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27. アーイシャの驚愕。
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〔シッパル男爵領都 城内 アーイシャ護衛 イフラース視点〕
最近のアーイシャ様は非常にお忙しい。
例年ならば、討伐が終わるとしばらくゆっくりされる。
仕事と言えば、討伐で功績があった貴族のパーティーに出席する事だった。
討伐の報告書が上がるまで1ヶ月ほどは体を休まれる。
しかし、今年は討伐から異常だ。
討伐で大被害を出され、立て直しかと思うと魔物が消えた。
東の森は秋の討伐予定地まで進み、森を焼いて安全地帯を広げる事に成功した。
結果だけ見れば、遠征は大成功に終わった。
領主のロレダナ・バルーナ・シッパル様もお喜びだ。
だが、討伐を終えると東の山に異変が起った。
狼の来襲、熊の連続出現、鹿や猪の大移動で壊滅した村が幾つも出てしまった。
既存の兵士には、谷間の田畑を守らせ、山村に騎士団が派遣された。
アーイシャ様はその陣頭指揮を執られた。
向かう所敵なしだ。
だが、獣や魔物出現が次々と起り、騎士団も連日の連戦に疲弊した。
そんな奮戦も虚しく、幾つかの村が壊滅した。
結局、判った事は東の山で異変が起り、魔物や動物の大移動が起っているという事くらいだ。
今は魔物の出現の報告が相次いでおり、村の再建が進まない。
騎士団は腰を温める暇もなく、連日の出動中だ。
そうこうしている間に1月が経ち、討伐の報告書が上がり、アーイシャ様は騎士団と平行して、領内の財政に頭を悩まされている。
魔物討伐の合間に報告書類を読まれ決断され、様々な会議に参加されて方針を決定された。
このアーイシャ様の激務を軽減しようと、騎士団の会合に参加して戻ってくると、アーイシャ様の執務室から貴族が怒って出て来て、扉を無礼なほど強く閉めて出て来た。
「まったく。小娘の癖に・・・・・・・・・・・・ぶつぶつ」
私とすれ違った貴族が何か不平を呟いて去って行く。
私は扉を開いて執務室に入った。
「お帰り、イフラース。何か有意義な意見はあったのかしら」
「いいえ。具体的な案は何もございませんでした」
「騎士団の数が足りないので当然ね」
「見習い騎士の訓練強化と優秀な兵士を同行させるという辺りで落ち着きました」
「私に気を使って回数を減らさないで頂戴ね」
「アーイシャ様のお体を考えれば、騎士団のみで対応して貰いたいですわ」
「サマル。そんな事をすれば、壊滅する山村が10で済まないわよ。私を悩み殺したいのぉ」
「そう意味ではございません」
「判っているわ。状況の掌握が後手になって被害を拡大させたくない。それだけよ」
「無理をなさらないで下さい」
「決断できる指揮官の同行は必要でしょう。ネズミのように」
「ネズミだったのでイフラースに代理を任せれば、村が3つも壊滅しましたね」
「ネズミのような失態は二度と起こしません」
「騎士では剣を振り回せば、畑が抉れ、山が崩れる。ネズミの被害ではなく騎士の被害です」
「ネズミは数が多すぎたのです」
「サマル。苛めるのは止めなさい。ネズミを相手に騎士の力は過分過ぎた」
「そんな状態ですから、アーイシャ様は騎士団に任せられないのです」
アーイシャ様の青い目が力なく頷く。
我々、騎士は考える事が苦手なのだ。
敵を見れば、全力で攻撃する。
守勢に回れば、護衛対象を全力で護衛する。
常に全力を尽くすのが騎士だ。
ネズミの数が多く、見つけ次第に全力を振るって攻撃した。
畑を抉り、貯水池を破壊し、山を崩して森ごとネズミを土砂で埋めた。
騎士の力を存分に発揮した。
ネズミの撲滅に成功したが、すべてが破壊し尽くされて住める所では無くなってしまった。
サマルから滅茶苦茶に非難された。
あれは失敗だった。
「アーイシャ様。考えるのが嫌で騎士をやっている者に期待するのは間違いです」
「いつまでも指揮官が脳筋では困るのよ」
「文官の意見に耳を貸してくれるならば同行させますが、始めから聞く耳を持ちません」
「同じ階級なら騎士の方が上位って慣習ね」
「いいえ、3階級上の文官の意見ですら聞き流されます」
文官のサマルが騎士を非難する。
魔物が出現し、領地を守っているのが騎士なので、どうしても騎士の権威が高くなってしまう。
出世が早いのも騎士である。
どこの領地も大臣になっているのは騎士団出身の者ばかりだ。
財務大臣になっても大臣は財務が判らない。
だから、政務官が代わりに取り仕切る。
普段は問題ないのだがトラブルが起ると、大臣は同じ騎士出身の意見に共感して、政務官の対応を拒絶する。
こうして騎士出身の優位が確保されているとサマルが言った。
「アーイシャ様が財務や経理や経営に口を挟まないと、この領地は破綻します」
「サマル。それは言い過ぎだろう」
「軍団長がポーションの購入に金貨100枚をポンと支払ってしまう領地ですよ」
「あれはアーイシャ様が騎士団の立て直しを急がれたからだ」
「そうね。私の責任ね」
「いいえ。アーイシャ様の責任などありません。軍団長の独断です」
「使わなかったポーションは他領に売って穴埋めができましたから問題はなかったですが、すべて使用する事態になっていれば、秋の討伐は中止になる所でした」
「そうなのか?」
「そうなのです」
従者で年下のサマルが私を睨み付ける。
どうも言い合いになると分が悪い。
私は話題を変える事にした。
「夏の討伐を進言したと聞いたがどうなった」
「南と東の魔物が出現せず、今ならば、森を焼けると貴族共が騒いでおります」
「一気に安全地帯を進めるチャンスではないか?」
「山の討伐を継続しながらヤレるのですか?」
「領都移転も大切だろう」
「大切です。10万人が住める都市の建設は急務です」
「そうだろう」
「誰が指揮を執るのですか? イフラースがやりますか?」
「私も賛成だと言っておいた」
「流石、アーイシャ様です」
「だが、騎士団は手一杯なので貴族連合を結成して自腹でやって欲しいとお願いした。新たに得た土地を領地として与えると大盤振る舞いだ」
「貴族の当主にそんな根性ある奴はいません」
「当主が出る必要はない。貴族の家が一人ずつ騎士を出し、領民から兵を集って結成すれば、数は揃う。後は油代のみだ」
「アーイシャ様が会議でそう言われると、提案した貴族も押し黙ってしまわれました」
「この領地は子爵と男爵が多すぎて困ります」
「領主より格式が高いのも問題だな」
アーイシャ様がくくくっと笑われた。
貴族達はアーイシャ様に揶われたようだ。
先ほどの貴族も同じような案件か。
「先ほどの貴族が怒っておりましたが、何があったのですか?」
「聖樹の薬師絡みの苦情よ」
「薬師がパーティーへの招待を断ったので召喚状を送った。しかし、舞踏会に現れず、恥を掻かされた男爵が私兵を送ろうとしたのを領兵に止められたので、越権行為だと苦情を述べにやって来られましたが、アーイシャ様が取り扱われなかったのです」
「苦情など聞ける訳があるまい」
「あのアラルンガル公爵令嬢ですか」
「目的は未だに判りませんが、アーイシャ様に匹敵する魔力を持つ者です。藪を突いて蛇を起こしたくありません」
「出来る事なら追い出したいが、彼女がいる事で領地が巧く回っている」
「例のポーションは彼女が作っています。半分を他領に売る事で財政が黒字化します。野菜の栽培で市場の価格が下がっていたので、今回の山村が崩壊した損失分を補填してくれており、野菜の高騰も起っておりません」
「秋の討伐に使用するポーションも確保できる。一石二鳥だ」
「アーイシャ様が口にされている食材や果実も確保できるので、料理長が喜んでおります。その蜜柑もそうです」
「その蜜柑もそうなのか?」
「季節外れの採れたて、極上の蜜柑です」
アーイシャ様が食べていた蜜柑を睨んで難しい顔をされた。
私には判る。
アーイシャ様の父君・母君を殺したのがアラルンガル公爵である。
中央からの命令であっても敵に違いない。
その令嬢のお陰で財政が巧く回っているのを心から喜んでいる訳がない。
私はその令嬢を刺し殺して溜飲を下げたい。
だが、それがどんな結果を招くかと考えると恐ろしい。
拳に力が入った。
「イフラース。勝手に手を出しては駄目よ」
「動く時はアーイシャ様に止めをお譲りします」
「目を光らせておいてね」
アーイシャ様の目が鋭くなった。
簡単に手が出せない。
アラルンガル公爵家は30万人の民を抱える大領主だ。
令嬢が攻撃された事を名目に開戦もあり得る。
何よりもどこからやって来たのかが問題だ。
魔の森を抜ける我々の知らない隠し路があるかもしれない。
そして、魔の森の攻略こそ、スルパ辺境伯がアラルンガル公爵家を越える為の悲願なのだ。
先を越される訳にいかない。
北の大地に100万人の自治区を作り出し、南征を行なう。
スルパ辺境伯100年の計略だ。
「アーイシャ様。あくまで噂ですが、孤児らが魔法を使えると申している者がおります」
「事実よ」
「誠ですか? 加護を貰っていない者が魔法を使えるなど聞いた事がございません」
「アラルンガル公爵家が最強と謳われるのは、その辺りからかもしれないと私は睨んでいるのよ」
「平民・・・・・・・・・・・・兵士が魔法を使うのですか?」
「ある程度の魔法が使える兵士が誕生すれば、騎士一人に兵士を6人付けて小隊が作れるわ。同じ数でも兵力が5倍になる」
「同じ数で・・・・・・・・・・・・」
「スルパ辺境伯が3万人の軍隊を作っても、アラルンガル公爵軍1万人に敵わないかもしれない」
「まさか!?」
「今はあの子から情報を引き出すのが大切なのよ」
ガチャリと通用口が開き、侍女が入って来てサマルに何かを渡した。
サマルが動揺した。
どう話そうかと悩んでいる仕草だ。
夕日がサマルを照らしていた。
「アーイシャ様。先日のアーヘラ様とシークの続報が入りました」
「アーヘラの自由気ままな性格も問題だな。魔の森でも入ったか?」
「それならば、捕縛隊の編成が動きます」
「では、どうした?」
「聖樹の薬師に助けを求めました」
「誰の入れ知恵だ」
アーイシャ様は立ち上がって声を荒げられたが、すぐに別の事を思い付かれた。
「嫌ぁ、悪くない。魔の森の隠し路が判明するならば、今後の助けとなり、アラルンガル公爵軍の奇襲を未然に防げるぞ。監視者の数を増やせ、近衛を使っても良い」
「アーイシャ様。お待ち下さい」
「どうした。アーヘラが殺されたのか?」
「判りません。聖樹の薬師と一緒に町で出て姿を眩ました。聖樹の薬師は門前宿に戻ってきましたが、アーヘラ様とシークの姿はどこにもありません。監視者は聖樹の薬師を問いただすかと聞いております」
「姿が見えないだと?」
「どこかで匿ったのかもしれませんが、聖樹の薬師を見守らせている町の者も知りません。本当に路地を歩いている所で、忽然と姿を消したそうです」
「神の奇跡。転移魔法か?」
「判りません」
「判らんでは話にならん」
アーイシャ様は机を叩かれた。
転移魔法が使えるとなると、すべて根底が覆される。
魔の森を通らずにこの町に来られる。
アラルンガル公爵令嬢が忽然と現れた理由にもなる。
その気になれば、兵を送る事が出来る。
「近い内に話さねばならんな」
どうやらゆっくりと観察している暇がないらしい。
私は腰の剣に手を掛けた。
罪状はアーヘラ様の拉致で良いだろうか?
最近のアーイシャ様は非常にお忙しい。
例年ならば、討伐が終わるとしばらくゆっくりされる。
仕事と言えば、討伐で功績があった貴族のパーティーに出席する事だった。
討伐の報告書が上がるまで1ヶ月ほどは体を休まれる。
しかし、今年は討伐から異常だ。
討伐で大被害を出され、立て直しかと思うと魔物が消えた。
東の森は秋の討伐予定地まで進み、森を焼いて安全地帯を広げる事に成功した。
結果だけ見れば、遠征は大成功に終わった。
領主のロレダナ・バルーナ・シッパル様もお喜びだ。
だが、討伐を終えると東の山に異変が起った。
狼の来襲、熊の連続出現、鹿や猪の大移動で壊滅した村が幾つも出てしまった。
既存の兵士には、谷間の田畑を守らせ、山村に騎士団が派遣された。
アーイシャ様はその陣頭指揮を執られた。
向かう所敵なしだ。
だが、獣や魔物出現が次々と起り、騎士団も連日の連戦に疲弊した。
そんな奮戦も虚しく、幾つかの村が壊滅した。
結局、判った事は東の山で異変が起り、魔物や動物の大移動が起っているという事くらいだ。
今は魔物の出現の報告が相次いでおり、村の再建が進まない。
騎士団は腰を温める暇もなく、連日の出動中だ。
そうこうしている間に1月が経ち、討伐の報告書が上がり、アーイシャ様は騎士団と平行して、領内の財政に頭を悩まされている。
魔物討伐の合間に報告書類を読まれ決断され、様々な会議に参加されて方針を決定された。
このアーイシャ様の激務を軽減しようと、騎士団の会合に参加して戻ってくると、アーイシャ様の執務室から貴族が怒って出て来て、扉を無礼なほど強く閉めて出て来た。
「まったく。小娘の癖に・・・・・・・・・・・・ぶつぶつ」
私とすれ違った貴族が何か不平を呟いて去って行く。
私は扉を開いて執務室に入った。
「お帰り、イフラース。何か有意義な意見はあったのかしら」
「いいえ。具体的な案は何もございませんでした」
「騎士団の数が足りないので当然ね」
「見習い騎士の訓練強化と優秀な兵士を同行させるという辺りで落ち着きました」
「私に気を使って回数を減らさないで頂戴ね」
「アーイシャ様のお体を考えれば、騎士団のみで対応して貰いたいですわ」
「サマル。そんな事をすれば、壊滅する山村が10で済まないわよ。私を悩み殺したいのぉ」
「そう意味ではございません」
「判っているわ。状況の掌握が後手になって被害を拡大させたくない。それだけよ」
「無理をなさらないで下さい」
「決断できる指揮官の同行は必要でしょう。ネズミのように」
「ネズミだったのでイフラースに代理を任せれば、村が3つも壊滅しましたね」
「ネズミのような失態は二度と起こしません」
「騎士では剣を振り回せば、畑が抉れ、山が崩れる。ネズミの被害ではなく騎士の被害です」
「ネズミは数が多すぎたのです」
「サマル。苛めるのは止めなさい。ネズミを相手に騎士の力は過分過ぎた」
「そんな状態ですから、アーイシャ様は騎士団に任せられないのです」
アーイシャ様の青い目が力なく頷く。
我々、騎士は考える事が苦手なのだ。
敵を見れば、全力で攻撃する。
守勢に回れば、護衛対象を全力で護衛する。
常に全力を尽くすのが騎士だ。
ネズミの数が多く、見つけ次第に全力を振るって攻撃した。
畑を抉り、貯水池を破壊し、山を崩して森ごとネズミを土砂で埋めた。
騎士の力を存分に発揮した。
ネズミの撲滅に成功したが、すべてが破壊し尽くされて住める所では無くなってしまった。
サマルから滅茶苦茶に非難された。
あれは失敗だった。
「アーイシャ様。考えるのが嫌で騎士をやっている者に期待するのは間違いです」
「いつまでも指揮官が脳筋では困るのよ」
「文官の意見に耳を貸してくれるならば同行させますが、始めから聞く耳を持ちません」
「同じ階級なら騎士の方が上位って慣習ね」
「いいえ、3階級上の文官の意見ですら聞き流されます」
文官のサマルが騎士を非難する。
魔物が出現し、領地を守っているのが騎士なので、どうしても騎士の権威が高くなってしまう。
出世が早いのも騎士である。
どこの領地も大臣になっているのは騎士団出身の者ばかりだ。
財務大臣になっても大臣は財務が判らない。
だから、政務官が代わりに取り仕切る。
普段は問題ないのだがトラブルが起ると、大臣は同じ騎士出身の意見に共感して、政務官の対応を拒絶する。
こうして騎士出身の優位が確保されているとサマルが言った。
「アーイシャ様が財務や経理や経営に口を挟まないと、この領地は破綻します」
「サマル。それは言い過ぎだろう」
「軍団長がポーションの購入に金貨100枚をポンと支払ってしまう領地ですよ」
「あれはアーイシャ様が騎士団の立て直しを急がれたからだ」
「そうね。私の責任ね」
「いいえ。アーイシャ様の責任などありません。軍団長の独断です」
「使わなかったポーションは他領に売って穴埋めができましたから問題はなかったですが、すべて使用する事態になっていれば、秋の討伐は中止になる所でした」
「そうなのか?」
「そうなのです」
従者で年下のサマルが私を睨み付ける。
どうも言い合いになると分が悪い。
私は話題を変える事にした。
「夏の討伐を進言したと聞いたがどうなった」
「南と東の魔物が出現せず、今ならば、森を焼けると貴族共が騒いでおります」
「一気に安全地帯を進めるチャンスではないか?」
「山の討伐を継続しながらヤレるのですか?」
「領都移転も大切だろう」
「大切です。10万人が住める都市の建設は急務です」
「そうだろう」
「誰が指揮を執るのですか? イフラースがやりますか?」
「私も賛成だと言っておいた」
「流石、アーイシャ様です」
「だが、騎士団は手一杯なので貴族連合を結成して自腹でやって欲しいとお願いした。新たに得た土地を領地として与えると大盤振る舞いだ」
「貴族の当主にそんな根性ある奴はいません」
「当主が出る必要はない。貴族の家が一人ずつ騎士を出し、領民から兵を集って結成すれば、数は揃う。後は油代のみだ」
「アーイシャ様が会議でそう言われると、提案した貴族も押し黙ってしまわれました」
「この領地は子爵と男爵が多すぎて困ります」
「領主より格式が高いのも問題だな」
アーイシャ様がくくくっと笑われた。
貴族達はアーイシャ様に揶われたようだ。
先ほどの貴族も同じような案件か。
「先ほどの貴族が怒っておりましたが、何があったのですか?」
「聖樹の薬師絡みの苦情よ」
「薬師がパーティーへの招待を断ったので召喚状を送った。しかし、舞踏会に現れず、恥を掻かされた男爵が私兵を送ろうとしたのを領兵に止められたので、越権行為だと苦情を述べにやって来られましたが、アーイシャ様が取り扱われなかったのです」
「苦情など聞ける訳があるまい」
「あのアラルンガル公爵令嬢ですか」
「目的は未だに判りませんが、アーイシャ様に匹敵する魔力を持つ者です。藪を突いて蛇を起こしたくありません」
「出来る事なら追い出したいが、彼女がいる事で領地が巧く回っている」
「例のポーションは彼女が作っています。半分を他領に売る事で財政が黒字化します。野菜の栽培で市場の価格が下がっていたので、今回の山村が崩壊した損失分を補填してくれており、野菜の高騰も起っておりません」
「秋の討伐に使用するポーションも確保できる。一石二鳥だ」
「アーイシャ様が口にされている食材や果実も確保できるので、料理長が喜んでおります。その蜜柑もそうです」
「その蜜柑もそうなのか?」
「季節外れの採れたて、極上の蜜柑です」
アーイシャ様が食べていた蜜柑を睨んで難しい顔をされた。
私には判る。
アーイシャ様の父君・母君を殺したのがアラルンガル公爵である。
中央からの命令であっても敵に違いない。
その令嬢のお陰で財政が巧く回っているのを心から喜んでいる訳がない。
私はその令嬢を刺し殺して溜飲を下げたい。
だが、それがどんな結果を招くかと考えると恐ろしい。
拳に力が入った。
「イフラース。勝手に手を出しては駄目よ」
「動く時はアーイシャ様に止めをお譲りします」
「目を光らせておいてね」
アーイシャ様の目が鋭くなった。
簡単に手が出せない。
アラルンガル公爵家は30万人の民を抱える大領主だ。
令嬢が攻撃された事を名目に開戦もあり得る。
何よりもどこからやって来たのかが問題だ。
魔の森を抜ける我々の知らない隠し路があるかもしれない。
そして、魔の森の攻略こそ、スルパ辺境伯がアラルンガル公爵家を越える為の悲願なのだ。
先を越される訳にいかない。
北の大地に100万人の自治区を作り出し、南征を行なう。
スルパ辺境伯100年の計略だ。
「アーイシャ様。あくまで噂ですが、孤児らが魔法を使えると申している者がおります」
「事実よ」
「誠ですか? 加護を貰っていない者が魔法を使えるなど聞いた事がございません」
「アラルンガル公爵家が最強と謳われるのは、その辺りからかもしれないと私は睨んでいるのよ」
「平民・・・・・・・・・・・・兵士が魔法を使うのですか?」
「ある程度の魔法が使える兵士が誕生すれば、騎士一人に兵士を6人付けて小隊が作れるわ。同じ数でも兵力が5倍になる」
「同じ数で・・・・・・・・・・・・」
「スルパ辺境伯が3万人の軍隊を作っても、アラルンガル公爵軍1万人に敵わないかもしれない」
「まさか!?」
「今はあの子から情報を引き出すのが大切なのよ」
ガチャリと通用口が開き、侍女が入って来てサマルに何かを渡した。
サマルが動揺した。
どう話そうかと悩んでいる仕草だ。
夕日がサマルを照らしていた。
「アーイシャ様。先日のアーヘラ様とシークの続報が入りました」
「アーヘラの自由気ままな性格も問題だな。魔の森でも入ったか?」
「それならば、捕縛隊の編成が動きます」
「では、どうした?」
「聖樹の薬師に助けを求めました」
「誰の入れ知恵だ」
アーイシャ様は立ち上がって声を荒げられたが、すぐに別の事を思い付かれた。
「嫌ぁ、悪くない。魔の森の隠し路が判明するならば、今後の助けとなり、アラルンガル公爵軍の奇襲を未然に防げるぞ。監視者の数を増やせ、近衛を使っても良い」
「アーイシャ様。お待ち下さい」
「どうした。アーヘラが殺されたのか?」
「判りません。聖樹の薬師と一緒に町で出て姿を眩ました。聖樹の薬師は門前宿に戻ってきましたが、アーヘラ様とシークの姿はどこにもありません。監視者は聖樹の薬師を問いただすかと聞いております」
「姿が見えないだと?」
「どこかで匿ったのかもしれませんが、聖樹の薬師を見守らせている町の者も知りません。本当に路地を歩いている所で、忽然と姿を消したそうです」
「神の奇跡。転移魔法か?」
「判りません」
「判らんでは話にならん」
アーイシャ様は机を叩かれた。
転移魔法が使えるとなると、すべて根底が覆される。
魔の森を通らずにこの町に来られる。
アラルンガル公爵令嬢が忽然と現れた理由にもなる。
その気になれば、兵を送る事が出来る。
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