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06. 愛は惜しみなく *
「あー……腰痛ぇ……」
ちゃぷんと、浴槽にたっぷり張った湯に浸かりながら、紘生はぼやいた。
「すみません、やりすぎました」
「いいよ、俺も気持ちよかったから」
紘生を抱きかかえるようにして湯に浸かっている昴が少しだけ申し訳なさそうに謝る。
恋人を非難するように、腰の鈍痛を訴えてはみたが、本当に困っているわけではない。下半身の怠さも重たさも、昴の欲望を余すところなくぶつけられ、そして紘生も彼を貪った結果ゆえのものだ。そう思えば煩わしさよりも、愛おしさが勝る。
怒ってなどいないことを伝えるため、紘生は全身の力を抜いて、昴の鍛えられた腹筋と胸元へ体重を預けた。
初詣の帰り道、紘生の昔の恋人に偶然出会った散歩のあと、嫉妬で煩悶している昴からのキスを皮切りにして、二人は昨晩の熱を上回るほどに愛しあった。
ソファで繋がり、こたつに押し倒され、フェラをして、し返されて、汗だく精液まみれになって互いを貪りあった。昨晩使ったローションのボトルが床に転がりっぱなしだったのも、昂る熱を冷ませなかった理由だろう。
ソファのカバーを洗わなきゃな、なんて思いながら、昴に髪を洗われ、泡立てられたボディソープで体を洗われ、そうして今に至る。
男二人でもぎりぎり入れる広い浴槽を紘生は気に入っている。風呂は好きだ。
それは昴も同じのようで、毎回ではないが一緒に風呂に入り、湯舟に入ると心も解れて、いろいろなことを喋りたくもなる。『風呂は命の洗濯』と言ったのは、どのアニメのキャラクターだったか。
「んで。何から聞きたいの?」
「何からって、その……」
湯にどっぷりと浸かって、紘生を抱きかかえる昴に問う。
けれど、この質問は昴に対してはあまり好ましくなかったかもしれない。
なにせ、あの男——阿久津慶太の何一つとして、昴は知らないのだから。
「慶太はさ」
「……うん」
何から訊こうか戸惑う昴の手綱を引くつもりで、紘生はまず自分から口を開いた。
「俺が大学んときに付き合ってた男。卒業と同時に別れたから、もう十年も前になるな」
元カレだとは散歩の途中で伝えたけれど、それ以上の情報はお預けをしていた。体を一つにするなんて恋人らしくて、獣じみた行為に、過去の男の気配は不要だからだ。腹の奥まで曝け出して貪りあうなら、互いのことだけを考えて、奥の奥まで繋がりたい。
その時間も終わったアフタータイム。
ピロートークなんて甘ったるいものにならないのは申し訳ないが、訊きたいことがあるなら早めに教えてやったほうがいいし、いつまでもモヤモヤさせるのも可哀想だ。
だから、訊きたいこと——気になることを訊けるように、紘生は最低限の情報を与えてやった。
「どのくらい付き合ってたんです?」
「んー……三年半くらいかな」
「年は?」
「あいつが四つ上だから、三十六とかじゃないか」
慶太は紘生が大学時代に誘われるがままに入ったサークルのOBで、飲み会に顔を出したときに知り合った。そのとき、慶太は社会人一年目。
たった一度、先輩風を吹かせるためか後輩に顔を見せようしてか、秋の学園祭後の飲み会にやってきた慶太が紘生に声をかけたのが、慶太とのはじまりだ。
紘生は大学生になったのをきっかけに、同性愛者であることを隠さなかった。高校という閉鎖的な社会ではカムアウトしづらかった性的嗜好も、大学という多種多様な人間がいるところならば、どうにかやっていけるだろうと思ったからだ。
実際にどうだったかといえば、「女に興味がない」という紘生を疎んだり揶揄ったりする者はいた。だが一方で、「へぇーそうなんだ」くらいの反応で変に気を回さないでいてくれる者もいて、紘生のキャンパスライフはそれなりに順調であった。
そんな折に声をかけてきた年上の男。
一目惚れだと慶太は言って、紘生を飲み会から連れ出した。バイセクシャルだった慶太からすると、紘生は「わかりやすかった」らしい。
