偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ

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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・23

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「レオニスさん、これどうぞ!」
 少女の小さな手が可愛くラッピングされたクッキーを差し出す。彼女を抱いた両親が申し訳なさそうに私を見ていた。
「おや、かわいいハートのクッキーだ。君が作ったのかな?」
「そうよ。ママにも手伝ってもらったけど、飾りは私よ」
「そうか、素敵だね。大事に食べさせてもらうよ」
 少女の手からそれを受け取り、かわりに菓子がたくさん詰め込まれた袋を渡す。嬉しそうに笑った彼女の前歯は乳歯が抜けたばかりなのだろう…少々悲しいことになっていたが、だからこそ愛らしかった。
「すみません、どうしても渡したいと言って。今日のイベントを楽しみにしていたものですから」
 母親が私に言う。少女は父親に抱かれ、すでにプレゼントに夢中だった。
「嬉しいサプライズだ、ありがとう」
 礼を言うと、家族は手を振って離れてゆく。
「クッキーは好きな人とたべてね!」
 少女がおませなことを言う。頷いて手を振る。
 私はチラリと背後で仁王立ちをしているスラッシュを見た。彼は警戒中であるから、それを気にした風もなく周囲に視線を配っている。
 すぐに次の子供がやってきて、私は屈んでまたプレゼントの菓子を渡す。
 これはメテオラの冬の恒例行事だった。
 クリスマスというものがあるが、宗教が曖昧になった今はただ冬を祝う祭りが行われる。信心は皆それぞれあるだろうが、この祭りは私がステラのイベント場で開催する大々的な交流会とも言えただろう。人間と我々吸血鬼の友好を祝う祭りだった。
 準備金は吸血鬼の有志から集められ、人間の子供達には菓子や小さなおもちゃが用意された。大人には色々な店で使用できるプリペイドカードが福引として用意されている。店舗も屋台を出して、フードコートも賑やかだ。この日ばかりは引きこもりがちな吸血鬼達も会場にやってきて、人々と談笑を楽しむ。とはいえ、この街にいる吸血鬼は300名ほどで全体人口からするとほんのわずかだ。大半はステラの職員であるので、人間からすれば普段からの顔見知りも多いかもしれない。外は大雪でも、この会場は和気藹々とし熱気で暖かかった。
 アレッシとの抗争を心配する声もあった。だが、このイベントはどうしても中止にしたくなかった。毎年欠かさず行って来た祭りだ。街の皆が楽しみにしているし、活気もつく。何より、普段接することのない民衆との触れ合いもある。さすがに街全体が楽しみにしている祭りに水を刺すことはしまい。マフィアとて祭りを壊せば、それこそ街全体を敵に回すことぐらいわかっているだろう。
 とはいえ、いつもよりもセキュリティレベルは高い。
 私がどれだけ笑って対応しても、私の背後に立つスラッシュとリリィの無愛想な顔があると、親に連れられ訪れる子供達は少々おっかなびっくりだ。
 子供に菓子を渡す役はいつも私だ。この日ばかりは普段の仕事を返上して、膝をついて1日を過ごす。
 私にとっても幸せな日なのだ。
 この街を作ってよかったと思える日。そしてこれからも励んでゆこうと心改める日。どんな厳しいことがあっても、皆で共に乗り越えようと思い合う日なのだ。
 子供達の列が途絶え、私は身体を起こした。
 次第に会場が閑散として来ていた。
「やはり、抗争のせいで帰宅は早いようだな」
 私が呟くと、リリィが言う。
「それもあるかもしれませんが、今は雪の方が問題のようです」
「雪?」
「はい、昼からずっと降り続く雪が止まないようで。客は立ち往生してしまわないように帰宅を急いでいるようです」
 雪か。ずっと表に出ていないからわからなかった。確かにメテオラは雪が多い年もある。
「そうか、あまり祭りを長引かせるのも良くないかもしれないな。雪の具合を見て訪れた皆に注意喚起も怠らないようにしてくれ。もし立ち往生してしまった者が出たら、このまま会場を一時避難所とするように」
「わかりました」
 リリィは応じ、インカムに指示を出しながら、少しだけ離れていった。
「…祭りはどうだ?」
 私はスラッシュに聞いた。
 彼は半日以上無言で私の背後に立っていた。今日ばかりはきちんとネクタイも締めている。
「うるさいし、色んなにおいがして頭がおかしくなりそうだ」
 無感動な返答。
「それはすまなかったな」
 スラッシュを振り返ると、彼は依然として周囲に目を配っていたがチラリとだけ私を見下ろした。
「……皆、楽しそうにしていた。…お前も含めて」
 そう言った後、また視線を配る。その隻眼はいつも通り厳しい眼差しだったが、声音は柔らかかった。
「うん。楽しかった。大雪に邪魔されてしまったがな。そんなに雪はひどいのか?」
「ああ。横殴りの雪が続いている。幸いまだ道は封鎖されていないが、今夜一晩続くと皆家に缶詰になるかもしれんな」
