4 / 11
古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる
04. 番っていうのは興味ない *
しおりを挟む「……きれいなものだな」
オリヴェルはぽつりと呟いていた。
「ふふ、そう思ってくれるなら嬉しいよ。披露した甲斐がある。——よし、これで完成。はいどうぞ」
「あ、ありがとう……」
蔓の飾りが施された瓶に詰められた香油を渡され、オリヴェルは戸惑いながらも受け取った。「嗅いでみて」と促されたので、瓶の蓋をきゅぽんっと開けて、鼻をそっと近づけてみる。ハーブをいくつか混ぜたすっきりとした香りがした。
「どう? オリヴェルの好みに合っていたらいいんだけど」
「嫌いじゃない、と思う」
香水も香油の類も、オリヴェルは使ったことがない。
どうやって使ったらいいのか訊ねれば、指先や髪に塗ったりして楽しんでもいいし、小皿に入れて香りを楽しむだけでもいいのだと言われた。
馴染みのない使い方だし、女性が好みそうだなとは思ったけれど、貰った香油の匂いは嗅いでいるだけで心が落ち着く気がしたので、魔術仕掛けの雑貨を作るときに机の隅にでも置いてみようと思った。
オリヴェルが気を良くしたのに気づいてか、ニイロはにこにこと笑っていた。そして、こう訊ねたのだ。
「ところでさ、オリヴェルはオメガだよね? それに、俺の番かも」
「え……」
「あれ、違った? もしかして匂いに気づいてるのって俺だけ? 俺、鼻には自信あったんだけどなぁ……。あ、俺の祖先って『古き民』がどっかに混じってるらしくってね。それで俺ってアルファなんだよ。で、オリヴェルからはいい匂いがしてるから、もしかしてって思ったんだけど」
オリヴェルはハッと瞠目した。
——まさかニイロが、本当にアルファだったなんて。
(いい匂いがしていたのは調香師だからじゃなかったのか)
オリヴェルが戸惑っていると、ニイロは言葉を続けた。
「俺は魔力はないけど、第二の性はあったみたいでさ。あと寿命も古き民よりは全然短いけど、普通の人間よりはちょっと長いっぽい。まーそればっかりは生きていかなきゃわかんないけど。俺って見た目は二十七歳くらいじゃない? じつは四十は生きてるんだよね。だから街を転々としてたんだけどさ。ほら、あんまり年を取らないと怪しまれるし。あーそれでね、オリヴェルは魔術師だし、いい匂いがするからオメガっぽいなーって」
スンスンと鼻を震わせるニイロに、オリヴェルは一つ小さく息をつく。
匂いがわかるというのなら、隠し通すことは無駄だ。オリヴェルは自分が魔術師だと伝えてしまったし、そうでなくとも真っ白な髪は高い魔力を持つ者の証なのだ。オメガでないと否定したところで、嘘であることはバレバレなので仕方がない。
「たしかに僕はオメガだ。古き民だから、もう二百年は生きてる」
「やった、当たった! てか俺より年上だったかー。ごめん、年下かと思ってた」
「っ、オメガだとしても、だ!」
自分は古き民であり、オメガの性を持つ者だとオリヴェルが伝えたところで、ニイロは喜びの声をあげた。だがオリヴェルは、はしゃぐニイロに鋭い声を投げた。
「番だとかどうとかっていうのは、やめてほしい。僕は番っていうのは興味ないんだ。キミから匂いは感じるけれど、だからって番だと決めつけるのは違うと思う。そもそもアルファだろうとオメガだろうと、僕とキミは今日初めて会った者同士だろう。よく知りもしない相手にあれこれ言われるのは好きじゃない」
オリヴェルが生まれた時代では、もう古き民は数を減らしていたのでアルファとオメガの性を持つ者も希少なのだと師匠から聞いた。師匠や彼女の友人はベータの者ばかりで唯一同じオメガの性を持つ者が一人いたが、その者もつい八十年ほど前に天寿を全うした。
その彼が言っていたのは、まだ今より古き民が街にも息づいていた時代、オメガの者は大変な苦労をしたのだということだ。そういう背景から、彼や師匠からは「アルファだとかオメガだとかを論うのは良くない」と聞いていたので、自分はアルファでオリヴェルがオメガだと好き勝手話し始めたニイロに眉を顰めたのだ。
「あー……そうだよね。ごめんね、悪気はなかったんだ。いい匂いだし、二次性を持つ人と会うのは久しぶりだったから、つい嬉しくなっちゃって。でもさ、番かどうかはさておき、俺はオリヴェルとなら仲良くなれるって思うよ?」
香油を貰ったときとは打って変わって怪訝な表情を浮かべていたオリヴェルにニイロは謝った。だけど、いまだ眉を顰めるオリヴェルに対して気負うこともなく、自身の考えを述べてみせた。
——仲良くなれるだって?
