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11- 行く先
しおりを挟む「馬車はどこに向かっているの?」
「お嬢様、心配しないで下さい。まずはケムノ村へ参りましょう」
「ケムノ村へ?」
「はい、私の実家がございますから、そこに少しの間寄せてもらいます。お兄様から荷物が送られてきたら、それからどこに行くかを決めればよろしいのですよ」
テレサの言葉に、安心すると共に懐かしさが溢れてくる。
もう一度ケムノ村に行ける。
ウエンツと出会うことが出来た場所に行きたいと思っていた。
ウエンツに、いや隊長様と出会うことができた大切な思い出の場所を、もう訪れることができなくなるかもしれないと思っていた。最後に見ておきたかった。
隊長様との思い出は、少しも色あせてはいない。
あの頃は純粋に隊長様を慕っていた。でも今は、ウエンツの腕の中の温かさを知ってしまった。口付の甘さを知ってしまった。
アイラはウエンツを忘れ、ウエンツ以外の人の元へ嫁ぐことは、もう出来ない。ウエンツ以外に抱かれるなど、考えることすら無理だ。
「おかしいわ……」
テレサの不安そうな呟きが聞こえてきた。
「どうしたの?」
「ケムノ村へ向かうには西門を出る必要があるのですが、馬車が違う方向に進んでいるようなのです」
「え?」
「このままでは街の東側、歓楽街へと行ってしまいます」
「まさか……」
娼館から逃げているというのに、娼館のある歓楽街へと馬車は進んでいるという。
どういうことなのか、アイラは不安になる。
ドンドンドン。
「道がおかしいわ。どういうこと!」
テレサが御者席のある壁を叩くが返事が無い。
二人は不安のまま馬車に揺られるしかない。
馬車は徐々ににぎやかになっていく街へと進んで行く。
とうとうテレサの予想通りの歓楽街へと入って行き、一件の建物の前で馬車は止まった。
大きな建物だが、ケバケバしく飾り立てられており、目立つ色で塗り立てられた大きな看板がある。上品とは言えない。
アイラには分かっていないが、テレサにすれば、いかにもな建物だ。
なぜ娼館に連れて来られたのか。ヘンドリクの用意した馬車ではなかったのか。
「さあ、着いたぜ。今日からここがお嬢さんの住まいと仕事場になる場所だ」
御者が嫌らしい笑いを浮かべながら、荷台を覗き込む。
「一体どういうことなのっ。ヘンドリク様は、こんな所に連れて行けとは言っていない筈だわっ」
「ギャンギャン煩いばあさんだな。残念ながら坊ちゃんの考えそうなことは、旦那様にはお見通しって訳だよ。旦那様から俺は直接指示を受けているんでね、恨むなら間抜けな坊ちゃんを恨むんだな」
「そんな……」
荷台の奥へと逃げるアイラの腕を掴もうと、御者が荷台へと入って来る。
「お嬢様に触るんじゃないわっ」
「ばばあは邪魔だ、黙っていろ」
「きゃあっ」
テレサは制止しようと御者へと掴みかかり、逆に足で蹴られ倒れてしまった。
「ばあやっ」
「お嬢様、逃げてくださいっ」
「放せ、ばばあっ」
テレサは倒れた体制のまま、必死に御者の足にしがみ付く。
御者から何度も蹴られながらも足にしがみついたままだ。
「早く、早くお逃げ下さい」
息も絶え絶えなテレサは、それでも御者から離れない。
ここでテレサを助けに行けば、テレサの献身を無駄にするだけだ。
絶対にテレサとは再会する。そう心に決めて、アイラは荷台から飛び降りる。
「きやあっ」
「聞いていた話とは違って、元気なお嬢さんじゃないか」
いきなり男に腕を掴まれた。
馬車の音でアイラの到着が分かったのだろう。建物から出てきたらしい。
「いやぁっ、放してっ」
「ハハハハ、元気がいいな。はいそうですかと放す奴がいるわけがないだろう」
男は笑いながらアイラを建物へと引きずって行く。
「お嬢さまぁっ」
テレサの悲鳴が聞こえてくる。
どんなに力を入れて抗っても、男の腕から逃れられないのだった。
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