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04. 初詣と過去の男
昴が父親へ連絡を入れている間、紘生は鶏肉やかまぼこのほか、祖母が入れていたごぼうやこんにゃくなどを加えた醤油ベースの雑煮を作った。それをダイニングで食べてから、さっと着替えをして二人は外へ出た。
地元の氏神神社までは徒歩で二十分ほど。
特にこだわりもない絋生たちは、ここら辺に住み始めてからは毎年この神社へ初詣に来ている。
「そういえば、絋生さんって毎年初詣に来ますよね」
「んー? それがどうした?」
「いや、なんていうか白坂先生のイメージには合わないなって思って」
「ははっ、たしかに」
神社に着き、寒いながらも手水を行い、参拝列に並ぶ。
並んでいる参拝客のほとんどが地元民か、そこへ帰省した家族だろう。年配の夫婦や小さな赤ん坊を連れた家族、中高生らしき仲良し男子グループ、どこにでもあるありふれた初詣の光景。
三十代らしき夫婦の後ろに、絋生は昴と並びながら話を続けた。
「クセみたいなもんだよ」
「クセ?」
コートのポケットにつっこんだ財布から五円玉を取り出す。昴も同じようにして小銭を探していたが、いまどき現金を使うことが少ないからかちょうど切らしているようだった。
苦笑しながら、たまたまもう一枚あった五円玉を昴に渡して、絋生はコインケースをポケットにしまった。
「そう。俺、祖母さんに育てられたって話はしたろ? ガキの頃から初詣と墓参りくらいはしろって言われたからな」
「立派なおばあさんですね」
「そうかー? 別に信心深い家ではなかったけどさ。まあ他に何しても大して怒られなかったから、いい祖母さんだったよ」
もう薄らぼんやりとしか思い出せない祖母の顔。
両親を早くに亡くした絋生を大らかにのびのびと育ててくれたのは、そのときすでに夫を亡くし、東北の田舎で一人で住んでいた祖母だった。
絋生は中学生くらいまでは比較的大人しく真面目なタイプだった。
何がきっかけか、あるいは生まれもった資質かはわからないが、今のような飄々として掴みどころがなく、刹那的で享楽的な性格になったのは高校に上がったあたりからだ。おそらく、自分の性的嗜好が同性にあるとわかったことが、絋生の性格を形作ったのだろう。
「じゃあお墓参りも欠かさず?」
「んーまあな。俺の故郷、遠いからこっちに墓移したんだよな。もうあっちに誰も住んでないし。それでまあまあ近いからさ、お盆と彼岸、命日くらいはな。言ってなかったっけ」
「はじめて聞きました」
「そ? 意外と言ってないことって、あるもんだな」
昴とは、恋人になってもう四年。
教師と生徒という関係も含めるなら、付き合いはそれより長い。
それでも話してないことは意外と多くあるらしい。
つらつらと話をしていると順番が回ってきたので、絋生と昴は話を一時中断して、賽銭箱の前に立って、おのおの参拝を済ませた。
「ついでに散歩して帰るか。家帰ったら、また酒三昧になるだろうしな」
「絋生さん、お酒強いからって飲み過ぎないでよ」
他愛のない話をしながら神社を出て、家までの帰路は遠回りをすることにした。
時間は午後二時になるくらいだが、北風が吹いて、コートを着ていても寒い。手袋なんて持ち合わせていないので、ポケットに両手を無造作に突っ込んで、昴と肩を並べて歩いた。若いからか新陳代謝がいいからか、昴は手袋なしでもポケットに手など突っ込まず、平然としている。
まったく若くて瑞々しいとは羨ましい限りだ。もっとも、歳を重ねたからこそ出てくる円熟した魅力というのも絋生は好きだけれど。
自宅とは反対方面になるが、少し足を延ばせばジョギングコースもある大きな公園がある。この格好でジョギングするつもりにはなれないが、そこをウォーキングしてから帰宅すれば大みそかから食べて飲んでを続けている自分たちの腹ごなしにもなるだろう。
そう思って足を向けていたところだった。
「……絋生?」
不意に名前を呼ばれ、絋生は振り返った。
するとそこには、ウェーブがかった長めの黒髪に、太めの黒縁眼鏡をかけたダウンジャケット姿の男性が立っていた。
「やっぱ絋生だ」
「……なんだ、慶太か」
慶太と絋生が呼んだ男性は、名前を呼ばれると、ニッと嬉しそうに笑った。
「久しぶり、変わってないなぁ紘生。覚えてくれてるなんて嬉しいよ」