まだ数時間しか一緒にいないのに、よくもまあそんかセリフを吐けるものだと感心する。やはり女たらしなだけはある。だが同時に、仲良くなれるという彼の言葉を聞いて、心がさわさわと動いたような気がした。
一人にも孤独にも慣れきってきたはずなのに、なぜ「仲良くなれる」なんて言葉が嬉しいと思ってしまうのだろう。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「ん-、勘かな。それに、わかるんだ。オリヴェルも俺に惹かれてるってこと」
「……っ」
ニイロの言うことは、当たってる。
森の奥にある泉の近くで出会ったときは、正直に言えば面倒なことになったなと思っていた。ついつい口車に乗せられて家に招いてしまった直後も「なんでこんなことに……」と思っていた。けれどハーブティーを淹れてくれたり、各地の街の話やニイロの好きなもの、最近近くの街であった面白い出来事などを聞いているうちに、目の前の男をそこまで忌避していないことに薄々気づいてはいた。
オリヴェルは街には出ても、馴染みの店主と買い出しによる店の店員以外と言葉を交わすことはない。馴染みの店主だって、交わす言葉は商品をいくらで買い取るといった内容とちょっとした世間話程度だ。それで十分にやっていけていたので、オリヴェルは不自由していなかった。子供の頃から他人に関心がなかったが、師匠が亡くなってからはそれに拍車がかかって、もう五十年も一人でひっそりと暮らしてきた。
だからこんなにたくさんの、他愛のない言葉を交わしたのは久しぶりで。それが、心地が良いことに気づいていた。
けれど『惹かれている』なんて直接的な言葉で言い表されるのは恥ずかしかった。出会って数時間の男に心のうちを読まれたことに当惑した。
しかしオリヴェルの戸惑いなど気にも留めずにニイロは言う。
「俺もこんなにも誰かに惹かれるのは初めて。だからさ——」
——もっとオリヴェルのこと、教えてよ。
瑠璃色の瞳に獰猛な光が帯びたと思った瞬間、さっと席を立ったニイロに覆い被さるように口づけをされていた。
「んぅ……っ!」
顎を捕らえられて、上を向けられたところで唇を塞がれて、歯列を舌で割られる。
直後に、ふわっと柑橘類の香りが体を包み込んだ。調香した香りではなく、ニイロ自身が持つアルファのフェロモンの香りであることを、オリヴェルは先ほどのやり取りで理解している。だからだろうか、体がぞくぞくとして、ぽっと体の奥に熱が灯るような気がした。
舌を追い回され、口蓋を舐められ、息をつこうにもその吐息すら食べられる。
「ぁ……な、んで……」
「オリヴェルのこと、気に入ったから。オリヴェルは俺のこと嫌い? 反応は嫌じゃなさそうだけど嫌だった? 人の気持ちを読むのは得意なほうなんだけどなぁ」
唇を離して、くくっと愉快そうに笑う男はオリヴェルの頬を両手で包み込んで、捕食者の瞳で見下ろしてくる。
ニイロにはすべてわかっているのだ。オリヴェルがたったの数時間でニイロという男に惹かれてしまったことを。女にだらしがなく、軽薄そうなアルファをなぜかもっと知りたいと思ってしまったことを。
ニイロには、すべてお見通しなのだ。
「ちょっとくらい強引なほうが好きだったり? ならさ、俺に委ねちゃってよ」
「そんなこと、できるわけ……」
「ええー、魔術師だから? それとも誰かの許可が必要だったりする?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあいい歳した大人同士なんだし、お互い合意の上ならイイ関係になっちゃってもいいよね」
それに否とも応とも言わぬうちに、ニイロはさっとオリヴェルを椅子から掬い上げた。オリヴェルはニイロに比べたら小柄ではあるが、細身のどこにそんな力があるのか、ニイロは軽々とオリヴェルを横抱きにしていた。
本当に嫌だったらやめるけど、と言われてオリヴェルは何も返せなかった。
だって、別に嫌じゃない。
ニイロのことを、もっと知りたい——。
30
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
庶子のオメガ令息、嫁ぎ先で溺愛されています。悪い噂はあてになりません。
こたま 療養中
BL
男爵家の庶子として産まれたサシャ。母と二人粗末な離れで暮らしていた。男爵が賭けと散財で作った借金がかさみ、帳消しにするために娘かオメガのサシャを嫁に出すことになった。相手は北の辺境伯子息。顔に痣があり鉄仮面の戦争狂と噂の人物であったが。嫁いだ先には噂と全く異なる美丈夫で優しく勇敢なアルファ令息がいた。溺愛され、周囲にも大事にされて幸せを掴むハッピーエンドオメガバースBLです。間違いのご指摘を頂き修正しました。ありがとうございました。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる