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第一章 〜尾行から始まるバイオレンス〜
その1 ダブルエックスの男、82の女
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好きなものがわからない。
人生を賭してまで求めたいものがわからない。
自分の心ん中のどっかにあるんだろうってことはなんとなくわかってるけど、
それがなんなのか、
それがどんな形をしてるのか、
もやもやとしてわからない。
…それって寂しいことだよな?
ほら、なんていうの? 幸せに生きていくために、俺は俺に生まれてよかったよって人生を歩んでいくために、相当不利な感じがするんだよね。
周りの評判とか、反射的に起こる侮蔑の恐怖なんかに紛れ込んで見えなくなる、本当に欲しい何かがないみたいな気がしてさ。
期待に答えること、
敵を作らないこと、
生き抜くすべを身につけること、
確かに大切だ。
自分は何が得意で何が苦手かを理解して楽な生き方を探る。
そんなことをちょっとはやんないと心は壊れてしまうだろう。
けれどそれだけじゃあ寂しいんだ。たまには心がぐっと動いてくれないとさ。
ホームルームが終わり、他愛ない雑談に興じる生徒たちがたむろするのを横目に下駄箱に向かって、歩く。
愛想を振りまきながら隣を歩くのは"野間 雅人"。
「じゃあねーゆきちゃん、また明日―!」
「ばいばーいまーくんまた明日ね~、あ、…江坂くんもばいばい!」
「…おう」
クラスメイトの結構可愛い"林 由紀"ちゃんと雅人が元気に挨拶を交わす。ついででバイバイを言われ素っ気なく返す俺。…そこには露骨差が生まれていた。
あどけない中性的な顔で無邪気に振る舞う雅人は女子に可愛がられ大人気。
彼はよく学校で女子に囲まれ抱きしめられたり頭を撫でられたりと、ペットのような扱いを受けている。
はたから見りゃすごく羨ましい。
乳とか押し当てられまくってる時あるし。
けれど人一倍女好きな彼はこの境遇を手放しに喜んでるわけじゃない。
喜びゃいいと思うじゃん?
むしろ俺が割りとキャーキャー言われんの求めてるじゃん? …あとおっぱいとか。
求めすぎて照れくさくて俺爽やかな態度女子にとれないじゃん?
…悲しいじゃん。
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俺の名前は”江坂 健二”
県立 逆瀬台高校に通う一年生だ。
ゆさゆさと身体を引きずりながら横を歩くのは小学校からの友人"野間 雅人"。
彼は中性的であどけない感じの、いわゆる"男の娘"みたいな顔をしていて学校で女子に大人気。
また、基本的に学校ではねこをかぶっており、教師に逆らわず他の生徒に笑顔を振りまいている。
人というものは往々にして、見た目から来るイメージを割りと人に押し付ける。
つまり雅人はそのあどけなくも中性的な外見から、純真無垢な少年のイメージを抱かれ、そして期待されているってこと。
イメージの押し付けってめっちゃ迷惑なんだぜ?
本来1000人に一人レベルのドスケベで気が短くて態度もふてぶてしい、そんな雅人の本性を見せればたくさんの女子は困惑・幻滅・心配をするであろうことは彼自身にも容易に想像出来る。
なので、彼は女子がいる前では基本イメージ通りの”純真無垢な良い子”を演じている。つまり学校では良い子のキャラを押し通さなければならず、とても大変そうだ。
「なあ、健二よー」
肩をゆすりながらだらしなく歩く雅人が俺に呼びかける。
「ヨーグルトの裏とかによー、生乳(なまちち)100%とか書いてあんだろ? あれって要は使ってる牛乳がいいやつだってことなんだろうけどよ、字面だけ見るとヤバくねーか? 学校でいうとクラスの女全員トップレスな感じというか、乳首で言うとフル勃起っていうかさ。アレが堂々とコンビニに並んでるのはヤバイだろ」
片方の眉を釣り上げながら語る雅人。彼はどうしょうもない程日頃からエロいことばかり考えている。その性欲と妄想力は絶大で、中1の時、数学の授業で垂直二等分を作図している女子を見て『おい、ヤベぇよ、女子が全員でコー○ン書いてるよ!」と言いながらトイレに走り、3時間帰って来なかった程だ。
それを抜きににしてもあまりにも頭が悪い発言だ。エロいとか変態とかを超越してその発想は小学生レベルだろう。俺は戦慄しながらも答えた。
「お前…、あれは生乳(せいにゅう)って読むんだ。なんで? なんでそう読んじゃうの? ちょっと考えりゃおかしいってわかるだろ」
「え? マジかよ! 知りたく無かったよ! ヨーグルト食ってる女子見るたびに『あ、こいつ生乳頬張ってるよって思ってちょっとムラムラしてたのに… せいにゅうじゃ興奮できねーよ…」
ぎょっとしてこちらを向く雅人。その顔には大きな悲しみの心が透けて見えて少々罪の意識を感じるが、その発想は違う意味でヤバいのだと彼には知ってもらいたい。
「はっ、生乳て、そんなん言い方の問題じゃないか。ホントに生乳って読むんだとしたってそれ牛のじゃん。牛の乳エロイか? あれ絞ってお前勃つのか?」
「…てめぇもう喋んな、殺すぞ」
「ははは…」
涙ぐむ雅人を見てさすがに申し訳ない気分になってきたのでこのあたりでやめておこう。
俺に見えていなくてこいつに見えているもの。自分が人生を賭してまで欲する何か。こいつのそれは”エロス”だ。
精通を経験する前から射精に憧れ、6歳のときには既にエロ本が捨てられている率の高いゴミ捨て場や空き地を数か所キープしていた彼は、16歳を迎えようとしている今、人は、自分はどこまで性的興奮を得られるのかを探求することを考え日々生きている。
ハイエンドなPCとVRゴーグルを買うために中2の夏からレンタルビデオ屋でバイトし、興奮度の高い自慰法や思考法を書籍を読み漁り日々研究したりもしている。
傍から見れば只の気持ちの悪い変態だが、俺から見ればある意味羨ましい。
こいつはエロを求めることに一切の迷いがない。これが俺の生きる意味だと胸を張って言えてしまう。そんなものをこいつは持っている。気持ち悪いけどね。
「おい加島!」
ふと雅人を見ると気弱そうな坊主頭の少年を見つけ凄みながら近づいていっていた。
「の、野村くん… どうしたんですか?」
雅人に呼ばれておそるおそる返事をするかわいそうな少年は”加島 由紀夫” 俺達が今年卒業した峰崎第三中学校のひとつ下の後輩で現在中3の野球部員だ。俺は彼をあまり良くは知らないが、雅人とは家が近所で幼馴染らしい。見つける度に鬱陶しい絡み方をする雅人を嫌いにならず(怖いだけかもしれない)、とりあえずは真摯な対応を見せている彼はきっとすごく良いやつなのだろう。
雅人はそんな人のいい加島を見つける度に絡んではろくでもない話を聞かせたり同意を求めたり無茶振りをして困らせたりしている。
「オメーにとって生きる喜びってなんだよ?」
「え? いきなり何言ってるんですか?」
「良いから答えろや」
惑する加島に顔を近づける雅人。傍から見ればろくでなしの不良が気の弱い下級生をいじめているようにみえるだろう。そしてその認識はおそらくある程度間違ってはいない。
「え…、と、ご飯が美味しい時とか、テストでいい点取れた時とかですかね? あ、今度の野球部の試合僕レギュラーに選ばれたんですよ! サード守れるんですよ! 三年間の努力がやっと報われた感じです! それが最近一番の喜びです!」
試合に出られるのがよほど嬉しいのだろう。授業の体育さえ適当に躱して運動部になんて入ったことない俺にはその気持は分からないが、雅人をめんどくさそうにしながらも野球について語る加島はほんのりと嬉しそう。彼もまたそこに生きる目的の形みたいなものを見出しているのだろう。
「へっ、またまたどーでも良さそうな小さな日常噛み締めてるねー、僕鉄の棒で思いっきりボール殴れるよ―ってか? 俺はよ、さっき1つ壊されたんだよ、コイツに生きる喜びってやつを! また1つ勃起する理由を失っちまったよ。 このままだと俺は不能になっちまうよ」
眉を吊り上げならまくし立てる雅人、”大好きな野球の試合に出られること”と”大好き生乳(ななまちち)が実は生乳(せいにゅう)だったこと、はたしてどちらが大切なのだろうか? …野球だろ。
「え、えー…、 どういう意味かはわかりませんがもう野間くん死んだらどうですか?」
もっとなことを言う加島に雅人は、ガツン! と加島の頭にげんこつを食らわせて、
「テメぇ! 先輩に死ねとか言うんじゃねぇ!」
顔を真赤にしながら加島の胸ぐらを掴んでゆすりまくる。前後に振られながら加島の顔がだんだんと怒りの形相に変わっていく。
「…自分が意味分からないこと言って、…期待通りの答えが帰てこないからって、殴るんですね」
雅人の手を振り払った加島の眼は据わっていて、雅人は慌てて手をブンブンと振りながら弁明する。
「い、いや、そういうわけじゃねぇケド、オメーもっとセンパぅぐっ!」
言い終わるより先に加島の左フックが雅人のみぞおちにめり込んでいた。
「あんたが、僕に、聞いてきたくせに! そんなクソどーでもいい話ばっかして! 中3にもなって学校でウンコ漏らしたくせに! ウンコ漏らせ! そんで死ね! スグ死ね!」
加島がどんなにかわいそうに見えても冷静に放っておけたのは彼のほうが雅人よりも圧倒的に強いからだ。野球のセンスには恵まれないが格闘センスは抜群で、喧嘩には負けたことがない。…もう野球やめて空手とかやればいいのに。
…加島は胸の内を吐き出しながら雅人を3分ほど殴ったあと、「もう話しかけないでください」と言い残し去っていった。
それでも次また雅人に話しかけられれば、「野間くん、どうしたんですか?」と申し訳なさそうに返事をするのだろう。彼はいいやつだ。
「くそっ、なんて後輩だ! もしあいつが困っててもぜってー助けてやんねー。 さ、帰ってビデオでカくか。 いや、今日は小説ってのも…」
雅人は殴られている間、終始顔を腕でかばいながら終始涙を浮かべていたが、次また加島を発見すればまた偉そうに絡みに行くのだろう。彼は浅はかだ。
それでも腫れ上がった顔のままで今日のオナニーに想いを馳せられる雅人が俺には羨ましくて仕方がなかった。
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2
高校に入学して一ヶ月ちょっと。入学したての頃は周りを警戒して大なり小なり猫かぶり的なことをしていた生徒達も少しずつ本性を見せ始める。
いつだってギャグを言っていたい自分とか、
みんなとはちょっと違うものが好きな自分を見て欲しい自分だとか、
イケてるグループと仲良くしたくてたまらない自分だとか、
声を張り上げて応援してる球技大会がホントはめんどくさい自分だとかね。
なんにせよ油断が生まれて意図せずともそういう部分が顔を出す。こう見られたい理想の自分を表現したい欲とそのままの自分を受け入れて欲しい欲が交差する。
