【完結】古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

秋良

文字の大きさ
7 / 11
古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

07. すっ飛ばしちゃってごめんね?

しおりを挟む
 午後の陽射しが差し込む作業部屋で一人静かに作業を進める。街で仕入れた玩具や雑貨に魔術をかけて新しい息吹を注ぐ。魔術がかかった雑貨たちは火もないのに光を灯したり、書き記された文字が劣化しにくかったり、涼しい風が吹いたりと少し不思議な効果を帯びる。機械の技術が発展してきた昨今では、魔術仕掛けの物はただの骨董品だ。それでも一部の好事家には売れて、オリヴェルの貴重な収入源になっている。
 もしかしたら、他の国に行けばまだ魔術が重宝されている場所があるのかもしれない。けれど静かにひっそりと暮らしてきたオリヴェルは今さら師匠と暮らしたこの家と森を離れる気も起きなかった。

 あと何百年生きられるかはわからないが、細々と暮らしていければそれでいい。

 オリヴェルが魔術をかけるのに没頭していると、コンコンと玄関の戸を叩く音が聞こえた。
 夢中になっていたので、何度か叩かれていたことに気づかずに、オリヴェルは慌てて顔を上げた。

(……誰だろう?)

 窓を見れば、もう陽もだいぶ落ちてきている。長い時間、作業に集中していたようだ。
 陽が落ちて夜になるにつれ、森は危険に満ちていく。だから昼をだいぶ過ぎれば、オリヴェルのもとを訪れる訪問者はほとんどいないのだ。とはいえ、魔術師であれば暗闇も明るく照らして進み、途中で獣が現れても撃退できる術を持っている場合がある。師匠の友人が来る報せは届いてなかったが、誰かが来たのかもしれない。

 そう思ってコンコンと叩かれ続けている玄関の戸を開けると——想像していなかった人物がそこにはいた。

「ニイロ……!」
「オリヴェル、お待たせ。あーやっと戻ってこれた。疲れたー。ちょっとオリヴェル成分を補充させてー」
「うわっ」

 戸を開けるや、ニイロはがばっとオリヴェルに抱きついた。ぎゅうぎゅうと背中に回した両手でオリヴェルを抱き締める。

「な、なんでここに?」

 細身ながらも、力いっぱいに抱き締められたオリヴェルはニイロの腕の中で混乱していた。
 ニイロはもうここには来ないと思っていたのだ。仕事も私生活も順調なようで、女性にも困ることなく楽しく暮らしている噂を耳にしていた。こんな辺鄙なところへ来る理由など、ないはずなのに。

「なんでって、やらなきゃいけないことを全部済ませてきたからだよ。本当はもっと早く戻ってくるつもりだったのに、仕事のあれこれをまとめるのが思った以上に大変でさー。あと女の子たちにちゃんと説明していくのも結構大変だった」
「え……え……?」

 やらなきゃいけないこと?
 仕事のあれこれ? 女の子たちに説明?

 たしかに一ヶ月前にここを出ていくとき、彼はやらなきゃいけないことをするとは話していた。それは仕事だったり、女性との交流だったり、そういう彼が街で暮らす日常のことを指していると思っていた。だが、それを全部済ませてきたというのはどういうことだろう。

「もしかして、もう俺は来ないかもって思ってた?」
「だって、ひと月だぞ? それにこの前、街に降りたときもニイロは調香師として仕事も順調で、女性ともよく会っていると聞いたから、僕のことはもう忘れたと思って……」
「あー……なるほど、しまったな。でもそりゃそうなるか。ごめんねオリヴェル。ちゃんと説明させて」

 とりあえず中に入れてよ、と言うニイロに促されるまま、オリヴェルは彼を家へと入れた。
 一ヶ月前と同じように、食卓机を挟んで二人で椅子に座る。お湯を用意しようかと思ったが、まずは話を聞いてほしいとやたらと真剣な瞳を向けて言われて、オリヴェルはおずおずと椅子に座るほかなかった。

 それから聞いたニイロの話は、オリヴェルが考えていたこととは全く違うものだった。
 たしかに街に戻ってからニイロは調香師の仕事をしていたという。しかし、しばらくしたら街を離れて暮らす予定なので、今までと同じ納品量や期間でなくなることをお得意先に説明し、新しい量や期間で納得してもらえるように調整していたらしい。
 そして多くの女性とも会っていたが、いずれの女性とも肉体関係を持つことなく、手を繋ぐことすらしなかったそうだ。というのも、それまでお互い本気ではない気楽な関係を楽しんでいた女性たちに「本気の人ができたから」と話をして、交流関係を清算したのだという。

