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プロローグ
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風が囂々と鳴り響き、ピカッと光が走ると、ゴロゴロと地響きのような音が届いた。
2月頃になると一度はこういった大嵐が吹き荒れる。
これが終わらないとアラルンガル侯爵領では種捲きができない。
季節の変わりを告げる春の嵐だ。
ドガッ、巨大な雷が落ちる度に城に振動が伝わって皆を不安にさせた。
奥様の苦しみを嘆いているようだ。
あぐぅぅぅ、その悲鳴ともうめき声と思える声は一晩中続いていた。
跡継ぎを産み苦しみであった。
神官達が癒やし魔法を掛けているので死ぬような事態にはならないが、只、それだけ苦しみの時間が続く。
旦那様は眉に皺を作って怖い顔を続けておられた。
・
・
・
おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、部屋に一段と甲高い声が響いた瞬間に、皆の顔に歓喜が溢れる。
「でかした」
旦那様は控え室から奥様の部屋に入ると、生まれたばかりの赤子を抱き上げられた。
男か、女かを尋ねられて、女子と聞いた瞬間に軽く舌を打ったが、待望の跡継ぎに変わらない。
奥様が男子でなかった事を詫びて、「申し訳ございません」と謝罪するが旦那様は優しく労われた。
男と女、どちらが跡継ぎにどちらが相応しいのかと尋ねられれば、男の子である。
男の子は一度に正室、側室と何人もの奥様を娶れるが、女の子は婿養子を貰うしかない。
魔力の強い者は子が出来難い。
そう考えると、何人もの奥様を持てる男の子が有利なのだ。
侯爵クラスの魔力を持つ貴族ならば、50年に1度でも産めば優秀と言われる。
人生50年。
人族の平均寿命が32歳とすれば、侯爵クラスの寿命は200歳だ。
女性でも一生に3人産める機会が巡ってくる。
神は不平等ではない。
しかし、旦那様はすでに御年150歳だ。
残り人生の方が短くなって来ているので、男の子を望むのも無理はない。
15歳でブァナム伯爵から嫁いで来られた奥様も35年目での出産だ。
順当に考えると、あと1回しか機会がない。
やっと産まれた子が男の子でなかった事を詫びたのだ。
「あははは、この魔力。儂を凌ぐことは間違いない」
「その通りでございます」
「これならば、六大侯爵家から婿養子を貰う事も夢ではない」
「産まれながらにして、この魔力量でございます。これからどれだけ育つかのかと楽しみでございます」
「其方の名は『ジュリアーナ・マジク・アラルンガル』だ。このアラルンガル侯爵家の跡取り娘だ。よく覚えておけ」
嬉しそうに旦那様はジュリアーナ様を高々と上げて宣言されました。
旦那様はジュリアーナ様を白い布だけを捲いて、礼拝堂に連れて行かれます。
誕生を祝い、神々の祝福を貰う為に大司教様を呼んでおりました。
「大司教様、お待たせしました」
「無事に生まれて何よりでございます」
「ジュリアーナと名付けました」
「では、ジュリアーナ様をここに」
礼拝堂の中心に用意した台座にジュリアーナ様を乗せられます。
気が付くと嵐が去っており、天窓から月明かりが差しておりました。
神々もジュリアーナ様の誕生を喜んでいるようです。
「ゲヘヘヘ、見事は魔力で御座います。神々もお気に召しまして、侯爵様と同じ主神の加護が貰えるに違いありません」
「そうであれば良いが・・・・・・・・・・・・」
魔力が多いほど、最高神に近い神々の加護が頂けると申します。
旦那様も最高神の加護を授かりました。
しかし、最高神と言っても様々です。
天空の神や大地の神を頂けるのが最高です。
次に旦那様のように戦の神イシュタルの加護を貰えれば、勇気100倍です。
ですが、乱暴者の海の神ダゴンや冥界の神イナンは嫌がれます。
また、運命の神ナンナは多くの試練を与え、平穏な生活ができなくなると言われております。
どうか良い神に気に入られますように願いました。
大司教様と司祭達が祝詞を読み始めます。
床に置かれた魔方陣が輝き出し、光がゆっくりと天に昇って行きます。
そして、天空まで届くと、光の球が落ちて来るのです。
ジュリアーナ様に光が降り注ぎます。
ビシャーン!
