【完結】古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

秋良

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古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

04. 番っていうのは興味ない *

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「……きれいなものだな」

 オリヴェルはぽつりと呟いていた。

「ふふ、そう思ってくれるなら嬉しいよ。披露した甲斐がある。——よし、これで完成。はいどうぞ」
「あ、ありがとう……」

 蔓の飾りが施された瓶に詰められた香油を渡され、オリヴェルは戸惑いながらも受け取った。「嗅いでみて」と促されたので、瓶の蓋をきゅぽんっと開けて、鼻をそっと近づけてみる。ハーブをいくつか混ぜたすっきりとした香りがした。

「どう? オリヴェルの好みに合っていたらいいんだけど」
「嫌いじゃない、と思う」

 香水も香油の類も、オリヴェルは使ったことがない。
 どうやって使ったらいいのか訊ねれば、指先や髪に塗ったりして楽しんでもいいし、小皿に入れて香りを楽しむだけでもいいのだと言われた。
 馴染みのない使い方だし、女性が好みそうだなとは思ったけれど、貰った香油の匂いは嗅いでいるだけで心が落ち着く気がしたので、魔術仕掛けの雑貨を作るときに机の隅にでも置いてみようと思った。
 オリヴェルが気を良くしたのに気づいてか、ニイロはにこにこと笑っていた。そして、こう訊ねたのだ。

「ところでさ、オリヴェルはオメガだよね? それに、俺のつがいかも」
「え……」
「あれ、違った? もしかして匂いに気づいてるのって俺だけ? 俺、鼻には自信あったんだけどなぁ……。あ、俺の祖先って『古き民』がどっかに混じってるらしくってね。それで俺ってアルファなんだよ。で、オリヴェルからはいい匂いがしてるから、もしかしてって思ったんだけど」

 オリヴェルはハッと瞠目した。
 ——まさかニイロが、本当にアルファだったなんて。

(いい匂いがしていたのは調香師だからじゃなかったのか)

 オリヴェルが戸惑っていると、ニイロは言葉を続けた。

「俺は魔力はないけど、第二の性はあったみたいでさ。あと寿命も古き民よりは全然短いけど、普通の人間よりはちょっと長いっぽい。まーそればっかりは生きていかなきゃわかんないけど。俺って見た目は二十七歳くらいじゃない? じつは四十は生きてるんだよね。だから街を転々としてたんだけどさ。ほら、あんまり年を取らないと怪しまれるし。あーそれでね、オリヴェルは魔術師だし、いい匂いがするからオメガっぽいなーって」

 スンスンと鼻を震わせるニイロに、オリヴェルは一つ小さく息をつく。
 匂いがわかるというのなら、隠し通すことは無駄だ。オリヴェルは自分が魔術師だと伝えてしまったし、そうでなくとも真っ白な髪は高い魔力を持つ者の証なのだ。オメガでないと否定したところで、嘘であることはバレバレなので仕方がない。

「たしかに僕はオメガだ。古き民だから、もう二百年は生きてる」
「やった、当たった! てか俺より年上だったかー。ごめん、年下かと思ってた」
「っ、オメガだとしても、だ!」

 自分は古き民であり、オメガの性を持つ者だとオリヴェルが伝えたところで、ニイロは喜びの声をあげた。だがオリヴェルは、はしゃぐニイロに鋭い声を投げた。

「番だとかどうとかっていうのは、やめてほしい。僕は番っていうのは興味ないんだ。キミから匂いは感じるけれど、だからって番だと決めつけるのは違うと思う。そもそもアルファだろうとオメガだろうと、僕とキミは今日初めて会った者同士だろう。よく知りもしない相手にあれこれ言われるのは好きじゃない」

 オリヴェルが生まれた時代では、もう古き民は数を減らしていたのでアルファとオメガの性を持つ者も希少なのだと師匠から聞いた。師匠や彼女の友人はベータの者ばかりで唯一同じオメガの性を持つ者が一人いたが、その者もつい八十年ほど前に天寿を全うした。
 その彼が言っていたのは、まだ今より古き民が街にも息づいていた時代、オメガの者は大変な苦労をしたのだということだ。そういう背景から、彼や師匠からは「アルファだとかオメガだとかをあげつらうのは良くない」と聞いていたので、自分はアルファでオリヴェルがオメガだと好き勝手話し始めたニイロに眉を顰めたのだ。

「あー……そうだよね。ごめんね、悪気はなかったんだ。いい匂いだし、二次性を持つ人と会うのは久しぶりだったから、つい嬉しくなっちゃって。でもさ、番かどうかはさておき、俺はオリヴェルとなら仲良くなれるって思うよ?」

 香油を貰ったときとは打って変わって怪訝な表情を浮かべていたオリヴェルにニイロは謝った。だけど、いまだ眉を顰めるオリヴェルに対して気負うこともなく、自身の考えを述べてみせた。

 ——仲良くなれるだって?