「今、何してる人?」
「さあ? 俺が付き合ってたときはフツーの会社員だったな。今もそうなんじゃね?」
「まだ連絡とってる?」
「取ってないよ。連絡先は変わってないかもしんねえけど、俺のスマホからはとっくに消去済み」
三年以上付き合った相手ではあるが、特に思い出深くもない昔の男のことを思い出しながら、くさくさした雰囲気を隠さずに質問を続ける昴に一つずつ、きちんと答えてやる。
時折、ちゃぷん、と湯が揺れる音が響く。
弛緩している紘生の体を昴がいいように触ったり、揉んだりしていた。けれどそれはいやらしい手つきではなく、まるで恋人が自分の腕の中にいることを確かめるようなものだった。
やがて手と手を重ね合わせて、指を絡めて、そっと握られる。恋人つなぎのそれは、昴の大きな手のひらと長い指を紘生に熱く感じさせた。
「……紘生さん、年上のほうが好き?」
不貞腐れた声色で、昴が訊ねた。
「あはっ。なに昴。お前もしかして一番気にしてたの、そこ?」
慶太に関する質問ではなく、紘生の趣向を訊ねる問いに、思わず頬が緩む。
「悪いですか……」
「いーや? でも可愛いなって思って」
別れて十年以上経つと話しているのに、なおもねちねちと嫉妬心を燃え上がらせ続けていたのはそこか、と腑に落ちた。
紘生よりも……そして、自分よりもはるかに年上の男に負けるとでも思っていたのだろう。
まったくもって、年下の恋人はいじらしく、愛らしい。
「どうして気になるんだ? もうとっくの昔に別れた相手だぞ」
「そうですけど。でも、やっぱり今も、本当は年上のほうが好きだったりします?」
なおも食らいつく昴に、紘生は「お前、ばかだな」と返した。
ここでノーと返してやるのが、恋人の優しさなのだと思う。けれど生憎、紘生は天邪鬼だ。
年上のほうが好きか、という問いにイエスもノーも返せない。だから代わりに愛情を込めた軽口で返して、繋ぎっぱなしの手をぎゅっと握り返した。
それでも不満そうで、不安そうな昴は紘生の後頭部に額をつけて、小さく呟いた。
「だって……年齢は、変えられないじゃないですか」
「ははっ。そりゃそうだけど」
もし紘生が「年上のほうが好きだ」と答えたら……と不安に思っているらしい。
「それに……」
「それに?」
「あの人、かっこよかったから……」
ああ、今すぐ後ろを向いて、恋人の顔を見てやりたいなと思った。
きっとすごく悔しそうな顔をしている。見なくても、手に取るようにわかる恋人の嫉妬深い表情に、紘生はいよいよもって、くすくすと笑い声を上げた。
「お前ってほんと、ばかみたいに可愛いのな。あー、ははっ……おっかしー」
「もう、笑わないでくださいよ。それにバカバカ言うのもやめてください」
そう拗ねるものだから、紘生の笑いは止まらない。
あまりの愛しさに、握り締めていた手を引き寄せて、手の甲に唇を寄せた。ちゅっと甘いリップ音を鳴らしてやると、背後の昴がぴくりと体を震わせたのを感じた。突然のキスに呆気にとられる昴を肌で感じられて、気分がいい。
「お前の嫉妬は可愛いけど、そう心配しなくていいよ」
「え?」
紘生はそう言って、指を解いて、その大きな手を自分の頬に擦り寄せる。
湯舟ですっかり温まった肌は、どちらも同じ温度を宿しているはずなのに、昴の手のほうが熱く感じた。
「俺が好きなのは、お前だから」
ちゅっと、再び唇を寄せる。今度は手のひら側に。
そのまま人差し指を唇でなぞり、指先を舌でちろりと舐めた。
「嘘はつきたくないから答えてやるけど、俺は年上とか年下とか、そーいうのは気にしない。昔は年上と付き合ってたってだけだ」
「じゃあ、年下でも好き?」
「っはは。だから、お前はばかだって言ってんだよ。もしそうだったら、昴と付き合ってなんかいない」
「そっか……」
「そうだよ。満足したか?」
指先を食みながら問えば、昴は紘生の耳元で「うーん……たぶん」と小さく唸った。
好きだから付き合っているのだと答えてやったはずなのに、まだ嫉妬をしているのか。いや、嫉妬ではなく不安か。
