偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ

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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・22

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 冷水から温水に切り替え、髪も洗う。
 衝動の波が引くと残ったのは不安…というか、危惧だった。
(これからどうする)
 何とかレオニスのフェロモンさえ無視できれば、どうにでもなる。奴に惹かれる気持ちはいくらでも隠せる。だがフェロモンだけはダメだ。おそらく欲望に引っ張られるだろう。
 初めて感じた誘引だった。
 俺が惹かれているから…それも理由のひとつだろう。だがあれは吸血鬼の能力かもしれないとも思った。
 同じ雄でも思うのだ。
 「美しい」と。
 闇の中で見つけた、青白く燃える炎のように。
 今までにレオニスが別の女や男と触れ合っているのは見たことがなかった。品行方正でお堅く、好色ではないタイプなのかもしれないが、単に力を失って性欲が枯渇していただけかもしれない。
 なら、力を取り戻したレオニスはあんな強いフェロモンを誰彼なしに撒き散らして、色に溺れるのか? まあそもそもフェロモンに誘引されるのは俺くらいだろうが、奴が誘惑をすれば、そんなものなくても持ち前の魅力で拒む奴はいまい。
 レオニスは…
 女が好きなのか、男もイケる口なのか
 するのかされるのか
 どんな奴が好みなのか
 何も知らない。
 ここ数ヶ月、居住を共にしても何もわからない。お互いのことを話したことはほとんどなかった。奴の生活といえば仕事、仕事、仕事…終わればペントハウスに戻り食事をして風呂に入り、眠る。会合で誰かと食事や軽食を摂ることはあっても、そばで見ていて特別な間柄を感じる奴はいなかった。奴がどこかに誰かとしけこむこともなかった。
 むしろ四六時中、俺といる。
 余暇といえば、このペントハウスのリビングで俺が古い映画を見ていると、横で本を読んでいたりする。PCで何かしていることもあったが気に留めていなかった。
 勝手にレオニスはひとりでいることが好きなのだなと思っていたが、それを見ていた俺は何だ?
 ひとりではなく、ふたりでいた。
 ここしばらくずっと、奴は何の文句も言わずに。
 それは俺もだ。
 レオニスは…俺をどう思っているのか。
 やはり「餌」なのか。
 だが――
 じゃあ何故、アイツは俺の前でフェロモンを醸す? 「性欲」と「食欲」が近いから誤作動しているのか?
 それとも……
(俺を好いてる可能性はあるのか?)
 シャワー室の少し曇った鏡に映る自分を見る。己を顧みることはあまりなかった。髭を整える時くらいだ。
 窪んだ堀に暗い目をした男が映っている。人狼には狼面もあるため、人間によった容貌にあまり執着がなかった。野山を駆け回っていたとき水面に映った狼面の方が、俺としてはしっくりくる。この顔も俺ではあるが、本質ではない。
 無駄な肉はない。肉体的難があるとすれば片目がないことか。レオニスを筆頭に吸血鬼達は皆美しい。そういう美は俺にはなかった。
 雄は成熟している。皮をかぶっていることもない。機能もしている。特別大きいということもないが、小さくもない。臨戦体制になれば硬さも長さも申し分はないはずだ。
 だがレオニスにとって俺が魅力的なのかと言われれば、まるでわからない。結局、俺がああだこうだと考えてもどうしようもない。見た目が良くても性格や相性やとあれこれ言い始めたら、収拾がつかない。
 レオニスの中にしか答えはない。
 シャワーのハンドルを回す。
 水音が消えると、ため息をついた。
(面倒臭えな…)
 自嘲気味に思いつつ、シャワー室を出た。


 リビングにレオニスはいなかった。ただリゾットの残り香があった。飯は食いに部屋から出てきたようだ。
 奴がいるていでリビングに出てきたから、幾ばくか心算をしていたが拍子抜けする。俺も食事を終えてしまおう。
 フライパンからはやはりリゾットが半分ほどなくなっていた。残りを温めつつ、スープも用意する。
 何か飲み物をと冷蔵庫を開く。
 すると、真正面にラップに包まれたサンドイッチがあった。メモが貼り付けてあり、すぐ目に飛び込んでくる。

 さきほどはすまなかった
 サンドイッチを作った
 足りないようだったら食べてくれ

 取り出すと、バケットの卵サンドのようだった。温かいままラップで包んだのだろう、水滴にバケットは少し湿っていた。
 ラップを取り、皿に乗せる。電子レンジで少しだけ温めようとしたが、レタスが入っているのに気づきやめた。もっと水分が出て湿ってしまうだろう。
 リゾットとスープ、レオニスが作ったであろう卵サンドをトレーに乗せて薄暗いままのダイニングにつく。自分が作った飯は先にかきこむ。
 さて、卵サンドだ。
 レオニスの料理は食ったことがない。料理自体あまりしないと言っていたのを覚えている。卵サンドの見てくれからもそれはわかる。
 ワクワクというか、何というか。
 ソワソワする気持ちを抑えながら、かぶりついた。
「…っ」
 まず、マスタードが目に来た。
 入れすぎだ。辛いのは嫌いじゃないが、ツンと鼻に来るのは……しかも、炒り卵はしょっぱくて少し焦げの味がする。アイツ、卵を焦がしたのか? どうすりゃ炒り卵が焦げるんだ?
 味わい咀嚼しながら、苦笑が漏れる。
 一口食う毎に、含み笑いしてしまう。吹き出してしまわないようにしながら最後の一切れまで味わって飲み込み、指についたマヨネーズを舐める。
「はぁ…」
 正直、美味くない。
 だが、こんなに可笑しい気持ちを味わったのは、いつぶりだろう。
 それにやはり。……嬉しい。
 レオニスの気持ちが何なのか、予想はできても確信はなかった。今俺は相手の気持ちに臆病になっていて、余計にそれを口にできなかった。
 けれどもし、これが優しさなのだとしたら。
 レオニスは俺を嫌ってはいないだろう。
(マスタードが愛情分ならいいんだが)
 そう考えて、また含み笑う。
 まだ鼻の奥に残るマスタードの香り。それが消えるのが惜しくて、しばらくの間…ワインは飲まずグラスを揺らしているだけだった。


 今度…。
 美味い卵サンドの作り方、教えてやらなきゃな。





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