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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・61
しおりを挟む藍と緋が混じる空を飛ぶ。
大気は冷たく、私の不安を逆撫でする。神経を研ぎ澄ませてニグレドの気配を探す。私の中にある魔力と野生的な感覚を総動員して。
微かに感じる。
身体の片側だけ、引き寄せられるような感覚。私の中で息づいている彼の血が、持ち主だったニグレドの肉体へ吸着するような…砂鉄が磁石に引き寄せられるようなそんな感覚を追いかけて、ビルの合間へと身を滑り込ませる。
オリエンタル街ではなく、メテオラの表通りだ。
できるだけ裏通りを縫って飛ぶ。翼膜が時折壁に擦れるほどの隙間を。何度も舞い上がっては下降し、的を絞ってゆく。
「!」
はっとするほど、ニグレドの気配が強まった。
彼の力が膨張して、爆発したかのような。私はその強い力がどこから感じたものなのかを確かめるために、上空に登りホバリングをした。
「ニグレド…」
翼膜が出す風切り音が騒々しい。気配を探して目を配る。
だが、そこに背後から何かが音速を超えて飛来し、翼膜を貫いた。焼けつく痛みを感じ、私は驚きと共にバランスを崩して一瞬落下した。だが膜は一瞬で癒え、地上に落下すまいと羽ばたかせる。
狙撃だ。
方向も。発砲音もわからなかった。
私は今大きな翼を開き、的としては巨大だ。見晴らしのきく中空に留まるのは危険が大きかった。
だが、続けて2発3発と銃弾が飛んでくる。飛来する大気を劈く音が身体を掠めていった。
「10時の方角…!」
位置を特定し、私は翼膜を折りたたみ、素早く影になるビル群に身を潜める。夕日を背にするように狙撃手はいる。それが誰かというあたりは直ぐについた。
デミ。
私を狙う、あのヴァンピール。
どこまでも私を執拗に狙う、面倒な奴だ。ニグレドを探しているこんな時にと思う反面、だからだろうという確信もあった。
やはり、ニグレドの誘拐も私への攻撃も始めから計画されていたのだ。我々に混乱を生じさせ、分断し、各々に危害を加えるために。
ならばなおさら……ニグレドの身が案じられた。私の身体に幾つ穴が開こうとも、彼を失いたくないという思いだけで、私は勇敢になれた。
私は強く羽ばたき空に舞い上がっては急降下、急旋回をする。デミも狙いは定まらないはずだ。方角はわかっても正確な位置まではわからない。それを押さえなければ埒が開かない。
同時にニグレドの気配が強まる。
ああ、彼は生きている!
もちろん不死だとはわかっている。それでも歓喜してしまうのだ。縦横無尽に飛び回り、デミの狙撃を翻弄しながらその気配を目視で探した。
事故でも起こしたのか、大通りの車が軒並み停止して騒然としていた。そこを縫うように、黒い車ほどもある影が霧のような黒い筋を残しながら走ってくるのが見えた。
(あれは――…)
私は思わず目を凝らした。
狼だ。
闇のような黒狼。
一筋額から背に走る白い毛筋。それが光をたなびく稲妻のように見えた。
「ニグレド!!」
私は叫んだ。
車道を走る影は一瞬迷走をしたが、十字路を折れてこちらに走ってくるのが見えた。思わずそちらへ飛ぼうとしたが、また狙撃される。左翼を貫かれ、体が宙で弾かれた。
だめだ、私はデミを引きつけなければ。
今まで以上に、私は宙を舞った。
私を狙っている限り、デミの目はこちらに向いているはず。私を撃ち、弾かれるたび、奴は歓喜し盲目になる。
(ニグレドが来る…私の元へ。お前がいれば、私は)
できるだけ大きく翼膜を開き、挑発する。
時に貫かれ、白いスーツが赤く染まる。
激痛を感じても、己とニグレドを信じ、羽ばたき続けた。目の端には常にニグレドを捉えていた。その影が路地を駆け抜けて、狭いビルとビルの間をギザギザに登って行くのを見た。
彼はデミの臭いを覚えたと言っていた。
あそこだ。
私にもデミがいるビルがわかった。素早く高く舞い上がり、沈みかけた夕日を背にする。逆光では見ることは出来ないはずだ。
屋上に長い筒を構えた人影を見つけた。
デミ。
その銃口は私に向いている。
私は翼膜を目一杯開いた。
隙を作るためならば、どこを撃たれてもいい。
だが――
ビルを登り切ったニグレドが、デミの身体に突進する。弾かれたライフルが屋上の床に滑るのが見え、ニグレドとデミは一塊になって、ビルの谷間へと落下してゆく。
「ニル!!!」
私は弾かれたように降下し、彼を追った。
だが杞憂だった。
彼は単身、またビルの屋上へと戻り…私に向かって低くも透明感のある遠吠えをあげた。
私はまろぶように屋上に降り立ち、翼をたたむのもままならないまま黒い獣の姿をした彼を抱きしめた。
彼の口周りや首筋にはまだ温かい血がベッタリとついていたが、気にしなかった。
「ニル…ああ、ニル! よく無事だった!」
巨大で凛々しい狼だった。隻眼の赤い瞳。額から背に抜ける白い筋。柔らかで分厚い毛皮に覆われた姿。人の姿をしていた彼とは姿形がまるで違うが、それでもこの美しい生物がニグレドだとわかる。
滑らかな秀でた額が、私の顔に擦り付けられる。太く長いマズルと、濡れて艶やかな黒い鼻が、首筋をこすり情愛を示してくれた。
けれど喜びの再会もつかの間、彼は喉の奥で唸ると、私の体の下に鼻面を潜らせひょいと背中に担ぎ上げた。
意図を察して、私は彼の立派なたてがみにしがみつき、しっかりとその体を抱いた。
ニグレドの香りだった。
獣の体が躍動し、風を切り裂く音がした。
私は、柔らかな毛皮に顔を埋めていた。爪が地を掻く音と、ゆっくりとした強い脈動を感じながら。
安堵に、より強くたてがみを抱きしめる。
ニグレドは滑るように疾ってゆく。
日の暮れた街が作り出す、闇の中へと――…。
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