獣人国王の婚約者様

棚から現ナマ

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12― 屋敷では



ハウエル伯爵家でアイラを護るように指示された騎士達は、屋敷内に入ることを許可されてはいなかった。そのため、アイラがいなくなったことを知るのが遅れた。
洗濯をするために屋敷から出てきた下女達が、アイラがいなくなったことを話しているのを聞き、やっと知ることが出来たのだった。
いくら屋敷の外にいたとはいえ、騎士達は獣人である。アイラが屋敷から出てきたならば必ず気づくはずだった。
それなのに誰一人として気づくことなくアイラはいなくなってしまった。

アイラを連れ去った御者は、獣人の騎士達が屋敷の外で警備していることなど知る由もなかった。
ただ面倒がって、空いていた馬車を勝手に使ったのが、功をそうしてしまったのだ。
馬車は屋敷に野菜を届けに来た農家のもので、まだ荷物を降ろしてはいなかった。荷台には玉ねぎやニンニクなどが積まれたままだった。
荷台の奥に座ったアイラの存在は、野菜の強い匂いによって、かき消されてしまっていたのだ。
人族よりも百倍近くも鼻が利く狼の獣人とはいえ、馬車が目の前を通り過ぎて行っても、ニンニクなどの強烈な匂いを臭いとは感じても、その中にアイラが紛れ込んでいるなど、気づくことは出来なかったのだ。

下女達の話を聞いた騎士達は、すぐに屋敷の中に入ると、くまなくアイラを探したが、見つけ出すことはできなかった。
使用人達はいきなり入って来た獣人の騎士達に、集合するように言われ、パニックになっている。ハウエル伯爵がいないため、当主代行として長男のヘンドリクが対応することになった。

「婚約者様をどこにやった!」
「ティーナダイ王国は、アイラを簡単に捨てたというのに、なぜ探すのですか? いなくなったからといって、何も不都合はないでしょう」
厳しい騎士の問いかけに、ヘンドリクは睨み返す。
いつもは大人しく穏やかなヘンドリクの、あるまじき態度に、使用人達は驚きを隠せない。執事のリョンは、ヘンドリクを止めるべきかと青い顔をしてオロオロしている。
獣人に逆らうなど、あってはならない。簡単に殺されてしまうかもしれないのだから。

「婚約者様を捨てた? 何を言っているんだ? 大切な婚約者様を捨てるわけが無いだろう。それともお前達が婚約者様を捨てたというのか? どこに婚約者様をやったのか答えろっ。もし婚約者様に少しでも危害を加えたのならば、いくら親族とはいえ許されないぞっ」
騎士は今にもヘンドリクに掴みかかろうとする勢いだ。

「大切とはどういうことなのですか? 体調を崩し役に立たないと、アイラを捨てたのは、そちらでしょう……」
騎士の言うことが理解できずに、ヘンドリクは呆然と呟く。

「何を言っている。アイラ様は国王陛下の婚約者様であらせられる尊いお方だ。視察団が国に戻る時には共にティーナダイ王国に来ていただかなければならない。捨てるわけが無いだろう」
耳の良い獣人は、ヘンドリクの小さな呟きも聞こえたらしい。

「まさか……。まさかアイラは国王陛下の妃になるというのですか?」
「ああ、国王陛下は、そのおつもりだ」
騎士の言葉をヘンドリクは、にわかには信じられないが、人族に嘘を言ってまで取り繕う必要などない。

アイラは捨てられたのではないのか?
肩を震わせて泣いていたアイラは、報われるというのか?
哀れな妹は、もう辛い思いをしなくてもいいのか?
ヘンドリクの心の中にあったティーナダイ王国への恨みの思いは、間違いだったのだろうか……。

もしかしたらアイラをケムノ村にやる必要はなかったのだろうか。ティーナダイ王国がアイラを迎えてくれるのなら、もう娼館に売られることはない。
ケムノ村までは馬車で片道4日ほどかかる。今日は王都を出た先の宿屋に泊まるように御者に指示しておいた。
もうそろそろ宿に着いているかもしれない。すぐに宿屋にアイラを迎えに行こう。
明日の朝、宿屋を発てば、その日の内に王都に戻ってこられるだろう。
ヘンドリクは予定を立てると、目の前で焦った表情の騎士達に、アイラの無事を伝えようと口を開く。

「どうか心配しないで下さい。アイラの向かった先は――」
「アッ、アイラはどこだっ!」」
ヘンドリクの言葉を、乱暴に扉を開く大きな音と声が遮った。

「父上……」
慌てたようにハウエルは屋敷の中に入って来たが、そこに獣人がいることに気づくと、ギクリと動きを止めた。

ハウエルは王宮の謁見の間に呼ばれ、ティーナダイ王国のウエンツ国王からアイラが正妃として望まれ、視察団が国に帰る時に、共に行くことが決まったのだと、シーシュ国の国王から直接知らされたのだった。
国王はよほど嬉しいのか、玉座から降りて来ると、ハウエルの手を取り『良い娘を持った』と賞賛した。
宗主国の国王の妃を、我が国から出すことが出来たのだ。どれほどの恩恵がもたらされることか。
ハウエル伯爵には多くの褒美と共に陞爵しょうしゃくも約束された。

