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5.取り巻きたち
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離れの掃除や管理をするのは苦にもならないが、いつもアデレイドの宿題をやらされ、取り巻きの相手をさせられるのは辟易とする。
ハイジがアデレイドの専属メイドになって三か月が過ぎた頃、いつものようにアデレイドが取り巻きを離れに連れてきた。
「さあ、はやく服を着替えて」
書斎にいるハイジからメイドキャップを取り上げて、アデレイドはクローゼットの中にある予備のお仕着せに着替えだす。
「今日は、デニスを連れてきたの。彼は、私の下僕よ」
以前、取り巻きたちがアデレイドに付きまとっていると言っていた男のことだろう。平民とはいえ同級生を下僕扱いしていることに、ハイジは眉を顰める。
「お嬢様の学院に、高等部から入られたデニス様は、入学式で総代を務められたと聞いています。そんな優秀な方を下僕扱いされているのですか?」
アデレイドの通うソーンダーズ学院は、初等部から大学部までの教育を受けられる、国内有数の名門校だ。
アデレイドのように初等部から入学しているものは簡単に内部進学できるが、中等部から節目ごとに外部受験で入学してくるものは、みんな学力が高い。そして、デニスは特別進学という、学院の中で成績上位のものしか入れないクラスで主席を取っているらしい。
「貴族の私が、平民の彼を下僕にするのは当然じゃない」
いくら成績がよくても身分が違うと、アデレイドはいう。ハイジの通っていた学校にも貴族が多少いたが、みんな下級だったせいか身分差を気にする者は一人もいなかった。
(高位の貴族って、やっぱり最低)
平民だからといって下僕にしていい道理はない。ハイジはアデレイドを軽蔑するが、上級貴族が階級にこだわっている話はよく聞いていた。
「さあ、さっさと着替えて、いってきなさい」
アデレイドが制服を渡してくるので、ハイジは仕方なく着替えた。
「いつものように、誰にもばれないように、私らしく振る舞いなさいよ。ちゃんと見ているから」
アデレイドはテレビをつけて、応接室の隠しカメラの映像を見る。
「平民は近づかないで。図々しい」
「下僕なんだから、お前はそこに立っていればいいんだ」
大きなソファーにゆったりと座る取り巻きが、デニスらしい男に、壁側に立っているように言いつけていた。
ハイジはアデレイドの姿に変装すると、廊下へ出るドアノブに手をかける。書斎からでる前にアデレイドのほうを見ると、彼女はもうゲームに集中している。
(どうせ、何かあったって助けるつもりはないのよね)
デニスが取り巻きに罵られていても、無視しているのだ。アデレイドにとって、メイドも下僕も自分の言うことを聞くだけでいいとしか思っていないのだろう。ハイジはアデレイドを蔑むように見るだけで、黙って書斎を出た。
お茶のセットを持って応接室に入ると、取り巻きたちはデニスに意地悪していたことなど、なかったかのように涼しい顔をしている。
ハイジは彼らにお茶を入れ、ついでのようにデニスにもカップを渡す。
「あなたもお茶を飲んでいいわ。そこに座っていなさい」
アデレイドのように振る舞おうと傲慢な物言いで、ハイジは壁の際に補助として置いてあるひじ掛けのない椅子を示した。
「ありがとうございます」
デニスは一瞬戸惑うようにハイジを見たが、すぐに微笑んでカップを受け取った。
柔らかそうな茶色の髪に、ヘーゼルの瞳は澄んでいて、なかなか整った顔立ちをしている。
じっと見つめられて、態度を間違えたかと心配していたが、何事もなくデニスは椅子に座ってお茶を飲んだ。
「下僕にもお茶を出すなんて、アデレイド嬢は優しいな」
「本当ね。私にはできないことだわ」
取り巻きたちは、アデレイドとハイジが入れ替わっていることに、いまだに気が付いていないようで、いつものように談笑する。
「ねえ、アデレイド様。聞いてくださいな」
「この前のことですけどね」
何度もアデレイドの代わりに相手をさせられたから、ハイジも取り巻きたちのことは大体わかってきた。
初等部の時からアデレイドと一緒にいる彼らは、フォールコン侯爵家とは家族ぐるみで仲がいいらしく、同じような考え方をしている。
身分の上下を気にしていて、格下を馬鹿にするようなつまらない貴族ばかりだ。こういう人たちと付き合っているから、アデレイドも嫌な女になり下がってしまったのだろう。
(中身のない話ばかりして、何が面白いのかしら)
彼らが話題にするのは、貴族や学院の中での噂話ばかりだ。それもゴシップに近いくだらない内容で、相手を笑いものにしているのがよくわかる。アデレイドの取り巻きは、おごり高ぶる貴族の典型ともいえるような人たちだった。
「失礼ですが……」
デニスがそっと近寄って、ハイジに耳打ちする。
「申し訳ございません。急用を思い出したので、失礼してもよろしいでしょうか?」
「ええ。構わないわ」
言葉少なく了承すると、デニスはカップをテーブルに置く。
「では、お先に失礼します」
お辞儀をして、彼が応接室から出て行ったあと、取り巻きたちは蔑むように言う。
「アデレイド様も、あんな人を招待しなくてもいいのに」
「帰ってくれてせいせいしたわ」
「下僕のくせに、お客様みたいに椅子に座っていて、図々しかったわね」
デニスを悪しざまにいう取り巻きたちに対し、ハイジは黙ってお茶を飲む。アデレイドに成り代わっていても、彼女たちと同調したくなかった。
ハイジがアデレイドの専属メイドになって三か月が過ぎた頃、いつものようにアデレイドが取り巻きを離れに連れてきた。
「さあ、はやく服を着替えて」
書斎にいるハイジからメイドキャップを取り上げて、アデレイドはクローゼットの中にある予備のお仕着せに着替えだす。
「今日は、デニスを連れてきたの。彼は、私の下僕よ」
以前、取り巻きたちがアデレイドに付きまとっていると言っていた男のことだろう。平民とはいえ同級生を下僕扱いしていることに、ハイジは眉を顰める。
「お嬢様の学院に、高等部から入られたデニス様は、入学式で総代を務められたと聞いています。そんな優秀な方を下僕扱いされているのですか?」
アデレイドの通うソーンダーズ学院は、初等部から大学部までの教育を受けられる、国内有数の名門校だ。
アデレイドのように初等部から入学しているものは簡単に内部進学できるが、中等部から節目ごとに外部受験で入学してくるものは、みんな学力が高い。そして、デニスは特別進学という、学院の中で成績上位のものしか入れないクラスで主席を取っているらしい。
「貴族の私が、平民の彼を下僕にするのは当然じゃない」
いくら成績がよくても身分が違うと、アデレイドはいう。ハイジの通っていた学校にも貴族が多少いたが、みんな下級だったせいか身分差を気にする者は一人もいなかった。
(高位の貴族って、やっぱり最低)
平民だからといって下僕にしていい道理はない。ハイジはアデレイドを軽蔑するが、上級貴族が階級にこだわっている話はよく聞いていた。
「さあ、さっさと着替えて、いってきなさい」
アデレイドが制服を渡してくるので、ハイジは仕方なく着替えた。
「いつものように、誰にもばれないように、私らしく振る舞いなさいよ。ちゃんと見ているから」
アデレイドはテレビをつけて、応接室の隠しカメラの映像を見る。
「平民は近づかないで。図々しい」
「下僕なんだから、お前はそこに立っていればいいんだ」
大きなソファーにゆったりと座る取り巻きが、デニスらしい男に、壁側に立っているように言いつけていた。
ハイジはアデレイドの姿に変装すると、廊下へ出るドアノブに手をかける。書斎からでる前にアデレイドのほうを見ると、彼女はもうゲームに集中している。
(どうせ、何かあったって助けるつもりはないのよね)
デニスが取り巻きに罵られていても、無視しているのだ。アデレイドにとって、メイドも下僕も自分の言うことを聞くだけでいいとしか思っていないのだろう。ハイジはアデレイドを蔑むように見るだけで、黙って書斎を出た。
お茶のセットを持って応接室に入ると、取り巻きたちはデニスに意地悪していたことなど、なかったかのように涼しい顔をしている。
ハイジは彼らにお茶を入れ、ついでのようにデニスにもカップを渡す。
「あなたもお茶を飲んでいいわ。そこに座っていなさい」
アデレイドのように振る舞おうと傲慢な物言いで、ハイジは壁の際に補助として置いてあるひじ掛けのない椅子を示した。
「ありがとうございます」
デニスは一瞬戸惑うようにハイジを見たが、すぐに微笑んでカップを受け取った。
柔らかそうな茶色の髪に、ヘーゼルの瞳は澄んでいて、なかなか整った顔立ちをしている。
じっと見つめられて、態度を間違えたかと心配していたが、何事もなくデニスは椅子に座ってお茶を飲んだ。
「下僕にもお茶を出すなんて、アデレイド嬢は優しいな」
「本当ね。私にはできないことだわ」
取り巻きたちは、アデレイドとハイジが入れ替わっていることに、いまだに気が付いていないようで、いつものように談笑する。
「ねえ、アデレイド様。聞いてくださいな」
「この前のことですけどね」
何度もアデレイドの代わりに相手をさせられたから、ハイジも取り巻きたちのことは大体わかってきた。
初等部の時からアデレイドと一緒にいる彼らは、フォールコン侯爵家とは家族ぐるみで仲がいいらしく、同じような考え方をしている。
身分の上下を気にしていて、格下を馬鹿にするようなつまらない貴族ばかりだ。こういう人たちと付き合っているから、アデレイドも嫌な女になり下がってしまったのだろう。
(中身のない話ばかりして、何が面白いのかしら)
彼らが話題にするのは、貴族や学院の中での噂話ばかりだ。それもゴシップに近いくだらない内容で、相手を笑いものにしているのがよくわかる。アデレイドの取り巻きは、おごり高ぶる貴族の典型ともいえるような人たちだった。
「失礼ですが……」
デニスがそっと近寄って、ハイジに耳打ちする。
「申し訳ございません。急用を思い出したので、失礼してもよろしいでしょうか?」
「ええ。構わないわ」
言葉少なく了承すると、デニスはカップをテーブルに置く。
「では、お先に失礼します」
お辞儀をして、彼が応接室から出て行ったあと、取り巻きたちは蔑むように言う。
「アデレイド様も、あんな人を招待しなくてもいいのに」
「帰ってくれてせいせいしたわ」
「下僕のくせに、お客様みたいに椅子に座っていて、図々しかったわね」
デニスを悪しざまにいう取り巻きたちに対し、ハイジは黙ってお茶を飲む。アデレイドに成り代わっていても、彼女たちと同調したくなかった。
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