魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

文字の大きさ
211 / 242
第三章 魯坊丸の日記は母上の楽しみ

4.葬儀参列への脅迫

しおりを挟む
 天文二十一年三月某日。
 その日、突然に熱田衆幹部会が招集された。
 幹部の面々は、大宮司、権宮司、熱田水軍の大将、荘官、熱田衆の城達、熱田豪商である。
 外様の養父は中根南城主だが熱田衆の幹部ではない。
 俺は三歳から神輿として呼ばれている。
 最初は、織田の小僧をひな壇に置くことで織田弾正忠家への批難を抑える為であった。
 今は、熱田衆を率いる主として座らせてもらっている。
 俺は酒造りを始め、今では京や畿内へ大量の酒を売っている。
 他にも葛根湯をはじめとする医薬品を扱い、うどん、パスタ、水飴の日常食料品を提供し、琉球交易で砂糖など貴重品の交易を行っている。
 熱田最大の黒幕キングメーカーにのし上がった。
 
 熱田明神の生まれ代わりと崇められる俺は熱田神宮の神官らも俺に陶酔し、大宮司と二分するほど発言力を持つ。
 熱田の領民も俺を崇めるので領主は俺の意見を無視できない。
 俺が商品を止めると熱田商人は干上がる。
 熱田防衛の為に水軍の強化を考えて造船所を建設したので、水軍大将は俺への支持をやめない。
 俺は裏から支配している。
 幹部会となると、本来は大宮司が座る席に俺が腰掛けた。
 緊急招集を呼びかけた大喜東北城主の岡本おかもと-久治ひさはるが怒気を発した。
 
「皆様にお伝えせねばならぬ事が発覚しました」
「どうされた」
「大殿の葬儀でございます」
「つつがなく、萬松寺で執り行う準備が進められていると伺っている」
「いいえ、大問題です。織田一門衆の参列に魯坊丸様の名がありません」

 久治がそう言った瞬間、幹部らの目の色が変わった。
 皆が怒気を発して怒り出した。
 ちょっと待て。
 元服していない俺が呼ばれないのは当然だ。

「元服されていない三十郎殿を参列させて、魯坊丸様を参列させないのは無条理です」
「まったくだ」
「三十郎殿も土田御前の子。御前の思惑が透けてみえる」
「まったくだ」

 三十郎兄上は元服間近であり、目くじらを立てるほどではない。
 偶々中根南城に飯を漁りにくる。
 俺と剣術の稽古をしたがり、兄としての威厳を見せ付けたいと主張する以外は良い兄だ。
 気心が知れているので付き合い易い。
 特に問題ではない。
 城主らは土田御前が自らの子を優遇する姿勢を非難していた。
 そして、黙っていた水軍の将である加藤かとう-延隆のぶたかが口を開いた。

「そもそも初陣をしておらぬ信勝様より、熱田・荒尾・佐治の三水軍の総大将である魯坊丸様の方が上だ」
「延隆殿。総大将ではありません。“総帥”です」
「三水軍の指揮権を持つ。総大将と同じではなりませんか」
「いいえ、訂正して下さい。私は熱田水軍。荒尾水軍。佐治水軍。この三水軍を命令する権限はありません。荒尾領の造船所で建設した試作船二隻、新造の三百石船一隻を管理しているだけです」
「何を申される。あと五年もすれば。十五隻を超える艦隊を従えるのです。“総大将”で間違いありません」
「父上が存命の時にそんな事を言えば、私の首は飛びます」
「その大殿はおりません。いっそ、織田弾正忠家の当主となって下され」
「遠慮します。家臣にも言いましたが、後々のお家争いを避ける為にも“長子相続”を堅持します。熱田の繁栄を望むならば、無駄に争いを広げないことです」
「熱田の繁栄ですか。そう言われると返す言葉がない」

 延隆の口を閉じされると、継ぎに熱田商人らが参戦した。
 俺は信長兄ぃの婚礼を整えた相談役を立派に務め、今も琉球交易の相談役を親父から任じられている。
 他にも尾張国内の領地に赴いて、“蝮土”を使った農地改革や新田開発の指導を行っている。
 一言でいうならば、信勝兄上より領主達から信頼を得ている。
 俺に逆らうと熱田明神の祟りで神罰が下る。
 熱田領とその周辺の領民はそう信じており、領主達は俺に逆らうのを躊躇う。
 信勝兄上より発言力があると断言した。

「仮に魯坊丸様は葬儀の参列されないことに納得したとしても、熱田の領民は納得致しません。必ず叛旗を翻し、織田様へ抗議致します」
「そこまでするか」
「魯坊丸様。城主らの目をご覧下さい。主を馬鹿にされて黙っていられぬ。そういう目をしております」
 
 俺が城主らの目を見ると、城主らが一斉にうなずいた。
 領民を煽って抗議を敢行する気……満々という意思が見えた。
 熱田商人は城主を支援すると煽る。
 止めないと、ヤバい。
 俺が内心で焦っていると、大宮司の千秋季忠殿が「おほほほ」と笑った。

「大宮司様。その笑いはどういう意味ですか」
「皆様は何を焦っておられる。久治殿、お答え下さい」
「それは織田一門衆の席に魯坊丸様の名がないことです」
「愚かな」
「何が愚かですか。貴方の叔父上はそんな事で騒ぎません」
「叔父上も怒るはずです」
「怒る。あり得ません」
「何故でございますか。大宮司様。大宮司様でも返答次第ではただでは済みませんぞ」
「このような事態になることを」

 大宮司の季忠が言葉を途中で止めて俺を見た。

「魯坊丸様が気付かれぬわけがございません。そうでございますな」
「…………」
「ここにいるのは幹部のみ。本心を語られても問題ありません」
「…………」
「魯坊丸様」

 知りません。何も考えていません。
 むしろ、葬儀に参列したくない。
 なんて言えるわけもない。

「まぁ、見ておれ。そなたらは気に掛けることはない」

 俺がそう言うと、皆が納得したようにうなずいた。
 どうしよう?
 幹部会が終わり、千秋邸の俺専用の客室に戻った。
 部屋に入った瞬間、バッタリと寝転がると手をジタバタして体を揺すった。

「あぁ、どうしよう」
「若様。取り乱し過ぎです」
「楓、何か良い策はないか」
「若様が思い付かぬことを、私ごときが思い付くわけもありませんよ」

そういうと楓も寝転がり、手で顔を支えて俺を覗き込む。
 猫の目のように興味深く俺を見つめ、何を考え出すかと覗いている。
 楓は気楽でいいな。

「若様が私と同じ自堕落な性格であることは承知しています。面倒な葬儀に行くくらいならば、屋根で昼寝をしている方がいいですねよ」
「屋根に上る気はないが、その通りだ」
「屋根はいいですよ。春の日差しは暖かく、お昼寝に最高。辛気くさい部屋に閉じ込められて、お経を聞くより最高です」
「まったくだ」
「でも、そうなる。熱田領民は織田弾正忠家へ忠義心を失い、若様を神輿に担いで戦を始めますか」
「それはどうなるか分からん。だが、信長兄ぃも信勝兄上も信頼を失う」
「熱田が信長様の支持を取り下げれば、津島衆も止めるでしょう」

 楓が面白がるように言った。
 熱田と津島の支持を失った信長兄ぃが家督争いから脱落し、信勝兄上が俺に頭を下げて取り込まない限り、俺は熱田衆と津島衆に擁立されるのか。
 美濃の蝮、東海一の弓取りの二人が腹を抱えて笑いそうだ。

「千代女様と加藤殿が喜びます」
「加藤は喜ぶだろうな。千代はどうか?」
「喜びます。若様が尾張の国主になるのです。私以外は喜びます」
「楓は喜ばないのか」
「忙しくなるのは嫌です。私はもっと昼寝がしたい」
「俺も同意する。ゴロゴロしたい」

 俺がそう嘆くと、楓以外の侍女らは渋い顔をしている。
 自堕落でだらしない主だ。 
 俺の本性を知っているのは、母上、妹、右筆、侍女、側近、忍び衆に限られる。
 それでも俺に付き従ってくれる。
 俺を慕ってくれる者が内戦で誰か死ぬのを見たくないな。

「行くしかないか」
「どうします」
「織田一門として出席すると、土田御前の面子を潰すだろう」
「そうですね」
「参加しても一般の武将と同じならば、熱田衆が納得しない」
「しませんね」
「楓、少し考えろ」
「考えても何も浮かびません。ですから、熱田明神様に祈ります」

 そう言うと、起き上がると、俺に向かって祈った。
 熱田明神って、俺の事か。
 まったく、神頼みとは良い度胸だ……神頼みか。

「それだ」
「何がそれですか?」
「神頼みだ。萬松寺の住職に手紙を書く。このまま葬儀を執り行えば、織田弾正忠家に厄災が起こる。萬松寺も火の海に沈むことでしょう。大宮司の千秋季忠に相談することを奨めます。葬儀の前に不浄を取り払い、葬儀中は悪鬼が入らぬよう。寺に結界を張って致しましょう」
「えっ、それは何ですか」
「萬松寺の住職への『不幸の手紙』だ」
「不幸の手紙?」
「手紙に従わなければ不幸が起こる。そうだな、手紙は長根荘の荘官に頼むか。俺を葬儀に招かなかったと、熱田の民が押し掛けて萬松寺に火を掛けるだろうとつぶやかせるか」
「うわぁ、酷い脅しだ」
「住職の横で大宮司様と俺が結界を維持する。織田一門より一段の前に座る。織田一門に俺の尻を拝んで頂く」
「尻に敷けば、熱田衆も納得しますね」
「神様だからな」
「神は神でも若様ですか」
「楓も俺を拝んだだろ」
 
 楓がニコリと笑った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

処理中です...