それは言葉にすれば気疲れしそうなことだけど、実際はそう悪いことでもないんだろう。
本当の自分なんて見せる気が更々無い俺には関係ない俺のような人間は、その交差する欲望を更に強い力でコントロールする必要がある。
『本当の自分をみせたくなんてない、よそ行きの自分の方がいいに決まってる、誰にも見せなくたって本当の自分はなくなりはしないのだから』
なんてね。
そうやって自分を律することに慣れた人間は、強い意志と脆い心が入り交じった臭いを放つ。
それはそう簡単には気づかれるものじゃない。バレないように高性能なハリボテの態度でキャラを濃くして隠蔽しているからね。こう見られたい像と本来の自分の性格を7:3でミックスしたキャラクターを作り上げるのがコツだ。
けれどみんなそうやって演じ続けたキャラクターで受け入れられてもなんだか寂しいから、学校を素でいられる素敵な環境にしようとして、時にはおどけて、時には争って、自分をその場所に認めさせようとしてるのかもね。
大体においてこの世界ってやつは権力が物をいい過ぎるのだ。恥ずかしい発言とかカッコイイ発言に大した違いはない。
誰が言うかのほうが重要なのだ。
カッコイイやつが言うと名言で、かっこ悪い奴が言うと戯言、人は学校におけるそれをスクールカーストという。
悲しいね。
昼休み、昼食を終えた俺は、自席でぼーっとしている、フリをしている。というのもいつもつるんでいる雅人は今、複数の女子たちに『か~わ~い~い~」などと言われおもちゃにされている。頭を撫でられ、抱きしめられ、困ったような表情(作り物)を浮かべながらなすがままにされている、…ように見せかけて喉頭部を胸に押し付けたり手の甲を太ももに当てたりして楽しんでいる。
ちょっと…、いやものすごく羨ましい。俺もあんな顔に生まれたかった。
その容姿からペット扱いされている雅人といつも気怠げで適当なことばかり言い、憎めない変わり者として扱われている俺の二人はこのクラス内で見事にスクールカーストから外れており、楽っちゃ楽なのだが時に少々寂しくもある。
だってそうだろ?漫画とかドラマでロマンチックな恋をしたり熱いバトルを繰り広げたりしてる奴らってカースト上位系の奴らじゃん? 俺の今のポジションじゃそんなこととは一切無縁なまま高校卒業しちゃいそうだし。
そんなことを考えなが視線を向けるその先に見えるのは、我が1年C組でカーストの頂点に君臨する女子で、名を”車塚 晶”という。
肌は白く綺麗でちょっとだけつり目。ゆったりとした微笑を浮かべていることもあり、その顔からは温和な印象を受ける。
性格は明るいけど穏やかで、中堅で戦い続ける女子のようなピリピリ感を出していないのでどのゾーンの生徒からも好印象だ。無害っぽいから敵が少ないという点では屁理屈ばっかりこねてるけど人を殴ったり蹴落としたりはしないから誰にも警戒されない俺と同じだ。持ち上げられるかほっとかれるかのた、多少の違いはあれどある意味同系統だ。そう思いたい。
「ねーねー、アキちゃん、今日帰り美羽と由佳とでカラオケ行かない?」
「ごめーん、すごく行きたいんだけど…、私今日帰って弟に御飯作ってあげなきゃ。お父さんもお母さんも帰り遅いから」
「えー、残念ー。でもアキちゃんいっつも偉いね。私だったらそんなのマクドでも食べときなさいとか言っちゃいそう。弟いないからわかんないけどねー。弟ってやっぱ可愛い?」
家庭的+弟想いの超絶テクニックで角を全く立たせずに誘いを断る車塚。あれはめんどくさいぞ‥、俺だったら絶対やんない。
自然にやってんだったら楽なんだろうけど。テクだとか角が立たないとだとか俺の着眼点と発想はどれだけ捻くれているのだろうか…、悲しくなってくる。もっと素でいられるような楽な…、違う大切な居場所を見つけないとやばいな。
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3
酔っ払ったサラリーマンや酔っ払った大学生、酔っ払った怖そうなおっさんで賑わう夜8時の駅前。
俺と雅人はとあるレンタルビデオ店のアダルトコーナーに来ていた。とはいっても別にエロDVDを借りに来ているわけではない。
俺とはこのレンタルビデオ店でアルバイトをしているのだ。レンタルビデオ店なはアダルトコーナーがあるので、基本的に18歳未満は雇ってくれないのだが、そこはノリの良いオッサンが経営する個人店、面接時に『お前は大学生、お前は19歳、だから履歴書をもう一度書き直せ!』と言われ見事に採用してくれるナイスなお店だ。
「おう、ケンボー! 今週の新作だ! さっさと開けてチェックしやがれ」
禿げ上がったガラの悪いオッサンが俺の前にでっかいダンボールを置く。このハゲこそレンタルショップ『カブトリス』の店長、”出屋敷 弘也”だ。『カブトリス』の名前の由来は店長曰く、『トリカブトとクリ○リスをもじったんだよ。なんか毒くらいヤバイエロスとクリさんのコラボレーション的な感じ? なんか良いだろ?」と言っていたが意味がわからん。そんなヤバイ名前の看板よくだせたもんだ。
とまあ店長のヤバさについて考えてる暇はない。さっさと不良品チェックとパッケージの防犯対策を終わらせないとまたどやされてしまう。レジに座り、机にしたに隠し持ったタブレットでエロ動画を見ながらニヤつく店長を横目に、俺はダンボールを腰のポーチから取り出したカッターナイフでさっと開けると、パッケージを開けディスクの裏の傷を確認する。傷がなければ次は備え付けのデッキに入れて再生チェックだ。流石に全部見ていてはいつまでも終わらないので、ルートメニューに飛べればokとする。それでもあまりにも非効率なので店長に『めんどくさいっすよ』といった所、『バッキャロー、ウチみたな個人店がツ○ヤと戦っていくには信用が必要なんだよ。エロを求めてやってくるお客さんをがっかりさせちゃいけねぇ、帰ってスグにヌキヌキ出来なかった、なんてショックは絶対に与えちゃいけねえんだ」、と言っていた。言葉の通りこの店長、エロ関係以外のDVDについては傷のチェックすらしない。
今週の新作はデカイダンボールにみっちりと入っていてかなり多い。このままじゃいつまでも終わらんと思った俺は事務所を出て、アダルトコーナーに向かい、
「雅人―、今週かなり多いんだ。たまには手伝えよ」
と、アダルトコーナーの隅っこに置かれたパイプ椅子に腰掛けスマホを見ている聖人に声をかけた。
雅人もこの店で働いていて、高校入学と同時に働き出した俺と違い中学2年から一年半以上働く大ベテランだ。しかしこういった雑用は一緒に出勤しているとほぼ俺に押し付けられるうえ、時給は俺より格段に高い。俺も時給1100円と、高校生にしては破格の時給をもらっているが、コイツは時給2300円、俺の倍以上。
「はー? そんなんお前が頑張れよ。俺の救いを求めるか弱きエロいオッサンが来た時居ないとまずいだろ?」
ヤレヤレみたいな表情で気怠げに答える雅人。コイツがこんな高時給で法の網の目をくぐり抜けてまで雇われているのは、彼がアダルトコーナーの客にオススメのエロを教える能力に長けているからだ。あらゆる性癖の特性・傾向を把握し、同じ人が好きになりやすいジャンルから、性癖ごとに興奮度を高めやすい女優選びまで客のニーズに合わせて完璧にこなす。悔しいがこいつはこの件に関しては天才的だと言ってもいいだろう。実際こいつのアドバイス目当てに来る客が多いため、ウチのカブトリスはエロの売上だけで500m先にあるツ○ヤとほぼ互角で、従業員の少なさを考える利益では上回っているほどだ。
「そーかいそーかい、売れっ子センズリアドバイザーのお前は検品なんてやんねーだろーよ! 悪かったな!」
いやみったらしく言うと雅人はニヤニヤとしながら、
「まあまあそう言うなよ、しゃーないなー、今は誰もきてね―から手伝っ……、おお! やっさんじゃねーか !」
「おうまさやん! 今日もバッチリスッキリコケるハードなやつを頼みてぇんだけどよー」
「……フッ、まかせな! ばっちり見繕ってやんからよ!? 今夜は何度でもくれてやんな? ”サウザンドラブ(センズリ)”ってやつをよ…」
雅人はニヒルな笑いを浮かべながらボロボロのスウェットに金のネックレスをつけた怪しいおっさんと一緒に”女王様と豚”コーナーへと歩いていった。
…しかたない、一人で頑張るか。
新作の検品は夜11時まで掛かり、店長にはやっぱりドヤされた。
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「…なあ、雅人、大人になるってどうなんだろうな?」
近所の宮村第二公園のベンチに腰掛けながら俺は雅人に問いかけた。第二公園は、他の通路から凹んだところにあり、ゲスな話をデカイ声で話そうがタバコを吸おうが酒を飲もうがあんまり見つからない素敵な公園で中1からずっとお気に入りのたまり場だ。
「はあ? そんなん最高に決まってんだろ? AV借り放題で風俗行き放題、車買ったらカーセックスも出来んだぜ? 今よりぜってー楽しいだろ?」
「いや、そういうことじゃなくてさ、今ってなんかめんどくさいんゃん? 変な立場にならないように、最低野郎の汚名を着ないように、みたいなさ。失敗したらむちゃくちゃ言われて、最悪殴られて。けどそういうのに真剣で、そんな価値観にゃ絶対負けねー、なんて考えるのはそれはそれで燃えたりもすんだけどそういうのはなくなっちまうのかな? とか、それとももっと有意義なこと気にして生きられるのかな? とか思うといろいろ考えんだよ、今できる一番はなんだろうとかさ」
コイツ何言ってんだ? みたいな顔の雅人に問いかける。コイツの良いところはこんな態度ばっかとってる癖に、人の価値観を本気で馬鹿にしたりは絶対しないところだ。自分の性への執着心が普通ではないことを自覚しているからだろうか?
「まーたそんなよくわかんねー事で悩んでんのかよ。まあ俺はそういうのはよくはわかんねーけどよ、そういうのってそん時になってみなきゃ結局わからねーんじゃねーか? 今は今一番やりてぇことをやったり、感じていてぇことを感じようとしたりするしかねーんじゃねーの? 例えばエクスタシーを感じて天井まで射精出来るかチャレンジしたり、ドライオーガズムについて研究したりよ?」
「いやいや、なんで例えが全部オナニーなんだよ? 別にエロいことで悩んじゃないから」
全てをエロに置き換えて語ろうとするのはこいつの悪いところだ。
「ふむ? 確かにお前は俺ほどコイちゃいねーもんな? けどよ、そんな悩みはやっぱ現状に満足してねーから出んじゃねーの? んー、……っ、そうだ! お前の童貞捨てようぜ!」
「はあ!? お前俺の話ちゃんと訊いてたか? 別にエロいことで悩んでんじゃないから!俺はただ、なんつーの? 全力で掴みたい何かが欲しいっていうか? それは大好きな女の子を見つけて恋に落ちることかもしれないし、青春を探して度に出ることかも知れない。けど絶対エロのことじゃねえよ!」
名案だ! とばかりに叫ぶ雅人に叫び返す。こいつ、エロ以外の欲求っていきているうえで一切ないのかな?
「キモっ! ……だからよ、恋も青春もよ、初めてのセックスには詰まってんじゃねーのか? 漫画とかでもみんなドキドキしてんじゃねーか大体セックスは青春の旅みたいなもんじゃねーか、大好きなあの子が一番喜んでくれる部分を探して手を駆け巡らせ、暗闇の中ゴールを探してアレの位置を調整したりしてよ」
「いやいや、キモって! …自分でもキモいとは思うが。大体百歩譲ってそうだとしても俺には無理だろ。知り合って間もない女にセックスしませんかとか言えねーよ」
そう返すと、雅人は大きく開けやがるんだ、口を。まるでUFOとか全裸の美少女を発見したかのように呆けながらポツリともらしていく。
「お前、せ、…っくすしたい時そう言うのか? ホントにそんな直で良いと思ってんのか? そんな考え方だったら一生童貞だってちゃんとわかってんのか?」
そりゃそうだ。けど…
「いや、そんなのおかしいってのはわかってんよ!? けどさ、確認とらずにアレとかコレとかしたらレイプじゃん! 重犯罪じゃん! 無理だろ?」
「…お前ホント馬鹿だな。 いいか…?」
それから暫く雅人の思うセックスに対するアプローチとOkかどうかの判定について公爵を垂れられた。どうやらそういうのは言葉にしないほうが女的にはロマンチックで尚且燃えるらしい。男は女のそういう曖昧なサインを見落とさない力が必要でそれをそつなくこなせる男が沢山の女とセックスが出来るそうだ。なんだか妙な説得力を感じてしまう自分が情けない。雅人も童貞の癖になんでそんなことを知っているのだろうか…。
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5
雅人に偉そうなことを言わた翌日。放課後駅に向かって歩いていると、前方に同じクラスの車塚晶が見える。路地の角で何やらギャルっぽい金髪で制服を着たあどけないあどけない少女と話し込んでいるようだ。
「あ、車塚さんだ。…俺苦手なんだよなー、あーいう女子ってなんつーか…、適当にふざけたこと言っても真顔で返されそうっていうか」
「ちょっと来い!」
俺がつぶやいている途中、雅人は俺の腕を引き、車塚さんから少し離れた路地の角に引っ張り込む。
「なんだよ? 車塚さんになんかあんのか? パンツでも盗んだのか?」
「んな足の付きやすいことしねーよ! 大体そんなリスク背負い込むくらいだったら…、じゃなくてお前も思わねーか?」
「何をだよ?」
なにやら真剣な顔で尋ねる雅人。
「アキちゃんよー、あれ、絶対”ぶりっ子”だろ?」
車塚さんは学校では、ちょっと臆病で押しの弱い所があるけど友達想いの憎めない良い子として”振る舞っている”。たしかに俺もそのキャラクター性は振る舞いだと感じている。たどたどしく話す友達の話を一生懸命訊いたり、自分の芯は持っているけれど譲れることは譲ったりしている彼女はどこか”不自然”だ。態度や論理に波状はないが、彼女のような態度の者なら大抵感じるであろう、”恐怖心”が見られない。遠慮がちに話しながらも、彼女の目線・声色からは大きな自信が感じられる。失敗したらしたでいいやという勢いがあるのだ。単純に考えればそれは、自分がどう思われるかはどうでも良くて友達のために出来ることを探しているだけのスーパー優しい娘と考えるのが正しいのだろうが、違和感を感じずにはいられない。…ていうか雅人ナチュラルに女子を下の名前にちゃん付けで認知できてるのちょっとうらやましい。
「…ん、まあ俺もぶりっ子かどうかはともかくあの態度はツクリなんじゃないかとは何回か思ったよ。でも別にどっちだっていいだろ? 俺らだって似たようなもんじゃんよ?」
「だからオメーは童貞なんだ。いや、童貞くせーんだ! いいか? 高校生にとって学校での地位とかキャラってのはもはや命だ! それが作りだってことは誰にもバレたくない! けど、それと同時に誰かに知ってほしいはずだ」
「そういうもんかねー、けど知ったところでどうすんだよ? そんなん口止めされたりしてめんどくさいだけじゃないの?」
答える俺に雅人は呆れたように肩をすくめながら言った。
「だからよ、そのめんどくさいことを共有した相手とはどうだ? なんだか親近感湧いてこねーか? いつも自分を偽ってる私だけど、ホントの私を認めてくれる人、なんて思われたくはねーのか?」
「う…、そ、それは思われたいな! けどそんなんしてどーすんだよ!? あ、お前もしやそれをネタにやらしてもらおうってんじゃないだろな? 俺はそこまでゲスいことはしたくないぞ流石に」
「お前ね、そんな流石に俺だってしねーよ! いつも言ってんだろ? レイプとかは嫌いだってよ。女に傷負わせて得るエロは真のエロじゃねーんだ! エロ舐めんな! …それはさておきいーかげんよ、俺もほしーんだよな、ぶりっ子しねーで接せられて、俺エロいですよ! 乳揉みたいんですよ! って態度で接せられる女が。そういう女に口説き入れてみて―んだよ」
少し遠い目で語る雅人。どうやら彼は彼なり溜まっているようだ、色んな意味で。
「…なるほどね。じゃあちょっと調べてみるか」
俺と雅人は路地の角から少しだけ顔を出してまだそこに車塚さんが居ることを確認すると、彼女たちの会話に耳を澄ませた。結構大きな声で話しているようで、内容がちゃんと聞き取れた。
「…それでね、晶さん。なんかソイツしつこいってゆーんですかね? ウチの話全然聞かないんですよね? 自分が喋りたいことだけ喋ってるみたいな? そんでしかもそんな自分がウチに好かれてると思い込んでる感じでホントキモいんすよね。なんか怖いくらいキモいっていうか…」
「へえ…、にしてもあんたって変なとこ気ぃ弱いわね~。とりあえずもっと詳しく話しなさいな」
10分ほど隠れて聴いていただろうか? 盗み聞きからわかったことはこうだ。
車塚晶の中学でひとつ下の後輩だった”由美”は、近所の大学生”美園 裕太”にストーカーされている。裕太は由美の学校帰りを待ち伏せたり、友達と遊んだ帰り道を待ち伏せされたり、基本的にいつも待ち伏せている。そしてバレバレな態度で『た、たまたまだよ』と言いつつ、帰り道に強引に付いてきて自分の最近頑張っていることなどを語り続けるという。その自分語りの最後には頻繁に『そういうの由美ちゃん的にはどうかな?』と訊いてくるのが特にキモいらしい。
それだけならウザくてキモいけどギリギリ我慢できたが、一度由美が公園のゴミ箱に捨てたはずのジュースのペットボトルを裕太が片手に持って(由美はいつも飲み終わったペットボトルは中の空気をめっちゃ抜いてから締める癖があり、裕太が持つそれもめっちゃ空気抜いてあったし同じ銘柄だった)のを見て以来、話しかけられるだけで身の毛もよだつようになった。
そんな避け気味の由美の態度に裕太が、『ご近所さんじゃないか―』と文句を言ってくるのがキモくてキモくて気が狂いそうらしい。
「へえー、ホントにいるんだねー、そんな奴。ドラマの中だけのフィクションだと思ってたよ」
俺が感心したように囁くと雅人は、
「いやいやいや、そんな悠長な話じゃねーだろこれは!」
いきなり憤る雅人。 …そんなでかい声だしたら盗み聞きがバレるだろうが。
「けどさ、要約するとその裕太くんは好きな女をを偶然を装って待ち伏せしたりしてるだけなんじゃないの? やっぱペットボトル持って帰るのはキモいけどよ」
「それだよ! ペットボトルだよ! 勝手にパクったらいかんだろーが! 相手を犠牲にして自分だけ射精するなんてよ…、欲しかったら金払って売ってもらえってんだ!」
性欲が強く性癖の幅も広く理解のある雅人だが常々これだけは言っていた。
『覗き見? 汗フェチ? 排泄物? 別に好きならいいだろうよ!? けどよ、それを求めたことが原因で女を泣かせちゃいけねぇ。俺たちを妄想させチン○ンが勃つ根源的なエネルギーとなってくれてる女たちは存在すんだけで俺たちのエンジェルなんだよ!? そのエンジェルをオメー、泣かして自分だけ射精するなんてのは外道だろ! エロに対する外道だろ! いくら落ちぶれてもそうにだけはなりたくねぇ!」
そう熱く何度も語っていた。だからこいつはこんなにも変態なのに性犯罪は今まで犯してこなかったしこれからもしないのだろうと安心できる。そんなコイツから見ればこの裕太くんは紛れもなく外道なのだろう。
「いやいや金だしてもキモいと思うよ」
「…確かに、さあ続き聞こうや」
その理論で言うと盗み聞きも良くないだろという言葉が頭を掠めたが、それを無視した俺達はもう一度聞き耳を立てる。
「――仕方ないわね―。由美アンタそいつの連絡先とか知ってんの?」
「晶さん! 知ってますよ―LINEなら。ブロックしてますけど一時的に解除しましょうか?」
「しなさい。そんで――」
結局車塚さんはそのストーカーを人気のないこの辺りでは”決闘場”と言われる廃墟に連れ込んで文句を言う事にしたらしい。”決闘場”はこの辺りの廃病院で、元が病院だったということから、死んだ患者の霊が出るだのなんだの噂になってあまり人が近寄らない。
それをいいことに辺りの不良少年はここを使って喧嘩するのに使われるらしい。そういうのって普通人気あるとこにしとかないと相手が逆上したら危ないんじゃないの? ファミレスとかに呼び出したらいいのに、危ないなあ…
車塚さんと由美はそこで分かれ別々の方角に歩き出した。二人とも俺たちが隠れている方には歩いて来なかったのはラッキーだ。
「…ふぅ、良かったー、バレずに済んで。女子の話盗み聞きしてたとかバレたら俺ら学校でヤバイもんな?」
そう言いながら雅人の方を見ると、先程まで隠れていた角から出て通り沿いの電柱に身を隠していた。
「――何やってんだよ、さっさと帰ろうや」
「…先回りするぞ」
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「見えるか?」
「ああ、バッチリだ」
結局俺は雅人と共に、”決闘場”に先回りしてきていた。俺もこの決闘場がどこにあるのかを覚えていた。利用するのではなく近づいてはいけない場所としてね。田舎街に住む中高生なら分かると思うけど不良とかの出現率が高い場所なんて絶対行きたくないし通るのも嫌じゃん?
ここへ来る途中、雅人は『見るぜー、俺はアキちゃんの秘密を隅から隅まで』、とまるで完全にヤバい変態のようなことを言っていた。…まあ実際に今やっていることは傍から見れば完全にヤバい変態なのだろうが。
「で、ホントにここに来んだろーな?」
俺は不安そうに問いかけた。だってこの廃墟、結構広いんだよ。今俺たちが居るのは不良達が喧嘩に使うらしい二階の一室だ。決闘場の話は近隣の中高生の間でも有名で、”二階に入って3つ目の右のドアの中が喧嘩用の部屋”ということまで情報として回っていたので俺たちも知っている。実際この部屋の由佳や壁には持つところにサラシのようなものを巻いたボロボロの木刀や、握力を鍛えるハンドグリップなど様々な武闘派少年が好きそうなアイテムが散らばっている。ちなみに今オレたちはそんな喧嘩部屋の角に置いてあるベコベコのロッカーの中に居て、なぜかちょうどいい位置に空いている穴から部屋を見ている。人が来ない場所だからここでセックスする奴が居て、それを覗くために誰かが開けたとかかな?
しかし、車塚さん自身この場所を指定したが、ストーカーを問い詰めるためにワザワザこの喧嘩部屋を選ぶだろうか?
「わかんねーか? 学校では良い子ぶってる。ギャルの後輩に慕われている。本当はちょっとキツめな喋り方。決闘場にわざわざ敵を呼び出す、…そこから導き出される答えはただ1つ!」
雅人が得意げに言う。俺はすかさず答えた。
「わかった! 元ヤンだ! 芸能人とかに多いアレだな! へー、車塚さんがねー。でも確かに全てが1つに繋がるな」
高校生ですでに元ヤンというのもおかしな話だが、高校生からいきなり不良になる”高校デビュー”というのもあったらしいしその逆があってもおかしな話では無いのだろうか。
「そのとおり! ということはこの部屋に間違いなく来る。 んでカミソリとか鉄板入の鞄とか振り回してシメるだろ!」
「おー! それは見てみたいな。 スケバンってやつだな。自分のこと”アタイ”とか言ってくれたら完璧だな」
「だな! それよりよ、あいつはそれを学校じゃ隠してんだ。知られたくねーんだ。つまりよ」
ニヤリとして言う雅人
「お前、そ、それはお前の主義に反するんじゃないのか? さすがに、そんな、弱み握ってやっちゃうなんてさ」
雅人は嘆息し、
「いやいやいや、俺がそんなんするわけねーだろ! 知ってんだろ? ちょっとおもしろそうってだけじゃねーか。第一俺はアキちゃんじゃ勃たねーよ」
「まじでか? ふーん、車塚さん結構可愛いのに」
「俺もなんでだかわかんねーんだけどな。ギャルのスッピンの全裸感からチョイブスの生々しいエロさまで堪能出来る俺が勃てねーなんてよ、情けねーと何度思ったことか。…アキちゃんめ」
「――来たぞ」
コツコツという音がして、部屋の入口に人影が見えた。車塚さんが一人で部屋に入ってきて、辺りを見回した後、俺たちが潜んでいる場所とは対角線上にある位置で壁に背もたれた。そしてスマホを取り出すと操作し、耳に当てた。
「あー、由美? 今着いたわ。――うん、……うん、だいじょぶだって! アンタはビビり過ぎなのよ! ――ハイハイ、奴がきた時電話してたらめんどいからもう切るわね」
通話を終えた彼女は腕を組み黙って壁にもたれかかり、退屈そうに自分の腕を指でトントンとしている。
5分位たっただろうか。ロッカーの蒸し暑さに嫌気が指し始めた頃、新たな足音が聞こえてくる。
中に入ってきたのは痩せ型の男で、髪は坊ちゃん刈り、おどおどした目つきに薄い唇。スーパーで売ってそうな胸に”HAWAI”とロゴの入ったパーカーに膝辺りにポケットの付いたチノパンを合わせたその出で立ちは、大学生というよりどちらかと言うとオタクっぽい中学生といった感じ。
「アンタが美園裕太って人?」
車塚さんがピリピリとした空気を漂わせながら問いかけると、青年はおずおずと答えた。
「そ、そうだけど、あ、あの、由美ちゃんは?」