 まだ数時間しか一緒にいないのに、よくもまあそんかセリフを吐けるものだと感心する。やはり女たらしなだけはある。だが同時に、仲良くなれるという彼の言葉を聞いて、心がさわさわと動いたような気がした。
 一人にも孤独にも慣れきってきたはずなのに、なぜ「仲良くなれる」なんて言葉が嬉しいと思ってしまうのだろう。

「どうしてそう言い切れるんだ?」
「ん-、勘かな。それに、わかるんだ。オリヴェルも俺に惹かれてるってこと」
「……っ」

 ニイロの言うことは、当たってる。
 森の奥にある泉の近くで出会ったときは、正直に言えば面倒なことになったなと思っていた。ついつい口車に乗せられて家に招いてしまった直後も「なんでこんなことに……」と思っていた。けれどハーブティーを淹れてくれたり、各地の街の話やニイロの好きなもの、最近近くの街であった面白い出来事などを聞いているうちに、目の前の男をそこまで忌避していないことに薄々気づいてはいた。

 オリヴェルは街には出ても、馴染みの店主と買い出しによる店の店員以外と言葉を交わすことはない。馴染みの店主だって、交わす言葉は商品をいくらで買い取るといった内容とちょっとした世間話程度だ。それで十分にやっていけていたので、オリヴェルは不自由していなかった。子供の頃から他人に関心がなかったが、師匠が亡くなってからはそれに拍車がかかって、もう五十年も一人でひっそりと暮らしてきた。
 だからこんなにたくさんの、他愛のない言葉を交わしたのは久しぶりで。それが、心地が良いことに気づいていた。

 けれど『惹かれている』なんて直接的な言葉で言い表されるのは恥ずかしかった。出会って数時間の男に心のうちを読まれたことに当惑した。
 しかしオリヴェルの戸惑いなど気にも留めずにニイロは言う。

「俺もこんなにも誰かに惹かれるのは初めて。だからさ——」

 ——もっとオリヴェルのこと、教えてよ。

 瑠璃色の瞳に獰猛な光が帯びたと思った瞬間、さっと席を立ったニイロに覆い被さるように口づけをされていた。

「んぅ……っ!」

 顎を捕らえられて、上を向けられたところで唇を塞がれて、歯列を舌で割られる。
 直後に、ふわっと柑橘類の香りが体を包み込んだ。調香した香りではなく、ニイロ自身が持つアルファのフェロモンの香りであることを、オリヴェルは先ほどのやり取りで理解している。だからだろうか、体がぞくぞくとして、ぽっと体の奥に熱が灯るような気がした。
 舌を追い回され、口蓋を舐められ、息をつこうにもその吐息すら食べられる。

「ぁ……な、んで……」
「オリヴェルのこと、気に入ったから。オリヴェルは俺のこと嫌い? 反応は嫌じゃなさそうだけど嫌だった? 人の気持ちを読むのは得意なほうなんだけどなぁ」

 唇を離して、くくっと愉快そうに笑う男はオリヴェルの頬を両手で包み込んで、捕食者の瞳で見下ろしてくる。
 ニイロにはすべてわかっているのだ。オリヴェルがたったの数時間でニイロという男に惹かれてしまったことを。女にだらしがなく、軽薄そうなアルファをなぜかもっと知りたいと思ってしまったことを。
 ニイロには、すべてお見通しなのだ。

「ちょっとくらい強引なほうが好きだったり? ならさ、俺に委ねちゃってよ」
「そんなこと、できるわけ……」
「ええー、魔術師だから? それとも誰かの許可が必要だったりする?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあいい歳した大人同士なんだし、お互い合意の上ならイイ関係になっちゃってもいいよね」

 それに否とも応とも言わぬうちに、ニイロはさっとオリヴェルを椅子から掬い上げた。オリヴェルはニイロに比べたら小柄ではあるが、細身のどこにそんな力があるのか、ニイロは軽々とオリヴェルを横抱きにしていた。
 本当に嫌だったらやめるけど、と言われてオリヴェルは何も返せなかった。

 だって、別に嫌じゃない。
 ニイロのことを、もっと知りたい——。

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