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04. 二人の立場
しおりを挟む「それで、マティアスさんは、どうして私をご存知で?」
お茶とスープで体が温まってきたのか、真っ白な雪のようだったアルテュールの頬に血の気が戻ってきた。話をする声もしっかりしていて、マティアスはほっとした。
この男は、先ほど自分でも名乗っていたが、隣国であるウェザンダリア王国から招聘された占星術師アルテュール・エランその人だった。まさか捜していた相手が吹雪のなか、自らやって来るとは思わなかった。
「改めまして、僕はオルティアース王国第五騎士団の騎士マティアスです。王立学術師団から命を受け、このたび、特別術師に就任されるアルテュール様を関所まで迎えにまいりました」
そう告げると、アルテュールは僅かに目を見開いて……それから、納得したように微笑んだ。
「なるほど、迎えの騎士様でしたか」
「はい。ですが、『様』は不要です。学術師団の特別術師になられるアルテュール様よりも、僕たち一介の騎士のほうが立場は下ですから。どうぞ、ただのマティアスとお呼びください」
「では……マティアスくん、と。私のこともアルテュールと呼んで——」
「いえっ! 騎士たるもの、己の立場は弁えております」
ぶんぶんと、マティアスは両手と頭を左右に振った。
王立学術師団の何ら肩書きを持たない平の術師と、王立騎士団の平騎士ならば基本的に立場は対等だ。まあそこに貴族の身分が付いてしまうと、変わってしまうけれど、とりあえずそれは置いておこう。
しかし、これが特別術師だと話は変わってくる。要はアルテュールは肩書き持ちの術師様であり、平騎士のマティアスよりも立場は上なのだ。貴族だろうと何だろうと、それは変わりない。
「それにしても、アルテュール様はこの吹雪のなか、よくぞご無事でしたね」
硝子窓を叩く雪は、さらに激しさを増していた。
「本当に。私が占星術師でなければ、ダメだったかもしれませんね」
「はあ……」
マティアスが疑問符を浮かべると、アルテュールは小さく笑った。
「ふふふ。占星術師は、星を読み、少し先のことを予測するだけではなく、星の力を幾ばくか借りることができますから。その力を使って、一晩程度なら、私の周りに小さな結界を張って雨風を凌ぐことができるんですよ」
「結界、ですか?」
話に聞いたことがある。
術師は『結界』と呼ばれる特殊な力を使えるということを。
そもそも『術師』というのは、魔術師や治癒術師という不思議な力を使える者たちのことを指すが、占星術師もそれにあたる。
魔術師は、大地の力を借りて、炎や氷を生み出し、風を自在に操る魔術を。
治癒術師は、植物の力を借りて、傷や病を癒やす治癒術を。
そして占星術師は、星々の力を借りて、少し先の未来を読みとく占星術を使うのだ。
結界の効果は術師によって様々だとは聞いていたけれど、アルテュールの話から察するに占星術師の結界は、天候に関するもののようだ。雨風を凌ぐとか、灼熱の太陽からの光を防ぐとか、そういうものだろう。結界というのは、術師が借りる力によるのかもしれない。
「ええ。ただ、さすがにこの吹雪ですからね……。今宵は雲も厚いようで、星の力もこちらに届きにくかったのでしょう。結界が数刻と保ちそうになかったので、どこか避難できるところを、と探しまして」
「じゃあ、こちらへいらっしゃる途中で結界が破れてしまったのですか?」
雨風を凌げると言っていたけれど、小屋に着いたアルテュールは雪まみれで、ぐっしょりと濡れていた。とても『凌げて』はいなかったようだから、何らかの影響で結界が破れたか、保つことができなかったかだ。
「ああ、いえ。それが……こちらの灯りが見えたので、急ぎ駆けてきたのですが……その、ほっとしたあまりに結界を解いてしまいまして……」
あははは、とアルテュールは困り顔で笑った。
「それは、なんというか——」
おっちょこちょいなんですね、という言葉を飲み込んで、マティアスは代わりに別の言葉を続けた。
「この吹雪ですから、その、ほっとするのは致し方ないですよ。……ともかく、小屋を見つけられてよかったです。ご無事で何よりでした」
特別術師として招かれるくらいだから、しっかりした人物かと思ったのだけれど。小屋が見つかったことに安堵して結界を解いてしまったとは、意外にも抜けているところがあるのかもしれない。
出会う前までは、いったいどんな高尚な人物かと構えていた。それに加えて、この美貌だ。とっつきにくい人かなと思っていたのだが、なんだか一気に身近に感じることができて、マティアスは人知れず肩の力を抜いた。
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