遠慮がちな物言いの中にどこか強引さを孕んだ口調で問いかける美園。
「アンタね、わかってんでしょ? 由美に怖がられてること。それともあの子がアンタをこんなトコに呼び出して告白してきたりするとでも思ってたわけ?」
あくまで勝ち気に言い放つ車塚さん。
「えっと、あの、そういうわけじゃないけどなんか大事な話があるって言うから。その、えっと、僕、怖がられてるの?」
「…アンタそんなこともわかんなかったわけ? そりゃあ怖がられてるでしょ? 嫌われてるでしょ? キモがられてるでしょ?」
畳み掛けるように言い放つ車塚さん。確かにこの美園くんはちょっとアレっぽいが、怖い・嫌い・キモいの3連チャンはちょっと可愛そう。
「…アキちゃんすげーな、いくら本当のこととは言えあそこまで躊躇なく言えるなんて」
車塚さんたちに聞こえないよう小声でいう雅人。
「ああ、人の心ないのかな…」
あんなん女子に言われたら俺だったら3日は引きこもるな。
「え? 嫌…、キモ…、え? そうなの? でも僕は…」
困惑する美園。
「だからアンタにはもう由美には近づいてほしくないわけよ? わかった?」
「え? でも、由美ちゃんに言われたわけじゃないし」
「直で言えなくなるまでアンタがビビらせたからアタシが言いに来てんでしょーが!」
「あの、僕もう怖がらせないように頑張るから」
気圧されながらも引き下がる美園の様子には、ちょっとだけ応援したくなる。キモいけど。
「もうその言葉が、言い方が、そのキモさと存在の全てが由美を怖がらせてんのよ? わかんない?」
車塚さんスゲーこと言うな…。
「で、でもそれは君の主観だし、僕は由美ちゃ…、あだダダダダ!」
美園が言い終わる前に美園の顔面を掴んで持ち上げる車塚さん。…どんな筋力してんだよ。
「うるさい、アンタ話長いのよ! アンタはアタシの話にyesって答えてればいいの。黙って下向いて由美に関わらず地面を這いずり回って生きてればいいのよ」
「痛い痛い痛い! いたたたたた!」
「痛い? そりゃあ痛いでしょーよ? 自分の全体重をこめかみで支えるなんてね。けど、アンタに付きまとわれて、怖いって思って、外を歩くのも躊躇するようになった由美の心はもっと痛いんだからね!」
ひときわ声を張り上げて言う車塚さん。
「おい、…雅人」
「ああ」
「…ドヤったな」
「ああ、スゲードヤったな」
[newpage]
6
車塚さんが顔面掴んでドヤった翌日の昼休み、車塚さんは柔らかな笑顔を浮かべながらクラスメイトと談笑している。
「おい、マジでやんの?」
「たりめーだ! 俺はキャラ的にアレだからオメーやれよ」
「俺だってキャラ的に問題ないわけじゃないだろ? お前やれよ」
「しゃーねーな、ついて来い」
俺と雅人はさり気なく車塚さんの座る席の近くを通る。
「…由美の心はもっと痛いんだからね」
ギリギリ車塚さんにだけ聞こえるように囁く雅人。車塚さんは一瞬言葉をつまらせたが、クラスメイトと談笑を続けていた。
「…しかしよー、呼び出されたりしなかったな」
「だねー、絶対呼び出されるかと思ったんだけどな、『放課後ちょっと顔貸せよ』とか言われたりしてな」
この日、由美の心の痛さの件で車塚さんに呼び出されることもなく、放課後は普通に帰路につき、今はもう学校からは離れ俺も雅人も家の近所だ。
「ま、明日からもそれとなく煽っていこーぜ」
「お前、ホントそういうとこは尊敬するよ。俺だったら気まずくて言えないよ」
「だって面白そーじゃねーか? ま、またなー」
「おう、またなー」
明日からも由美ちゃんの件を觀ていたことをそれとなく煽っていくと宣言する雅人と別れ家路についた。
[newpage]
7
「ちょっと江坂くん」
「ん? 何?」
車塚さんの事なんてすっかり忘れたある日の午後の英語の時間。
英語教師でり、わが1年3組担任の 服部 夏帆 が頬杖をつく頬杖をつく俺の前に立ち止まり声をかける。
「左手顔から離してみ?」
「え? なんで?」
「授業中そんなんしたらあかんやろ? 左の手ぇ離してみ?」
にっこりと微笑む夏帆先生。夏帆先生は今年35だが、20代中盤でも通りそうな若干ロリ顔の美人で、柔らかな声で繰り出される少々舌ったらずな関西弁が可愛らしい。
俺はこの先生に怒られるのは結構好きだ。なんかエロい感じするからね。
「いや、違う違う。これは決して無礼な態度じゃないんだ。先生の素晴らしい声を聞き漏らさないように左耳にそっと手を添えてるだけなんだよ、いうなればそ…ちょ!」
言い終わる前に先生は俺の左手を引っ張り上げる。
「ちょ!」
先生は俺の袖口を見ると、
「江坂くん、これなに? イヤホンに見えるねんけど? イヤホンやんな?」
袖口から生えるカナル型イヤホンを指さされる。
「これはあれだよ。フジツボ型マッサ…、いや、イヤホンだよ! ああイヤホンさ。先生の声をこうマイクで集音して至近距離で耳に届けたい気分だったんだ。それくらい授業を真面目に聞きたかったんだ」
「じゃあそれ先生の耳に当てて聴いてみてもいいかな? ホンマにそうやったら私の声しか聞こえへんのやろ? ホンマにそうやっても気持ち悪いけどな」
「あー、ちょっとま…」
急いでスマホを操作してオーディオアプリを止めようとしたが素早くイヤホンを奪われる。
「あ、なんかこれあれやん? ドラマCD的なやつやんかぁ。 …後で職員室に取りに来てな」
そう言うと夏帆先生は俺の胸元に手を伸ばし、胸ポケットのスマホからイヤホンジャックを抜き取ると、袖口のイヤーピースを掴みイヤホンをスルスルと回収する。
…先生の指がサワサワと胸板に当たるからとてもエロかったです。
[newpage]
8
「こんにちわ、江坂くん」
放課後の帰り道、もうすぐ家だってところで車塚さんに話しかけられた。きっとこないだの由美ちゃんの心の傷のくだりを見ていた件だろう。なんで雅人じゃなくて俺の方にくんの? 煽ってみようって言ったのあいつなのに。っていうかなんで俺の家知ってるの?
「えっと、どうしたの?」
「隠れて見てたよね?」
車塚さんは嗜虐的な笑みを浮かべる。その笑みには普段の学校の様子からは想像もできない迫力がある。
「なにが?」
「由美のストーカー追い込んでた時見てたよね?」
「何それ? そんなことあったんだ~、知らなかったよ」
「見てたよね?」
「…まあ」
精一杯のすっとぼけも虚しく、あっさりと白状させられてしまう。…だって怖いんだもん。今、中学の時怖い先輩にジュース買いに行かされた時の事思い出したよ。
「…ちょっとついてきて」
黙って歩き始めた車塚さんについていくと、そこはいつぞやの廃屋、決闘場だった。
一際禍々しい二階の部屋に入ると、赤いスプレーで"南中最強"と書かれた壁際に縄で縛られた雅人がいた。
「雅人!」
「…おう。捕まっちまったよ」
少し殴られたのだろうか、雅人の右頬は少し赤くなっていて痛々しい。
「車塚さんさー、これは洒落にならんだろ? 雅人そんな悪いことしたのか?」
「…ゴメンね。そんなつもりじゃなかったんだけどあいつら暴走しちゃって」
雅人の方には後輩を送り込んで拉致らせたらしい。その際に『手荒くするな』とは言っておいたが、後輩イウコト聞かないでなぐっちゃったてへへみたいな感じらしい。
「で、あんた達、見てたのよね?」
「ま、まあね」
「おう」
口々に答える俺達を訝しげに見る車塚さん。
「あたしとしては困るのよね~。学校であんなこと言われちゃ。だから今日はあんた達が学校で余計なこと言おうって気なくしてもらおっかなって思ってね」
にっこりと微笑みながら脅しをかられる。知ってる! これ知ってる! いじめられるやつだ! 一ヶ月だけ入ってたサッカー部の後輩のケツにロケット花火刺して遊ぶ先輩と同じ表情だ!
「も、もうすでにいう気ないって! メリットもないし!」
「じゃあなんで見てたのよ? 偶然こんなとこ来ないでしょーが?」
焦りながら弁明するも信じた様子はない。悪いのは雅人なのに。
「ま、雅人、…言ってやってくれ」
「あー? まあ面白そうだったからだよ。アキちゃんと後輩の由美って女がでかい声で話してんのが聞こえてきたんだよ。んでなんか面白そうな内容だったからあと付けたんだ。…っていうかあんな道端ででっかい声で話してんそっちもわりぃーのにこの扱いはねーべ?」
クィと顎で縛られたままの体を指す。
「ゴメンゴメン!」
苦笑いを浮かべた車塚さんに縄を解いてもらうと尻の汚れを払い雅人は口を尖らせる。
「あーあ、俺の知ってるアキちゃんじゃねーや! …まああれがツクリだってなんとなくわかってたけどな」
車塚さんの頬がピクッと引きつる。
「ま、まーくんも大概学校と違うじゃないの? …まあなんとなくわかってたけど」
お互い自分を偽るもの同士通ずるものがあるのだろうか? 乾いた笑みを顔面に張り付かせながら牽制し合う二人。
「だってよー? 俺がホントの俺見せたらクラスの女ども泣くべ? 泣くだろ?」
中性的&幼い顔立ちの雅人は学校で女子たちから非常に可愛がられているため、イメージを壊さないよう類まれない努力を欠かしていない。
「そうかしら? そんくらい別に大丈夫じゃないの? 多分ヤンチャっぽくてカワイーとか言われるだけよ?」
「ちげーよ、別に口調変わったくらい周りからはOKなんはアキちゃんも一緒だろ? ほんとに知られたくないのはその暴力性だろ? あの顔面掴んで持ち上げてんのにはまじでヒイたよ。…一体握力いくらあんだよ?」
雅人の説明に思い当たるフシがあるのかなるほど一気にナルホド顔に変わる車塚さん。
「うるさいわね! 82よ! …でもたしかにそうね。なんていうか、優しい自分でいるためのスイッチ代わりに口調を使ってるというか…」
「だろ? ちょっとでもボロ出さねーための涙ぐましい努力ってやつだ。…っていうか82もあんのかよ! 普通そんなあったら腕ありえねーくらいムキムキになんだろ」
車塚さんの腕を不思議そうに眺める雅人。長袖のブラウスに包まれた腕の形まではわからないが、確かに他の女子に比べて太いってこともない腕だ。
「あったりまえよ! インナーマッスル中心に鍛えてるもの! 見た目への配慮も欠かしちゃいないわ」
ガッツポーズでグッと拳を握る車塚さん。…あ、ちょっとピクって膨らんだ。
「インナーマッスルで説明できる数値じゃねえよ! 腕に油圧ポンプでも入ってんじゃねーの?」
「失礼ね! …いや、今はそんな話どーだっていーのよ。あんたの隠してる秘密っての何よ? 脱いだらめっちゃ毛深いとか? いや、それだったら態度関係ないわね? …うーん」
俺は黙って後ろに周り、雅人のズボンとパンツを一気におろす。
「は? なにしてんの!? …なんだ、ツルツルじゃない。毎日苦労して剃ってる女の子が見たらキレそ…? そ、それなに? あっははは! 何それ? なんで? なんでドクロマーク? なんなの? チンチンになんかあんの? 悪の力でも封印してあんの? 毒発射すんの? どうなの? ねえ?」
爆笑する車塚さんの視線の先には、チンチン周辺をサポーターに包まれた雅人の姿。このサポーターは雅人が独自に開発したもので、上からパンツを履けばわからない薄さとチンチンが勃っても一切外観を変えないレベルで抑え込む屈強さを兼ね備えている。
ただ、その外観はチンコ周りに三角形の黒革の当て具を起き、それをチタンワイヤーとピンクの革紐で固定されている。更には黒革の真ん中にドクロマーク。雅人曰く、『絶対人に見られてはいけないための戒めになるデザイン』を施したらこうなったそうだ。
「…俺のボッキーガードダブルエックスを見て笑う女がいるなんて。ある意味安心だよ」
「あはははは! ボッキー! ガード! ダブルエックスって何? 普通バージョンもあんの?」
少し恥ずかしのであろう雅人は少しだけ俯いたが、やけっぱち気味に顔を上げるとカッと目を見開く。
「そうだよ! ノーマルバージョンは勃起するとちょっと浮くからボツにしたんだよ! みろ、この革紐とチタンワイヤーを! エックス型だろうが! ダブルエックスじゃねーか! そうさ、俺のチンコには悪のパワー取り付いてるよ! すぐ勃っちまうんだ! しかもでけぇ!」
「す…ぐ勃っちゃうし…で! でっかいんだ? そ、その ぷぷ、か、顔で…でかいんだ…。やめて! 笑いすぎて妊娠する!」
地面に突っ伏しバンバン床を叩く車塚さん。やめてやれよ…、気の弱いやつなら明日から学校来なくなんぞ。学校では優しい感じなのに人ってわからんもんなんだなぁ。
「ひぃ、…ひぃ…、ふぅーー。落ち着いたわ。で、あんたはその猛り狂う性欲とデカちんを男の娘な態度で隠してるわけね? 猛り狂う…ぷぷっ」
「おい…、俺だってちゃんと傷ついたりすんだぜ? 人間なんだぜ? …まあ、そういうわけだよ。」
左手斜め下を向く雅人の顔には陰りが見える。頑張れ!
「まあわかったわ! ダブルエックスに免じてこれでよしとするわ! バラしたらあんたのこと学校でもダブルエックスって呼ぶからね」
「おい、学校以外じゃ俺の事ダブルエックスって呼ぶ気かよ? まあ学校外で会うことなんてあんまねーだろーけど」
「いーじゃないの。かっこいーじゃないダブルエックス! ダブルエックスに封印されしデカチンって感じで。我ながらうまいこと、いや、そのまますぎるか…うーん」
酷いやつだったんだな、車塚さん。
「まあまあまあ、もうそれでいーじゃないか? お互いバラされたら困るんだからある意味安心だろ?」
「あら、そういえばアンタもいたのね? 健二…だっけ? アンタがバラしてもダブルエックスが生贄になるから精々口を貝のように閉ざしておくことね?」
悪役丸出しなセリフを吐く女だな…。
「わ、わかったよ」
そのあと、俺たちは車塚さんと連絡先を交換させら…してもらって解散した。
決闘場 を出た俺と雅人は、この時はこれで終わりだと信じて、バイトのためビデオ屋『カブトリス』へと向かって歩いた。
人生を賭してまで求めたいものがわからない。
自分の心ん中のどっかにあるんだろうってことはなんとなくわかってるけど、
それがなんなのか、
それがどんな形をしてるのか、
もやもやとしてわからない。
…それって寂しいことだよな?
