魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

百一夜 横山麓の戦い(丹羽氏勝と丹羽氏秀の水利権争いの件)(1)

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 〔天文二十年 (一五五十一年)五月下旬〕
 織田弾正忠家と駿河今川家との和睦交渉は、今年の二月から公方様の願いで近衛このえ-稙家たねいえに引き継がれて続いている。どうやら今川いまがわ-義元よしもとは奪われた那古野周辺までの返還を求めているらしい。つまり、織田弾正忠家が飲めない条件を出して、交渉をズルズルと引き延ばしている。
 この交渉は次の準備が整うまでの時間稼ぎに交渉を続けているように思える。甲相駿こうそうすん三国同盟の成立を待っているのだろうか?
 それはともかく四月、五月と、そろそろ二月近く雨が降らない。
 五月は梅雨だ。
 去年の大雨で災難に見舞われ、天気がよい事を喜んでいた民も水不足を心配し始めた。
 天白川はそれなりの大きな川なので影響はないが、植田川の上流に作った高針貯水池の土手を壊し、梅森北(梅森坂)へ水を引こうとする馬鹿者も現れた。
 土手を切ってもその先にある梅森坂の標高が高い。香久山へ続く谷間に堀を掘れば、水を引く事ができるが、半里(2km)を掘り進めるにはかなりの時間が掛かる。
そもそも貯水湖の外壁は石と石の間にローマンコンクリートを流して結合しているので、木の鍬で破壊できる物もなかった。
 貯水池を準備していない天白川の他の分流ではかなり水が減って焦っているのだ。
 平針の少し上流の赤池でも天白川を堰き止めて田畑へ水を送る工夫を始めた。完全に堰き止めるダムを造られると問題だが、一部を堰き止めた所で問題ない。すぐに満たされてこちらに流れてくる。
しかし、いいのだろうか?
事前に両岸のかさ上げをしないと、次の大雨が降れば、土手を越えて田畑へ水が流れ込む。氾濫とまで言わないが、水害で稲が倒れる心配がある。
 戦国武将はヤル事が直情的な気がする。
 もちろん、中根、八事、島田、平針方面は問題ない。反対側の山崎川や酒造所の近くに大きな貯水湖を造ってあるので、熱田地域の対策は抜かりない。

「千代。他の織田領の田畑はどうだ?」
「末森、那古野の管轄の田畑には、すべて貯水池を最初に掘らせておりますから、あと一月は問題ございません」
「あと一月か」
「熱田周辺は一部を除くと、貯水池があるので問題ございません。しかし、その織田領は一時凌ぎの貯水池であります。心許ない感じとなります」
「そんな所か」
 
 一部とは、丸根村のように標高が少し高く、大きな貯水湖を造れない狭い地域だ。
 ローマ式の水路か、水車・風車を利用した水道を考えている。
 丸根村は地下に水路を掘り、そこから風車で水を汲み上げる方式を考えている。
 トンネル工事を主な仕事とする穴掘衆も育成中だ。
 さて、織田領を俯瞰すると、東側は台地となっており、西が低地だ。末森周辺は標高が高いので川の氾濫に強く、日照りの干害に弱い。一方、那古野の西側は標高が低く、土岐川(庄内川)から分岐している川が流れているので干害に強く、氾濫に弱い。
 標高が高い場所は貯め池と水路が重要であり、低い場所は護岸壁と水門が重要となる。
 どちらの対策も手間と時間が掛かるのだ。

「水不足の話ですが、藤島城の丹羽にわ-氏秀うじひで殿が川留めをした事に対して、岩崎城の丹羽にわ-氏勝うじかつ殿に取り止めるように訴えております」
「藤島城?」
「藤島丹羽領の東から南は天白川が流れており、そこから水が汲めます。しかし、北から西に掛けては、分流の岩崎川から水を汲んでおります。岩崎の氏勝殿は岩崎川の上流を堰き止めて、領内に水を引き入れているそうです」
「岩崎川の水量はそれほど少ないのか?」
「いいえ、少なくありません。岩藤川と北新田川が合流するので水量は十分にございます」
「では水留めの理由はなんだ?」
「藤島城は山間に広い田畑を持ち、岩崎川に合流する岩藤川から水を引いております。昨年は岩崎城の周辺で大規模な氾濫が起こり、岩崎丹羽家は大きな被害を出しました。対して山間の藤島丹羽家の被害は少なく、藤島丹羽家の発言力が増している為と思われます」
 
 あぁ、足の引っ張り合いか。
 岩崎丹羽家は織田弾正忠家に頭を下げて援助を貰い、熱田商人から借財をするほど苦しい状況となった。このとき、藤島丹羽家は本家を助けず、周辺の豪族に米の援助を行って発言力を増した。本家から見れば、背信に見えたのだろう。
 今回の干害では、岩藤川の水を堰き止めて藤島領を不作にする事で、藤島丹羽家の勢力を削いでおきたいという思惑か。
 付き合ってられん。

「丹羽氏秀殿は水留めを那古野城の信長様に訴え、信長様は水を半分にして分け与えよと、丹羽氏勝殿に命令を出しております」
「信長兄ぃに訴えたのか」
「末森にも訴えたようですが、家老の意見が二つに割れて結論がでなかった為のようです」
「で、氏勝は何と?」
「信長様の命令を無視しております」
「…………」
「介入されますか?」
「しない」
 
 去年、岩崎の民を助けなかった為の報復だ。
 どっちに付いても遺恨となる。
 そもそも藤島丹羽家は、本家の岩崎丹羽家と一緒に去年の三河の戦で傍観を続けており、藤島丹羽家を助ける義理もない。
 だが、命令を無視された信長兄ぃは放置できなくなった。
 去年の遺恨を罪として、岩崎丹羽家と共に藤島丹羽家を滅ぼすか。
 命令を無視した罪で、藤島丹羽家に合力して岩崎丹羽家に詫びを入れさせるか。
 いずれかの決断がいる。
 いずれにしろ、戦に勝てば、信長兄ぃの面目は保たれるだろう。
 一族で足を引っ張り合うとか。馬鹿な奴らだ。

 丹羽家は、一色いっしき-公深こうしんを祖とする。
 公深から四代下り、、一色いっしき-氏宗うじむらが三河に下向したのが始まりとされる。その子氏明うじあきが尾張丹羽郡に移り住んで丹羽を名乗った。
 そこから四代下り、丹羽にわ-氏従うじよりが東尾張の折戸城に入り、その子氏員うじかずが本郷城を築く。この子氏興うじおきから氏清うじきよ氏識うじさと氏勝うじかつの岩崎三代となっている。そして、氏興の弟が藤島城を築き、氏秀の父となる。
 つまり、三代前に分かれた分家は一族であっても他人と同じだ。
 
 五月末に近づくと相模からさくらの乗った帆船が北条家に捕獲された報告が入った。そして、二日後の五月末に相模の外郎屋が北条家とさくらの手紙を預かってやってきた。
 手紙を読んだ千代女がさくらの失態を咎めた。

「北条に鹵獲されるとは情けない」
「千代、そう言ってやるな。水の補充は必要だ。それに北条家は俺が書いた地図にご執心の様子だ」
「その失態は帰ってからきつく叱っておきます」
「さくらと帆船を無事に帰してくれると言っているので、“よし”としよう」
「強引に強奪しないのは助かりましたが、正式に使者を送ると書かれております。大殿の判断を仰ぐ事態になった事が失態です」
「まぁ、いいだろう。いずれは相模の北条家とも交易をする予定だ。地図に興味があるならば、関東の測量を唆すのも悪くない」
「北条家は今川家と同盟を結ぼうとする敵ですが……よろしいのですか」
「よろしくない。が、今川に加勢しない敵に留める機会と思えばいい」
「承知しました」
 
 北条の手紙には、さくらを小田原に招いた後に無事に帰すと書かれていた。
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