まるでガラスが割れたような音が礼拝堂に響き渡り、何が起こったのか判りません。
大司教様の顔が青くなっているのが判ります。
この大司教様もいずれは中央に戻る為にアラルンガル侯爵の力が欲しいのです。
教会は北にある魔物が徘徊する『ジュナの大森林』を浄化する為にも、優秀な魔法使いが生まれる事は共通の利益でもあります。
「まさか!? あってはならない」
大司教様はそうおっしゃるともう一度祝詞を最初から読み直されましたが、やはり光の球が弾かれて、ガラスが割れるような音が響きました。
「大司教様、どういう事だ?」
「誠に申し難いのでございますが、この赤子が神々の加護を弾いたとしか申せません」
「見れば判る。こんな事があるのか?」
「加護なしは何度か見た事はありますが、弾いたのは初めてで御座います」
「では、どういう事だ?」
「誠に、誠に、申し述べる事すら憚れるのですが、魔神パズズ、あるいは、魔の女神ラバスの尾を持って生まれて来たのかもしれません。考えたくもございませんが、魔王になる素質を持っていると思われます」
「ま、魔王だと!」
旦那様の顔があらん限りに歪みます。
待望の跡取り娘が生まれたと言うのに、魔界の神に愛された子だと言われれば、それは苦悩でしかありません。
また、魔王を生み出したとなれば、侯爵家の恥では済みません。
旦那様がゆっくりと魔方陣の中央に近づき、剣に手を触れました。
いけません。
「旦那様、お待ち下さい」
「放せ!」
「いけません。親殺し、子殺しは大罪でございます。旦那様の加護が消えてしまいます」
私は旦那様の体に縋り付いて止めました。
振り上げて剣がそこで止まります。
余りの怒りで唇を噛み切って、細く赤い血がぽたりと床に落ちました。
「ジュナの大森林に捨てて来い」
「畏まりました」
「間違うな。森の奥だ」
「この身に代えましても必ずや」
そう言って、ジュリアーナ様を白い布で覆うと城を出て行きます。
恐らく、赤子は死産という事になるのでしょう。
城はジュナの大森林から民を守る為に造られており、通用門を出ると目と鼻の先に森の入り口があります。
この大森林に入ろうと思えば、四個分隊 (120人)を連れて行かないと生きて戻れません。
しかし、産まれたばかりのジュリアーナ様の存在を隠す為に、連れて行けるのは私の側近6人のみです。
「ぐわぁ、助けてくれ」
突然に現れた長牙の大虎に部下の一人が喰われました。
助けるとなると、我々5人も無事で済みません。
私は『スマナイ』と目を閉じて部下の一人を見捨てました。
さらに奥に入ると四方から身の毛がよだつ殺気を感じ、私はそこにジュリアーナ様を置きます。
「ジュリアーナ様、お許し下さい」
私はジュリアーナ様の来世に幸あらん事を祈ります。
そう祈りながら、我々もその場を離れます。
無事に逃げ延びられるのかと問われると首を傾げます。
まず、我々も助からない。
ですが、私は旦那様に報告する義務が残っております。
力の限り、諍いましょう。
来た道と別の道を進みます。
???
急に周りの殺気が消えました。
女神の加護でしょうか?