ほら、なんていうの? 幸せに生きていくために、俺は俺に生まれてよかったよって人生を歩んでいくために、相当不利な感じがするんだよね。
周りの評判とか、反射的に起こる侮蔑の恐怖なんかに紛れ込んで見えなくなる、本当に欲しい何かがないみたいな気がしてさ。
期待に答えること、
敵を作らないこと、
生き抜くすべを身につけること、
確かに大切だ。
自分は何が得意で何が苦手かを理解して楽な生き方を探る。
そんなことをちょっとはやんないと心は壊れてしまうだろう。
けれどそれだけじゃあ寂しいんだ。たまには心がぐっと動いてくれないとさ。
ホームルームが終わり、他愛ない雑談に興じる生徒たちがたむろするのを横目に下駄箱に向かって、歩く。
愛想を振りまきながら隣を歩くのは"野間 雅人"。
「じゃあねーゆきちゃん、また明日―!」
「ばいばーいまーくんまた明日ね~、あ、…江坂くんもばいばい!」
「…おう」
クラスメイトの結構可愛い"林 由紀"ちゃんと雅人が元気に挨拶を交わす。ついででバイバイを言われ素っ気なく返す俺。…そこには露骨差が生まれていた。
あどけない中性的な顔で無邪気に振る舞う雅人は女子に可愛がられ大人気。
彼はよく学校で女子に囲まれ抱きしめられたり頭を撫でられたりと、ペットのような扱いを受けている。
はたから見りゃすごく羨ましい。
乳とか押し当てられまくってる時あるし。
けれど人一倍女好きな彼はこの境遇を手放しに喜んでるわけじゃない。
喜びゃいいと思うじゃん?
むしろ俺が割りとキャーキャー言われんの求めてるじゃん? …あとおっぱいとか。
求めすぎて照れくさくて俺爽やかな態度女子にとれないじゃん?
…悲しいじゃん。
[newpage]
1
俺の名前は”江坂 健二”
県立 逆瀬台高校に通う一年生だ。
ゆさゆさと身体を引きずりながら横を歩くのは小学校からの友人"野間 雅人"。
彼は中性的であどけない感じの、いわゆる"男の娘"みたいな顔をしていて学校で女子に大人気。
また、基本的に学校ではねこをかぶっており、教師に逆らわず他の生徒に笑顔を振りまいている。
人というものは往々にして、見た目から来るイメージを割りと人に押し付ける。
つまり雅人はそのあどけなくも中性的な外見から、純真無垢な少年のイメージを抱かれ、そして期待されているってこと。
イメージの押し付けってめっちゃ迷惑なんだぜ?
本来1000人に一人レベルのドスケベで気が短くて態度もふてぶてしい、そんな雅人の本性を見せればたくさんの女子は困惑・幻滅・心配をするであろうことは彼自身にも容易に想像出来る。
なので、彼は女子がいる前では基本イメージ通りの”純真無垢な良い子”を演じている。つまり学校では良い子のキャラを押し通さなければならず、とても大変そうだ。
「なあ、健二よー」
肩をゆすりながらだらしなく歩く雅人が俺に呼びかける。
「ヨーグルトの裏とかによー、生乳(なまちち)100%とか書いてあんだろ? あれって要は使ってる牛乳がいいやつだってことなんだろうけどよ、字面だけ見るとヤバくねーか? 学校でいうとクラスの女全員トップレスな感じというか、乳首で言うとフル勃起っていうかさ。アレが堂々とコンビニに並んでるのはヤバイだろ」
片方の眉を釣り上げながら語る雅人。彼はどうしょうもない程日頃からエロいことばかり考えている。その性欲と妄想力は絶大で、中1の時、数学の授業で垂直二等分を作図している女子を見て『おい、ヤベぇよ、女子が全員でコー○ン書いてるよ!」と言いながらトイレに走り、3時間帰って来なかった程だ。
それを抜きににしてもあまりにも頭が悪い発言だ。エロいとか変態とかを超越してその発想は小学生レベルだろう。俺は戦慄しながらも答えた。
「お前…、あれは生乳(せいにゅう)って読むんだ。なんで? なんでそう読んじゃうの? ちょっと考えりゃおかしいってわかるだろ」
「え? マジかよ! 知りたく無かったよ! ヨーグルト食ってる女子見るたびに『あ、こいつ生乳頬張ってるよって思ってちょっとムラムラしてたのに… せいにゅうじゃ興奮できねーよ…」
ぎょっとしてこちらを向く雅人。その顔には大きな悲しみの心が透けて見えて少々罪の意識を感じるが、その発想は違う意味でヤバいのだと彼には知ってもらいたい。
「はっ、生乳て、そんなん言い方の問題じゃないか。ホントに生乳って読むんだとしたってそれ牛のじゃん。牛の乳エロイか? あれ絞ってお前勃つのか?」
「…てめぇもう喋んな、殺すぞ」
「ははは…」
涙ぐむ雅人を見てさすがに申し訳ない気分になってきたのでこのあたりでやめておこう。
俺に見えていなくてこいつに見えているもの。自分が人生を賭してまで欲する何か。こいつのそれは”エロス”だ。
精通を経験する前から射精に憧れ、6歳のときには既にエロ本が捨てられている率の高いゴミ捨て場や空き地を数か所キープしていた彼は、16歳を迎えようとしている今、人は、自分はどこまで性的興奮を得られるのかを探求することを考え日々生きている。
ハイエンドなPCとVRゴーグルを買うために中2の夏からレンタルビデオ屋でバイトし、興奮度の高い自慰法や思考法を書籍を読み漁り日々研究したりもしている。
傍から見れば只の気持ちの悪い変態だが、俺から見ればある意味羨ましい。
こいつはエロを求めることに一切の迷いがない。これが俺の生きる意味だと胸を張って言えてしまう。そんなものをこいつは持っている。気持ち悪いけどね。
「おい加島!」
ふと雅人を見ると気弱そうな坊主頭の少年を見つけ凄みながら近づいていっていた。
「の、野村くん… どうしたんですか?」
雅人に呼ばれておそるおそる返事をするかわいそうな少年は”加島 由紀夫” 俺達が今年卒業した峰崎第三中学校のひとつ下の後輩で現在中3の野球部員だ。俺は彼をあまり良くは知らないが、雅人とは家が近所で幼馴染らしい。見つける度に鬱陶しい絡み方をする雅人を嫌いにならず(怖いだけかもしれない)、とりあえずは真摯な対応を見せている彼はきっとすごく良いやつなのだろう。
雅人はそんな人のいい加島を見つける度に絡んではろくでもない話を聞かせたり同意を求めたり無茶振りをして困らせたりしている。
「オメーにとって生きる喜びってなんだよ?」
「え? いきなり何言ってるんですか?」
「良いから答えろや」
惑する加島に顔を近づける雅人。傍から見ればろくでなしの不良が気の弱い下級生をいじめているようにみえるだろう。そしてその認識はおそらくある程度間違ってはいない。
「え…、と、ご飯が美味しい時とか、テストでいい点取れた時とかですかね? あ、今度の野球部の試合僕レギュラーに選ばれたんですよ! サード守れるんですよ! 三年間の努力がやっと報われた感じです! それが最近一番の喜びです!」
試合に出られるのがよほど嬉しいのだろう。授業の体育さえ適当に躱して運動部になんて入ったことない俺にはその気持は分からないが、雅人をめんどくさそうにしながらも野球について語る加島はほんのりと嬉しそう。彼もまたそこに生きる目的の形みたいなものを見出しているのだろう。
「へっ、またまたどーでも良さそうな小さな日常噛み締めてるねー、僕鉄の棒で思いっきりボール殴れるよ―ってか? 俺はよ、さっき1つ壊されたんだよ、コイツに生きる喜びってやつを! また1つ勃起する理由を失っちまったよ。 このままだと俺は不能になっちまうよ」
眉を吊り上げならまくし立てる雅人、”大好きな野球の試合に出られること”と”大好き生乳(ななまちち)が実は生乳(せいにゅう)だったこと、はたしてどちらが大切なのだろうか? …野球だろ。
「え、えー…、 どういう意味かはわかりませんがもう野間くん死んだらどうですか?」
もっとなことを言う加島に雅人は、ガツン! と加島の頭にげんこつを食らわせて、
「テメぇ! 先輩に死ねとか言うんじゃねぇ!」
顔を真赤にしながら加島の胸ぐらを掴んでゆすりまくる。前後に振られながら加島の顔がだんだんと怒りの形相に変わっていく。
「…自分が意味分からないこと言って、…期待通りの答えが帰てこないからって、殴るんですね」
雅人の手を振り払った加島の眼は据わっていて、雅人は慌てて手をブンブンと振りながら弁明する。
「い、いや、そういうわけじゃねぇケド、オメーもっとセンパぅぐっ!」
言い終わるより先に加島の左フックが雅人のみぞおちにめり込んでいた。
「あんたが、僕に、聞いてきたくせに! そんなクソどーでもいい話ばっかして! 中3にもなって学校でウンコ漏らしたくせに! ウンコ漏らせ! そんで死ね! スグ死ね!」
加島がどんなにかわいそうに見えても冷静に放っておけたのは彼のほうが雅人よりも圧倒的に強いからだ。野球のセンスには恵まれないが格闘センスは抜群で、喧嘩には負けたことがない。…もう野球やめて空手とかやればいいのに。
…加島は胸の内を吐き出しながら雅人を3分ほど殴ったあと、「もう話しかけないでください」と言い残し去っていった。
それでも次また雅人に話しかけられれば、「野間くん、どうしたんですか?」と申し訳なさそうに返事をするのだろう。彼はいいやつだ。
「くそっ、なんて後輩だ! もしあいつが困っててもぜってー助けてやんねー。 さ、帰ってビデオでカくか。 いや、今日は小説ってのも…」
雅人は殴られている間、終始顔を腕でかばいながら終始涙を浮かべていたが、次また加島を発見すればまた偉そうに絡みに行くのだろう。彼は浅はかだ。
それでも腫れ上がった顔のままで今日のオナニーに想いを馳せられる雅人が俺には羨ましくて仕方がなかった。
[newpage]
2
高校に入学して一ヶ月ちょっと。入学したての頃は周りを警戒して大なり小なり猫かぶり的なことをしていた生徒達も少しずつ本性を見せ始める。
いつだってギャグを言っていたい自分とか、
みんなとはちょっと違うものが好きな自分を見て欲しい自分だとか、
イケてるグループと仲良くしたくてたまらない自分だとか、
声を張り上げて応援してる球技大会がホントはめんどくさい自分だとかね。
なんにせよ油断が生まれて意図せずともそういう部分が顔を出す。こう見られたい理想の自分を表現したい欲とそのままの自分を受け入れて欲しい欲が交差する。
それは言葉にすれば気疲れしそうなことだけど、実際はそう悪いことでもないんだろう。
本当の自分なんて見せる気が更々無い俺には関係ない俺のような人間は、その交差する欲望を更に強い力でコントロールする必要がある。
『本当の自分をみせたくなんてない、よそ行きの自分の方がいいに決まってる、誰にも見せなくたって本当の自分はなくなりはしないのだから』
なんてね。
