十七話:「勇気の源」

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烈陽国に身を寄せたビスは、まだ見知らぬ土地の空気を吸いながらも、不思議な安らぎを覚えていた。
あの死地から救い出されたこと、そして――胸に芽生えた温かい感情。

そんな彼女の前に、一人の青年が現れた。
穏やかな眼差しを持つカイリ。烈陽国において、ビスがかつて遠くからその言葉に触れた人物である。

ビスは迷わず一歩進み、深く息を吸った。
「……あなたが、私に勇気をくれた」

その声は震えていたが、確かな力を帯びていた。
自分を縛っていた鎖を断ち切り、誰かのために矢を放つ――その選択ができたのは、彼の存在があったからだと。

カイリは一瞬目を見開き、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
「……君がそう言ってくれるなら、僕の言葉も無駄じゃなかったんだな」

その場に漂う静かな空気の中、ビスは初めて過去ではなく未来を見ていた。
彼女にとっての新たな一歩が、今まさに踏み出されようとしていた。
こうして快く皆が自分を迎え入れてくれたことに、ビスの目から自然と涙が溢れた。
裏切り者として糾弾され、処刑されかけた自分が、今は「仲間」として受け入れられている――その温もりが胸を締めつける。

藍峯はそんな彼女をじっと見つめていた。
涙をぬぐいながら蘭舜を仰ぎ見るビスの眼差しに、もはや隠しきれぬ想いが宿っていることを悟る。

(……あの娘の心は、すでに蘭舜に向いているな)

藍峯は静かに頷き、決断を下した。
「ビス、お前には今後、蘭舜と共にリン様を守る任を与える」

それは表向きには警護の強化のため。しかし、藍峯の胸中には、ビスの想いが報われるようにとの願いもあった。
彼女の鋭い眼と矢、そして蘭舜の若き力――二人が並び立つことで、リンを守る盾はさらに強固なものとなるだろう。

「……ありがとうございます」
ビスは深々と頭を下げた。声は震えていたが、その心は確かに満たされていた。

こうして彼女は、烈陽国の一員として、新たな道を歩み始めたのだった。


リンと玲霞は、烈陽国の王宮の一室で地図を広げていた。
玲霞が進める飛行龍の研究は、もはや一国の枠を超えた規模に達しており、海外の研究者たちとの交流が不可欠となっていたのだ。

「……次は蒼嶺国と、壯国を回る予定です」
玲霞が淡々と説明すると、リンは静かに頷いた。
「危険も伴うな。けれど必要なことだ」

その時、藍峯が現れた。後ろには蘭舜とビスの姿がある。
「二人の渡航には護衛が必要だ。特に今の国際情勢を考えれば、狙う者は少なくない」

藍峯の目がビスと蘭舜に向けられる。
「蘭舜、ビス。お前たちにリン様と玲霞様の警護を任せる」

言葉を聞いた瞬間、ビスの心臓が高鳴った。
(……蘭舜と共に任務に就ける……)

蘭舜は真剣な顔で一礼し、ビスもその横で深々と頭を下げる。
「命に代えても、守り抜きます」

こうして四人の旅路は、新たな幕を開けることになった。

烈陽国王宮の謁見の間。
玲霞は凛とした声で告げていた。

「蒼嶺国との国交を回復し、正式な友好関係を結びたいと思います。そのための使節団を組み、私たち自身が赴きます」

広間にどよめきが走った。蒼嶺国はドレイヴァと同盟を結び、かつて烈陽国に侵攻してきた因縁深い国。その名を聞くだけで、多くの将たちの顔が険しくなる。

「蒼嶺……あの国は危険すぎます」
「そもそも彼らが飼う本物のドラゴンは軍事力そのものだ。研究目的と称して近づけば、疑念を抱かれかねない」

次々と上がる反対の声に、玲霞は一歩も退かなかった。
「だからこそ、必要なのです。本物のドラゴンの研究は飛行龍の進化にも直結します。軍事に利用されぬよう、こちらから接点を持ち、信頼を築かねばなりません」

リンが静かにその隣に立つ。
「俺も同行する。危険は承知の上だ」

議場の視線が藍峯に集まった。
彼はしばし沈黙した後、低く告げる。
「飛行龍も無人兵も伴えぬ渡航となる。使節団という建前上、兵を連れることもできぬ。……だからこそ、お前たち二人を護る者を選んだ」

そう言って呼び入れられたのは、蘭舜とビスだった。

「蘭舜。ビス。お前たちにはリン様と玲霞様を守る任を与える。蒼嶺の地は、二人の命を狙う者が必ず現れる。命に代えても守り抜け」

蘭舜は力強く頷き、片膝をついて応えた。
「承知しました」

その横で、ビスの胸は高鳴っていた。
(蘭舜と共に……。そしてリン殿と玲霞殿を守る。これが、私に与えられた新しい道……)

こうして、烈陽国の未来と、自らの覚悟を背負った四人は、因縁の蒼嶺国へと向かう決意を固めたのであった。

烈陽国からの使節団を乗せた船は、幾日もの航海を経て、蒼嶺国の港へとたどり着いた。
霧のような湿気が漂い、岩山のようにそびえる城壁が視界に迫ってくる。その頂には、まるで空を裂くかのように翼を広げた巨大な影――本物のドラゴンが巡回していた。

「……あれが、蒼嶺の竜……」
玲霞は息を呑み、目を細めた。その瞳には恐怖よりも好奇心と学者としての熱が宿っている。

甲板に立つリンは、その横顔を見て小さく微笑んだ。
「お前は昔から変わらないな。危険よりも、未知を選ぶ」

船が港に着くと、すでに国境警備隊が待ち構えていた。銀色の甲冑をまとった兵士たちは槍を突き立て、無言の威圧を放つ。彼らの後ろには、鋭い眼光を持つ役人風の男が進み出る。

「烈陽国の使節団よ。我ら蒼嶺国はお前たちを歓迎する……ただし、条件がある」

低く響いた声に、場が張り詰めた。
「条件?」とリンが問い返す。

役人は冷たく頷いた。
「この国で武器を持ち歩くことは許されぬ。ここから先は一切の武装を解除し、我らの監視のもとでのみ行動してもらう」

護衛として立つ蘭舜とビスの手に、兵士たちの視線が集まる。
ビスは腰に差した短刀へと自然と手を伸ばしかけたが、すぐに抑え込む。
(この国では、一つの動作が命取りになる……)

玲霞は一歩前へ出て、毅然と答えた。
「我々は使節団であり、和平を望んでいます。武器は必要ありません。ただし、護衛は必要です。それだけは理解いただきたい」

役人は長く沈黙した後、口角をわずかに上げた。
「……いいだろう。だが、常に我らの目があることを忘れるな」

その瞬間、空を裂く竜の咆哮が轟き、港の人々が一斉に頭を垂れた。
烈陽国の一行は、まるで異界に足を踏み入れるような重圧を感じながら、蒼嶺国の大門を越えたのであった
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