偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ

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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・51

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 ニグレドの帰りを待つ時、私はダイニングで仕事をする。
 玄関の見通しがいいのはリビングだが、ローテーブルは少々都合が悪い。椅子のある部屋は寝室とダイニングなので、自ずと帰宅の音が聞こえやすいダイニングになる。このペントハウスに書斎はない。
 警察庁が上げてきた、ドラッグの一斉取り締まり案を読んでいたが、どうしてもイタチごっこの程が拭えないと頭を抱える。致し方ないのだろうか。全てではないが、人間と違法ドラッグは切っても切れない縁なのか。根絶を望むこと自体絵空事なのかも知れない。
 ならばひとまずアレッシの力を削ぐこととしてみなければ。それができれば、少なくともこの街の治安は改善され、無法者も排除できるだろう。
(だが…)
 このメテオラから排除ができたとしても、別の街に無法者を追いやるだけに過ぎない。埃を棚の下に押し込むようなもので、決して綺麗になるわけではないのだ。
 完全な美などない。わかっている。
 だが、どうしても理想を追い求めてしまう。
 時計を見る。もう深夜の2時を回っていた。今夜もニグレドは帰って来れないようだ。連絡がなかったから大詰めではないかと思うのだが…そう考えながら席を立ち、寝支度をしようとバスルームに歯を磨きに向かった。
 鏡の中の自分を見つめながら、歯ブラシを動かす。
 この何百年、変わらぬ外見。老いもせず、痩せも太りもしない。それは確かに人間からすれば異質でしかないだろう。我々を好意的に見る者達は、不変的な宝石のように神格化する。だがそうでない者達は歪な怪物としてとらえ、恐怖と何らかの羨望や妬みを抱く。
 その心持ちもわかる。
 種と種の間には深い河が流れている。
 決して渡ることができず、隔絶され続ける。
 人間という種は大災害から救えたが、私はひとりひとりの「人」を救えたわけではないのだ。
 人を救うこと。
 それをどこかで追い求めているのか。
(それはあまりにも難しいぞ、レオニス)
 私は鏡の自分に言う。
 神にでもなるつもりかと、自嘲した。
 寝支度を終えるとベッドに入るわけだが、最近はずっと勝手にニグレドのベッドで眠っていた。彼は身軽であまり私物を持っていないから、当初のゲストルームと変わり映えはしていなかったが、クロゼットには彼のスーツや靴が納められ、クリーニングから返ってきたカラーシャツが棚に入っている。部屋全体に、ニグレドの好むコロンの香りがしていた。インカムやら細々としたものは、ローテーブルの上で充電されていて、意外にも彼が几帳面なのがわかった。
 私のお気に入りは、彼の部屋着だ。唯一いつも2人がけソファに乱雑に投げ置かれていて、ニグレドのにおいがうつっている。
 はしたないとは思いつつ、それを取り上げて顔を埋め、吸い頬擦りする。まるで愛着のある毛布を抱きしめている少年のようだ。
 それをまたソファの肘掛けに置き、ベッドに入る。最近は私のベッドで共に眠ることが多くなっていたから、これに意味があるのかはわからなかったが…それでも、彼のベッドだと思うと寂しい気持ちも少しは癒された。
 無体を働いた枕のカバーは洗濯せざるを得なかった。だから今彼を感じられるのは、2つある枕のうちひとつだけだ。
 それを抱き、サイドボードのライトを見つめる。
 こんな風にニグレドも眠ったろうか。いや、彼は仰向けやうつ伏せで眠っていることが多い。…寝返りを打ち、天井を見上げる。
 ニグレドのことを考えていると、癒された。
 堂々巡りする悪い考えよりも遥かにいい。
 腹の上に、いつ鳴るかもわからないモバイルを乗せたまま、私はいつしか眠りに落ちた。



 頬に温かい手が触れている。
 額の髪を指で払う仕草…、目覚めた時、私の瞳をよく見ようとするニグレドの癖だ。
 ハッと目を開くと、ニグレドが私を見下ろしていた。
「探したぞ、ここにいるとは」
「ニル…!」
 私は腕を伸ばし、彼に抱きつく。
 未だにコートを着たままで、パーカーからは汗のにおいがした。だが今はそれも嬉しかった。
 だが、そこに血の臭いも混じり、私はギクリとする。
 頭を離し、ニグレドを見上げた。
「怪我したのか!?」
「もう治ってる」
 甘い声で、私の顎を指で撫でる。キスを誘う気配はわかったが、私は身を起こして彼の身体を探った。
「あ…」
 肩と左腿に血の汚れがあった。
 そして穴。
「撃たれたのか」
「もう治ってる」
 2度繰り返してニグレドは言ったが、私は彼のコートを剥ぎ、パーカーとシャツをいっぺんにひっぱりあげる。
 確かに治ってる。傷ひとつない身体。
 だが、肩は血で汚れていた。まだ新しい血だ。
 その匂いに食欲も疼いたが、今は彼を綺麗にしてやりたかった。
「身体見せろ」
 立ち上がり、ニグレドを彼の部屋のシャワールームに引き込む。彼はおとなしくついてきたが、どこか消沈しているようにも見えた。
 裸にすると、やはり右肩と左腿に血が流れた跡が残っていた。私も服を脱ぎ、一緒にシャワールームに入る。
「ご褒美か?」
「ばか。お前が無茶をしていないか確かめるんだ」
 それでもニグレドは嬉しそうに笑い、私の身体に腕を絡めながらも、自由にさせてくれる。
 血を石鹸で洗い流せば、彼の言う通りどこにも傷はなく。脅威的な再生力だ…あの血の量ならば、かなりの痛手だったろうに。
 苦痛を味わったはずだ。肩にキスをして言う。
「痛かっただろうに」
「一瞬はな。痛いと言うより摩擦で熱い」
 ずっとニグレドは私を見つめている。久方ぶりに見る赤い隻眼はほんの少し疲労で燻んでいた。
「しばらくゆっくり過ごせ」
 そう言い、濡れた髪を撫でる。
 ニグレドが目を細める。
「しくじった。デミを始末し損ねた」
「……」
 この男、そのつもりだったのか。
 頑なにこの目で見たいと言っていたのは、デミを抹殺するチャンスを得るため…私のために、手を汚そうとしたのか。
「ばか」
 彼が消沈しているのは、そのせいだ。
 背伸びをして、精一杯優しくキスをする。ニグレドははじめそれに応えるのさえ躊躇っていた。だが、彼の背を撫で慰撫しているうちに、次第にいつもの甘いキスを返してきた。シャワーに打たれながら抱きしめ合い、私は彼の帰宅に安堵し心から喜んだ。


「デミの報告は、セキュリティも交えて改めてしよう」
 ニグレドのベッドで彼の首筋に額を押し付けながら言った。彼はまだ名残惜しそうに私の腰を撫でている。
「セックスしながら報告をさせるなんて、集中できん…」
「どっちも急ぎだったからな」
 言うと、ニグレドは眉間の皺を深めて「せっかちだな」とぶつくさ呟く。
 私としては、デミへの怒りを滲ませるニグレドの少し乱暴なセックスを楽しんだ。彼の悔しさと憤りを物理的に味わった。決して言わないが。
 ニグレドは「デミは嫌いだ」ときっぱり言った。
 はっきりと彼の中で「敵である」と認定されていた。その理由を彼は最中に明言しなかったが、苛立ちは隠せない様子だった。だが奴の朧げだったイメージは形を成すはずだ。実際に出会って得たものは大きかったのかもしれない。
「腹は減ってないのか」
 話は外れ、ニグレドが訊ねる。
 撃たれて血を失った彼からこれ以上奪うのは忍びない。私は首を振った。
「明日でいい。お前が食事をちゃんとしてから」
「構わねえさ」
「いい、明日だ」
 頑なに言うと、ニグレドは息をひとつ吐いて返事とした。
「ところで…」
 自分の胸に乗る私の腕を撫でながら。
「何でこの枕から、お前の精液のにおいがするんだ」
「!」
 言われて、ニグレドの頭の下から枕を引っこ抜き、ベッドの外へと投げた。「ウッ!」と呻いて、彼は後頭部をヘッドボードに打ちつけていた。
 ちゃんと確かめたのに…。忘れていた、彼は鼻がきくんだった。汚したのはカバーだけだと思っていたのに。
「何でもない」
「何でもないことあるか。……俺のベッドで寝てるし。帰って部屋を探し回ったんだぞ」
 ニグレドは目を細め、ニマニマしている。
 恥ずかしくて、そのにやけ面を掌で押した。見なくて済むように、また彼の胸に頬を擦り付ける。髪を撫でられ、頭頂部に唇が触れ、リップ音がした。
「俺もだ、レオ」
 何がとは言わない。
 けれどそれが何かはわかる。
 恋しかった。お互いに。
 私は上掛けの中へ手を伸ばし、彼の滑らかで筋肉質な内腿を撫でた。鼠蹊部を辿り、その中央にあるまだ柔らかな雄に指を這わせる。
「……また何か報告させる気か?」
 ニグレドが身を任せたまま、低く言う。
「今度は、仕事抜きで」
 私は返す。
 彼の身体が覆され、重くのしかかる。
 愛しい隻眼を見上げる。軽口は叩くのに、愛を囁くのは苦手な唇を指でなぞると、軽く歯を立てられて甘噛みされた。大きな犬歯が見える。指先を少し舐められて、それを自分でも舐めると、印を辿るようにニグレドの唇が降ってくる。
「おかえり…、ニル」
 愛撫とキスの合間に言う。
 私の肌を撫でながら、彼が耳の後ろで囁いた。

「ただいま」





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