そうやって自分を律することに慣れた人間は、強い意志と脆い心が入り交じった臭いを放つ。
それはそう簡単には気づかれるものじゃない。バレないように高性能なハリボテの態度でキャラを濃くして隠蔽しているからね。こう見られたい像と本来の自分の性格を7:3でミックスしたキャラクターを作り上げるのがコツだ。
けれどみんなそうやって演じ続けたキャラクターで受け入れられてもなんだか寂しいから、学校を素でいられる素敵な環境にしようとして、時にはおどけて、時には争って、自分をその場所に認めさせようとしてるのかもね。
大体においてこの世界ってやつは権力が物をいい過ぎるのだ。恥ずかしい発言とかカッコイイ発言に大した違いはない。
誰が言うかのほうが重要なのだ。
カッコイイやつが言うと名言で、かっこ悪い奴が言うと戯言、人は学校におけるそれをスクールカーストという。
悲しいね。
昼休み、昼食を終えた俺は、自席でぼーっとしている、フリをしている。というのもいつもつるんでいる雅人は今、複数の女子たちに『か~わ~い~い~」などと言われおもちゃにされている。頭を撫でられ、抱きしめられ、困ったような表情(作り物)を浮かべながらなすがままにされている、…ように見せかけて喉頭部を胸に押し付けたり手の甲を太ももに当てたりして楽しんでいる。
ちょっと…、いやものすごく羨ましい。俺もあんな顔に生まれたかった。
その容姿からペット扱いされている雅人といつも気怠げで適当なことばかり言い、憎めない変わり者として扱われている俺の二人はこのクラス内で見事にスクールカーストから外れており、楽っちゃ楽なのだが時に少々寂しくもある。
だってそうだろ?漫画とかドラマでロマンチックな恋をしたり熱いバトルを繰り広げたりしてる奴らってカースト上位系の奴らじゃん? 俺の今のポジションじゃそんなこととは一切無縁なまま高校卒業しちゃいそうだし。
そんなことを考えなが視線を向けるその先に見えるのは、我が1年C組でカーストの頂点に君臨する女子で、名を”車塚 晶”という。
肌は白く綺麗でちょっとだけつり目。ゆったりとした微笑を浮かべていることもあり、その顔からは温和な印象を受ける。
性格は明るいけど穏やかで、中堅で戦い続ける女子のようなピリピリ感を出していないのでどのゾーンの生徒からも好印象だ。無害っぽいから敵が少ないという点では屁理屈ばっかりこねてるけど人を殴ったり蹴落としたりはしないから誰にも警戒されない俺と同じだ。持ち上げられるかほっとかれるかのた、多少の違いはあれどある意味同系統だ。そう思いたい。
「ねーねー、アキちゃん、今日帰り美羽と由佳とでカラオケ行かない?」
「ごめーん、すごく行きたいんだけど…、私今日帰って弟に御飯作ってあげなきゃ。お父さんもお母さんも帰り遅いから」
「えー、残念ー。でもアキちゃんいっつも偉いね。私だったらそんなのマクドでも食べときなさいとか言っちゃいそう。弟いないからわかんないけどねー。弟ってやっぱ可愛い?」
家庭的+弟想いの超絶テクニックで角を全く立たせずに誘いを断る車塚。あれはめんどくさいぞ‥、俺だったら絶対やんない。
自然にやってんだったら楽なんだろうけど。テクだとか角が立たないとだとか俺の着眼点と発想はどれだけ捻くれているのだろうか…、悲しくなってくる。もっと素でいられるような楽な…、違う大切な居場所を見つけないとやばいな。
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3
酔っ払ったサラリーマンや酔っ払った大学生、酔っ払った怖そうなおっさんで賑わう夜8時の駅前。
俺と雅人はとあるレンタルビデオ店のアダルトコーナーに来ていた。とはいっても別にエロDVDを借りに来ているわけではない。
俺とはこのレンタルビデオ店でアルバイトをしているのだ。レンタルビデオ店なはアダルトコーナーがあるので、基本的に18歳未満は雇ってくれないのだが、そこはノリの良いオッサンが経営する個人店、面接時に『お前は大学生、お前は19歳、だから履歴書をもう一度書き直せ!』と言われ見事に採用してくれるナイスなお店だ。
「おう、ケンボー! 今週の新作だ! さっさと開けてチェックしやがれ」
禿げ上がったガラの悪いオッサンが俺の前にでっかいダンボールを置く。このハゲこそレンタルショップ『カブトリス』の店長、”出屋敷 弘也”だ。『カブトリス』の名前の由来は店長曰く、『トリカブトとクリ○リスをもじったんだよ。なんか毒くらいヤバイエロスとクリさんのコラボレーション的な感じ? なんか良いだろ?」と言っていたが意味がわからん。そんなヤバイ名前の看板よくだせたもんだ。
とまあ店長のヤバさについて考えてる暇はない。さっさと不良品チェックとパッケージの防犯対策を終わらせないとまたどやされてしまう。レジに座り、机にしたに隠し持ったタブレットでエロ動画を見ながらニヤつく店長を横目に、俺はダンボールを腰のポーチから取り出したカッターナイフでさっと開けると、パッケージを開けディスクの裏の傷を確認する。傷がなければ次は備え付けのデッキに入れて再生チェックだ。流石に全部見ていてはいつまでも終わらないので、ルートメニューに飛べればokとする。それでもあまりにも非効率なので店長に『めんどくさいっすよ』といった所、『バッキャロー、ウチみたな個人店がツ○ヤと戦っていくには信用が必要なんだよ。エロを求めてやってくるお客さんをがっかりさせちゃいけねぇ、帰ってスグにヌキヌキ出来なかった、なんてショックは絶対に与えちゃいけねえんだ」、と言っていた。言葉の通りこの店長、エロ関係以外のDVDについては傷のチェックすらしない。
今週の新作はデカイダンボールにみっちりと入っていてかなり多い。このままじゃいつまでも終わらんと思った俺は事務所を出て、アダルトコーナーに向かい、
「雅人―、今週かなり多いんだ。たまには手伝えよ」
と、アダルトコーナーの隅っこに置かれたパイプ椅子に腰掛けスマホを見ている聖人に声をかけた。
雅人もこの店で働いていて、高校入学と同時に働き出した俺と違い中学2年から一年半以上働く大ベテランだ。しかしこういった雑用は一緒に出勤しているとほぼ俺に押し付けられるうえ、時給は俺より格段に高い。俺も時給1100円と、高校生にしては破格の時給をもらっているが、コイツは時給2300円、俺の倍以上。
「はー? そんなんお前が頑張れよ。俺の救いを求めるか弱きエロいオッサンが来た時居ないとまずいだろ?」
ヤレヤレみたいな表情で気怠げに答える雅人。コイツがこんな高時給で法の網の目をくぐり抜けてまで雇われているのは、彼がアダルトコーナーの客にオススメのエロを教える能力に長けているからだ。あらゆる性癖の特性・傾向を把握し、同じ人が好きになりやすいジャンルから、性癖ごとに興奮度を高めやすい女優選びまで客のニーズに合わせて完璧にこなす。悔しいがこいつはこの件に関しては天才的だと言ってもいいだろう。実際こいつのアドバイス目当てに来る客が多いため、ウチのカブトリスはエロの売上だけで500m先にあるツ○ヤとほぼ互角で、従業員の少なさを考える利益では上回っているほどだ。
「そーかいそーかい、売れっ子センズリアドバイザーのお前は検品なんてやんねーだろーよ! 悪かったな!」
いやみったらしく言うと雅人はニヤニヤとしながら、
「まあまあそう言うなよ、しゃーないなー、今は誰もきてね―から手伝っ……、おお! やっさんじゃねーか !」
「おうまさやん! 今日もバッチリスッキリコケるハードなやつを頼みてぇんだけどよー」
「……フッ、まかせな! ばっちり見繕ってやんからよ!? 今夜は何度でもくれてやんな? ”サウザンドラブ(センズリ)”ってやつをよ…」
雅人はニヒルな笑いを浮かべながらボロボロのスウェットに金のネックレスをつけた怪しいおっさんと一緒に”女王様と豚”コーナーへと歩いていった。
…しかたない、一人で頑張るか。
新作の検品は夜11時まで掛かり、店長にはやっぱりドヤされた。
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4
「…なあ、雅人、大人になるってどうなんだろうな?」
近所の宮村第二公園のベンチに腰掛けながら俺は雅人に問いかけた。第二公園は、他の通路から凹んだところにあり、ゲスな話をデカイ声で話そうがタバコを吸おうが酒を飲もうがあんまり見つからない素敵な公園で中1からずっとお気に入りのたまり場だ。
「はあ? そんなん最高に決まってんだろ? AV借り放題で風俗行き放題、車買ったらカーセックスも出来んだぜ? 今よりぜってー楽しいだろ?」
「いや、そういうことじゃなくてさ、今ってなんかめんどくさいんゃん? 変な立場にならないように、最低野郎の汚名を着ないように、みたいなさ。失敗したらむちゃくちゃ言われて、最悪殴られて。けどそういうのに真剣で、そんな価値観にゃ絶対負けねー、なんて考えるのはそれはそれで燃えたりもすんだけどそういうのはなくなっちまうのかな? とか、それとももっと有意義なこと気にして生きられるのかな? とか思うといろいろ考えんだよ、今できる一番はなんだろうとかさ」
コイツ何言ってんだ? みたいな顔の雅人に問いかける。コイツの良いところはこんな態度ばっかとってる癖に、人の価値観を本気で馬鹿にしたりは絶対しないところだ。自分の性への執着心が普通ではないことを自覚しているからだろうか?
「まーたそんなよくわかんねー事で悩んでんのかよ。まあ俺はそういうのはよくはわかんねーけどよ、そういうのってそん時になってみなきゃ結局わからねーんじゃねーか? 今は今一番やりてぇことをやったり、感じていてぇことを感じようとしたりするしかねーんじゃねーの? 例えばエクスタシーを感じて天井まで射精出来るかチャレンジしたり、ドライオーガズムについて研究したりよ?」
「いやいや、なんで例えが全部オナニーなんだよ? 別にエロいことで悩んじゃないから」
全てをエロに置き換えて語ろうとするのはこいつの悪いところだ。
「ふむ? 確かにお前は俺ほどコイちゃいねーもんな? けどよ、そんな悩みはやっぱ現状に満足してねーから出んじゃねーの? んー、……っ、そうだ! お前の童貞捨てようぜ!」
「はあ!? お前俺の話ちゃんと訊いてたか? 別にエロいことで悩んでんじゃないから!俺はただ、なんつーの? 全力で掴みたい何かが欲しいっていうか? それは大好きな女の子を見つけて恋に落ちることかもしれないし、青春を探して度に出ることかも知れない。けど絶対エロのことじゃねえよ!」
名案だ! とばかりに叫ぶ雅人に叫び返す。こいつ、エロ以外の欲求っていきているうえで一切ないのかな?