私は無事に森を抜けると、ジュナの大森林の奥にジュリアーナ様を置いて来た事を旦那様に告げました。
旦那様は酔われておられ、報告を聞くとジュリアーナ様の為に嗚咽を流されました。
「ジュリアーナ様・・・・・・・・・・・・す、すまん」
旦那様もお辛いようです。
2月頃になると一度はこういった大嵐が吹き荒れる。
これが終わらないとアラルンガル侯爵領では種捲きができない。
季節の変わりを告げる春の嵐だ。
ドガッ、巨大な雷が落ちる度に城に振動が伝わって皆を不安にさせた。
奥様の苦しみを嘆いているようだ。
あぐぅぅぅ、その悲鳴ともうめき声と思える声は一晩中続いていた。
跡継ぎを産み苦しみであった。
神官達が癒やし魔法を掛けているので死ぬような事態にはならないが、只、それだけ苦しみの時間が続く。
旦那様は眉に皺を作って怖い顔を続けておられた。
・
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・
おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、部屋に一段と甲高い声が響いた瞬間に、皆の顔に歓喜が溢れる。
「でかした」
旦那様は控え室から奥様の部屋に入ると、生まれたばかりの赤子を抱き上げられた。
男か、女かを尋ねられて、女子と聞いた瞬間に軽く舌を打ったが、待望の跡継ぎに変わらない。
奥様が男子でなかった事を詫びて、「申し訳ございません」と謝罪するが旦那様は優しく労われた。
男と女、どちらが跡継ぎにどちらが相応しいのかと尋ねられれば、男の子である。
男の子は一度に正室、側室と何人もの奥様を娶れるが、女の子は婿養子を貰うしかない。
魔力の強い者は子が出来難い。
そう考えると、何人もの奥様を持てる男の子が有利なのだ。
侯爵クラスの魔力を持つ貴族ならば、50年に1度でも産めば優秀と言われる。
人生50年。
人族の平均寿命が32歳とすれば、侯爵クラスの寿命は200歳だ。
女性でも一生に3人産める機会が巡ってくる。
神は不平等ではない。
しかし、旦那様はすでに御年150歳だ。
残り人生の方が短くなって来ているので、男の子を望むのも無理はない。
15歳でブァナム伯爵から嫁いで来られた奥様も35年目での出産だ。
順当に考えると、あと1回しか機会がない。
やっと産まれた子が男の子でなかった事を詫びたのだ。
「あははは、この魔力。儂を凌ぐことは間違いない」
「その通りでございます」
「これならば、六大侯爵家から婿養子を貰う事も夢ではない」
「産まれながらにして、この魔力量でございます。これからどれだけ育つかのかと楽しみでございます」
「其方の名は『ジュリアーナ・マジク・アラルンガル』だ。このアラルンガル侯爵家の跡取り娘だ。よく覚えておけ」
嬉しそうに旦那様はジュリアーナ様を高々と上げて宣言されました。
旦那様はジュリアーナ様を白い布だけを捲いて、礼拝堂に連れて行かれます。
誕生を祝い、神々の祝福を貰う為に大司教様を呼んでおりました。
「大司教様、お待たせしました」
「無事に生まれて何よりでございます」
「ジュリアーナと名付けました」
「では、ジュリアーナ様をここに」
礼拝堂の中心に用意した台座にジュリアーナ様を乗せられます。
気が付くと嵐が去っており、天窓から月明かりが差しておりました。
神々もジュリアーナ様の誕生を喜んでいるようです。
「ゲヘヘヘ、見事は魔力で御座います。神々もお気に召しまして、侯爵様と同じ主神の加護が貰えるに違いありません」
「そうであれば良いが・・・・・・・・・・・・」
魔力が多いほど、最高神に近い神々の加護が頂けると申します。
旦那様も最高神の加護を授かりました。
しかし、最高神と言っても様々です。
天空の神や大地の神を頂けるのが最高です。
次に旦那様のように戦の神イシュタルの加護を貰えれば、勇気100倍です。
ですが、乱暴者の海の神ダゴンや冥界の神イナンは嫌がれます。
また、運命の神ナンナは多くの試練を与え、平穏な生活ができなくなると言われております。
どうか良い神に気に入られますように願いました。
大司教様と司祭達が祝詞を読み始めます。
床に置かれた魔方陣が輝き出し、光がゆっくりと天に昇って行きます。
そして、天空まで届くと、光の球が落ちて来るのです。
ジュリアーナ様に光が降り注ぎます。
ビシャーン!
