僕の兄は◯◯です。

一章

①

―――別視点






　悪意に満ちた周囲の視線が突き刺さる中で、広太はただひたすら屋上に向かって歩いた。


遠慮がちに繋がれた手を強引に引きながら、ただ黙々と。


……限度を超えていた。ムカついた。理由は色々あるが、一番は見ていられなかった。


個々の感情が複雑に混ざりあい彼の、広太の、人より強い何かが理性を上回った故の行動が現在（ｲﾏ）である。


広太の気迫に押されてか、モジャに嫌がらせをしようと廊下でスタンバっていた別クラスのチワワ集団も一瞬、唖然と見送ろうとした……が。


「っ……この、偽者!!」


「！？」


その中でふと我に返ったチワワＡが、持っていた生卵を勢いよくモジャへ投げつけた。


そこそこのスピードで己へと迫る生卵に、避けられないと瞬時に悟ったモジャは、反射的に空いていた左腕で顔を庇って。


「……？」


　襲い来るはずの衝撃が、一向にやって来ない。


不思議に思ったモジャはギュッと固く閉じた瞳を開いて、言葉を失った。


「ちょっ、何であんたが…！」


「…………。」


騒然となる周囲。投げつけた相手でさえ目を見開き、小さく呟いた。


「な、なん…で…っ」


「………。」


ドロッと汚臭を放った黄身が短い黒髪から頬を伝い、床に落ちていく。


生卵受けてなお、手を繋いだまま真っ直ぐチワワ集団を見据える広太を見て、モジャの瞳は潤んだ。


「用は済んだか？」


「え？」


「コイツに、用は済んだかって訊いてんだ。どうなんだ」


「ﾋｯ…！？」


広太の浮かべた笑みと共に淡々と、無感情に紡がれた問いに、恐怖で顔を引きつらせ怯えるチワワＡ。


怯えたまま、何も言わない相手を暫し見つめていた広太は、やがて深く息を吐き顔を背けると、留めた歩みを再開させた。


今度こそ、その歩みを邪魔する者は現れなかった。