138 / 146
第十章:「孤立する正義」
第百三十七話:「勇気の源」
しおりを挟む
烈陽国に身を寄せたビスは、まだ見知らぬ土地の空気を吸いながらも、不思議な安らぎを覚えていた。
あの死地から救い出されたこと、そして――胸に芽生えた温かい感情。
そんな彼女の前に、一人の青年が現れた。
穏やかな眼差しを持つカイリ。烈陽国において、ビスがかつて遠くからその言葉に触れた人物である。
ビスは迷わず一歩進み、深く息を吸った。
「……あなたが、私に勇気をくれた」
その声は震えていたが、確かな力を帯びていた。
自分を縛っていた鎖を断ち切り、誰かのために矢を放つ――その選択ができたのは、彼の存在があったからだと。
カイリは一瞬目を見開き、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
「……君がそう言ってくれるなら、僕の言葉も無駄じゃなかったんだな」
その場に漂う静かな空気の中、ビスは初めて過去ではなく未来を見ていた。
彼女にとっての新たな一歩が、今まさに踏み出されようとしていた。
こうして快く皆が自分を迎え入れてくれたことに、ビスの目から自然と涙が溢れた。
裏切り者として糾弾され、処刑されかけた自分が、今は「仲間」として受け入れられている――その温もりが胸を締めつける。
藍峯はそんな彼女をじっと見つめていた。
涙をぬぐいながら蘭舜を仰ぎ見るビスの眼差しに、もはや隠しきれぬ想いが宿っていることを悟る。
(……あの娘の心は、すでに蘭舜に向いているな)
藍峯は静かに頷き、決断を下した。
「ビス、お前には今後、蘭舜と共にリン様を守る任を与える」
それは表向きには警護の強化のため。しかし、藍峯の胸中には、ビスの想いが報われるようにとの願いもあった。
彼女の鋭い眼と矢、そして蘭舜の若き力――二人が並び立つことで、リンを守る盾はさらに強固なものとなるだろう。
「……ありがとうございます」
ビスは深々と頭を下げた。声は震えていたが、その心は確かに満たされていた。
こうして彼女は、烈陽国の一員として、新たな道を歩み始めたのだった。
リンと玲霞は、烈陽国の王宮の一室で地図を広げていた。
玲霞が進める飛行龍の研究は、もはや一国の枠を超えた規模に達しており、海外の研究者たちとの交流が不可欠となっていたのだ。
「……次は蒼嶺国と、壯国を回る予定です」
玲霞が淡々と説明すると、リンは静かに頷いた。
「危険も伴うな。けれど必要なことだ」
その時、藍峯が現れた。後ろには蘭舜とビスの姿がある。
「二人の渡航には護衛が必要だ。特に今の国際情勢を考えれば、狙う者は少なくない」
藍峯の目がビスと蘭舜に向けられる。
「蘭舜、ビス。お前たちにリン様と玲霞様の警護を任せる」
言葉を聞いた瞬間、ビスの心臓が高鳴った。
(……蘭舜と共に任務に就ける……)
蘭舜は真剣な顔で一礼し、ビスもその横で深々と頭を下げる。
「命に代えても、守り抜きます」
こうして四人の旅路は、新たな幕を開けることになった。
烈陽国王宮の謁見の間。
玲霞は凛とした声で告げていた。
「蒼嶺国との国交を回復し、正式な友好関係を結びたいと思います。そのための使節団を組み、私たち自身が赴きます」
広間にどよめきが走った。蒼嶺国はドレイヴァと同盟を結び、かつて烈陽国に侵攻してきた因縁深い国。その名を聞くだけで、多くの将たちの顔が険しくなる。
「蒼嶺……あの国は危険すぎます」
「そもそも彼らが飼う本物のドラゴンは軍事力そのものだ。研究目的と称して近づけば、疑念を抱かれかねない」
次々と上がる反対の声に、玲霞は一歩も退かなかった。
「だからこそ、必要なのです。本物のドラゴンの研究は飛行龍の進化にも直結します。軍事に利用されぬよう、こちらから接点を持ち、信頼を築かねばなりません」
リンが静かにその隣に立つ。
「俺も同行する。危険は承知の上だ」
議場の視線が藍峯に集まった。
彼はしばし沈黙した後、低く告げる。
「飛行龍も無人兵も伴えぬ渡航となる。使節団という建前上、兵を連れることもできぬ。……だからこそ、お前たち二人を護る者を選んだ」
そう言って呼び入れられたのは、蘭舜とビスだった。
「蘭舜。ビス。お前たちにはリン様と玲霞様を守る任を与える。蒼嶺の地は、二人の命を狙う者が必ず現れる。命に代えても守り抜け」