過去の男と鉢合わせて、そつなくやり取りをした絋生の姿に「もしや」と思うところもあるのかもしれない。
浮気なんて……する気など、紘生には微塵もないのに。
だが、刹那的かつ享楽的に生きている紘生を見ていると、昴が不安になるのはわからなくもない。かといって、絋生は生き様や態度を変えるつもりはさらさらない。
ないのだが、だからといって恋人を想定以上の不安に押しやるつもりもない。
人生経験の差だな、と心の中だけで呟いて、紘生は笑い声混じりに昴に言った。
「いいこと教えてやるよ」
「いいこと?」
鸚鵡返しに訊き返す昴の指先に五回、キスを落とす。
「カワイイ昴くんは悔しいだろうけど、残念ながら、俺が今まで付き合った男は、お前だけじゃねえけど——」
そして、くるりと体を反転させた。
いくら男二人で入れる浴槽だからといって、急に紘生が動いたために、じゃぷんっとお湯が外へと溢れる。
しっとりとした昴の胸元に両手を置いて、ぐっと体を伸ばすようにして唇が触れ合いそうになる距離まで顔を近づけた。
嫉妬と不安とで揺れる瞳と、挑発的な瞳が交差する。
「一緒に暮らしたやつはお前がはじめてだよ、昴」
「紘生さ……んん、っ」
何か言おうとする前に、その唇を奪ってやる。
先ほど手の甲や指先に落とした啄むようなキスではなく、熱く舌を絡ませる深いやつだ。
不安めいた言葉を紡ぐ口は塞いでしまって、紘生への愛を紡ぐものへ変えてやろうと、これでもかというほどにエロいキスをしてやった。
「んっ……はぁ、っ……。後にも先にも、こうやって一緒に暮らすのはお前だけだよ。わかったか?」
「はい」
ふふん、と笑ってやれば、昴はようやく安堵した笑顔を浮かべた。
「さてと……出るか」
よしよしと頭を撫でてやってから、そろそろ風呂を出るかと紘生が腰を浮かせると「待って」と腕を引かれる。
「っと。あぶねえだろ……」
「紘生さん、もいっかいしよ」
浴槽の中で滑りそうになったところを、昴が抱きとめる。
胸元へ縋りつくような格好になってしまった紘生の、突き上げられた臀部へ昴が腕を伸ばしながら、彼は誘い文句を紡いだ。
「お前なあ……腰痛いって、言ったばっかなんだけど……」
「えー。先生、年だなぁ」
「うっせ。この絶倫」
意趣返しのごとく、昴の性器をむぎゅっと握る。
それは一時間前まで何度も紘生の中で白濁を放っていたとは思えないほど、ガチガチに猛っていた。
「うわ。もう勃ってる」
わざと驚く素振りをしながらも、猛った性器を弄ぶのはやめない。
「紘生さんが可愛いこと言うからです」
「可愛いのはお前のほうなのにな。まったく……んっ」
「先生だって勃ってるし、ここ、物欲しそうに動いてますけど」
伸ばされていた手が臀部をまさぐり、後孔をつつく。
昴に言われずとも、自分のそこが淫らな動きで雄を誘っていることには気づいていた。
「ね。いいですよね、紘生さん?」
「腹も減ったから、一回だけな」
そう言って、笑いあって、唇をまた重ねた。
再び灯った熱を発散したら、遅い夕飯だ。早めの入浴をと考えていたのに、自動湯はりのモニタに表示されている時刻は、午後八時を回っている。
こたつでおせちをつつきながら、好き勝手に酒を飲む。
もしかしたら、また事に及びたくなるかもしれないが、まあそれはそれでいい。
「紘生さん、今年もよろしくお願いします」
「よろしく。んっ……なぁ、昴」
情事を始めようととするときに言うセリフでもないだろうに、今さらながら新年の挨拶を告げる昴がおかしくて。
けれど紘生は、口元に笑みを湛えて、その挨拶に答えた。
「今年もいっぱい愛して、愛されてくれよ?」
「お望みのままに」
ちゃぷん、と湯が揺れる音とともに、二人は体を重ねていく。
年明けはじめの夕食までには、もう少し時間がかかりそうだった。
END.
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