「キモっ! ……だからよ、恋も青春もよ、初めてのセックスには詰まってんじゃねーのか? 漫画とかでもみんなドキドキしてんじゃねーか大体セックスは青春の旅みたいなもんじゃねーか、大好きなあの子が一番喜んでくれる部分を探して手を駆け巡らせ、暗闇の中ゴールを探してアレの位置を調整したりしてよ」
「いやいや、キモって! …自分でもキモいとは思うが。大体百歩譲ってそうだとしても俺には無理だろ。知り合って間もない女にセックスしませんかとか言えねーよ」
そう返すと、雅人は大きく開けやがるんだ、口を。まるでUFOとか全裸の美少女を発見したかのように呆けながらポツリともらしていく。
「お前、せ、…っくすしたい時そう言うのか? ホントにそんな直で良いと思ってんのか? そんな考え方だったら一生童貞だってちゃんとわかってんのか?」
そりゃそうだ。けど…
「いや、そんなのおかしいってのはわかってんよ!? けどさ、確認とらずにアレとかコレとかしたらレイプじゃん! 重犯罪じゃん! 無理だろ?」
「…お前ホント馬鹿だな。 いいか…?」
それから暫く雅人の思うセックスに対するアプローチとOkかどうかの判定について公爵を垂れられた。どうやらそういうのは言葉にしないほうが女的にはロマンチックで尚且燃えるらしい。男は女のそういう曖昧なサインを見落とさない力が必要でそれをそつなくこなせる男が沢山の女とセックスが出来るそうだ。なんだか妙な説得力を感じてしまう自分が情けない。雅人も童貞の癖になんでそんなことを知っているのだろうか…。
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5
雅人に偉そうなことを言わた翌日。放課後駅に向かって歩いていると、前方に同じクラスの車塚晶が見える。路地の角で何やらギャルっぽい金髪で制服を着たあどけないあどけない少女と話し込んでいるようだ。
「あ、車塚さんだ。…俺苦手なんだよなー、あーいう女子ってなんつーか…、適当にふざけたこと言っても真顔で返されそうっていうか」
「ちょっと来い!」
俺がつぶやいている途中、雅人は俺の腕を引き、車塚さんから少し離れた路地の角に引っ張り込む。
「なんだよ? 車塚さんになんかあんのか? パンツでも盗んだのか?」
「んな足の付きやすいことしねーよ! 大体そんなリスク背負い込むくらいだったら…、じゃなくてお前も思わねーか?」
「何をだよ?」
なにやら真剣な顔で尋ねる雅人。
「アキちゃんよー、あれ、絶対”ぶりっ子”だろ?」
車塚さんは学校では、ちょっと臆病で押しの弱い所があるけど友達想いの憎めない良い子として”振る舞っている”。たしかに俺もそのキャラクター性は振る舞いだと感じている。たどたどしく話す友達の話を一生懸命訊いたり、自分の芯は持っているけれど譲れることは譲ったりしている彼女はどこか”不自然”だ。態度や論理に波状はないが、彼女のような態度の者なら大抵感じるであろう、”恐怖心”が見られない。遠慮がちに話しながらも、彼女の目線・声色からは大きな自信が感じられる。失敗したらしたでいいやという勢いがあるのだ。単純に考えればそれは、自分がどう思われるかはどうでも良くて友達のために出来ることを探しているだけのスーパー優しい娘と考えるのが正しいのだろうが、違和感を感じずにはいられない。…ていうか雅人ナチュラルに女子を下の名前にちゃん付けで認知できてるのちょっとうらやましい。
「…ん、まあ俺もぶりっ子かどうかはともかくあの態度はツクリなんじゃないかとは何回か思ったよ。でも別にどっちだっていいだろ? 俺らだって似たようなもんじゃんよ?」
「だからオメーは童貞なんだ。いや、童貞くせーんだ! いいか? 高校生にとって学校での地位とかキャラってのはもはや命だ! それが作りだってことは誰にもバレたくない! けど、それと同時に誰かに知ってほしいはずだ」
「そういうもんかねー、けど知ったところでどうすんだよ? そんなん口止めされたりしてめんどくさいだけじゃないの?」
答える俺に雅人は呆れたように肩をすくめながら言った。
「だからよ、そのめんどくさいことを共有した相手とはどうだ? なんだか親近感湧いてこねーか? いつも自分を偽ってる私だけど、ホントの私を認めてくれる人、なんて思われたくはねーのか?」
「う…、そ、それは思われたいな! けどそんなんしてどーすんだよ!? あ、お前もしやそれをネタにやらしてもらおうってんじゃないだろな? 俺はそこまでゲスいことはしたくないぞ流石に」
「お前ね、そんな流石に俺だってしねーよ! いつも言ってんだろ? レイプとかは嫌いだってよ。女に傷負わせて得るエロは真のエロじゃねーんだ! エロ舐めんな! …それはさておきいーかげんよ、俺もほしーんだよな、ぶりっ子しねーで接せられて、俺エロいですよ! 乳揉みたいんですよ! って態度で接せられる女が。そういう女に口説き入れてみて―んだよ」
少し遠い目で語る雅人。どうやら彼は彼なり溜まっているようだ、色んな意味で。
「…なるほどね。じゃあちょっと調べてみるか」
俺と雅人は路地の角から少しだけ顔を出してまだそこに車塚さんが居ることを確認すると、彼女たちの会話に耳を澄ませた。結構大きな声で話しているようで、内容がちゃんと聞き取れた。
「…それでね、晶さん。なんかソイツしつこいってゆーんですかね? ウチの話全然聞かないんですよね? 自分が喋りたいことだけ喋ってるみたいな? そんでしかもそんな自分がウチに好かれてると思い込んでる感じでホントキモいんすよね。なんか怖いくらいキモいっていうか…」
「へえ…、にしてもあんたって変なとこ気ぃ弱いわね~。とりあえずもっと詳しく話しなさいな」
10分ほど隠れて聴いていただろうか? 盗み聞きからわかったことはこうだ。
車塚晶の中学でひとつ下の後輩だった”由美”は、近所の大学生”美園 裕太”にストーカーされている。裕太は由美の学校帰りを待ち伏せたり、友達と遊んだ帰り道を待ち伏せされたり、基本的にいつも待ち伏せている。そしてバレバレな態度で『た、たまたまだよ』と言いつつ、帰り道に強引に付いてきて自分の最近頑張っていることなどを語り続けるという。その自分語りの最後には頻繁に『そういうの由美ちゃん的にはどうかな?』と訊いてくるのが特にキモいらしい。
それだけならウザくてキモいけどギリギリ我慢できたが、一度由美が公園のゴミ箱に捨てたはずのジュースのペットボトルを裕太が片手に持って(由美はいつも飲み終わったペットボトルは中の空気をめっちゃ抜いてから締める癖があり、裕太が持つそれもめっちゃ空気抜いてあったし同じ銘柄だった)のを見て以来、話しかけられるだけで身の毛もよだつようになった。
そんな避け気味の由美の態度に裕太が、『ご近所さんじゃないか―』と文句を言ってくるのがキモくてキモくて気が狂いそうらしい。
「へえー、ホントにいるんだねー、そんな奴。ドラマの中だけのフィクションだと思ってたよ」
俺が感心したように囁くと雅人は、
「いやいやいや、そんな悠長な話じゃねーだろこれは!」
いきなり憤る雅人。 …そんなでかい声だしたら盗み聞きがバレるだろうが。
「けどさ、要約するとその裕太くんは好きな女をを偶然を装って待ち伏せしたりしてるだけなんじゃないの? やっぱペットボトル持って帰るのはキモいけどよ」
「それだよ! ペットボトルだよ! 勝手にパクったらいかんだろーが! 相手を犠牲にして自分だけ射精するなんてよ…、欲しかったら金払って売ってもらえってんだ!」
性欲が強く性癖の幅も広く理解のある雅人だが常々これだけは言っていた。
『覗き見? 汗フェチ? 排泄物? 別に好きならいいだろうよ!? けどよ、それを求めたことが原因で女を泣かせちゃいけねぇ。俺たちを妄想させチン○ンが勃つ根源的なエネルギーとなってくれてる女たちは存在すんだけで俺たちのエンジェルなんだよ!? そのエンジェルをオメー、泣かして自分だけ射精するなんてのは外道だろ! エロに対する外道だろ! いくら落ちぶれてもそうにだけはなりたくねぇ!」
そう熱く何度も語っていた。だからこいつはこんなにも変態なのに性犯罪は今まで犯してこなかったしこれからもしないのだろうと安心できる。そんなコイツから見ればこの裕太くんは紛れもなく外道なのだろう。
「いやいや金だしてもキモいと思うよ」
「…確かに、さあ続き聞こうや」
その理論で言うと盗み聞きも良くないだろという言葉が頭を掠めたが、それを無視した俺達はもう一度聞き耳を立てる。
「――仕方ないわね―。由美アンタそいつの連絡先とか知ってんの?」
「晶さん! 知ってますよ―LINEなら。ブロックしてますけど一時的に解除しましょうか?」
「しなさい。そんで――」
結局車塚さんはそのストーカーを人気のないこの辺りでは”決闘場”と言われる廃墟に連れ込んで文句を言う事にしたらしい。”決闘場”はこの辺りの廃病院で、元が病院だったということから、死んだ患者の霊が出るだのなんだの噂になってあまり人が近寄らない。
それをいいことに辺りの不良少年はここを使って喧嘩するのに使われるらしい。そういうのって普通人気あるとこにしとかないと相手が逆上したら危ないんじゃないの? ファミレスとかに呼び出したらいいのに、危ないなあ…
車塚さんと由美はそこで分かれ別々の方角に歩き出した。二人とも俺たちが隠れている方には歩いて来なかったのはラッキーだ。
「…ふぅ、良かったー、バレずに済んで。女子の話盗み聞きしてたとかバレたら俺ら学校でヤバイもんな?」
そう言いながら雅人の方を見ると、先程まで隠れていた角から出て通り沿いの電柱に身を隠していた。
「――何やってんだよ、さっさと帰ろうや」
「…先回りするぞ」
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5
「見えるか?」
「ああ、バッチリだ」
結局俺は雅人と共に、”決闘場”に先回りしてきていた。俺もこの決闘場がどこにあるのかを覚えていた。利用するのではなく近づいてはいけない場所としてね。田舎街に住む中高生なら分かると思うけど不良とかの出現率が高い場所なんて絶対行きたくないし通るのも嫌じゃん?
ここへ来る途中、雅人は『見るぜー、俺はアキちゃんの秘密を隅から隅まで』、とまるで完全にヤバい変態のようなことを言っていた。…まあ実際に今やっていることは傍から見れば完全にヤバい変態なのだろうが。
「で、ホントにここに来んだろーな?」
俺は不安そうに問いかけた。だってこの廃墟、結構広いんだよ。今俺たちが居るのは不良達が喧嘩に使うらしい二階の一室だ。決闘場の話は近隣の中高生の間でも有名で、”二階に入って3つ目の右のドアの中が喧嘩用の部屋”ということまで情報として回っていたので俺たちも知っている。実際この部屋の由佳や壁には持つところにサラシのようなものを巻いたボロボロの木刀や、握力を鍛えるハンドグリップなど様々な武闘派少年が好きそうなアイテムが散らばっている。ちなみに今オレたちはそんな喧嘩部屋の角に置いてあるベコベコのロッカーの中に居て、なぜかちょうどいい位置に空いている穴から部屋を見ている。人が来ない場所だからここでセックスする奴が居て、それを覗くために誰かが開けたとかかな?
しかし、車塚さん自身この場所を指定したが、ストーカーを問い詰めるためにワザワザこの喧嘩部屋を選ぶだろうか?
「わかんねーか? 学校では良い子ぶってる。ギャルの後輩に慕われている。本当はちょっとキツめな喋り方。決闘場にわざわざ敵を呼び出す、…そこから導き出される答えはただ1つ!」
雅人が得意げに言う。俺はすかさず答えた。
「わかった! 元ヤンだ! 芸能人とかに多いアレだな! へー、車塚さんがねー。でも確かに全てが1つに繋がるな」
高校生ですでに元ヤンというのもおかしな話だが、高校生からいきなり不良になる”高校デビュー”というのもあったらしいしその逆があってもおかしな話では無いのだろうか。
「そのとおり! ということはこの部屋に間違いなく来る。 んでカミソリとか鉄板入の鞄とか振り回してシメるだろ!」
「おー! それは見てみたいな。 スケバンってやつだな。自分のこと”アタイ”とか言ってくれたら完璧だな」
「だな! それよりよ、あいつはそれを学校じゃ隠してんだ。知られたくねーんだ。つまりよ」
ニヤリとして言う雅人
「お前、そ、それはお前の主義に反するんじゃないのか? さすがに、そんな、弱み握ってやっちゃうなんてさ」
雅人は嘆息し、
「いやいやいや、俺がそんなんするわけねーだろ! 知ってんだろ? ちょっとおもしろそうってだけじゃねーか。第一俺はアキちゃんじゃ勃たねーよ」
「まじでか? ふーん、車塚さん結構可愛いのに」
「俺もなんでだかわかんねーんだけどな。ギャルのスッピンの全裸感からチョイブスの生々しいエロさまで堪能出来る俺が勃てねーなんてよ、情けねーと何度思ったことか。…アキちゃんめ」
「――来たぞ」
コツコツという音がして、部屋の入口に人影が見えた。車塚さんが一人で部屋に入ってきて、辺りを見回した後、俺たちが潜んでいる場所とは対角線上にある位置で壁に背もたれた。そしてスマホを取り出すと操作し、耳に当てた。
「あー、由美? 今着いたわ。――うん、……うん、だいじょぶだって! アンタはビビり過ぎなのよ! ――ハイハイ、奴がきた時電話してたらめんどいからもう切るわね」
通話を終えた彼女は腕を組み黙って壁にもたれかかり、退屈そうに自分の腕を指でトントンとしている。
5分位たっただろうか。ロッカーの蒸し暑さに嫌気が指し始めた頃、新たな足音が聞こえてくる。
中に入ってきたのは痩せ型の男で、髪は坊ちゃん刈り、おどおどした目つきに薄い唇。スーパーで売ってそうな胸に”HAWAI”とロゴの入ったパーカーに膝辺りにポケットの付いたチノパンを合わせたその出で立ちは、大学生というよりどちらかと言うとオタクっぽい中学生といった感じ。
「アンタが美園裕太って人?」
車塚さんがピリピリとした空気を漂わせながら問いかけると、青年はおずおずと答えた。
