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07. 吹雪の時間
しおりを挟む翌日の昼間。
アルテュールの読みどおり、その日もずっと吹雪が続いていた。
「ふぁ…………」
「おはようございます、マティアスくん。まだ眠っていてもよろしかったのに。二刻ほどしか眠っていないのではないですか?」
マティアスが小さな欠伸をしながら目を覚ますと、少し離れたところから優しげな声がかかる。その柔らかく澄んだ声に、寝ぼけていた頭がシャキリと動き始めた。
(ああ、そういえば術師様と一緒なんだった)
声の方向を見遣れば、占星術師のアルテュールが暖炉とベッドの間に置かれた丸テーブルの上で何やら荷物を広げつつ、マティアスの様子を窺っていた。
「いえ、十分休ませていただきました。ありがとうございます」
マティアスは礼を述べてからベッドから抜け出し、少なくなっていた薪を暖炉へと焚べる。
窓から見える景色は、相変わらず真っ白だ。
自前の懐中時計を見れば、アルテュールが言うように、陽が昇って占星術師が目を覚まし、マティアスが交代で眠りについた時間から二刻も経っていない。けれど、騎士として任務中であることを考えれば、十分寝たほうだ。
マティアスの任務はアルテュールを迎えに来て、王都まで連れて行くことだが、彼の護衛ももちろん任務内容に含まれる。この場には相棒のルーセルがいないので致し方なしに、昼間の数刻だけ目を閉じて、軽い睡眠をとることを己に許したのだ。
「僕が寝ている間、何か不都合はありませんでしたか?」
「問題ありませんでしたよ。ああ、でも……」
ふむ、と顎に手を当てて、アルテュールは可笑しそうに言った。
「外は相変わらずですから、そういう意味では『まだまだ問題は続いている』ということになるでしょうか」
「はは。たしかにそうですね」
くすくすと冗談めいて話すアルテュールに、マティアスも笑った。
この占星術師は、どうやら人の懐に入るのが巧みだ。昨晩出会ったばかりだし、交代で寝たのでそう多くの言葉を交わしていないのに、彼とともにいるのは悪くない気がしていた。
「ところでマティアスくんは、お酒は飲めますか? あ、今さらですけど成人されていらっしゃいますよね?」
「はい、もちろん。童顔なのでよく誤解されますが、今年で十九歳です。酒も嗜む程度には好きですよ」
マティアスはその容姿ゆえに三つは若く見られることが多いが、すでに成人した大人だ。そして、この国でも、そして、隣国のウェザンダリアでも成人年齢は十八歳で、成人とともに飲酒が解禁される。
騎士になれるのも成人してからで、騎士団というのは——第五は何でも屋ではあるが——命の危険と隣り合わせなことも多いからか、酒を嗜む騎士は多い。適度なアルコールは恐怖や怯えを和らげてくれるし、亡くなった戦友を悼みながら未来を思う時間を与えてくれるからだ。
ゆえに、マティアスも騎士団に入ってからすぐに、上司や先輩方によって酒の味を覚えさせられた。
「でしたら——」
にこり、と微笑んだアルテュールはちょいちょいと指を動かして、マティアスを呼んだ。それに小首を傾げつつも、マティアスは彼と向かい合わせにあった椅子へと腰を下ろす。
「マティアスくんが休んでいる間に小屋を物色……いえ、探検したら、こちらを見つけたんです」
彼がひょいっと掲げ見せたのは、琥珀色の液体が入った硝子瓶だった。察するに、中に入っているのは蒸留酒だ。この小屋を使う地元民たちが置いておいたものだろう。
薪にしても、保存されている備蓄にしても、すでに手をつけてしまっているので酒を一つ拝借しても今さらだ。どうせ後ほど、二晩世話になった礼はする。関所の兵士に美味い酒を差し入れる予定もあるので、こちらへも一緒に届ければいい。
「どうでしょう。まだ昼ですが、どこへも行けない状況ですし、外はまだ寒い。お付き合いいただけますか?」
「ふふっ、では少しだけ」
マティアスが小さく笑いながら答えると、彼はテーブルに広げていた荷物を片づけて、隅に寄せて置かれていたブリキのマグを手に取って、蒸留酒を注ぎ込んだ。
任務中ではあるが、この吹雪だ。
味方はおろか敵も来ることすらない状況で、もはややれることは酒を飲み交わしながら、世間話に華を咲かせることくらい。無論、もしもの事態に備えて酩酊するつもりはないけれど、多少いい気分になるのは許される範疇だろう。ずっと気を張っていても吹雪は止まない。
「何に乾杯しますか?」
「そうですねぇ……では、寒い日の、あなたと私の出逢いに」
マグをこつっとぶつけて、二人は酒を煽った。
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