まずい。
笑顔の国王に、引きつった笑い顔を返しながらハウエルは焦る。
本当ならば有頂天になっていなければならない所だが、ハウエルの心の中には焦りしかなかった。
アイラは脆弱なためにウエンツ国王の相手が務まらず、捨てられたのではなかったのか?
すでにアイラを娼館に売り払うよう、下男に指示を出してしまった。
ヘンドリクとリョンが影でコソコソと話しているのを知ったから、先に手を回してやったのだ。
それがこんな裏目に出るなど。どうすればいいのか。
シーシュ国に。いや、ティーナダイ王国にアイラを娼館へ売ったことがバレてしまえば、どれほどの罰を与えられるか分からない。
自分の命など、すぐに無くなってしまうだろう。

もしかしたら、まだ屋敷に残っているかもしれないと、慌てて帰って来たのだ。
先に娼館へ行った方が良かったかもしれないが、王宮から屋敷の方が近かった。一縷の望みをかけて屋敷に帰って来たというのに、すでに獣人が屋敷に押しかけてきているなんて……。

「ハウエル伯爵、戻られたのか。アイラ嬢はどこに行かれたのだ?」
なんとか平静を装っているハウエルへ騎士が問いただす。

「そ、それは……」
青い顔をしたハウエルは返事が出来ない。なんと答えればいいのか考えあぐねる。今ここで切り殺されたくなどない。必死に考えるが、言い訳が思いつかない。

「騎士様、アイラは体調が良くなるまで、ばあやの里のあるケムノ村へやることにしました。まだ王都を出たばかりですので、私が迎えに行って、明日には屋敷に戻そうと思います」
ハウエルの代わりにヘンドリクが答える。
妹は無事にケムノ村へと向かっているとヘンドリクは思い込んでいる。まさか自分の隣に立つ父親に騙されているなど、思いもしていない。

「そっ、そうです! アイラはっ、アイラはケムノ村へとやりました。あそこは田舎ですので、行くのに時間がかかりますし、人気のない場所も通ります」
ハウエルはヘンドリクの言葉に飛びついた。

そうだ! ハウエルは閃いた。
ヘンドリクとリョンの二人がアイラを逃がしたままにしよう。
アイラはケムノ村へ行っていることにすればいい。そうして、途中で行方不明になるのだ。
あんな田舎に行くのだから、馬車の事故が起こるかもしれないし、盗賊に会うかもしれない。
無事にケムノ村にたどり着けなくても、なんら不思議じゃない。
ケムノ村へと向かっている最中に、アイラが行方不明になったことにすれば、全てが丸く収まる。ハウエルは罰せられるどころか、娘を失った悲劇の父親になれるじゃないか。
自分の思いつきに、ハウエルは胸を撫で下ろす。

アイラが娼館にやられたなんて、誰も知らない。御者をした、あの下男さえ始末すれば知る者はいなくなる。
そうだ。そうすればバレることはなくなる。
一刻も早く下男を見つけ出し始末しなければ。

ハウエルは下男の始末方法を考える。ハウエルは自分の手を汚すようなことはしない。馴染みの裏家業の者に依頼をしよう。
獣人達がいなくなったら、すぐに連絡をしなければ。
下男はアイラを娼館に渡したら、報酬を貰うために自分の所にやってくるはずだ、その時に……。


「おっ、恐れながらっ!」
一人の男が騎士達の前に出てくると土下座する。
みすぼらしい格好の男で、獣人に声をかけるなど、恐れ多いことだが、自分の言葉を聞いてほしいのか、何度も頭を下げながら、大声を張り上げている。

「お、お嬢様はケムノ村へ行っておりません。俺がお嬢様を娼館に連れて行きましたっ。旦那様の命令です。お嬢様を娼館に売り払ってこいと言われたんです。俺は嫌だったんですが、旦那様の命令に逆らうことなど出来ませんでしたっ! お、俺は言うことを聞かされただけですっ」
男は涙ながらに訴える。

「娼館に婚約者様を売った? どういうことだっ。詳しく話せっ」
「なんだとっ。娼館に連れて行ったというかっ」
下男の言葉に騎士達が騒ぎ出す。

「お前にはアイラをケムノ村へ連れて行くように頼んだのに、まさか……」
ヘンドリクは下男の告白に蒼白になる。
下男を信じて妹を頼んだというのに。

全ての使用人は騎士達によって広間に集められていた。
アイラを娼館に連れて行った下男も、屋敷に戻ってきており、広間に呼ばれて来ていた。ただヘンドリク達に顔を見られると不味いので、他の使用人の後ろに隠れていた。
大人しくしていたのだが、ハウエルが帰って来て騎士達と話をしているのを聞いて、隠れているわけにはいかなくなった。

下男は何十年もハウエルの元で働いてきた。
いつもは雑用をする下男だが、ハウエル伯爵から命令されて、汚い仕事もやらされていた。
ハウエルの腹の中は、良く分かっている。

ハウエルはアイラを娼館に売ったことを隠そうとしている。
そのことが嘘だと知っているのは俺だけだ。
ハウエルは嘘がバレないために、自分を始末しようと考えるだろう。
今まで都合が悪くなったからと、ハウエルから始末された仲間を何人も知っている。とうとう自分の番になってしまった。
裏の手の者をハウエルは使う。逃げおおせることは出来ない。

このままハウエルに口封じのため始末されるぐらいなら、自分から罪を告白する。
ハウエルに命令されて、断ることが出来なかったのだと言えば、恩情が見込めるかもしれない。
情状酌量をされ、命だけは助かるかもしれない。
殺されないためなら、なんだってする。

男は洗いざらい話すために、その場に土下座したのだった。
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