「そうか、店も早めに閉めさせた方がいいかもしれないな、帰宅難民になってしまうかもしれない」
「……」
 何か言いたげに彼の唇が薄く開く。だが言葉を飲んでしまったようだ。
「どうした?」
 そう訊ねたが、スラッシュは「いや」と短く答えただけだった。
 あの夜以来…私達はどことなくギクシャクしていた。1日大半はいつも通りに過ぎてゆく。だがペントハウスに戻り2人きりになると、今まで空気のように感じていたお互いの気配に色がついてしまったようで…彼はわからないが、私はスラッシュの動向を何となく意識してしまっていた。
 変わらず、毎日血はくれた。
 彼に身体を寄せて「食事」する時だけ、私は幸せを噛み締めた。だが終わるとスラッシュはすぐに自室に戻るようになっていた。
 リビングで映画を見ていたり、酒を飲んでいたり、モバイルでなにやらピコピコとゲームに勤しんでいたり…そんなダラダラと過ごすオフのスラッシュを見ることもなくなった。
 それは私には寂しいことで。
 だからだろうか……
 私は時折、自分を慰めるようになっていた。眠る前、血をもらうと体の中にスラッシュの温かさを感じたままベッドに入ることになる。そうすると、どうしても身体が疼くようになった。何百年ぶりに性の快楽を思い出した肉体は敏感で、触ってもすぐに果ててしまうくらいだったが、それでも慰めにはなった。
 その時思い浮かべるのは、女性でなくスラッシュだった。初めは、最近触れたのが彼だけだからかと思ったが、そうではないと今はわかっている。
 スラッシュに煩悶している。
 好かれたいと思う気持ちが、彼が私と距離を置こうとすればするほど強くなる。もしかするとバレているのかもしれない。だからこそ彼は距離を置こうとしているのだろうか。
 それはいっそう寂しい。
 私の気持ちには、応えられないということだから。
 先ほど少女からもらったクッキーが目に入る。
(残念ながら、好きな人とは食べられないみたいだ)
 それを取り上げて詫びる。アイシングされた小さなハートのクッキーが入っているそれをそっと撫でた。
「それ、食うのか?」
「え?」
 スラッシュを見上げると、彼は私の手元を見ていた。
「ああ、そうだな。せっかく…レディからもらったしね」
「美味そうな匂いがする」
「そうなのか? お前は鼻がいいな」
 会場を見渡すと、やはり皆は出口の方へと移動していた。イベント会場はそれなりに広かったんだなと思う。窓のない壁にはぐるりと煌びやかな祭りの飾り付けが瞬いている。雪の中の木々をイメージしたデコレーションだ。小さな家のパネルには光が灯り美しい。人ばかりだった時には見えなかった。未だに数名セキュリティが立っていたが、それが飾りの家を守っているように思えて滑稽でおかしかった。
 この瞬間は、いつも寂しい。
 祭りの終わりはあまりいいものじゃない。皆、家族と共に家路につくが、私はひとりペントハウスに帰る。いや、スラッシュはいるんだが私と家族ごっこをしてくれと頼むようなこともできない。
 彼の心は、私の思うようにはならないし、すべきじゃない。
「私達も戻ろうか。役目は終わったし後はスタッフに任せればいいだろう」
「このプレゼントはどうするんだ」
 背後に置かれた机に積まれたたくさんの贈り物を指してスラッシュが言う。皆、今日の客が思い思いに持参したものだ。
「これはステラのスタッフ達が分け合うのさ。皆からの贈り物は吸血鬼達へのプレゼントだからね。後から皆が集まって好きなものを取ってゆくからこのままーー…」
「俺のはないのか」
 プレゼントの山を見つめながら言う。
 ああ、それもそうか。
「好きなものを選ぶといい。お前も祭りの参加者なんだから、ご褒美だ」
 スラッシュはしばらく机の上を見渡していた。
 けれど手を伸ばしたのは、私の手にあったハートのクッキーだった。
「これでいい」
「えっ、いやしかしこれは私が」
「これがいい」
「……」
 スラッシュを見る。
 彼の赤い瞳は、じっと私を見ている。
 ルビーのようだ。
 何を考えているんだろう?
 わからない。
 知りたい。
 けれど……聞くのが怖い。
「あっ」
 スラッシュが、目の前でバリっとクッキーの小さなパッケージを破る。キチンと結ばれていたリボンまで引きちぎって。
 そしてそれからひとつだけクッキーを取り出すと…
「ん」
 私の口に押し込んで。
 後はパッケージをひっくり返すと、ザラザラと自分の口に流し込んだ。味わっているのかどうか怪しいが、バリバリ言わせて噛み砕くと、ゴクッと顎をあげて飲み込んだ。そしてペロリと自分の唇を舐める。
 私は口の中の小さなクッキーを、舌で転がしてからゆっくり噛んだ。
 ジンジャーの香りがほんのりとした。


 好きな人とたべてね。


 スラッシュはあの言葉、聞いていたのだろうか?
 わからない。
 聞きたい…けれど。
 私は俯いた。
 願いが叶ったことに、顔が熱くなった。
「ペントハウスに、帰る」
 そう告げて、私は踵を返した。
 背後にスラッシュがついてくるのを感じながら。





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