オタク君に優しくなったギャルさん

たかしモドキ

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【9】分水嶺

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


次の日、僕の補習の最終日。
ギャルさんは教室に来なかった。

補習が終わった事で、接点のなくなった僕は、
当初の予定通り、ゲーム計画を実行していた。

こうやって、日常に帰ってみると、
今までギャルさんと過ごしていた数日が嘘のように感じた。

結局、誰も『ドッキリ大成功』のプラカードを持って来なかった。

この事について、僕は少し頭を悩ませたけど、
具合の良い答えは見つからなくて、
『一夏の思い出』というカテゴリで、脳内の棚に収納する事にした。

夏休みの中間、野田とキャンプに行った。

二人で話し合って、カレーを作ろうと言っていたのに、
野田の奴が、レトルトのカレーを持ってきていて、
その事で喧嘩になりそうだったけど、
お米を炊くのに失敗して、ビチョビチョのお粥ができた時、
リアリストの野田が正しかったと思い知った。

カレーなんて作っていたら、どうなっていた事か。

僕は、謝りがてらに、ギャルさんとの一件を相談すると、
野田は、また呆れた口調で説教してきた。

夜が来て、キャンプ地の河原は、真っ暗になった。
家も街灯もなく、車も通らない。
真の暗闇の世界だ。

川のせせらぎと、鈴虫の合唱。
月が反射して、暗闇に流水の模様がキラキラと光っている。

僕らは、飲めもしないブラックコーヒーを片手に、
苦い苦いと舌を出しながら、折りたたみ椅子に背中を預け、
ふんぞり返っていた。

「女っていうのはな。言葉で男を狂わせるんだ。
 思わせぶりなことを言って、反応を見て練習してんだよ」

野田は、突然そんなことを言って
河原の丸石を投げると、暗闇に、チャポンと、光の波紋を描いた。

「練習?」

「そうだ。本番の為にするのが練習だ。
 つまりは、たけるが言われたような言葉をだな、
 本命の男に使えるかどうか、試してんだよ」

「え~それは、あんまりじゃないか」

「だろ?だが女とは、そういう生き物なのだよ。たける君」

「野田博士!!僕らに人権は、ないのですか!?」

「良い質問だ。たける君。
 僕らにも人権はある!!」

「おお!!博士!!」

「だから主張しないとな」

「主張?主張ってなにをさ?」

「やり返してやるんだよ」

「ん~?………博士!!僕にはわかりません!!」

「良いか、よく聞くのじゃ、たけるよ……
 耳が糖尿病になりそうな、あま~い言葉をぶつけてやるのじゃよ
 そしたらば、向こうさんの化けの皮が剥がれるであろう」

「皮が剥がれたら……何が出てくるんですか!?老師!!!」

「怪物じゃよ」

「怪物には、怪物をぶつけるしかない!!
 性獣野田を、攻撃表示で特殊召喚!!」

「誰が性欲の怪獣だぁ!!このやろう!!」

ヒャヒャヒャと、僕たちの笑い声が河原に響いた。

夏は、まだ長い。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


僕は、夢を見た。

それは、デタラメな内容の夢じゃなくて、
昔の記憶をなぞった内容の夢だ。

白い猫が、毛布の真ん中で丸くなっている。
尻尾が二つある、変な猫だ。

ああ、懐かしいな。
すっかり忘れていた。

僕は、その猫を抱き上げて頬ずりして、
小さな、おデコにキスをした。

暖かい体温が、唇から伝わって、
柔らかい毛の感触が、とても愛おしい。

二つ尻尾の猫は、僕の愛着に、耳の後ろを擦りつけて答えてくる。

『もうすぐ、分水嶺ぶんすいれいだよ』

猫が、悠長な日本語でそう言ったところで、
僕は夢から目覚めた。

「……チョキ?」

僕は、虚空に向かってそう言った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おばあちゃんね、金魚すくいがしたいわぁ~」

