【完結】古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

秋良

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古き魔術師、やっぱりナンパな調香師にヒート中に嗅がれまくって愛される

08. なら話は早い

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「ニイロ、ちょっと来てくれ」

 家の庭先でハーブの選定をしていたニイロに、オリヴェルは声をかけた。
 時間はまだ日中で、森の奥に位置するここでも木漏れ日が降り注いで明るい時間帯だ。

「なになに、どうしたの? なんかあった? 困りごと?」
「まあいいから、とりあえず来て。避けて通れないことだから、きちんと伝えておこうと思って」

 オリヴェルが声をかけると、ニイロはにこにこと嬉しそうに振り返った。栗色の髪の毛に瑠璃色の瞳を持ち、長身でいかにも女性にモテそうな美男が木漏れ日の中で振り返る姿は、かなり迫力がある。何度見ても目の保養がすぎる恋人に瞬きを数度してから、オリヴェルはニイロを手招いた。家に入れという合図だ。
 選定作業を止めたニイロは首を傾げながらも、オリヴェルに呼ばれて家の中へと戻った。

(はぁ。恋人の顔が無駄にいいのも困りものだな……)

 ニイロは、街で人気の調香師だ。
 人気の理由はもちろん調香の腕が良いからだが、その優れた容姿と明るく人懐っこい性格がさらに拍車をかけている。見目の良さから女に困ることはないし、実際にニイロに声をかける女性は多い。それがオリヴェルは少し面白くないのだが、そう言えばニイロが調子に乗ることがわかっているのでオリヴェルは何も言わないでおいている。

 ただ、ニイロと暮らすようになって二十日ほど経つが、オリヴェルは時折考えるのだ。
 ——平凡で、しかも古臭い魔術師なんかの自分がこんな華やかな男と暮らしていいのだろうかと。

 オリヴェルとしては、自分が魔術師であることも、今は稀少な存在になってしまった『古き民』という種族であることも恥じる気持ちはない。
 しかし今や、世界の技術と文化は魔術から機械へと主力を移行し、魔術も魔術仕掛けの品も骨董品のような扱いだ。調香師なんて、おしゃれで流行の最先端を行くような職業とは真逆の存在だ。
 さらに『古き民』は五百年近く寿命があるのに対して、普通の人間は七十年も生きられたら大往生という世界。人間と生きる時間の流れが異なる自分が、人気調香師の時間を貰ってしまっていいのかと思ったりもする。
 ——まあ、そういうニイロも古き民の血を祖先に持ち、先祖返りによって、そこらへんの人間よりも寿命が長いようだから、時間は大したことではないのだが。

 そう、魔術師と調香師であることは問題ない。
 見た目は二十三歳くらいだけど二百年は生きている自分と、見た目は二十七歳くらいだけど実際には四十年生きているニイロとの、奇妙な年の差もこの際、問題はない。

「可愛いオリヴェルの話なら、何でも聞いちゃうよ」
「……可愛くはないと思うんだけど」
「えー、オリヴェルは可愛いよ。あんたがなんて言おうが、俺にとっては可愛いからね!」

 オリヴェルが時折考えてしまうのは、美男のニイロとでは平凡な自分は釣り合わないような気がすることだ。
 見目が良く華やかなニイロに対して、オリヴェルは平凡だ。ニイロはオリヴェルを「可愛い」と毎日どころか毎時間のように言ってくるけれど、客観的に見てオリヴェルの顔のつくりは平凡で、生まれつき真っ白な髪と琥珀色の瞳という色彩の薄さくらいが目を引く程度。小柄で細身な体躯は男としては頼りなさすぎて、女性にモテる要素の欠片もない。

 笑顔を向けて、片目を瞑ってまで見せるニイロに、オリヴェルは一つ息をついた。

(まあいい……。とりあえず、まずは話だ。お互いにとって大切なことだから、きちんと伝えておかないと)

 ニイロが、すでに定位置になった食卓机に並んだ椅子に腰かけると、オリヴェルも向かいの椅子に座って、意を決して口を開いた。

「僕がオメガなのは知っての通りだろうけど、そのオメガに関する話だ」
「うん? たしかにオリヴェルがオメガなのは知ってるけど、なになに改まって」
「キミは二次性を持つ者にあまり出会ったことがないと言っていたけれど、オメガに発情期ヒートがあることは知っているか?」