蘭舜は力強く頷き、片膝をついて応えた。
「承知しました」
その横で、ビスの胸は高鳴っていた。
(蘭舜と共に……。そしてリン殿と玲霞殿を守る。これが、私に与えられた新しい道……)
こうして、烈陽国の未来と、自らの覚悟を背負った四人は、因縁の蒼嶺国へと向かう決意を固めたのであった。
烈陽国からの使節団を乗せた船は、幾日もの航海を経て、蒼嶺国の港へとたどり着いた。
霧のような湿気が漂い、岩山のようにそびえる城壁が視界に迫ってくる。その頂には、まるで空を裂くかのように翼を広げた巨大な影――本物のドラゴンが巡回していた。
「……あれが、蒼嶺の竜……」
玲霞は息を呑み、目を細めた。その瞳には恐怖よりも好奇心と学者としての熱が宿っている。
甲板に立つリンは、その横顔を見て小さく微笑んだ。
「お前は昔から変わらないな。危険よりも、未知を選ぶ」
船が港に着くと、すでに国境警備隊が待ち構えていた。銀色の甲冑をまとった兵士たちは槍を突き立て、無言の威圧を放つ。彼らの後ろには、鋭い眼光を持つ役人風の男が進み出る。
「烈陽国の使節団よ。我ら蒼嶺国はお前たちを歓迎する……ただし、条件がある」
低く響いた声に、場が張り詰めた。
「条件?」とリンが問い返す。
役人は冷たく頷いた。
「この国で武器を持ち歩くことは許されぬ。ここから先は一切の武装を解除し、我らの監視のもとでのみ行動してもらう」
護衛として立つ蘭舜とビスの手に、兵士たちの視線が集まる。
ビスは腰に差した短刀へと自然と手を伸ばしかけたが、すぐに抑え込む。
(この国では、一つの動作が命取りになる……)
玲霞は一歩前へ出て、毅然と答えた。
「我々は使節団であり、和平を望んでいます。武器は必要ありません。ただし、護衛は必要です。それだけは理解いただきたい」
役人は長く沈黙した後、口角をわずかに上げた。
「……いいだろう。だが、常に我らの目があることを忘れるな」
その瞬間、空を裂く竜の咆哮が轟き、港の人々が一斉に頭を垂れた。
烈陽国の一行は、まるで異界に足を踏み入れるような重圧を感じながら、蒼嶺国の大門を越えたのであった
あの死地から救い出されたこと、そして――胸に芽生えた温かい感情。
そんな彼女の前に、一人の青年が現れた。
穏やかな眼差しを持つカイリ。烈陽国において、ビスがかつて遠くからその言葉に触れた人物である。
ビスは迷わず一歩進み、深く息を吸った。
「……あなたが、私に勇気をくれた」
その声は震えていたが、確かな力を帯びていた。
自分を縛っていた鎖を断ち切り、誰かのために矢を放つ――その選択ができたのは、彼の存在があったからだと。
カイリは一瞬目を見開き、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
「……君がそう言ってくれるなら、僕の言葉も無駄じゃなかったんだな」
その場に漂う静かな空気の中、ビスは初めて過去ではなく未来を見ていた。
彼女にとっての新たな一歩が、今まさに踏み出されようとしていた。
こうして快く皆が自分を迎え入れてくれたことに、ビスの目から自然と涙が溢れた。
裏切り者として糾弾され、処刑されかけた自分が、今は「仲間」として受け入れられている――その温もりが胸を締めつける。
藍峯はそんな彼女をじっと見つめていた。
涙をぬぐいながら蘭舜を仰ぎ見るビスの眼差しに、もはや隠しきれぬ想いが宿っていることを悟る。
(……あの娘の心は、すでに蘭舜に向いているな)
藍峯は静かに頷き、決断を下した。
「ビス、お前には今後、蘭舜と共にリン様を守る任を与える」
それは表向きには警護の強化のため。しかし、藍峯の胸中には、ビスの想いが報われるようにとの願いもあった。
彼女の鋭い眼と矢、そして蘭舜の若き力――二人が並び立つことで、リンを守る盾はさらに強固なものとなるだろう。
「……ありがとうございます」
ビスは深々と頭を下げた。声は震えていたが、その心は確かに満たされていた。
こうして彼女は、烈陽国の一員として、新たな道を歩み始めたのだった。
リンと玲霞は、烈陽国の王宮の一室で地図を広げていた。
玲霞が進める飛行龍の研究は、もはや一国の枠を超えた規模に達しており、海外の研究者たちとの交流が不可欠となっていたのだ。
「……次は蒼嶺国と、壯国を回る予定です」
玲霞が淡々と説明すると、リンは静かに頷いた。
「危険も伴うな。けれど必要なことだ」
その時、藍峯が現れた。後ろには蘭舜とビスの姿がある。
「二人の渡航には護衛が必要だ。特に今の国際情勢を考えれば、狙う者は少なくない」
藍峯の目がビスと蘭舜に向けられる。
「蘭舜、ビス。お前たちにリン様と玲霞様の警護を任せる」
言葉を聞いた瞬間、ビスの心臓が高鳴った。
(……蘭舜と共に任務に就ける……)
蘭舜は真剣な顔で一礼し、ビスもその横で深々と頭を下げる。
「命に代えても、守り抜きます」
こうして四人の旅路は、新たな幕を開けることになった。
烈陽国王宮の謁見の間。
玲霞は凛とした声で告げていた。
「蒼嶺国との国交を回復し、正式な友好関係を結びたいと思います。そのための使節団を組み、私たち自身が赴きます」
広間にどよめきが走った。蒼嶺国はドレイヴァと同盟を結び、かつて烈陽国に侵攻してきた因縁深い国。その名を聞くだけで、多くの将たちの顔が険しくなる。
「蒼嶺……あの国は危険すぎます」
「そもそも彼らが飼う本物のドラゴンは軍事力そのものだ。研究目的と称して近づけば、疑念を抱かれかねない」
次々と上がる反対の声に、玲霞は一歩も退かなかった。
「だからこそ、必要なのです。本物のドラゴンの研究は飛行龍の進化にも直結します。軍事に利用されぬよう、こちらから接点を持ち、信頼を築かねばなりません」
リンが静かにその隣に立つ。
「俺も同行する。危険は承知の上だ」
議場の視線が藍峯に集まった。
彼はしばし沈黙した後、低く告げる。
「飛行龍も無人兵も伴えぬ渡航となる。使節団という建前上、兵を連れることもできぬ。……だからこそ、お前たち二人を護る者を選んだ」
そう言って呼び入れられたのは、蘭舜とビスだった。
「蘭舜。ビス。お前たちにはリン様と玲霞様を守る任を与える。蒼嶺の地は、二人の命を狙う者が必ず現れる。命に代えても守り抜け」
蘭舜は力強く頷き、片膝をついて応えた。
「承知しました」
その横で、ビスの胸は高鳴っていた。
(蘭舜と共に……。そしてリン殿と玲霞殿を守る。これが、私に与えられた新しい道……)
こうして、烈陽国の未来と、自らの覚悟を背負った四人は、因縁の蒼嶺国へと向かう決意を固めたのであった。
烈陽国からの使節団を乗せた船は、幾日もの航海を経て、蒼嶺国の港へとたどり着いた。
霧のような湿気が漂い、岩山のようにそびえる城壁が視界に迫ってくる。その頂には、まるで空を裂くかのように翼を広げた巨大な影――本物のドラゴンが巡回していた。
「……あれが、蒼嶺の竜……」
玲霞は息を呑み、目を細めた。その瞳には恐怖よりも好奇心と学者としての熱が宿っている。
甲板に立つリンは、その横顔を見て小さく微笑んだ。
「お前は昔から変わらないな。危険よりも、未知を選ぶ」
船が港に着くと、すでに国境警備隊が待ち構えていた。銀色の甲冑をまとった兵士たちは槍を突き立て、無言の威圧を放つ。彼らの後ろには、鋭い眼光を持つ役人風の男が進み出る。
「烈陽国の使節団よ。我ら蒼嶺国はお前たちを歓迎する……ただし、条件がある」
低く響いた声に、場が張り詰めた。
「条件?」とリンが問い返す。
役人は冷たく頷いた。
「この国で武器を持ち歩くことは許されぬ。ここから先は一切の武装を解除し、我らの監視のもとでのみ行動してもらう」
護衛として立つ蘭舜とビスの手に、兵士たちの視線が集まる。
ビスは腰に差した短刀へと自然と手を伸ばしかけたが、すぐに抑え込む。
(この国では、一つの動作が命取りになる……)
玲霞は一歩前へ出て、毅然と答えた。
「我々は使節団であり、和平を望んでいます。武器は必要ありません。ただし、護衛は必要です。それだけは理解いただきたい」
役人は長く沈黙した後、口角をわずかに上げた。
「……いいだろう。だが、常に我らの目があることを忘れるな」
その瞬間、空を裂く竜の咆哮が轟き、港の人々が一斉に頭を垂れた。
烈陽国の一行は、まるで異界に足を踏み入れるような重圧を感じながら、蒼嶺国の大門を越えたのであった
10
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる