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閑話. プー王国(3)愚将、灰騎士団第55騎士団長ゲオルク

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ゲオルクは隻眼のジャシカが嫌いであった。
ジャシカは同じ奴隷出身だからだ。
ゴブリンの飼育係をやりながら、その餌をくすねて生きてきたゲオルクは15歳の成人を迎えたとき、人より少しマシな体格になっていた。そして、ゴブリン達と一緒にコロシアムに連れて行かれ、バトルロワイヤルの個人戦であるコロッセオを強要された。
剣闘戦とも呼ばれ、上流兵、市民兵のレベル上げに、ゴブリンや奴隷を殺す儀式であり、それは貴族達の娯楽であった。

ゲオルクは殺される為にコロシアムに上がり、市民兵を殺して生き残った。
奴隷兵が勝つと上級兵が登場する。
これと戦って生き残らないと市民権が得られない。
問題はなかった。
ゲオルクは上級兵を圧倒し、殺すまで至らなかった。
まぁ、普通はそうだ。
上級兵は完全武装の鎧を身に付け、武器や盾は一級品を使い、回復薬も常備している。
不利と知れば、守りに徹して時間切れを待つ。
ゲオルクは市民権を得た。
こうして、20年の歳月を掛けて、灰騎士団第55騎士団長まで駆け上がった。
奴隷から騎士団長まで駆け上がるのは快挙だった。
あと5年早く生まれていたなら、ゲオルクの名声は騎士団に広まっていただろう。
なぜならば、隻眼のジャシカが存在したからだ。

隻眼のジャシカは13歳でその美しい赤い髪と黒い瞳を持つ少女奴隷であった。
貴族が気に入って妾奴隷になれる幸運に恵まれた。
貴族の奴隷は一部の変態を除くと、市民より良い暮らしができる。
戦いも免除される。
家畜奴隷のように増やすだけの腹女から解放される。
女奴隷としてはかなり幸運であった。
しかし、ジャシカはその場で自らの片目を抉り、それを口に入れて呑み込むと貴族に言ったそうだ。

「これで女としての価値はなくなりました」

貴族は激怒して、ジャシカをコロシアムに送った。
ジャシカは13歳、腕は細く、華奢な体だった。
誰もが殺されて終わると誰もが思った。
ジャシカは狂気の塊だ。
すれ違い様に体ごと倒れ込み、縺れて二人で転がったと思うと、ナイフで市民兵の喉を刺した。
次に出てきた上級兵も市民兵から奪った剣で一突きにして殺した。
あっさりと上級市民権を得た。
そこからジャシカの伝説ははじまる。

ジャシカの部隊は最前線に送られ、その部隊は全滅する。
恨んでいる貴族が、裏から手を回して最前線に送っているのではないか?
そんな奇妙な噂も流れた。
ジャシカが配属された部隊は最前線に回されて全滅する。
彼女の異名は、『死神のジャシカ』と呼ばれた。
部隊に死をもってくる最悪の象徴だ。

それでも生き残り、わずか3年で100人隊長まで上って軍団の仕官に迎えられた。
異例の早さであったが、ジャシカが得た勲章の数から言えば遅かった。
軍団の仕官として迎えられたジャシカの騎士団は三倍の敵に囲まれた大敗亡になる。
その殿しんがりを受けた騎士団は10倍の敵を相手に敵中突破を成功した。
兵の7割を失って、敵の大将の首を持ち帰っての帰還だ。
ただ、生き残った仕官はジャシカのみ?
こうして、16歳の灰色騎士団長が誕生した。

噂では、敵中突破で騎士団長が討たれ、代わって副団長が指揮を取った。
敵の包囲を抜けると副団長がジャシカを自分の女にしようとして、逆にジャシカ以外の仕官が全員討ち取られた。
真実かどうかは判らない。
団長になる為に味方殺しは割とあったりする。
ジャシカの手柄を副団長が奪おうとして返り討ちにあったと、軍の首脳部は見ている。