まるでガラスが割れたような音が礼拝堂に響き渡り、何が起こったのか判りません。
大司教様の顔が青くなっているのが判ります。
この大司教様もいずれは中央に戻る為にアラルンガル侯爵の力が欲しいのです。
教会は北にある魔物が徘徊する『ジュナの大森林』を浄化する為にも、優秀な魔法使いが生まれる事は共通の利益でもあります。
「まさか!? あってはならない」
大司教様はそうおっしゃるともう一度祝詞を最初から読み直されましたが、やはり光の球が弾かれて、ガラスが割れるような音が響きました。
「大司教様、どういう事だ?」
「誠に申し難いのでございますが、この赤子が神々の加護を弾いたとしか申せません」
「見れば判る。こんな事があるのか?」
「加護なしは何度か見た事はありますが、弾いたのは初めてで御座います」
「では、どういう事だ?」
「誠に、誠に、申し述べる事すら憚れるのですが、魔神パズズ、あるいは、魔の女神ラバスの尾を持って生まれて来たのかもしれません。考えたくもございませんが、魔王になる素質を持っていると思われます」
「ま、魔王だと!」
旦那様の顔があらん限りに歪みます。
待望の跡取り娘が生まれたと言うのに、魔界の神に愛された子だと言われれば、それは苦悩でしかありません。
また、魔王を生み出したとなれば、侯爵家の恥では済みません。
旦那様がゆっくりと魔方陣の中央に近づき、剣に手を触れました。
いけません。
「旦那様、お待ち下さい」
「放せ!」
「いけません。親殺し、子殺しは大罪でございます。旦那様の加護が消えてしまいます」
私は旦那様の体に縋り付いて止めました。
振り上げて剣がそこで止まります。
余りの怒りで唇を噛み切って、細く赤い血がぽたりと床に落ちました。
「ジュナの大森林に捨てて来い」
「畏まりました」
「間違うな。森の奥だ」
「この身に代えましても必ずや」
そう言って、ジュリアーナ様を白い布で覆うと城を出て行きます。
恐らく、赤子は死産という事になるのでしょう。
城はジュナの大森林から民を守る為に造られており、通用門を出ると目と鼻の先に森の入り口があります。
この大森林に入ろうと思えば、四個分隊 (120人)を連れて行かないと生きて戻れません。
しかし、産まれたばかりのジュリアーナ様の存在を隠す為に、連れて行けるのは私の側近6人のみです。
「ぐわぁ、助けてくれ」
突然に現れた長牙の大虎に部下の一人が喰われました。
助けるとなると、我々5人も無事で済みません。
私は『スマナイ』と目を閉じて部下の一人を見捨てました。
さらに奥に入ると四方から身の毛がよだつ殺気を感じ、私はそこにジュリアーナ様を置きます。
「ジュリアーナ様、お許し下さい」
私はジュリアーナ様の来世に幸あらん事を祈ります。
そう祈りながら、我々もその場を離れます。
無事に逃げ延びられるのかと問われると首を傾げます。
まず、我々も助からない。
ですが、私は旦那様に報告する義務が残っております。
力の限り、諍いましょう。
来た道と別の道を進みます。
???
急に周りの殺気が消えました。
女神の加護でしょうか?
私は無事に森を抜けると、ジュナの大森林の奥にジュリアーナ様を置いて来た事を旦那様に告げました。
旦那様は酔われておられ、報告を聞くとジュリアーナ様の為に嗚咽を流されました。
「ジュリアーナ様・・・・・・・・・・・・す、すまん」
旦那様もお辛いようです。
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