暑さがまどろんで、鈴虫の演奏会が開演する午後6時、
食後のお茶で一息入れながら、ばあちゃんは突然そう言った。

机の上には、近所の神社で毎年開かれる夏祭りのチラシがある。

「若者に大人気の歌手も来るみたいよぉ~
 おばあちゃん興味があるわぁ」

「良いね!行こうよ」

おばあちゃんは、あまり自分のしたい事を言わない。
だから僕は、そういう機会を見逃さないように心掛けている。

別に、おばあちゃんに良い格好したいだとか、
日頃のお礼がしたいだとか、
そういう、良い子ちゃん的な行動じゃなくて、
日頃、自分を犠牲にしている人は、
こういう時こそ優先されるべきだと考えているからだ。

つまり、僕自身が、そうされたい。という願望でもあるけど。

「でもねぇ~おばあちゃん、足が悪いから
 きっと屈むのは無理よ~金魚さんのプールに落っこちちゃうかも」

確かに膝を痛めている、ばあちゃんには、
座り込んで金魚をすくう体勢がキツそうだ。

どうにか、良い手は無いかな……
何か、座れるものがあれば。

お!良い事を思いついたぞ!!

「ばあちゃん!ちょっとこっち来て!!」

「ん~?なぁに?」

僕は、台所の広い場所に膝をついて、
地面に足の裏をつけている方の、太ももを指差す。

「ここに座りなよ!そうすれば、足痛くないかも!」

「えぇ~なんか、恥ずかしいわよ」

「いいから!いいから!ほら!!」

「う~ん。たけるちゃんがそう言うなら、試しちゃおうかしら?」

ばあちゃんは、そう言ってドスンと僕の足に体重をかけてくる。
うっ……意外と、重いな。
でも、耐えられない程じゃないぞ。

「あらぁ……意外に、座りがいいわねぇ」

「いいね!!じゃあ!これで約束!!」

「ありがとうねぇ、たけるちゃん」

夏祭りのチラシを見て、日程を確認する。

ふと、チラシに描かれている、
浴衣姿の女性のイラストに目がいく。

ギャルさん……来るのかなぁ。

可能性は、大いにある。
ギャルさんの家が、どこにあるのかは知らないが、
確か、通学時間は30分くらいだと言っていた。
それで自転車通学じゃないとすると、
電車と徒歩での通学という事で、駅から学校までは、
おおよそ、15分なら電車で15分かかるわけで、
駅と神社は目と鼻の先だ。
夏祭りに行く距離としては、問題にならないはず。
神社の夏祭りは毎年やってるし、祭り自体は知ってると思うし、
それなら、ふらっと遊びに来ても、おかしくはないはずだ。

「たけるちゃん。いい子なんだけどねぇ、
 その考え込む癖が、おばあちゃん、心配だわぁ」

でも、もしギャルさんに会えたとして、
僕は何か用事を作れるだろうか?
用事でなくても、話す口実でもいい。

その時、ふと、キャンプの時に、
野田が言った言葉を思い出す。

「糖尿病になるくらい、あま~い。かぁ」

「やだわ、たけるちゃん。
 あなた、まだそんな事心配する歳じゃないわよ」

「ねぇ!ばあちゃん!
 女の人ってさ!どんな言葉を言われると嬉しいの?」

「あらら。たけるちゃん。それ、
 おばあちゃんに聞く事で、あってるかしら?」

「だって、他にいないし」

「そうねぇ……おばあちゃんの嬉しいので、いいならだけど、
 八百屋のマリちゃん居るでしょう?この間、家に来てくれた時に、
 子供を連れてきてたんだけどねぇ、その子が『会いにきたよ』って、
 言ってくれてねぇ、あれが嬉しかったわねぇ」

「会いにきた……かぁ」

これをベースに『あま~い』って奴を、考えておくかな。
まぁ、もしもだけどね。
うん。僕は期待して空回りしないぞ。
絶対にするもんか!!
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