8 / 11
古き魔術師、やっぱりナンパな調香師にヒート中に嗅がれまくって愛される
08. なら話は早い
しおりを挟む「ニイロ、ちょっと来てくれ」
家の庭先でハーブの選定をしていたニイロに、オリヴェルは声をかけた。
時間はまだ日中で、森の奥に位置するここでも木漏れ日が降り注いで明るい時間帯だ。
「なになに、どうしたの? なんかあった? 困りごと?」
「まあいいから、とりあえず来て。避けて通れないことだから、きちんと伝えておこうと思って」
オリヴェルが声をかけると、ニイロはにこにこと嬉しそうに振り返った。栗色の髪の毛に瑠璃色の瞳を持ち、長身でいかにも女性にモテそうな美男が木漏れ日の中で振り返る姿は、かなり迫力がある。何度見ても目の保養がすぎる恋人に瞬きを数度してから、オリヴェルはニイロを手招いた。家に入れという合図だ。
選定作業を止めたニイロは首を傾げながらも、オリヴェルに呼ばれて家の中へと戻った。
(はぁ。恋人の顔が無駄にいいのも困りものだな……)
ニイロは、街で人気の調香師だ。
人気の理由はもちろん調香の腕が良いからだが、その優れた容姿と明るく人懐っこい性格がさらに拍車をかけている。見目の良さから女に困ることはないし、実際にニイロに声をかける女性は多い。それがオリヴェルは少し面白くないのだが、そう言えばニイロが調子に乗ることがわかっているのでオリヴェルは何も言わないでおいている。
ただ、ニイロと暮らすようになって二十日ほど経つが、オリヴェルは時折考えるのだ。
——平凡で、しかも古臭い魔術師なんかの自分がこんな華やかな男と暮らしていいのだろうかと。
オリヴェルとしては、自分が魔術師であることも、今は稀少な存在になってしまった『古き民』という種族であることも恥じる気持ちはない。
しかし今や、世界の技術と文化は魔術から機械へと主力を移行し、魔術も魔術仕掛けの品も骨董品のような扱いだ。調香師なんて、おしゃれで流行の最先端を行くような職業とは真逆の存在だ。
さらに『古き民』は五百年近く寿命があるのに対して、普通の人間は七十年も生きられたら大往生という世界。人間と生きる時間の流れが異なる自分が、人気調香師の時間を貰ってしまっていいのかと思ったりもする。
——まあ、そういうニイロも古き民の血を祖先に持ち、先祖返りによって、そこらへんの人間よりも寿命が長いようだから、時間は大したことではないのだが。
そう、魔術師と調香師であることは問題ない。
見た目は二十三歳くらいだけど二百年は生きている自分と、見た目は二十七歳くらいだけど実際には四十年生きているニイロとの、奇妙な年の差もこの際、問題はない。
「可愛いオリヴェルの話なら、何でも聞いちゃうよ」
「……可愛くはないと思うんだけど」
「えー、オリヴェルは可愛いよ。あんたがなんて言おうが、俺にとっては可愛いからね!」
オリヴェルが時折考えてしまうのは、美男のニイロとでは平凡な自分は釣り合わないような気がすることだ。
見目が良く華やかなニイロに対して、オリヴェルは平凡だ。ニイロはオリヴェルを「可愛い」と毎日どころか毎時間のように言ってくるけれど、客観的に見てオリヴェルの顔のつくりは平凡で、生まれつき真っ白な髪と琥珀色の瞳という色彩の薄さくらいが目を引く程度。小柄で細身な体躯は男としては頼りなさすぎて、女性にモテる要素の欠片もない。
笑顔を向けて、片目を瞑ってまで見せるニイロに、オリヴェルは一つ息をついた。
(まあいい……。とりあえず、まずは話だ。お互いにとって大切なことだから、きちんと伝えておかないと)
ニイロが、すでに定位置になった食卓机に並んだ椅子に腰かけると、オリヴェルも向かいの椅子に座って、意を決して口を開いた。
「僕がオメガなのは知っての通りだろうけど、そのオメガに関する話だ」
「うん? たしかにオリヴェルがオメガなのは知ってるけど、なになに改まって」
「キミは二次性を持つ者にあまり出会ったことがないと言っていたけれど、オメガに発情期があることは知っているか?」
二次性というのは、古き民と、古き民の血が混じった人間のうち先祖返りをした一部の者にのみ現れる男女とは異なる性のことだ。アルファ、ベータ、オメガの三つの性があり、ニイロはアルファ、オリヴェルはオメガの性を有している。
この二次性がニイロとオリヴェルを引き合わせた要因なのだが、この二次性ゆえに二人の関係で絶対的に考えなければならないものがある。二次性ゆえにというか、オリヴェルがオメガゆえに、ということだが。
「あー、そのこと。大丈夫、もちろん知ってるよ」
「なら話は早い。例に漏れず僕も発情期がある。周期は人それぞれだが、僕は今のところ二ヶ月に一度だ」
「ふむふむ」
ニイロに伝えたかったことがヒートの話だとわかって、ニイロはいつものへらへらした軽い態度から少しだけシャキッとした雰囲気を纏わせて真剣に話を聞いてくれた。
オリヴェルが持つオメガという性の者には、発情期と呼ばれる期間が存在する。周期は人によって異なるが、一ヶ月から三ヶ月くらいおきに発情期がやってきて、その期間中は子を孕みやすい体となるのだ。オリヴェルも男ではあるがオメガなので、発情期中に子胤を注がれれば子を成すことができる。そしてその発情期だが、子を孕みやすい体にするためか文字通り、オメガは獣のように発情しっぱなしになってしまうのだ。発情すると自分の意思とは関係なく他性——特にアルファをフェロモンで誘引してしまうため、発情期中のオメガの近くに寄るのは非常に危険とされている。また、オメガ本人の性衝動が高まるため、本能で交合を求める厄介な期間となる。
「その発情期が、おそらく来週あたりにやってくる」
オリヴェルははっきりと伝えた。
アルファとオメガ、それぞれの性を持つ二人が一つ屋根の下で暮らすのだから、いつかは話をしなければならないことだった。その時がついに来たのだ。
先に述べた通り、オリヴェルに発情期が来れば意思とは関係なく、アルファのニイロをオリヴェルのフェロモンで誘引してしまうことになる。そしてオリヴェルは高まった性衝動から逃げられない。だから、発情期がいつ来て、どう過ごすかを伝えておく必要があった。これは二次性を持つ者ならば誰もが通る、互いを尊重しながら暮らすためのマナーだった。
「ニイロに迷惑をかけることになるから、作業部屋にこもって過ごすつもりだ。寝室はキミが使ってくれて構わない。ああそれと、申し訳ないけど発情期の間、食事や掃除、洗濯をすることはできないから、キミ一人で対応してもらうことになるけれど——」
「ちょ、ちょっと待った!」
発情期の過ごし方について、オリヴェルは自分はまったく使い物にならなくなることを包み隠さず伝えるつもりだった。
発情した体は理性が効きづらいため、オリヴェルは寝室ではなく作業部屋にこもるつもりだ。この家には、扉に鍵がかけられる部屋は二つ——寝室と作業部屋だ。今までオリヴェルは一人暮らしだったため、発情期中は寝室にしっかりと鍵をかけて——一人暮らしだったので誰かが入ってくる可能性は低いのだが万が一の訪問者を見据えてだ——やり過ごしていた。
しかしニイロと二人暮らしになった今、彼と離れられてこもれる場所は作業部屋しかない。作業部屋には寝椅子もあるので、発情期中の四日ほどを過ごすのも可能だろう。その四日の間、オリヴェルはほとんど部屋から出ることができないので、分担している家事をすることもできない。すべてニイロに任せなければいけないのは、申し訳ないが仕方がない。
オリヴェルだって、性衝動に負けざるを得ない自分の体は浅ましいとは思うが、オメガであることは変えられないのだ。もう二百年近く付き合ってきた体なのだし、ニイロもアルファなのだから相互理解はしっかりすべきだとオリヴェルは滔々と言葉を紡いでいった。
しかし突如、ニイロから「待った」の声がかかる。
「ええっと、俺からいくつか確認させてもらっていい?」
「構わないけど……」
話を遮られたことに多少の不満はあったが、実年齢で言えばオリヴェルのほうが遥かに年上だ。まして先祖返りのニイロと、純粋な古き民のオリヴェルとでは二次性についての理解の深さも異なるだろう。だからニイロも色々と確認したいことがあるのだと思って、オリヴェルはニイロに返事をした。
34
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
庶子のオメガ令息、嫁ぎ先で溺愛されています。悪い噂はあてになりません。
こたま 療養中
BL
男爵家の庶子として産まれたサシャ。母と二人粗末な離れで暮らしていた。男爵が賭けと散財で作った借金がかさみ、帳消しにするために娘かオメガのサシャを嫁に出すことになった。相手は北の辺境伯子息。顔に痣があり鉄仮面の戦争狂と噂の人物であったが。嫁いだ先には噂と全く異なる美丈夫で優しく勇敢なアルファ令息がいた。溺愛され、周囲にも大事にされて幸せを掴むハッピーエンドオメガバースBLです。間違いのご指摘を頂き修正しました。ありがとうございました。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる