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19.聖女アーイシャの憂鬱。
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(聖女の従者サマル視点)
シッパル男爵は魔物の少ない山間部に領都を作り、谷間を開拓する事で領地を広げて来た。
だがしかし、狭い谷間では多くの領民を食べさせる食料は確保できない。
領民が2万人を越えた所で限界に達し、南の森の近くにヒマヤとウェアンという2つの町を作った。
魔の森に進出する為の足掛かりであった。
2つの町が完成してから10年の歳月が流れたそうだ。
アーイシャ様が養女として預けられてから開拓が進み、最近、三つ目の町の建設が始まった。
聖女として、アーイシャ様は地位を固めておられる。
だが、今年は最後になって苦戦していた?
ウェアン駐留所の一室でアーイシャ様は苛立ちを見せていた。
「サマル。再出陣の準備が出来たという返事は来ていないの?」
「準備はまだでございます」
「遅いわね。巫女らは何をやっているの?」
「重傷者が多いので、軽傷者は後に回されているからだと思います」
「それにしても遅いわ」
「アーイシャ様もお寛ぎになって下さい」
「わかった。お茶を持って来て」
「畏まりました」
春の討伐は西のヒマヤからウェアンと進み、新しく建設予定の東へと移った。
新しい町はアーイシャ様の名を取ってアイシエとなる。
討伐は例年のように順調に進み、魔石の回収もほぼ達成した。
あと2回。
新しい町の東側の森を焼いて安全地帯を拡張すれば、春の討伐も無事に終わると思ったのだが、2日前の討伐で討伐隊に大きな被害が出てしまった。
アーイシャ様の『浄化の祈り』を無視して大量の魔物が出現したのだ。
通常の3倍だった。
「アーイシャ様。ここは危険です。お下がり下さい」
「私が下がれば、魔物の力が増します」
「ですが・・・・・・・・・・・・」
「皆を先に下がらせなさい。皆が下がれば、私も引きます」
アーイシャ様は最後まで残られて味方が撤退するまで結界を維持された。
立派ななお姿だった。
アーイシャ様の『浄化の祈り』は魔獣の力を半分に下げ、その眷属である魔物の力を10分の一に下げる。
20回ほどの討伐を繰り返し、延べ100頭の魔獣を狩った。
眷属の魔物に至っては何頭処分したか判らない。
討伐隊はアーイシャ様の護衛5名、騎士団30名、兵士120名で構成され、主戦力は騎士30名である。
兵士は魔獣の眷属である魔物の相手をさせる。
一度の討伐で二班 (12人)が壊滅し、5人から6人の死者が出る。
重傷者はその倍だ。
毎年30~40人程度の犠牲を出しながら開拓は進められる。
だが、前回の戦闘は苛烈を極めた。
騎士も6名で一班を作り、前衛が足止めをして、後衛が止めの魔法を放つ。
この陣形が崩れた。
魔獣が15頭以上も姿を現し、一班で3頭から4頭を相手にする。
前衛と後衛が無くなり、防戦一方となった。
たった1度の戦闘で30人の死者を出した。
アーイシャ様が最後まで結界を維持しなければ、兵士は全滅していたかもしれない。
騎士2名を失い、重傷者は5名、残り23名も中・小の負傷した。
アーイシャ様も頬に傷を負われた。
無傷は騎士団長一人だ。
アーイシャ様はそれを酷く後悔されていた。
「アーイシャ様。10頭の魔獣は退治したのです。森に残っている魔獣は多くありません」
「そうだといいのだが・・・・・・・・・・・・」
「何か気になる事がございますか?」
「森に異変が起っています」
「まさか!?」
「私にはそう思えてならないのです。一日も早く森に入って確認するべきなのよ」
アーイシャ様はそうおっしゃるが、祈りの杖に魔力を注ぎ終えたばかりだ。
傷ついた騎士の治療も終わっていない。
騎士団長の見込みでは、治療にあと5日は掛かると言う。
団長もアーイシャ様を気遣って、深手を負った10人を入れ替え、3日で準備を終えると言ってくれた。
だが、「あと3日掛かります」と私はアーイシャ様に報告できずにいた。
お茶を口に注ぐアーイシャ様に気晴らしの提案してみた。
「お部屋に居ては気も塞ぎましょう。大広場の露店でも見物に行かれませんか?」
「そうね。今回の敗戦を皆がどう思っているのか。見ておきましょう」
「少し被害が大きかったですが、誰も敗戦など思っておりません」
「そうだといいのですが・・・・・・・・・・・・」
アーイシャ様は何でも悲観的に取られる。
私は嘘など言っていないのに・・・・・・・・・・・・。
私も玄関に用意された馬に乗った。
駐留所を出ると、皆が笑顔でアーイシャ様に声を掛ける。
アーイシャ様も笑みを返される。
笑っておられるのが一番だ。
露天は活気に湧いており、暗い雰囲気など1つもない。
皆、アーイシャ様の活躍に喝采を送ってくれる。
そもそも。
今年は軍の規律を引き締めたので、例年より死者が少なかったのだ。
軍団長との信頼も厚くなった。
若い騎士もアーイシャ様を慕っている。
野営の食事も改善され、士気も高かった。
領軍を掌握しつつある。
手応えを感じた所で冷や水を浴びされたようなモノだ。
元気になって貰いたい。
「サマル。私の教訓も行き届いていないようですね」
皆の笑顔に満足されていたアーイシャ様が難しい顔をされた。
私はアーイシャ様の視線の先を見た。
元傭兵の兵士だ。
あっ、今日に限って。
私は顔を伏せる。
規律を重んじ、節度ある態度で領民に接するように訓示を出しているが、末端まで中々行き届かない。
アーイシャ様は屋台に言い掛かりを付けて無銭飲食をする兵士を見つけた。
アーイシャ様の目が怒りに燃えている。
「サマル。付いて来い」
「畏まりました」
「あの者は奴隷に落とすのがいいか。それとも軍規に従って首を刎ねるか」
「アーイシャ様。穏便にお願いします」
「サマルは優しいな。イフラース、お前も同意見か」
「アーイシャ様の手を汚す必要はありません。私が即座に首を刎ねましょう」
護衛騎士のイフラースが声を荒げた。
止めて。
首が飛んだ後に民衆の悲鳴が聞こえる気がする。
「判った。処分はイフラースに任せよう」
「承知。大地を赤い絨毯に染めて浄化してみせましょう」
「不正は許さない。兵に、そして、民衆に知らしめなさい」
「お任せ下さい」
もっと穏便に考えて。
血を流しても、誰も喜ばないから。
はぁ、私は溜息を吐いた。
そうなのだ。
アーイシャ様は元々大司教の家柄であり、落ちぶれたと言っても司祭を輩出していた。
先代の教えを守る精錬潔白な性格なのだ。
スルパ家は大神の加護を持ったアーイシャ様が産まれた事で沸き立った。
アーイシャ様は再び大司教に戻れる素質を持たれていた。
一族は希望の星に望みを託した。
だが、アーイシャ様を危険視した現大司教の一人が策謀を巡らし、謀略によって一族が討たれた。
幼いアーイシャ様を連れて、私達は逃げ出した。
一族のスルパ辺境伯に助けを求められて保護された。
以来、アーイシャ様は理不尽な事を殊の外嫌われるようになったのだ。
一緒に逃げて来たイフラースも不正を憎む。
向こうのイザコザが聞こえるようだ。
「おい、俺達に金を払えと言っているのか?」
「お代金をお願いします」
「誰のお陰でこの町で住めていると思っている?」
「兵士様のお陰です。それには感謝しております」
「感謝は形にするモノだろう。あん?」
兵士が縋り付く屋台の店主を蹴り飛ばした。
アーイシャ様が微笑まれる。
あぁ、死罪が確定だ。
「お願いします。お代金を」
「五月蠅い」
「俺達に逆らった者がどうなるか、教えてやる?」
倒れて店主に兵士が剣を抜いた。
イフラースが馬を少し早めようとするとアーイシャ様が止めた。
「待ちなさい」
アーイシャ様が止めると同時に兵士が剣を落とし、店主を蹴ろうとしたもう一人の兵士も転がった。
何が起ったの?
「随分と面白い子がいるのね」
「服も珍しいですが、顔に見覚えはありません」
「サマル。見えますか?」
「はい」
「確かめなさい」
「直ちに」
アーイシャ様の命で私は慌てて、スキル『鑑定』を発動した。
どうして?
思わず、えっと声を上げそうになる。
「判ったのぉ?」
「はい。人種です。名をジュリアーナ・アラルンガルとあります」
「アラルンガル!?」
「アラルンガルだと!」
イフラースが思わず、怖い目で少女を睨み、剣に手を掛けていた。
敵の一族だ。
討伐の命令したのは現大司教の一人であり、アラルンガル公爵家は命令に従ったに過ぎない。
アラルンガル公爵家を恨むのは筋違いなのだろうが、理性で割り切れるモノではない。
アーイシャ様のご両親を殺したのは、あの者の騎士だ。
「あの子がアラルンガル公爵家に連なるのぉ」
「アラルンガル公爵家は直系以外にアラルンガルの名を与えません」
「そう、不思議な所にいるのね」
「お気おつけ下さい。目的が判りません」
少女は誰にも気付かれずに一人の剣を落とし、一人を無力化した。
何もしたのか?
私にも見えない。
もしかして、アーイシャ様の暗殺?
私は首を横に振った。
考え過ぎだ。
アラルンガルの名を持つ者が直接に手を汚すとは考えられない。
見ていた大衆の嘲笑に剣を落とした兵士が剣を拾って暴れ始めた。
「邪魔だ。ドケぇ」
『そこで何をしている!』
アーイシャ様の透き通る声が響いた。
少女がぼんやりとこちらを見てから頭を下げた。
暴れた兵士も頭を下げた。
ゆっくりと近づいて声を掛ける。
「この騒ぎは何だ?」
「この店主が暴れたので取り押さえようとしておりました」
「そうであるか」
「直ちに捕え、牢に放り込みます」
「そうか。だが、私にはそう見えなかったぞ」
「ですが・・・・・・・・・・・・」
「私に嘘が通じると思っておるのか」
愚かな。
アーイシャ様は『真実を写す魔眼』を持たれており、嘘を喝破できる。
それすら知らない兵士がいた事に驚いた。
アーイシャ様が少女に声を掛ける。
「世話を掛けたね」
「何の事か判りません」
「そうか。ならば、それでよい」
これほどの腕前だ。
アラルンガル公爵家の者でなければ、スカウトしたいだろう。
アーイシャ様は数枚の小金貨を出された。
慌てるように馬を返した。
「どうかなさいましたか?」
「思わず、声を掛けてしまった」
「私は首を狩りそうになりました」
「それは止めておけ。お前も剣を落として恥を掻くぞ」
「まさか?」
「何の事か判らないと彼女は嘘を言ったが、私の魔眼でも喝破できなかった」
「嘘と出なかったのですか?」
「他の者がやったのでは無いでしょうか?」
「そうかも知れん。それはそれで厄介だ。魔眼を掻い潜るほどの実力者なのか。私が気付かないほどの護衛が隠れているのか。いずれにしろ、簡単な相手ではない」
「討伐の許可を!」
「駄目だ。イフラースを失う訳にいかぬ」
そう言われては下がるしかない。
同時に放置する訳にも行かない。
それほどの手練れならば、監視者を置くのも難しい。
「どういたしましょう?」
「小さい町だ。間接的に監視しろ」
「なるほど、承知致しました。まずは情報を集めます」
駐留所に帰ると騎士団長が出迎えてくれた。
髭面が緩んでいる。
何か良い事があったようだ。
「アーイシャ様。お待たせ致しました。明日から討伐を再開できます」
えっ、今朝まで早くて三日と言っていたのに何があったの?
私の驚いた顔を見て、アーイシャ様が溜息を吐かれた。
「サマル。私に何か黙っていたか?」
「アーイシャ様に嘘が付ける訳がございません」
「嘘は付かなくとも黙っている事はできる。何を隠していた」
「準備に後三日は掛かるという事を黙っておりました」
「そう、サマルも油断がならないのね」
「申し訳ございません」
まだ、準備が出来ていないと言うのは嘘にならない。
アーイシャ様が後何日掛かるのかと聞かれなかったので黙っていたのだ。
「急な変更は何かあったのね」
「偶然、上級の回復魔法薬が手に入りました」
「都合のいい偶然があったモノね」
「本当に偶然でございます」
「・・・・・・・・・・・・嘘じゃないのね。まぁ、いいわ。明日の朝に出陣します。準備なさい」
「畏まりました」
出陣が決まってアーイシャ様の機嫌も直った。
と思っていると、町の建設現場に狼の群れが現れたと報告が上がり、討伐の段取りを付けると、早朝に討伐したという報告が上がった。
状況が二点三点して出発を遅らせた。
狼の討伐は20頭のみであり、あの子が関わっていた。
あの子は夜目が見える付加と防御の付加を兵士に与えて戦わせた。
兵士は無傷で完全討伐に成功した。
狼の牙はまったく通らないとなると相当の防御力だ。
アーイシャ様に近い力を持っている。
母親と子供の命を救う為に使ったというのだから悪い子に思えない。
だが、良い子だから敵ではないと限らないのが世の常だ。
昼から出陣したが狼の残党は簡単に始末できた。
翌日、討伐を再開する。
森に突入するが魔物が出現しない。
予定地点を越えて、さらに奥まで進んだ。
「ここまでいいでしょう。油の準備をさせなさい」
森が燃えた。
予定より遙か広く燃やし、春の討伐が終わった。
嬉しい想定外だ。
城に帰ってもアーイシャ様の顔は冴えない。
「サマル。森で何が起っていると思う?」
「私には判りません」
「アーイシャ様。山で熊が村を襲っているそうです」
「騎士と兵を集めろ。出陣する」
「アーイシャ様が行かれる事案と思われません。誰かを遣わすだけで宜しいと思います」
「嫌な予感がする。今はすべてを見て起きたいのだ」
アーイシャ様の予感は当たった。
次に鹿や猪が現れ、訳の判らぬ小動物も押し寄せ、農作物を奪うなどの問題を起こした。
アーイシャ様は休む暇もなく、現場で指揮を執り続けた。
◇ナレーション・クゥ◇
読書の皆さん、こんにちは。
ナレーション役のクゥちゃんだよ。
賢明な皆様なら森で何が起っていたのかをお察しされたでしょう。
我がご主人様が東から西へ移動しました。
神の気配を感じた魔物も東から西へと逃げました。
その結果、アーイシャの討伐隊とぶつかってしまいました。
あと1日早ければ、ご主人様はまだ来ておりません。
魔物の数は通常です。
あと1日遅ければ、ご主人様はすぐ側まで来ていました。
魔獣達は森の奥に消えたでしょう。
最悪のタイミングで森に入ってしまったのです。
アーイシャは運が悪いですね。
さて、狼の一団も同じです。
仲間を殺されたワイバーンはご主人様を探して周辺を警戒しました。
すると、
周辺に住んでいた大鬼 (オーク)の集落が襲われました。
ご主人様を小鬼 (ゴブリン)とでも見間違えたのでしょうか?
ワイバーンに取材に行かねば判りません。
破れた大鬼 (オーク)は逃げ出し、玉突き衝突で襲われたウッドーウルフの一団が山から逃げ出してきました。
人騒がせなご主人様です。
大鬼 (オーク)が居住を変えた事で様々の生態系に変化が生まれます。
種族大移動です。
東から西へ獣達が新天地を求めて移動しました。
シッパル男爵領はしばらく騒がしくなるでしょう。
騎士や兵、冒険者も大忙しです。
怪我人が増えて薬がバンバン売れます。
ご主人様の移動で始まったマッチポンプです。
この後は薬作りで忙しくなりそうです。
シッパル男爵は魔物の少ない山間部に領都を作り、谷間を開拓する事で領地を広げて来た。
だがしかし、狭い谷間では多くの領民を食べさせる食料は確保できない。
領民が2万人を越えた所で限界に達し、南の森の近くにヒマヤとウェアンという2つの町を作った。
魔の森に進出する為の足掛かりであった。
2つの町が完成してから10年の歳月が流れたそうだ。
アーイシャ様が養女として預けられてから開拓が進み、最近、三つ目の町の建設が始まった。
聖女として、アーイシャ様は地位を固めておられる。
だが、今年は最後になって苦戦していた?
ウェアン駐留所の一室でアーイシャ様は苛立ちを見せていた。
「サマル。再出陣の準備が出来たという返事は来ていないの?」
「準備はまだでございます」
「遅いわね。巫女らは何をやっているの?」
「重傷者が多いので、軽傷者は後に回されているからだと思います」
「それにしても遅いわ」
「アーイシャ様もお寛ぎになって下さい」
「わかった。お茶を持って来て」
「畏まりました」
春の討伐は西のヒマヤからウェアンと進み、新しく建設予定の東へと移った。
新しい町はアーイシャ様の名を取ってアイシエとなる。
討伐は例年のように順調に進み、魔石の回収もほぼ達成した。
あと2回。
新しい町の東側の森を焼いて安全地帯を拡張すれば、春の討伐も無事に終わると思ったのだが、2日前の討伐で討伐隊に大きな被害が出てしまった。
アーイシャ様の『浄化の祈り』を無視して大量の魔物が出現したのだ。
通常の3倍だった。
「アーイシャ様。ここは危険です。お下がり下さい」
「私が下がれば、魔物の力が増します」
「ですが・・・・・・・・・・・・」
「皆を先に下がらせなさい。皆が下がれば、私も引きます」
アーイシャ様は最後まで残られて味方が撤退するまで結界を維持された。
立派ななお姿だった。
アーイシャ様の『浄化の祈り』は魔獣の力を半分に下げ、その眷属である魔物の力を10分の一に下げる。
20回ほどの討伐を繰り返し、延べ100頭の魔獣を狩った。
眷属の魔物に至っては何頭処分したか判らない。
討伐隊はアーイシャ様の護衛5名、騎士団30名、兵士120名で構成され、主戦力は騎士30名である。
兵士は魔獣の眷属である魔物の相手をさせる。
一度の討伐で二班 (12人)が壊滅し、5人から6人の死者が出る。
重傷者はその倍だ。
毎年30~40人程度の犠牲を出しながら開拓は進められる。
だが、前回の戦闘は苛烈を極めた。
騎士も6名で一班を作り、前衛が足止めをして、後衛が止めの魔法を放つ。
この陣形が崩れた。
魔獣が15頭以上も姿を現し、一班で3頭から4頭を相手にする。
前衛と後衛が無くなり、防戦一方となった。
たった1度の戦闘で30人の死者を出した。
アーイシャ様が最後まで結界を維持しなければ、兵士は全滅していたかもしれない。
騎士2名を失い、重傷者は5名、残り23名も中・小の負傷した。
アーイシャ様も頬に傷を負われた。
無傷は騎士団長一人だ。
アーイシャ様はそれを酷く後悔されていた。
「アーイシャ様。10頭の魔獣は退治したのです。森に残っている魔獣は多くありません」
「そうだといいのだが・・・・・・・・・・・・」
「何か気になる事がございますか?」
「森に異変が起っています」
「まさか!?」
「私にはそう思えてならないのです。一日も早く森に入って確認するべきなのよ」
アーイシャ様はそうおっしゃるが、祈りの杖に魔力を注ぎ終えたばかりだ。
傷ついた騎士の治療も終わっていない。
騎士団長の見込みでは、治療にあと5日は掛かると言う。
団長もアーイシャ様を気遣って、深手を負った10人を入れ替え、3日で準備を終えると言ってくれた。
だが、「あと3日掛かります」と私はアーイシャ様に報告できずにいた。
お茶を口に注ぐアーイシャ様に気晴らしの提案してみた。
「お部屋に居ては気も塞ぎましょう。大広場の露店でも見物に行かれませんか?」
「そうね。今回の敗戦を皆がどう思っているのか。見ておきましょう」
「少し被害が大きかったですが、誰も敗戦など思っておりません」
「そうだといいのですが・・・・・・・・・・・・」
アーイシャ様は何でも悲観的に取られる。
私は嘘など言っていないのに・・・・・・・・・・・・。
私も玄関に用意された馬に乗った。
駐留所を出ると、皆が笑顔でアーイシャ様に声を掛ける。
アーイシャ様も笑みを返される。
笑っておられるのが一番だ。
露天は活気に湧いており、暗い雰囲気など1つもない。
皆、アーイシャ様の活躍に喝采を送ってくれる。
そもそも。
今年は軍の規律を引き締めたので、例年より死者が少なかったのだ。
軍団長との信頼も厚くなった。
若い騎士もアーイシャ様を慕っている。
野営の食事も改善され、士気も高かった。
領軍を掌握しつつある。
手応えを感じた所で冷や水を浴びされたようなモノだ。
元気になって貰いたい。
「サマル。私の教訓も行き届いていないようですね」
皆の笑顔に満足されていたアーイシャ様が難しい顔をされた。
私はアーイシャ様の視線の先を見た。
元傭兵の兵士だ。
あっ、今日に限って。
私は顔を伏せる。
規律を重んじ、節度ある態度で領民に接するように訓示を出しているが、末端まで中々行き届かない。
アーイシャ様は屋台に言い掛かりを付けて無銭飲食をする兵士を見つけた。
アーイシャ様の目が怒りに燃えている。
「サマル。付いて来い」
「畏まりました」
「あの者は奴隷に落とすのがいいか。それとも軍規に従って首を刎ねるか」
「アーイシャ様。穏便にお願いします」
「サマルは優しいな。イフラース、お前も同意見か」
「アーイシャ様の手を汚す必要はありません。私が即座に首を刎ねましょう」
護衛騎士のイフラースが声を荒げた。
止めて。
首が飛んだ後に民衆の悲鳴が聞こえる気がする。
「判った。処分はイフラースに任せよう」
「承知。大地を赤い絨毯に染めて浄化してみせましょう」
「不正は許さない。兵に、そして、民衆に知らしめなさい」
「お任せ下さい」
もっと穏便に考えて。
血を流しても、誰も喜ばないから。
はぁ、私は溜息を吐いた。
そうなのだ。
アーイシャ様は元々大司教の家柄であり、落ちぶれたと言っても司祭を輩出していた。
先代の教えを守る精錬潔白な性格なのだ。
スルパ家は大神の加護を持ったアーイシャ様が産まれた事で沸き立った。
アーイシャ様は再び大司教に戻れる素質を持たれていた。
一族は希望の星に望みを託した。
だが、アーイシャ様を危険視した現大司教の一人が策謀を巡らし、謀略によって一族が討たれた。
幼いアーイシャ様を連れて、私達は逃げ出した。
一族のスルパ辺境伯に助けを求められて保護された。
以来、アーイシャ様は理不尽な事を殊の外嫌われるようになったのだ。
一緒に逃げて来たイフラースも不正を憎む。
向こうのイザコザが聞こえるようだ。
「おい、俺達に金を払えと言っているのか?」
「お代金をお願いします」
「誰のお陰でこの町で住めていると思っている?」
「兵士様のお陰です。それには感謝しております」
「感謝は形にするモノだろう。あん?」
兵士が縋り付く屋台の店主を蹴り飛ばした。
アーイシャ様が微笑まれる。
あぁ、死罪が確定だ。
「お願いします。お代金を」
「五月蠅い」
「俺達に逆らった者がどうなるか、教えてやる?」
倒れて店主に兵士が剣を抜いた。
イフラースが馬を少し早めようとするとアーイシャ様が止めた。
「待ちなさい」
アーイシャ様が止めると同時に兵士が剣を落とし、店主を蹴ろうとしたもう一人の兵士も転がった。
何が起ったの?
「随分と面白い子がいるのね」
「服も珍しいですが、顔に見覚えはありません」
「サマル。見えますか?」
「はい」
「確かめなさい」
「直ちに」
アーイシャ様の命で私は慌てて、スキル『鑑定』を発動した。
どうして?
思わず、えっと声を上げそうになる。
「判ったのぉ?」
「はい。人種です。名をジュリアーナ・アラルンガルとあります」
「アラルンガル!?」
「アラルンガルだと!」
イフラースが思わず、怖い目で少女を睨み、剣に手を掛けていた。
敵の一族だ。
討伐の命令したのは現大司教の一人であり、アラルンガル公爵家は命令に従ったに過ぎない。
アラルンガル公爵家を恨むのは筋違いなのだろうが、理性で割り切れるモノではない。
アーイシャ様のご両親を殺したのは、あの者の騎士だ。
「あの子がアラルンガル公爵家に連なるのぉ」
「アラルンガル公爵家は直系以外にアラルンガルの名を与えません」
「そう、不思議な所にいるのね」
「お気おつけ下さい。目的が判りません」
少女は誰にも気付かれずに一人の剣を落とし、一人を無力化した。
何もしたのか?
私にも見えない。
もしかして、アーイシャ様の暗殺?
私は首を横に振った。
考え過ぎだ。
アラルンガルの名を持つ者が直接に手を汚すとは考えられない。
見ていた大衆の嘲笑に剣を落とした兵士が剣を拾って暴れ始めた。
「邪魔だ。ドケぇ」
『そこで何をしている!』
アーイシャ様の透き通る声が響いた。
少女がぼんやりとこちらを見てから頭を下げた。
暴れた兵士も頭を下げた。
ゆっくりと近づいて声を掛ける。
「この騒ぎは何だ?」
「この店主が暴れたので取り押さえようとしておりました」
「そうであるか」
「直ちに捕え、牢に放り込みます」
「そうか。だが、私にはそう見えなかったぞ」
「ですが・・・・・・・・・・・・」
「私に嘘が通じると思っておるのか」
愚かな。
アーイシャ様は『真実を写す魔眼』を持たれており、嘘を喝破できる。
それすら知らない兵士がいた事に驚いた。
アーイシャ様が少女に声を掛ける。
「世話を掛けたね」
「何の事か判りません」
「そうか。ならば、それでよい」
これほどの腕前だ。
アラルンガル公爵家の者でなければ、スカウトしたいだろう。
アーイシャ様は数枚の小金貨を出された。
慌てるように馬を返した。
「どうかなさいましたか?」
「思わず、声を掛けてしまった」
「私は首を狩りそうになりました」
「それは止めておけ。お前も剣を落として恥を掻くぞ」
「まさか?」
「何の事か判らないと彼女は嘘を言ったが、私の魔眼でも喝破できなかった」
「嘘と出なかったのですか?」
「他の者がやったのでは無いでしょうか?」
「そうかも知れん。それはそれで厄介だ。魔眼を掻い潜るほどの実力者なのか。私が気付かないほどの護衛が隠れているのか。いずれにしろ、簡単な相手ではない」
「討伐の許可を!」
「駄目だ。イフラースを失う訳にいかぬ」
そう言われては下がるしかない。
同時に放置する訳にも行かない。
それほどの手練れならば、監視者を置くのも難しい。
「どういたしましょう?」
「小さい町だ。間接的に監視しろ」
「なるほど、承知致しました。まずは情報を集めます」
駐留所に帰ると騎士団長が出迎えてくれた。
髭面が緩んでいる。
何か良い事があったようだ。
「アーイシャ様。お待たせ致しました。明日から討伐を再開できます」
えっ、今朝まで早くて三日と言っていたのに何があったの?
私の驚いた顔を見て、アーイシャ様が溜息を吐かれた。
「サマル。私に何か黙っていたか?」
「アーイシャ様に嘘が付ける訳がございません」
「嘘は付かなくとも黙っている事はできる。何を隠していた」
「準備に後三日は掛かるという事を黙っておりました」
「そう、サマルも油断がならないのね」
「申し訳ございません」
まだ、準備が出来ていないと言うのは嘘にならない。
アーイシャ様が後何日掛かるのかと聞かれなかったので黙っていたのだ。
「急な変更は何かあったのね」
「偶然、上級の回復魔法薬が手に入りました」
「都合のいい偶然があったモノね」
「本当に偶然でございます」
「・・・・・・・・・・・・嘘じゃないのね。まぁ、いいわ。明日の朝に出陣します。準備なさい」
「畏まりました」
出陣が決まってアーイシャ様の機嫌も直った。
と思っていると、町の建設現場に狼の群れが現れたと報告が上がり、討伐の段取りを付けると、早朝に討伐したという報告が上がった。
状況が二点三点して出発を遅らせた。
狼の討伐は20頭のみであり、あの子が関わっていた。
あの子は夜目が見える付加と防御の付加を兵士に与えて戦わせた。
兵士は無傷で完全討伐に成功した。
狼の牙はまったく通らないとなると相当の防御力だ。
アーイシャ様に近い力を持っている。
母親と子供の命を救う為に使ったというのだから悪い子に思えない。
だが、良い子だから敵ではないと限らないのが世の常だ。
昼から出陣したが狼の残党は簡単に始末できた。
翌日、討伐を再開する。
森に突入するが魔物が出現しない。
予定地点を越えて、さらに奥まで進んだ。
「ここまでいいでしょう。油の準備をさせなさい」
森が燃えた。
予定より遙か広く燃やし、春の討伐が終わった。
嬉しい想定外だ。
城に帰ってもアーイシャ様の顔は冴えない。
「サマル。森で何が起っていると思う?」
「私には判りません」
「アーイシャ様。山で熊が村を襲っているそうです」
「騎士と兵を集めろ。出陣する」
「アーイシャ様が行かれる事案と思われません。誰かを遣わすだけで宜しいと思います」
「嫌な予感がする。今はすべてを見て起きたいのだ」
アーイシャ様の予感は当たった。
次に鹿や猪が現れ、訳の判らぬ小動物も押し寄せ、農作物を奪うなどの問題を起こした。
アーイシャ様は休む暇もなく、現場で指揮を執り続けた。
◇ナレーション・クゥ◇
読書の皆さん、こんにちは。
ナレーション役のクゥちゃんだよ。
賢明な皆様なら森で何が起っていたのかをお察しされたでしょう。
我がご主人様が東から西へ移動しました。
神の気配を感じた魔物も東から西へと逃げました。
その結果、アーイシャの討伐隊とぶつかってしまいました。
あと1日早ければ、ご主人様はまだ来ておりません。
魔物の数は通常です。
あと1日遅ければ、ご主人様はすぐ側まで来ていました。
魔獣達は森の奥に消えたでしょう。
最悪のタイミングで森に入ってしまったのです。
アーイシャは運が悪いですね。
さて、狼の一団も同じです。
仲間を殺されたワイバーンはご主人様を探して周辺を警戒しました。
すると、
周辺に住んでいた大鬼 (オーク)の集落が襲われました。
ご主人様を小鬼 (ゴブリン)とでも見間違えたのでしょうか?
ワイバーンに取材に行かねば判りません。
破れた大鬼 (オーク)は逃げ出し、玉突き衝突で襲われたウッドーウルフの一団が山から逃げ出してきました。
人騒がせなご主人様です。
大鬼 (オーク)が居住を変えた事で様々の生態系に変化が生まれます。
種族大移動です。
東から西へ獣達が新天地を求めて移動しました。
シッパル男爵領はしばらく騒がしくなるでしょう。
騎士や兵、冒険者も大忙しです。
怪我人が増えて薬がバンバン売れます。
ご主人様の移動で始まったマッチポンプです。
この後は薬作りで忙しくなりそうです。
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