五分違いの双生児 〜身代わりでも好きな人は渡せない〜(旧題:皆既日食 -影は光を侵食する-)

怜美

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4.メイドとお嬢様

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 アデレイドの離れは、広い庭の奥で遊歩道から外れた場所に立っていて周りの足場も悪いため、老齢の侯爵夫妻が来ることはない。
 屋敷にひかれている電話の子機を置き、内線で連絡が取れるようにされたので、管理をハイジに任せた召使いたちは、誰も離れに近づこうとしなかった。
 ハイジは、アデレイドが用意した地味で暗い色のお仕着せを着てメイドキャップを被らされ、中学を卒業したその日から彼女の専属メイドとして働いた。
 離れでは、大人の目が行き届かないとわかると、高校に進学したアデレイドは、学院の宿題をハイジに押し付けるようになった。

「宿題は、ご自分でなさるべきじゃないですか?」

 ハイジがやんわり断っても、アデレイドは意に返さない。

「いいじゃない、やっておいてよ。あなたは私のメイドでしょ? 言うことを聞きなさい。私は忙しいのよ」

 アデレイドは携帯ゲーム機を手に持っている。ハイジに勉強を押し付けて、彼女はゲームをするつもりなのだ。
 中学校でも、携帯ゲームで楽しそうに遊んでいる友達を見ていたが、触ったことがないハイジには何が面白いのかわからない。
 その上、アデレイドはハイジに上流階級の作法を教えようとする。

「侯爵令嬢である私に仕えるのだから、まともな作法ができるようにしなさいよ」

 侯爵夫妻が夜会に出席して留守の時は、離れで一緒に食事をするように強要され、上品にできるまで厳しく躾けられた。

「私には、不要な作法だと思いますが」

「私の練習にもなるのだから、つべこべ言わずにやりなさい」

 口答えししても、最終的には「私の言うことを聞きなさい」と言われて拒否ができない。
 手渡される給料は、国で定められている最低賃金の半分だ。それでアデレイドのわがままに付き合わされるのは割にあわない。ハイジは、自分勝手で傲慢な彼女のことがだんだんと嫌いになっていった。

 メイドになってしばらくすると、アデレイドが「放課後に友人たちを招待するからキッチンに隠れているように」と言いつけた。

「私は、自分の部屋に戻っていましょうか」

 ハイジが言うと、アデレイドは「だめよ」と即座に却下する。

「ハイジには、大事な用があるから、絶対に離れにいるのよ」

 どんな用事があるのか見当もつかないが、アデレイドの命令だから仕方がない。

(双子であることを隠したいのなら、私はいないほうがいいと思うのに)

 ハイジは、ため息をつきながら、アデレイドが帰ってくるまでに掃除を済ませ、キッチンでお茶の準備を整えた。
 やがて、複数の友人と一緒に帰ってきたアデレイドは、彼らを応接室に通したあとでキッチンにやってくる。

「お茶は私が入れるから、ハイジはこっちにきて」

 彼女は、ハイジを応接室の隣にある部屋に連れて行く。
 ここはアデレイドが書斎として使っていて、机や本棚の他に休憩用の長椅子やテレビもある。
 アデレイドがテレビのスイッチを入れると、応接室の様子が映った。

「これは?」

「隠しカメラをセットしてあるの。あなたは、ここでこれを見ていなさい」

 応接室のソファーセットの正面にある飾り棚には、いろんな小物が並べてあって、そこに置いている人形に仕掛けているらしい。部屋の中が全部見渡せて、友人たちの声がはっきりと聴きとれる高性能のマイクも付いているようだ。

「何のためにですか?」

 ハイジが聞いてもアデレイドはろくに答えてくれない。

「それは後で説明するわ。ともかく、私やあの人たちのことをしっかりと観察していなさい」

 ハイジを長椅子に座らせて、彼女は応接室に戻っていった。
 ハイジはため息をついて、画面を見る。ティーセットを持って入っていったアデレイドが、男女四人の友人たちに機嫌よくお茶を振る舞っていた。

「アデレイド嬢が自らお茶を入れるだなんて、メイドはどうしたの?」

 不思議そうに尋ねる友人に、アデレイドが平然と答えている。

「社交界デビューしたら、王宮に伺候する機会が増えるわ。王宮のお茶会で高貴な方々にお茶を入れなければいけないこともあるから、その時に失敗しないために、あなたたちで練習させていただいているの。いかがかしら?」

「うん、上手に入れられているよ。さすがはフォールコン侯爵家のご令嬢だ」

 男の友人が感心するように言い、周りも同調していた。
 格式の高さだけでつながっているような彼らは、お互いの由緒ある家柄を誉めあい、友人というよりは取り巻きようだ。
 のぞきの趣味などないのに、見ているように命令されて、ハイジにはまったく関係のない話を延々と聞かされてうんざりとした。
 やがて取り巻きたちが帰っていき、誰もいなくなった応接室を片付けていると、アデレイドがやって来る。

「これからもお友達をここに呼ぶから、毎回ちゃんと見ているのよ。いずれあなたには私の代わりを務めてもらうわ」

「どういうことですか?」

「あなたが私になって、お友達をもてなしなさい」

「はあ? 何を言っているの?」

 ハイジがびっくりして素で言うと、アデレイドはにやりと笑う。

「あなたと私は一卵性双生児よ。同じ髪型のかつらをつければ、私とそっくりになるじゃない」

「私はあなたと同じ格好をするなんて、もう二度とごめんだわ」

 子供の頃のことを思い出して、ハイジはそっぽを向いた。

「昔の失敗は繰り返さないから安心しなさい。私に双子の姉妹がいることは、この家のもの以外は知らないことだから、あなたが私のふりをしたって、誰も気が付かないわ」

 どうやら、アデレイドはハイジを身代わりにして取り巻きたちの相手をさせたいようだ。

「何のためにそんなことをするのですか?」

「だって、おじい様がこの離れにいるのは夕食の時間までって決めたから、お友達の相手をしていたら、好きなゲームをする時間がなくなっちゃうのよ」

 付き合いで、時々取り巻きをお茶に誘わなければいけないらしい。屋敷では侯爵夫人が煩く召使いたちの目もあるから自由にプレイできないらしく、携帯ゲームにはまっているアデレイドは、離れにいる時はできるだけゲームをしていたいという。ゲームのために取り巻きの相手すらハイジを身代わりにさせようというアデレイドの考えに呆気に取られてしまった。

「あなたは私のメイドでしょう。言うことを聞きなさい」

 都合が悪くなると、アデレイドはすぐにそう言う。そうなるとハイジは彼女の言うことを聞かざるを得ない。
 いくら腹立たしく思っても、ハイジはアデレイドのメイドとして侯爵家においてもらっているのだから、彼女に逆らえば追い出されてしまうだろう。わずかな給金でも、お金をもらわないことには、ここを追い出された後の、生活のめどが立たないのだ。

「――わかりました」

 ハイジが了承すると、アデレイドはほっと息をつく。

「かつらは私のほうで作らせておくわ。出来上がるまで、私のふりができるように、勉強していなさいよ。友達に双子だってことがばれたら承知しないわよ」

 そういってかつらが出来上がるまで、アデレイドは何度もハイジに取り巻きたちとの茶話会を見せつけた。
 アデレイドが用意したかつらは、本物の人毛で作られた最高級品だった。それをつけるだけで、まるでハイジの髪が本当に伸びたかのように見える。
 子供の頃、髪を長く伸ばせないことを悲しく思っていたハイジは、その長い金髪のかつらで複雑な心境になった。
 そんな気持ちにも気づかないアデレイドは、何着も作らせたハイジのお仕着せに着替え、クローゼットのそばに置いている姿見を見ながらメイドキャップに自分の長い髪を隠している。

「学校帰りだから、制服でいいわ。私も画面を注意して見ておくけど、交代したくなったら咳払いでもしなさい」

 アデレイドは、学院の制服も予備で新たに作ったようで、ハイジにそれを着るように命令する。

「さあ、早くしなさい」

 アデレイドにせかされ、しぶしぶと制服に着替えたハイジは、かつらをかぶって応接室へ向かった。
 友達付き合いなど皆無のハイジは、アデレイドの取り巻きたちとおしゃべりをしていても口数が少ない。それでも、一生懸命アデレイドのふりをして彼らとの会話に調子を合わせた。

「そういえば、アデレイド様。この前デニスと喫茶店で一緒にいなかった?」

「え?」

 デニスという、ハイジにとっては初めて聞く名前を出されて焦った。

「私も、学院の裏庭で二人がいるのを見かけたことがあったわ。どうしたの?」

 訊ねられても答えられないので、ハイジは咳ばらいをする。風邪でも引いたのかと、取り巻きたちが心配するだけで、アデレイドは来てくれない。

「デニスって、特進クラスにいる平民だろう? 入学式で総代を務めていたけど、付きまとわれているのなら、私たちが文句を言ってやるぞ」

 男性の取り巻きが勇ましく言ってくれるが、アデレイドとデニスの関係など全くわからない。何度咳払いしてもアデレイドが助けてくれそうにないので、ハイジは自分で何とかしようと思った。

「ありがとう。――それより、学校の勉強のことなんだけれど……」

 話題を変えて、取り巻きたちの気を反らせる。

「問題集でわからないところがあるから教えてくださる?」

 ハイジが問題集を取りに行く振りをしてさりげなく書斎へ行くと、アデレイドは携帯ゲームに熱中していた。

「咳払いをしたのに、どうして交代してくれないのですか?」

「あら、あなたがいるのに私が応接室へ行けるわけないじゃない」

「じゃあ、この後はお嬢様がお相手をして差し上げてください」

 ハイジが制服を脱ごうとすると、アデレイドが「だめよ」と制止する。

「話題を反らしてうまく切り抜けたじゃない。もうそろそろみんなの帰る時間だし、このまま最後まで続けなさい」

 困っているハイジに気が付いていた癖に助けてくれなかったのだ。露骨に嫌そうな顔をしても、アデレイドは「命令よ」という。ハイジは大きくため息をつくと、仕方なく問題集を持って応接室に戻った。
 それからも、取り巻きが離れに来るたび、ハイジは”アデレイド”になって相手をさせられた。
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