4年前、ゲオルクは他の騎士団の仕官になっていた。
団長となったジャシカから副団長にならないかと言う誘いが来たが、生き残る事を最優先にしたゲオルクは断った。
あの判断が正しかったかは、今も疑問に思っていた。
ジャシカは20歳で鉄紺騎士団の第一位の騎士団長になっている。
ゲオルクは絶対に死ぬと思っていた。
同じ奴隷だったのに、どうしてこうも差が付いたのか?
納得いかなかった。

 ◇◇◇

隻眼のジャシカに呼ばれたゲオルクがやってきた。
すでに、鉄紺騎士団エックハルトと銀朱騎士団アヒムが揃っていた。
三騎士団で山道を抜け進軍しろと言う。

「ゲオルク、山道を抜けて集合するまでの間、三村まで略奪を許す。後は他に目もくれずに北方港砦(港町)を目指せ!」
「かなり無茶ですな!」
「オイゲンより先に北方港砦(港町)を攻めろ! できたなら、褒美をくれてやる」
「鉄紺騎士団長でしかないジャシカ様が?」
「オイゲンに勝てれば、それだけの力が入る事が約束されている。ゲオルク、お主を銀朱騎士団長にするくらいなら問題ない」

騎士団全軍を連れてゆくのは、ゲオルクの第55騎士団のみだ。
鉄紺騎士団エックハルトと銀朱騎士団アヒムは共に二個大隊のみ同行する。
兵站部隊として一万がエックハルトに預けられた。
ゲオルクは命令を拒否する立場ではない。

山道は所々で細くなり、少数なら半日で縦断できる所を一日半も掛かって抜ける事になった。
山道を抜けたのは7月6日の夜であり、明日の昼には全部隊が揃う。
昼頃から北に向けて進軍できそうだった。

「おい、第26騎士団オイゲンはどこにいる?」
「詳しくは森の火事で判りませんが、おそらく今日は西海岸の第3の砦を攻めると思われます」
「そうなると明日は北方港砦(港町)に向けて進軍して、夕方には到着しているのか?」
「へい、そうなります」
「そんなに巧く行っているかどうか? あくまで砦は簡単に陥落した場合ですよ」
「馬鹿野郎、最悪を考えろ! 昼から全軍で北上する。脇目もくれず、昼夜もなしで走るぞ」
「敵が出た場合はどうします」
「勢いのままでぶっ潰す!」
「兄貴、無茶ですよ」
「おまら、オイゲンに負ければ、ジャシカに殺されるぞ」
「あの味方殺し?」
「隻眼のジャシカですか?」

予定を考えると頭が痛くなるが、報告に聞くと笑みが浮かんだ。
先行部隊だけで一村を落とし、大量の酒や肉などの戦利品を手に入れたのだ。
久しぶり酒と肉にありつけた。

先行の二個大隊で、近くの二村を襲うように命令し、もう一隊で略奪品を運ばせる。
次々と運ばれてくる戦利品が詰まれてゆく。
しかし、昼前になっても先行した二個大隊から村を占領したと報告が来ない。
それどころか、魔王の娘リトル・プリンセスが出たとか言って逃げ帰って来たのだ。
ゲオルクにも意味が判らない。
二個大隊を斥候に出したが、誰も戻って来ない?
どうなってやがる?

先行部隊の三個大隊と斥候の二個大隊が帰らず、第55騎士団は半分の兵力を失った。
これでは前に進めない。
鉄紺騎士団エックハルトと銀朱騎士団アヒムの四個大隊の到着を待つしかなかった。
そして、到着したエックハルトに叱りを受けた。

「どういう事だ?」
「何故、そなたがここにいる?」
「申し訳ございません」

団長のエックハルトとアヒムの本人が同行して来たのは予想外であった。
逃げ帰ってきた兵から事情を確認する。
エックハルトが青ざめた。

エックハルトは諜報と策謀を得意とする団長であり、緑帝コンラトの情報を集めた一人である。
最近の話題で一番に注目されたのが、『ゴブリン・スレイヤー』の噂だ。
ラーコーツィ侯爵家のご令嬢が、その称号を得た。
国威発揚こくいはつようの為に作られた英雄談と思われる。
プー王国の多くの貴族が笑い声を上げた。

「アール王国も落ちたのぉ」
「子供を英雄にせねばならないのか?」
「最早、敵ではない」

だが、エックハルトは笑わなかった。
ラーコーツィ侯爵ご令嬢はともかく、その側近に強者がいると感じた。
アール王国の怖い所は騎士団長一人で戦局を変える事だ。
プー王国にはいない高レベル者を保有している。
たった一人の騎士団長によってふりだしに戻された事が幾度もあったのだ。
そこにいた少女の特徴が類似していた。

幼い子供で青い目を持つ美しい金髪の少女。
横にブラウンの目に茶色の髪をした大男と銀色の目に金髪の参謀風の優男。
ラーコーツィ領を攻めているのだ。
ラーコーツィ侯爵ご令嬢が出てくるのは不思議ではない。
だが、何故、しがない村にいる?

隻眼のジャシカと相談する必要があると判断したエックハルトは若い士官を一人残して、アヒムを連れて戻っていった。
ゲオルクはその異常さを感じ取った。
鉄紺騎士団と銀朱騎士団の大隊の指揮権を灰騎士団長に譲渡するなどあり得ない。
作戦が失敗したなら撤退でもいい。
しかし、それをしない。
ゲオルクの脳裏に“見捨てたのか?” という言葉が浮かんだ。

鉄紺騎士団の仕官の意見で夜襲を敢行した。
二個大隊が戻って来なかった。
狭い間道を通るのも、森に入るのも危険だ。

翌日、日が昇ると間道から敵兵が現れた。
第55騎士団は谷から広がる開けた場所で陣を引いて待ち受けた。
魔法の矢でも届かない場所に敵が進軍を止めた?
何がしたいと首を捻る。
白い閃光が走り、ゲオルクの代わりに指揮を取っていた鉄紺騎士団の仕官が屍に変わった。
こちらの魔法の矢が届かないだけで、敵の魔法の矢は届くのだ。
さらに、前衛で小爆発が起こった。

「ファイラー・ボールか?」

味方が動揺する。
ファイラー・ボールが遠距離で撃てる訳がない。
カロリナの爆発魔法小爆発ボムであった。

反撃ができない場所から一方的に攻撃を受ける。
ゲオルクは理解した。
エックハルトはこの魔法使いの存在を知っているのだと。

「全軍、突撃だ!」
「しかし!?」
「このまま一方的にやられて終わるぞ。ライナー、前衛の指揮を取って兵を前に進ませろ」
「判った」
「ローマン、右翼を前進、歩兵は森の中を進ませろ! 森の中なら魔法の攻撃もない。弓隊、魔法隊は後ろから援護させろ! ジークハルト、お前は左翼に行け! 指示は同じだ。行け!」
「あいよ」
「了解であります」

下仕官が走って出てゆくと、ゲオルクが一度座り直した。
全軍が一斉に前に出てゆく。
本陣はゲオルク隊の80人しか残っていない。
敵が迎え撃ち、戦況は悪い。
少し席を外すと言って本陣から出ると、灰色のローブを着て馬に乗った。
しばらくすると、4頭の馬が追い駆けてくる。

「兄貴、一人で逃げるのは狡いですよ」
「馬鹿野郎、自分で判断しろ!」
「相変わらず、狡い人ですな!」
「お前らも変わらんだろう」
「ははは、違いない」

武人としてまずまず、指揮官としては三流、生き残る事だけなら一流のゲオルクであった。

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