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「それにさぁ、俺って魔族じゃん」
「そ、そうですね」
じゃんってなんだよ、じゃんって。チャラすぎる。

「魔族には真名っていうのがあってさ」
「真名? ああ聞いたことがある」
たしか前世で読んだラノベにあった。
秘められた魂の名前とかで、真名を知られたらその人のいいなりになるとか。どんな命令にも従わなければならないとか。そんなんだったと思う。
魔族には真名があるのか。人族には無いから知らなかった。大変そうだな。
てっ、何故今そんな話を?

「真名ってさぁ、大切なものなんだよ。真名を知られてしまったら、その相手と結婚しなくちゃならないんだよなぁ。真名だからなぁ。どうしようもないんだよなぁ」
「そうなんだ……」
高橋の話し方が、何だかわざとらしいというか、すっとぼけているというか。胡散うさん臭く聞こえるのは俺の気のせいだろうか?

「俺の真名って “高橋透” なんだけど」
「うそっ!」
「ホント」
「だって真名を知られたら、結婚って……」
「そう結婚しなきゃならない」
高橋は大きく頷く。

ヤバクない? それって凄くヤバクない?
だって俺、普通に高橋の名前を呼んでたよ。呼びまくってたよ。
何も考えずに、高橋の名前を人前で連呼してたよ!

「俺、お前の真名を呼んでた。人前で何も考えずに呼びまくってた。どうしよう。どうすればいい。ごめんっ」
焦る。俺はどうすればいい?
真名を知られたら結婚しなきゃいけないなんて、俺は知らなかったんだ。

俺のせいで、高橋が皆に真名を知られてしまった……。
俺のせいで、したくもない結婚を高橋がしなくちゃならなくなったら、俺はどうやって高橋に償えばいいんだ。

「ああ、大丈夫だから。心配しなくていい」
泣きそうな俺の頭を高橋が優しく撫でる。

「だって、俺のせいで皆がお前の真名を知ってしまったじゃないか。高橋はいったい何人と結婚しなきゃいけないんだよ」
俺付きの侍従さん達は全員だし、家庭教師の人達もそうだ。騎士は何人いた?
ああ、俺のせいで高橋が重婚になってしまう。

高橋が結婚……。
心が痛い。
俺のせいで申し訳ないっていう思いとは違う心の痛さ。
今まで高橋が俺にベタベタするから、俺は思い上がっていたんだ。ツンデレしていたって高橋は俺から離れていかないって。
高橋が結婚したら、今の状態は終わる。高橋が俺にかまうことは無くなるだろう。俺は家に帰れるし、親にも会える。
それなのに。

もう高橋とは会えなくなるだろうな。
いや、高橋のことだから友達としては会ってくれるだろう。
ただの友達として。

自分の心がダダをこねているのが分かる。
俺は、高橋を取られるのが嫌なんだ。
高橋が俺以外の人のものになるのが嫌なんだ。

自分は高橋から逃げようと思っていた。
高橋のことを好きになったら、生きてはいけなくなるから。
バカだな、俺はとっくに高橋のことが好きになっていたのに。
好きになったらいけないって思っていたから、気付かないように自分の心を見ない振りしていただけだ。
ポロポロと涙が零れる。

「高橋。俺、高橋が好きだよ」
小さく呟く。
自分の感情が溢れだしてしまった。

高橋は、俺の言葉に目を大きく見開いて……。
いきなり、俺にキスをした。
いやまてっ。ちょっと待て。
このキスやばいやつ。初心者にしちゃいけないやつ。

今迄、散々キスはされてきたけど、頬や額とかに軽く ”チュッ“ て、やつだった。
唇にキスしたことは無かった。最初の無理矢理だった時だけ。
それ以降は接触禁止令も出していたし、俺に対して罪悪感があるのか、性的な雰囲気を出すことは無かった。
それなのに、頭の後ろと背中をガッチリ固定されて、俺は逃げるどころか動けない。

「んーーーーっ」
高橋の胸を殴るけど、全然だめ。
散々口内を舐められ、舌を絡め取られる。

無理だって。俺こんな濃厚なキスしたことないんだって。
息が苦しい。
唾液を上手く呑み込めなくて、口の端から滴り落ちる。

目の前が暗くなってきた。
力が抜ける。
ブラックアウト……。一歩手前で唇が離れて行った。

空気っ。俺には空気が必要。
ぜぇはぁぜぇはぁと呼吸に全力を注ぐ。
高橋を怒鳴り付けたいが、今は生存本能の方が大切。

「伊織、伊織、やっと言ってくれた。俺は嬉しい」
呼吸困難に陥っている俺を、高橋は抱きしめて頬ずりする。

「でも、高橋、結婚。みんなと」
なんとか荒い呼吸の合間に高橋に問いかける。

「大丈夫だよ。俺達は日本語で話しているだろう」
「日本語……」
そう。俺と高橋の会話は日本語だ。

侍従さんや他の人達から、変な目をして見られているが日本語で喋っている。
『高橋』や『伊織』という名前がどうしても、この国の言葉では発音できないから。
『高橋』だったら “ツァカアハーシー” とかになってしまうから、俺は嫌だ。
『高橋』のことは『高橋』と呼びたい。
俺が日本語で話すからか、高橋も日本語で返してくれる。

「じゃあ、大丈夫? 高橋の真名は皆に知られてない?」
「ああ。俺の真名を知っているのは伊織だけだ」
「よかった……」
安心して一気に力が抜ける。そのまま高橋にもたれかかってしまう。
高橋は蕩けた顔のまま、俺を抱きしめる腕の力を強める。

「だから伊織は俺と結婚しなきゃならないんだよ。俺は伊織に真名を知られてしまったからな。これは決定だ。ああ楽しみだ!」
「あ……」
そうだった。高橋の真名を俺は知ってしまった。
高橋に命令なんてする気はないが、俺と高橋は結婚しなきゃならないということか。

「まあ、魔族にも真名なんてものはないんだけどね」
俺には聞こえなかった高橋の小さな呟きを知るのは、随分と後からだった。

俺の結婚が決まってしまった。

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