「そ、そうだけど、あ、あの、由美ちゃんは?」
遠慮がちな物言いの中にどこか強引さを孕んだ口調で問いかける美園。
「アンタね、わかってんでしょ? 由美に怖がられてること。それともあの子がアンタをこんなトコに呼び出して告白してきたりするとでも思ってたわけ?」
あくまで勝ち気に言い放つ車塚さん。
「えっと、あの、そういうわけじゃないけどなんか大事な話があるって言うから。その、えっと、僕、怖がられてるの?」
「…アンタそんなこともわかんなかったわけ? そりゃあ怖がられてるでしょ? 嫌われてるでしょ? キモがられてるでしょ?」
畳み掛けるように言い放つ車塚さん。確かにこの美園くんはちょっとアレっぽいが、怖い・嫌い・キモいの3連チャンはちょっと可愛そう。
「…アキちゃんすげーな、いくら本当のこととは言えあそこまで躊躇なく言えるなんて」
車塚さんたちに聞こえないよう小声でいう雅人。
「ああ、人の心ないのかな…」
あんなん女子に言われたら俺だったら3日は引きこもるな。
「え? 嫌…、キモ…、え? そうなの? でも僕は…」
困惑する美園。
「だからアンタにはもう由美には近づいてほしくないわけよ? わかった?」
「え? でも、由美ちゃんに言われたわけじゃないし」
「直で言えなくなるまでアンタがビビらせたからアタシが言いに来てんでしょーが!」
「あの、僕もう怖がらせないように頑張るから」
気圧されながらも引き下がる美園の様子には、ちょっとだけ応援したくなる。キモいけど。
「もうその言葉が、言い方が、そのキモさと存在の全てが由美を怖がらせてんのよ? わかんない?」
車塚さんスゲーこと言うな…。
「で、でもそれは君の主観だし、僕は由美ちゃ…、あだダダダダ!」
美園が言い終わる前に美園の顔面を掴んで持ち上げる車塚さん。…どんな筋力してんだよ。
「うるさい、アンタ話長いのよ! アンタはアタシの話にyesって答えてればいいの。黙って下向いて由美に関わらず地面を這いずり回って生きてればいいのよ」
「痛い痛い痛い! いたたたたた!」
「痛い? そりゃあ痛いでしょーよ? 自分の全体重をこめかみで支えるなんてね。けど、アンタに付きまとわれて、怖いって思って、外を歩くのも躊躇するようになった由美の心はもっと痛いんだからね!」
ひときわ声を張り上げて言う車塚さん。
「おい、…雅人」
「ああ」
「…ドヤったな」
「ああ、スゲードヤったな」
[newpage]
6
車塚さんが顔面掴んでドヤった翌日の昼休み、車塚さんは柔らかな笑顔を浮かべながらクラスメイトと談笑している。
「おい、マジでやんの?」
「たりめーだ! 俺はキャラ的にアレだからオメーやれよ」
「俺だってキャラ的に問題ないわけじゃないだろ? お前やれよ」
「しゃーねーな、ついて来い」
俺と雅人はさり気なく車塚さんの座る席の近くを通る。
「…由美の心はもっと痛いんだからね」
ギリギリ車塚さんにだけ聞こえるように囁く雅人。車塚さんは一瞬言葉をつまらせたが、クラスメイトと談笑を続けていた。
「…しかしよー、呼び出されたりしなかったな」
「だねー、絶対呼び出されるかと思ったんだけどな、『放課後ちょっと顔貸せよ』とか言われたりしてな」
この日、由美の心の痛さの件で車塚さんに呼び出されることもなく、放課後は普通に帰路につき、今はもう学校からは離れ俺も雅人も家の近所だ。
「ま、明日からもそれとなく煽っていこーぜ」
「お前、ホントそういうとこは尊敬するよ。俺だったら気まずくて言えないよ」
「だって面白そーじゃねーか? ま、またなー」
「おう、またなー」
明日からも由美ちゃんの件を觀ていたことをそれとなく煽っていくと宣言する雅人と別れ家路についた。
[newpage]
7
「ちょっと江坂くん」
「ん? 何?」
車塚さんの事なんてすっかり忘れたある日の午後の英語の時間。
英語教師でり、わが1年3組担任の 服部 夏帆 が頬杖をつく頬杖をつく俺の前に立ち止まり声をかける。
「左手顔から離してみ?」
「え? なんで?」
「授業中そんなんしたらあかんやろ? 左の手ぇ離してみ?」
にっこりと微笑む夏帆先生。夏帆先生は今年35だが、20代中盤でも通りそうな若干ロリ顔の美人で、柔らかな声で繰り出される少々舌ったらずな関西弁が可愛らしい。
俺はこの先生に怒られるのは結構好きだ。なんかエロい感じするからね。
「いや、違う違う。これは決して無礼な態度じゃないんだ。先生の素晴らしい声を聞き漏らさないように左耳にそっと手を添えてるだけなんだよ、いうなればそ…ちょ!」
言い終わる前に先生は俺の左手を引っ張り上げる。
「ちょ!」
先生は俺の袖口を見ると、
「江坂くん、これなに? イヤホンに見えるねんけど? イヤホンやんな?」
袖口から生えるカナル型イヤホンを指さされる。
「これはあれだよ。フジツボ型マッサ…、いや、イヤホンだよ! ああイヤホンさ。先生の声をこうマイクで集音して至近距離で耳に届けたい気分だったんだ。それくらい授業を真面目に聞きたかったんだ」
「じゃあそれ先生の耳に当てて聴いてみてもいいかな? ホンマにそうやったら私の声しか聞こえへんのやろ? ホンマにそうやっても気持ち悪いけどな」
「あー、ちょっとま…」
急いでスマホを操作してオーディオアプリを止めようとしたが素早くイヤホンを奪われる。
「あ、なんかこれあれやん? ドラマCD的なやつやんかぁ。 …後で職員室に取りに来てな」
そう言うと夏帆先生は俺の胸元に手を伸ばし、胸ポケットのスマホからイヤホンジャックを抜き取ると、袖口のイヤーピースを掴みイヤホンをスルスルと回収する。
…先生の指がサワサワと胸板に当たるからとてもエロかったです。
[newpage]
8
「こんにちわ、江坂くん」
放課後の帰り道、もうすぐ家だってところで車塚さんに話しかけられた。きっとこないだの由美ちゃんの心の傷のくだりを見ていた件だろう。なんで雅人じゃなくて俺の方にくんの? 煽ってみようって言ったのあいつなのに。っていうかなんで俺の家知ってるの?
「えっと、どうしたの?」
「隠れて見てたよね?」
車塚さんは嗜虐的な笑みを浮かべる。その笑みには普段の学校の様子からは想像もできない迫力がある。
「なにが?」
「由美のストーカー追い込んでた時見てたよね?」
「何それ? そんなことあったんだ~、知らなかったよ」
「見てたよね?」
「…まあ」
精一杯のすっとぼけも虚しく、あっさりと白状させられてしまう。…だって怖いんだもん。今、中学の時怖い先輩にジュース買いに行かされた時の事思い出したよ。
「…ちょっとついてきて」
黙って歩き始めた車塚さんについていくと、そこはいつぞやの廃屋、決闘場だった。
一際禍々しい二階の部屋に入ると、赤いスプレーで"南中最強"と書かれた壁際に縄で縛られた雅人がいた。
「雅人!」
「…おう。捕まっちまったよ」
少し殴られたのだろうか、雅人の右頬は少し赤くなっていて痛々しい。
「車塚さんさー、これは洒落にならんだろ? 雅人そんな悪いことしたのか?」
「…ゴメンね。そんなつもりじゃなかったんだけどあいつら暴走しちゃって」
雅人の方には後輩を送り込んで拉致らせたらしい。その際に『手荒くするな』とは言っておいたが、後輩イウコト聞かないでなぐっちゃったてへへみたいな感じらしい。
「で、あんた達、見てたのよね?」
「ま、まあね」
「おう」
口々に答える俺達を訝しげに見る車塚さん。
「あたしとしては困るのよね~。学校であんなこと言われちゃ。だから今日はあんた達が学校で余計なこと言おうって気なくしてもらおっかなって思ってね」
にっこりと微笑みながら脅しをかられる。知ってる! これ知ってる! いじめられるやつだ! 一ヶ月だけ入ってたサッカー部の後輩のケツにロケット花火刺して遊ぶ先輩と同じ表情だ!
「も、もうすでにいう気ないって! メリットもないし!」
「じゃあなんで見てたのよ? 偶然こんなとこ来ないでしょーが?」
焦りながら弁明するも信じた様子はない。悪いのは雅人なのに。
「ま、雅人、…言ってやってくれ」
「あー? まあ面白そうだったからだよ。アキちゃんと後輩の由美って女がでかい声で話してんのが聞こえてきたんだよ。んでなんか面白そうな内容だったからあと付けたんだ。…っていうかあんな道端ででっかい声で話してんそっちもわりぃーのにこの扱いはねーべ?」
クィと顎で縛られたままの体を指す。
「ゴメンゴメン!」
苦笑いを浮かべた車塚さんに縄を解いてもらうと尻の汚れを払い雅人は口を尖らせる。
「あーあ、俺の知ってるアキちゃんじゃねーや! …まああれがツクリだってなんとなくわかってたけどな」
車塚さんの頬がピクッと引きつる。
「ま、まーくんも大概学校と違うじゃないの? …まあなんとなくわかってたけど」
お互い自分を偽るもの同士通ずるものがあるのだろうか? 乾いた笑みを顔面に張り付かせながら牽制し合う二人。
「だってよー? 俺がホントの俺見せたらクラスの女ども泣くべ? 泣くだろ?」
中性的&幼い顔立ちの雅人は学校で女子たちから非常に可愛がられているため、イメージを壊さないよう類まれない努力を欠かしていない。
「そうかしら? そんくらい別に大丈夫じゃないの? 多分ヤンチャっぽくてカワイーとか言われるだけよ?」
「ちげーよ、別に口調変わったくらい周りからはOKなんはアキちゃんも一緒だろ? ほんとに知られたくないのはその暴力性だろ? あの顔面掴んで持ち上げてんのにはまじでヒイたよ。…一体握力いくらあんだよ?」
雅人の説明に思い当たるフシがあるのかなるほど一気にナルホド顔に変わる車塚さん。
「うるさいわね! 82よ! …でもたしかにそうね。なんていうか、優しい自分でいるためのスイッチ代わりに口調を使ってるというか…」
「だろ? ちょっとでもボロ出さねーための涙ぐましい努力ってやつだ。…っていうか82もあんのかよ! 普通そんなあったら腕ありえねーくらいムキムキになんだろ」
車塚さんの腕を不思議そうに眺める雅人。長袖のブラウスに包まれた腕の形まではわからないが、確かに他の女子に比べて太いってこともない腕だ。
「あったりまえよ! インナーマッスル中心に鍛えてるもの! 見た目への配慮も欠かしちゃいないわ」
ガッツポーズでグッと拳を握る車塚さん。…あ、ちょっとピクって膨らんだ。
「インナーマッスルで説明できる数値じゃねえよ! 腕に油圧ポンプでも入ってんじゃねーの?」
「失礼ね! …いや、今はそんな話どーだっていーのよ。あんたの隠してる秘密っての何よ? 脱いだらめっちゃ毛深いとか? いや、それだったら態度関係ないわね? …うーん」
俺は黙って後ろに周り、雅人のズボンとパンツを一気におろす。
「は? なにしてんの!? …なんだ、ツルツルじゃない。毎日苦労して剃ってる女の子が見たらキレそ…? そ、それなに? あっははは! 何それ? なんで? なんでドクロマーク? なんなの? チンチンになんかあんの? 悪の力でも封印してあんの? 毒発射すんの? どうなの? ねえ?」
爆笑する車塚さんの視線の先には、チンチン周辺をサポーターに包まれた雅人の姿。このサポーターは雅人が独自に開発したもので、上からパンツを履けばわからない薄さとチンチンが勃っても一切外観を変えないレベルで抑え込む屈強さを兼ね備えている。
ただ、その外観はチンコ周りに三角形の黒革の当て具を起き、それをチタンワイヤーとピンクの革紐で固定されている。更には黒革の真ん中にドクロマーク。雅人曰く、『絶対人に見られてはいけないための戒めになるデザイン』を施したらこうなったそうだ。
「…俺のボッキーガードダブルエックスを見て笑う女がいるなんて。ある意味安心だよ」
「あはははは! ボッキー! ガード! ダブルエックスって何? 普通バージョンもあんの?」
少し恥ずかしのであろう雅人は少しだけ俯いたが、やけっぱち気味に顔を上げるとカッと目を見開く。
「そうだよ! ノーマルバージョンは勃起するとちょっと浮くからボツにしたんだよ! みろ、この革紐とチタンワイヤーを! エックス型だろうが! ダブルエックスじゃねーか! そうさ、俺のチンコには悪のパワー取り付いてるよ! すぐ勃っちまうんだ! しかもでけぇ!」
「す…ぐ勃っちゃうし…で! でっかいんだ? そ、その ぷぷ、か、顔で…でかいんだ…。やめて! 笑いすぎて妊娠する!」
地面に突っ伏しバンバン床を叩く車塚さん。やめてやれよ…、気の弱いやつなら明日から学校来なくなんぞ。学校では優しい感じなのに人ってわからんもんなんだなぁ。
「ひぃ、…ひぃ…、ふぅーー。落ち着いたわ。で、あんたはその猛り狂う性欲とデカちんを男の娘な態度で隠してるわけね? 猛り狂う…ぷぷっ」
「おい…、俺だってちゃんと傷ついたりすんだぜ? 人間なんだぜ? …まあ、そういうわけだよ。」
左手斜め下を向く雅人の顔には陰りが見える。頑張れ!
「まあわかったわ! ダブルエックスに免じてこれでよしとするわ! バラしたらあんたのこと学校でもダブルエックスって呼ぶからね」
「おい、学校以外じゃ俺の事ダブルエックスって呼ぶ気かよ? まあ学校外で会うことなんてあんまねーだろーけど」
「いーじゃないの。かっこいーじゃないダブルエックス! ダブルエックスに封印されしデカチンって感じで。我ながらうまいこと、いや、そのまますぎるか…うーん」
酷いやつだったんだな、車塚さん。
「まあまあまあ、もうそれでいーじゃないか? お互いバラされたら困るんだからある意味安心だろ?」
「あら、そういえばアンタもいたのね? 健二…だっけ? アンタがバラしてもダブルエックスが生贄になるから精々口を貝のように閉ざしておくことね?」
悪役丸出しなセリフを吐く女だな…。
「わ、わかったよ」
そのあと、俺たちは車塚さんと連絡先を交換させら…してもらって解散した。
決闘場 を出た俺と雅人は、この時はこれで終わりだと信じて、バイトのためビデオ屋『カブトリス』へと向かって歩いた。
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