【完結】古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

秋良

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古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

03. 魔術は使わないの?

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 どうして承諾してしまったのかと思いながらも、今さら「やっぱりダメ」と言うのも気が引けて、結局オリヴェルはニイロを自分が住む家へと案内した。
 先ほどの泉から歩いて五分ほどのところにある、木でできた小さな小屋だ。

 居間と台所、それに作業部屋と寝室が一つずつ。昔は作業部屋が師匠の寝室だったが、彼女が亡くなってからはオリヴェルの作業部屋にさせてもらっている。いずれの部屋もこじんまりとしているので広くはないが、一人で暮らすのには十分な家だ。

「適当に座っていてくれ。今、お湯を沸かすから」
「おおーっ、いかにも魔術師の家ってかんじ! んじゃお湯沸いたらお茶淹れるから教えて」

 ぐるりと居間を見渡しながら、ニイロは食卓机の脇に置かれた椅子に座った。
 食卓机は一応大人が四人ほど食事ができるくらいの大きさだが、その半分はオリヴェルが日々使う魔術道具や書き物道具が置かれていて隙間がない。整理整頓は定期的にするものの、手元に置いておくとラクなものはあちこちに無造作に置きがちで、人によっては雑然とした印象を受ける家だろう。

(なんで連れてきてしまったんだろう……)

 すでに家にも上げているので今さらだが、お湯を沸かす準備をしながらオリヴェルは疑問で頭がいっぱいだった。
 かめに組んでおいた泉の水をケトルに入れて、オイルランプの上に置き、マッチで火をつける。やや人工的な灯りがぽうっと灯った。

 その様子を見ていたニイロが訊ねた。

「ねぇねぇオリヴェル。水を汲んだり火を熾すのに魔術は使わないの? 魔術って便利なものだって思ってたんだけど」
「いつもは使う。今日はキミがいるから使わないだけで——」
「えー、じゃあ使ってみせてよ。せっかく友達になるんだし、俺も魔術見てみたい」

 好奇心を混ぜた瞳を向けられたが、オリヴェルはそれを無視して台所の吊戸棚からマグカップを二つとティーポットを出した。
 オリヴェルが無言でお茶の準備をしたために、見せるつもりがないことを理解したのか、ニイロもそれ以上は言ってこなかった。

「ん-、まあいいや。たしかに手のうちをすぐ見せるってのは誰でも抵抗あるよね」
「……そんなところだ」

 ニイロの前で魔術を披露するのは何となく癪だからだが、そういうことにしておこう。

 そうこうしているうちにお湯が沸くと、ニイロは持っていた鞄から茶葉を取り出した。どうやらハーブティーを振る舞いたいというのは本当らしい。
 ニイロはいくつかの袋に入った茶葉を木匙を使ってポットの茶漉しへ入れ、少しずつ混ぜていく。その所作と眼差しは、先ほどまでの軽薄な雰囲気とは異なり、真剣で……洗練されていて美しかった。

(軽そうな男なのに、不思議なやつだな)

 きらきらと光を放っているかのような美男の横顔を見つつも、オリヴェルはいろいろと面倒なのでニイロの好きにさせた。せっかく人気調香師が手ずからハーブティーを淹れてくれるというのだから、もういっそ馳走になろうと思ったのもある。あまり話術に長けていない自分が、口から生まれたような男に敵うはずもないのだ。

「はい、どうぞ」
「いただきます」

 何の変哲もないマグカップには、淡い蜂蜜色をしたハーブティーが淹れられていた。甘い香りがほんのりとしていて、優しい印象のお茶だった。

「……美味しい」
「ほんと? よかったー。オリヴェルをイメージしてブレンドしたんだけど、好みにあったなら何よりだよ」

 自分のイメージがどういうものなのかはわからないが、この香りは嫌いではない。さすが人気の調香師といったところだろうか。

(変なやつだけど、そこまで身構えなくてもいいのかもな)

 振る舞われたハーブティーの効果なのか、オリヴェルは張っていた気が多少緩み、「この男に少しは付き合うか」という気にもなってきた。
 すると、ニイロはここぞとばかりにあれこれと好きな話をした。出会ったときから、ぽんぽんと話が尽きない男だとは思っていたが、腰を落ち着けたからかニイロの会話はまったくもって尽きる様子がなかった。