「覚えてるっつーか、まあ今思い出したっつーか」
「あはは、そーいうとこも変わってない」
慶太こと、阿久津慶太は気安げな雰囲気を纏って紘生に近づく。紘生は隣で不思議そうな顔で二人を見遣る昴の腕をぽんと一つ叩いて、慶太に訊ねた。
「あんた、こんなところで何してんの? ここら辺、住んでたっけ」
「いいや。知り合いがここら辺だから遊びに来てたとこ。コンビニ行くつもりで外出たら、偶然ばったり絋生がいたから声かけた」
そうは言うが、慶太の手にはビニール袋もエコバッグの下がっていない。
「へえ。コンビニ探して迷子って?」
まだ買い物前なのだろうが、周囲のコンビニは慶太の背後——ちょうど慶太が来た方面に大手コンビニチェーンの店舗があったはずだ。
知人とやらの家がどこかは知らないが、ここら辺でコンビニに行くならば、その背後のほうへ足を向けるほうが早く、こちらに向かって来たことには少し違和感があった。
それを揶揄ってみれば、慶太は笑いながら答えた。
「いやいや違うって。酔い覚まし兼ねて、ちょっとふらふらしてたの」
それが本当かどうかは定かでないが、慶太は紘生と付き合っていたときから酒は好んで飲む男だった。
そう——慶太は、紘生の昔の恋人だ。
といっても、彼と別れたのはもう十年も前。
大学生の頃に付き合っていた四歳年上の男とは、紘生が大学を卒業するとともに別れた。
「そっちの、もしかして今の?」
「ん? あー、まあな」
「そっか」
隣に立つ昴をちらりと見て「今の?」と訊ねた真意はわからないが、その質問の意図をしっかり捉えた紘生は肯定ととれる言葉で返す。それに慶太は目を細めた。
「絋生が元気そうでよかったよ」
「あんたもな」
「正月だからって、飲み過ぎんなよー?」
「その言葉、そっくり返すわ」
酒は大学に入ってから覚えたが、特に楽しみ方を教えてくれたのは慶太だ。だから、紘生が酒に強いことも、好きな酒の味も慶太は知っている。それを覚えていたからか揶揄い口調で忠告する慶太に笑いながら言葉を返せば、慶太はまた楽しそうな笑みを浮かべた。
「じゃ俺行くわ。お幸せにな」
「ははっ。サンキュ」
とっくに昔に別れた男と交わす言葉なんて、大してない。それは紘生も相手も同じだろう。
慶太となぜ別れたのか、今となっては詳しい理由は思い出せない。しかし当時、紘生は今以上に刹那的に生きていたので、飽きたとか疲れたとか、そういうクズらしい理由だろう。それは慶太も同じだろうから、ここで恨みごとを言うつもりなど微塵も湧かなかった。
ここで会ったのは偶然。たまたま。
また今日のようにふらりと出会うかもしれないが、基本的にはもう交わることのない二人だ。
慶太が手をひらっと振ったのにあわせて、紘生も軽く手を挙げる。これで二人の偶然の再会は終わりだ。
依然として隣で手持ち無沙汰に立ち続けていた昴に「行くぞ」と声をかけて、絋生は歩を進めた。
◇◇◇
「……ねえ、紘生さん。さっきのって?」
公園に着くまでの間、紘生はあちこちに立つ住宅を見上げては「すげー豪邸だなー」とか「この家かっけー」とか勝手な感想を話していた。
一方で昴は、紘生の感想に「そうですね」とか「たしかに」とか無難な相槌を打っているだけだった。
そうして、公園の入り口にある車止めの間を縫って、ジョギングコースをのんびり歩き始めたところで昴が訊ねたのだ。
「さっきの? あー、慶太?」
「そう、その慶太さんって人。紘生さんのなに?」
なんてことはないという態度で訊ねてくるけれど、その中に不満と嫉妬が隠れているのが紘生には手に取るようにわかった。そんな可愛いことをする恋人に意地悪したくなって、紘生は平然と答えてやる。
「元カレ」
そう答えれば、いっそう嫉妬の気配が濃くなる。
「っはは。なに、妬いてんの」
「そんなんじゃ……」
違うと言うが、昴の顔を覗き込めば眉根を寄せて、難しそうな表情を浮かべている。
そんな素直な反応を見せる昴を小突いて、紘生は昴よりも先を歩いて、散歩の続きを促した。
詳しいことを聞きたいけれど聞けないともいうように、とぼとぼと紘生のあとを付いてくる昴は迷子の大型犬のようだ。
家に帰ったら慰めてやるか、と思いながら、紘生は昴から何か訊ねられるまでは黙っていようなんて、意地の悪いことを考えながら公園を少し早足で回っていく。
「置いてくぞー」
「……いやです。待ってください」
あまりにも意気消沈している姿が少しだけ可哀想で、さらに早足で歩いた。昴がぶすっとしながらも駆け足で寄ってくるのが、また紘生の心をくすぐる。そんなやりとりを続けながら、最後は並んで公園を歩いた。
◇◇◇
慶太が寄るであろうコンビニとは別の、自宅に一番近いコンビニに寄って、二人は自宅に帰ってきた。
壁にかかっている時計を見れば、午後四時。
どうせ今夜もだらだらと夕食を食べながら、酒を飲む。
「早めに風呂、入っちまうか」
靴を脱いだその足で浴室へ向かって、浴槽の栓をしてから自動湯はり機能のスイッチを押した。
「アイス、すぐ食べます?」
「んーあとで」
「じゃ、冷蔵庫入れておきます」
昴が冷蔵庫の冷凍室へ、コンビニで買ったバニラとチョコのカップアイスを一つずつ入れている間に、紘生はコートを脱いでコートハンガーへかける。アイスは少しお高めのやつだ。何となく食べたくなって、食後のデザートに買ったのだ。
絋生が風呂の用意をしているうちに昴もコートを脱いでいたようで、ハンガーには彼のコートがもうかかっていた。
「あー寒っ」
「暖房つけておいて正解でしたね」
散歩のために多少足は延ばしたが、何時間も家を空けるつもりではなかったからエアコンの暖房は入れっぱなしで家を出た。こたつの電源はさすがに切ったので、紘生はこたつに潜りながら電源をオンにする。
かじかんだ手をすり合わせながら、ソファを背もたれにして座る紘生を横目に、昴もこたつへとやってきた。
「入んないの?」
ラグへ直接座っている紘生を両脚で挟み込むようにして、昴は紘生の真後ろのソファに座った。こたつが家に来てから、時折こうしてこたつに入る絋生の後ろから抱きかかえるようにして、昴はソファに座っては髪をいじったり、肩を揉んだり、ちょっとした悪戯を仕掛けることはあるけれど。
でも、まだ外から帰ってきて体は冷えているはずだ。欲しいと言ったこたつに入らないのか、とぼんやり思う。それとも、二十代も前半だと昼間の冬の気候くらいへっちゃらなんだろうか。
そんな取り留めもないことを考えながら、絋生は首を後ろへ振り向かせて昴を見た。
「ちょっと先生を堪能しようと思って」
「ははっ、なんだそれ。ん、ぅっ」
身を屈めた昴に、唇を奪われる。
「んは……。昴……お前、がっつくねぇ」
「だって……」
啄むようなキスじゃなくて、唇を丸ごと食べるようなキス。
「はぁ、まったく。お前はほんと、可愛いな」
ようやく離れた昴の唇を名残り惜しそうにぺろっと舐めれば、彼はふっと小さく笑った。
「がっついてるのは、どっちです?」
「ん? ははっ。俺も、かな」
散歩の途中から、口づけたくてたまらなかった。
けれど大人の余裕を見せつけたくて、玄関に入ったときも、リビングに入ったときも、あえて絋生から昴に近づいていかなかった。昴も絋生に触れたいと思っているだろうから、焦らしたのだ。
そして、その策にまんまと嵌った昴は、こうして紘生に擦り寄って、身動きをとらせないと言わんばかりに両脚で紘生の体を閉じ込めている。
昴の考えていることは、お見通しだ。
唇を離したあと、紘生の首筋に顔を埋めた昴に、ぎゅっと体を抱き締められた。その甘えた仕草に紘生は肩で笑って、自分の体を囲う長い脚をデニム越しにすりっと触ってやった。
「なぁ、昴。……お前、嫉妬してる?」
「……してます」
ちらりと顔を上げた昴は迷子の子供のようでいて、瞳の奥にぎらぎらした独占欲を覗かせている。まだ社会に出ていない、若さが残った心を持つ恋人に紘生は自然と笑みが零れた。
「慶太のこと、聞きたい?」
「……少しだけ」
「ふーん」
少しだけ、と昴は言うが、何から何まで訊ねたいという嫉妬心が見え見えだ。
きっと内心では嫉妬はかっこ悪いとか、子供っぽいとか、そんなことを考えて悶々としているのだろう。
「じゃあ、話してやるよ。お前が望むならね。でも——」
首筋に擦りついていた昴の頭を両手で掬い取って、紘生は恋人の頬を両手で挟み込んだ。
「今は別の男のこと、考えないでおこうぜ。……俺、お前のことで頭いっぱいにしたい。だからお前も俺でいっぱいにして?」
「はい」
とびきりの愛情を交えて話はあとだと伝えれば、昴は満足そうに笑って、噛みつくように唇を寄せた。
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