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16. 術師様の希望
しおりを挟む「では、僕たちはこれで」
「第五騎士団のお二人とも、どうもありがとう。無事にアルテュール殿を連れてきてくれたことに感謝する」
「いえいえ。またご用命がありましたら第五騎士団までお声かけください」
マティアスはルーセルとともに辞去した。
応接室を退室して、マティアスはルーセルと長い廊下を並んで歩く。任務が終わったことを報告するために、先ほど預けた馬を受け取ったら騎士団本部へ赴かなければならない。その報告が終わって、緊急性の高い任務がなければ、今日と明日いっぱいくらいは休暇が貰えるはずだ。
何をしようかと考えを巡らせつつ、ルーセルの惚気話に付き合っていると、不意に背後から名前を呼ばれた。
「——マティアスくんっ」
振り返れば、そこにいたのは先ほど別れたばかりのアルテュールだった。
「アルテュール様?」
たたたっ、と軽快な足取りで近寄ってきた彼にはマティアスはルーセルと二人、小首を傾げる。
ただ、呼ばれたのはマティアス一人だったので、ルーセルは「先に行ってるぞー」と言って、マティアスの肩をぽんと叩いて去っていった。
(もしかして忘れ物とか? それとも何か、やり忘れたことがあったか?)
不思議に思いつつも、マティアスは目の前までやってきた男を見上げる。目線が少し上の彼は、菫色の双眸でマティアスに微笑んだ。
「吹雪の中、私を出迎えてくれてありがとうございました。マティアスくんのおかげで、こうしてオルティアースの王都へたどり着くこともできました。なにより、寒い夜も楽しく、あたたかく過ごせました」
「無事にお連れできて、僕もほっとしました。けれど、お連れできたのは、僕だけの力ではありません。ルーセルもいましたし、馬車の御者だっていましたから」
「そうですね。ですが……山小屋での時間は、あなたと二人きりだったでしょう? あれは、素敵な時間でしたね」
僅かに色気を帯びた瞳を返されて、マティアスは彼から目が離せなくなった。
アルテュールはそんなマティアスの様子を気にも留めず——いや、わかりながら、マティアスの両手をそっと掬うようにして握る。あの星空を紡いだ、美しい指先に触れられて、そこから全身が火照るようだった。
「できることなら、またお会いできると嬉しいのですが……」
そっと、アルテュールが言う。
まるで想い人に気持ちを告げるような、甘くて優しい声にマティアスの心臓は煩く高鳴った。
けれど、恋が何たるかをよく知らないマティアスは、その高鳴りが指先からアルテュールに伝わってしまわないかと、気が気ではない。それでも何とかして、言葉を紡いだ。
「僕は第五騎士団に所属していますから。学術師団と騎士団は何かとお付き合いもありますし、また会えるかと思います」
「本当ですか?」
「はい。あの……僕は、北地区にある騎士団の宿舎に暮らしてるんです。それで、騎士団の本部も北にあって……」
マティアスが暮らしているのは、独身者用の騎士宿舎だ。
家族がいた頃には、王都の庶民住宅地区にある小さな家で暮らしていた。小さいけれど、あたたかな家だった。それから母が亡くなり、その数年後に父も喪ってからは、父の友人のところで世話になっていた。
父の友人にはとても良くしてもらったが、やはりいつまでも世話になりっぱなしというのは申し訳なく、マティアスは騎士になってすぐに宿舎へと移ったのだ。父の友人は寂しがってくれて、今でも親のようにマティアスのことを気遣ってくれている。
宿舎は狭く、客人を呼べるような場所ではないが、近くに来てくれれば会うこともあるだろう。なにせ、宿舎近くには騎士団本部が入る建物があるのだ。
学術師団と騎士団は、情報交換が盛んだし、任務で連携することもある。実のところ占星術師との絡みはあまりなく、魔術師や治癒術師のほうが平騎士とのやりとりは多いのだけれど……まあ、会えないということはない。
「そちらへ伺えば、マティアスくんに会えるのですね?」
「おそらく……はい」
特別術師という肩書きの術師様が、どれほど時間を見繕えるかはわからないけれど。
どちらにしても、同じ王都で暮らす身なのだから、そう苦労はせずに会えるだろう。そう思うと、マティアスもなんだか嬉しくなった。
「必ず、会いに行きますね」
ぐっと顔を寄せられて、耳元で囁かれた言葉にマティアスはこくこくと頷くのが精一杯だった。
◇◇◇
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