 家に招いてしまったときはなぜこんなことに……と思っていたのだが、ニイロの話はどれも面白かった。
 オリヴェルはころころと笑う性格ではなく、淹れてもらったお茶を飲みながら話に耳を傾けているだけだったが、不思議とニイロの話を聞いているのは苦ではなくて、もっと話を聞きたいと思うほどだった。

「調香っていうのは、どうやってやるんだ? 薬の配合と似てるのか?」

 そうオリヴェルが訊ねたのは、ニイロが調香師について話をしていたときだ。

「んー、せっかくだから見てみる? ちゃんとした道具は家に帰らないとないけど、簡易道具なら今も持ってるから見せてあげるよ。それにさっき、ニイロ様特製香油を作ってあげるって言ったし!」
「……いいのか?」

 自分は魔術を見せなかったのに、ニイロは自分の生業としていることを易々と見せてくれると言う。オリヴェルがニイロの調香作業を見たところで技術を盗むつもりはないが、人気の調香師なのだから簡単に見せていいものではないのではないか。
 オリヴェルが気が引ける素振りを見せると、ニイロは笑って答えた。

「いいよいいよ、別に。オリヴェルなら変なこともしないだろうし。それともやましいこと考えてたり?」
「いや、それはないけど」
「なら大丈夫。あーそれならさ、もし俺の調香が気に入ったら何か簡単な魔術を見せてくれない? 俺、魔力ないから真似るとか絶対無理だしさ。まぁ無理にとは言わないけど、もしいいなーって思ったらで! どう?」
「まあ……考えてやってもいい」

 ニイロのことを全面的に信用しているわけではないのだが、先ほどの会話で軽薄ではあるがそう悪い人物ではないような気がしていた。そうであれば、簡単な魔術くらい見せてもいい気がする。
 いや、話を聞く限り、いろんな街を転々として暮らしてきて、その場その場で食い散らかしてきた女性は両手では数えられずという破天荒で軽薄な人物には違いないのだが。でも——不思議と悪人の雰囲気はしないのだ。

 実際に犯罪の類いに手を染めたりはしてない様子だし、女性関係はとっかえひっかえのようだが踏み越えてはいけない線は越えていないようだった。だから世の女性もニイロに夢中になってしまうのかもしれない。
 オリヴェルは女性ではないが、今までニイロに心をときめかせてきた女性たちの気持ちの欠片くらいならわかるような気がして、つい「考えてもいい」なんて返したのだ。

「やった! んじゃ、張り切っちゃおーっと。あ、テーブル借りていい?」

 どうぞ、と促すとニイロは鼻歌まじりで鞄から調香用の道具を食卓机の上へと並べ始めた。
 小さな瓶に入った香料らしき液体が十本と、マグカップの半分ほどの大きさのガラスの容器。それから細い棒や小さな乳鉢と乳棒など。ニイロが簡易道具と言っていたように限られた道具たちがテーブルの上に綺麗な配置で置かれていった。

(疑ってたわけじゃないけど、本当に調香師なんだな)

 ハーブティーの調合も目の前でちゃちゃっと済ませたニイロだが、やはり調香師の本領と言えば香水や香油の調香だろう。その道具を真剣な眼差しで並べる姿はとても様になっていて、オリヴェルは感心した。オリヴェルも魔術に対しては常に真摯でありたいと思っているので、調香作業に対して真剣な眼差しで向き合うニイロは悪くないなと思った。

 道具一式を並べ終えると、ニイロは「苦手な香りはある?」や「好きな食べ物は?」といった質問をオリヴェルにした。その質問に端的に答えながら、オリヴェルはニイロの手元をじっと見つめていた。

 ハーブティーを淹れるときも思ったが、やはりこの男の所作は美しい。
 小さな瓶を摘まんで香りを嗅ぐ仕草も、中に入った香料を一滴一滴慎重に垂らす姿も、どことなく光を帯びているようできらきらとしていた。時間はまだ夕方には早く、午後の柔らかい陽光が居間と台所の窓からゆらゆらと差し込んでいる。その光がニイロの手元を柔らかく照らしていて、物語の一場面のような優しくも神秘的な印象があった。

(長いこと生きてるけど、調香するのは初めて見たな。それに……ニイロの仕草は、魔術に似ている)

 自分が魔術をかける姿を見たことはないが、師匠や彼女の友人たちが魔術をかけるときの仕草に近いものを感じた。『調香の魔術師』というのは、魔術のように素晴らしい調香技術を持っているというたとえだと思っていたが、もしかしたらこういった姿を見た者がつけた異名なのかもしれない。

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