「オリヴェルとここで暮らしたいって思ったから、ぜんぶ綺麗にしてきた。って、あーそっか……俺、オリヴェルに一緒に暮らしたいって言わなかったっけ?」
「う、うん……」
「あはは、ごめん。オリヴェルとは体だけじゃなくて、心も繋がった気がしたんだ。えーっと、順番がめちゃくちゃになっちゃったけど改めて——オリヴェル、俺と一緒に暮らしてくれないかな? といっても、俺がここに引っ越してきたいんだけど。そして嫌って言われたら困るんだけど」

 住んでた街の家も引き払っちゃったんだよね、とニイロは笑いながら眉を下げた。

「え、っと……それはつまり、キミがここで暮らすってことか?」
「うん、そう言ってるつもりなんだけど。調香師の仕事はここでもできるし、オリヴェルが街に降りるときに俺も一緒に行って商品を売ったらいいかなーって思って。必要だったら俺だけ街に商品を売りに行ってもいいし。大丈夫、ちゃんと食えるだけのお金は稼ぐから! むしろ人気調香師だからお金には困らせないつもりだよ」

 ダメかな、と子犬のように首を傾げるニイロにオリヴェルははぁーっと大きくため息をついた。

「なんだ……本当に戻ってくるつもりだったのか」
「俺もいろいろすっ飛ばしちゃってごめんね? でも浮気しないでねって言ったでしょ」

 ごめんと謝っているのに、なぜか悪びれた様子のないニイロにオリヴェルはなんて言っていいかわからなかった。けれど、これがニイロという男なのだろうなと思うと、不思議と嫌ではなくて許せてしまう気がした。彼と一緒にいた時間は先日のことを含めても、それほど多いわけではないのに、ニイロが本当に悪いと思っていて、そして同じくらいオリヴェルに告げた言葉に嘘がないことがわかってしまった。
 そうしてオリヴェルは、気がつけば彼のペースに巻き込まれてしまっていた。そう……どうにも調子が狂うのだ。

「好きだよ、オリヴェル。一緒にお爺ちゃんになろう」

 ニイロがあまりにも綺麗に笑うので、オリヴェルも笑って頷いた。

 古き民の自分と、古き民の血を僅かに流してはいても人間のニイロとでは、どのくらい時間の進みが違うのかはわからない。でもおそらく、ニイロのほうが先に天へと旅立ってしまうだろう。それはきっと、ものすごく寂しくて悲しくて耐え難いものかもしれない。

 けれど、ニイロはオリヴェルの番だ。
 見つけた番と添い遂げるのは、きっと何もおかしなことではない。番と離れながら暮らすほうが、ずっと何倍も寂しくて悲しいことだ。

 きっと師匠も自分のことを、天から笑って見ていることだろう。
 ほら、結界を張っておいてよかったでしょう、と。

「僕、あと三百年くらい生きると思うから、ニイロも長生きしてくれ」
「うわー長生きだなぁ。まぁ、オリヴェルの願いだから頑張ってみるよ。あ、魔術でどうにかできたりしない?」
「しない。……けどまあ、研究してみるのは悪くないな」

 二人はどちらともなく顔を寄せて、唇を重ねた。
 そこには柑橘類の香りと、優しく甘いハーブの香りがふんわりと立ち込めていた。



 + + +

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

庶子のオメガ令息、嫁ぎ先で溺愛されています。悪い噂はあてになりません。

こたま 療養中
BL
男爵家の庶子として産まれたサシャ。母と二人粗末な離れで暮らしていた。男爵が賭けと散財で作った借金がかさみ、帳消しにするために娘かオメガのサシャを嫁に出すことになった。相手は北の辺境伯子息。顔に痣があり鉄仮面の戦争狂と噂の人物であったが。嫁いだ先には噂と全く異なる美丈夫で優しく勇敢なアルファ令息がいた。溺愛され、周囲にも大事にされて幸せを掴むハッピーエンドオメガバースBLです。間違いのご指摘を頂き修正しました。ありがとうございました。

「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。 そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。 あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。 そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。 「お前がずっと、好きだ」 甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。 ※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています

処理中です...