  二次性というのは、古き民と、古き民の血が混じった人間のうち先祖返りをした一部の者にのみ現れる男女とは異なる性のことだ。アルファ、ベータ、オメガの三つの性があり、ニイロはアルファ、オリヴェルはオメガの性を有している。

 この二次性がニイロとオリヴェルを引き合わせた要因なのだが、この二次性ゆえに二人の関係で絶対的に考えなければならないものがある。二次性ゆえにというか、オリヴェルがオメガゆえに、ということだが。

「あー、そのこと。大丈夫、もちろん知ってるよ」
「なら話は早い。例に漏れず僕も発情期ヒートがある。周期は人それぞれだが、僕は今のところ二ヶ月に一度だ」
「ふむふむ」

 ニイロに伝えたかったことがヒートの話だとわかって、ニイロはいつものへらへらした軽い態度から少しだけシャキッとした雰囲気を纏わせて真剣に話を聞いてくれた。

 オリヴェルが持つオメガという性の者には、発情期ヒートと呼ばれる期間が存在する。周期は人によって異なるが、一ヶ月から三ヶ月くらいおきに発情期がやってきて、その期間中は子を孕みやすい体となるのだ。オリヴェルも男ではあるがオメガなので、発情期中に子胤を注がれれば子を成すことができる。そしてその発情期だが、子を孕みやすい体にするためか文字通り、オメガは獣のように発情しっぱなしになってしまうのだ。発情すると自分の意思とは関係なく他性——特にアルファをフェロモンで誘引してしまうため、発情期中のオメガの近くに寄るのは非常に危険とされている。また、オメガ本人の性衝動が高まるため、本能で交合を求める厄介な期間となる。

「その発情期ヒートが、おそらく来週あたりにやってくる」

 オリヴェルははっきりと伝えた。
 アルファとオメガ、それぞれの性を持つ二人が一つ屋根の下で暮らすのだから、いつかは話をしなければならないことだった。その時がついに来たのだ。

 先に述べた通り、オリヴェルに発情期が来れば意思とは関係なく、アルファのニイロをオリヴェルのフェロモンで誘引してしまうことになる。そしてオリヴェルは高まった性衝動から逃げられない。だから、発情期がいつ来て、どう過ごすかを伝えておく必要があった。これは二次性を持つ者ならば誰もが通る、互いを尊重しながら暮らすためのマナーだった。

「ニイロに迷惑をかけることになるから、作業部屋にこもって過ごすつもりだ。寝室はキミが使ってくれて構わない。ああそれと、申し訳ないけど発情期の間、食事や掃除、洗濯をすることはできないから、キミ一人で対応してもらうことになるけれど——」
「ちょ、ちょっと待った!」

 発情期の過ごし方について、オリヴェルは自分はまったく使い物にならなくなることを包み隠さず伝えるつもりだった。
 発情した体は理性が効きづらいため、オリヴェルは寝室ではなく作業部屋にこもるつもりだ。この家には、扉に鍵がかけられる部屋は二つ——寝室と作業部屋だ。今までオリヴェルは一人暮らしだったため、発情期中は寝室にしっかりと鍵をかけて——一人暮らしだったので誰かが入ってくる可能性は低いのだが万が一の訪問者を見据えてだ——やり過ごしていた。
 しかしニイロと二人暮らしになった今、彼と離れられてこもれる場所は作業部屋しかない。作業部屋には寝椅子もあるので、発情期中の四日ほどを過ごすのも可能だろう。その四日の間、オリヴェルはほとんど部屋から出ることができないので、分担している家事をすることもできない。すべてニイロに任せなければいけないのは、申し訳ないが仕方がない。

 オリヴェルだって、性衝動に負けざるを得ない自分の体は浅ましいとは思うが、オメガであることは変えられないのだ。もう二百年近く付き合ってきた体なのだし、ニイロもアルファなのだから相互理解はしっかりすべきだとオリヴェルは滔々と言葉を紡いでいった。
 しかし突如、ニイロから「待った」の声がかかる。

「ええっと、俺からいくつか確認させてもらっていい?」
「構わないけど……」

 話を遮られたことに多少の不満はあったが、実年齢で言えばオリヴェルのほうが遥かに年上だ。まして先祖返りのニイロと、純粋な古き民のオリヴェルとでは二次性についての理解の深さも異なるだろう。だからニイロも色々と確認したいことがあるのだと思って、オリヴェルはニイロに返事をした。

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