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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
百二夜 横山麓の戦い(丹羽氏勝と丹羽氏秀の水利権争いの件)(2)
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〔天文二十年 (一五五十一年)6月初旬から中旬〕
六月三日の昼過ぎ、さくらを乗せた帆船が熱田湊に戻ってきたと連絡を受けた。城での作業を中断すると、俺は熱田神宮に移動して乗組員を出迎えた。
「不肖さくら、無事に帰還いたしました」
「ご苦労だった。疲れているだろうが報告を頼む」
「もちろんでございます」
帆船は順調に出港し、夜半には紀伊半島の潮岬から南東30キロに達した。果が弱い割に順調であった。しかし、朝方前に風が完全に風が止まり、紀伊沖をゆっくり西に進んだ。そこから丸一日掛けて四国の室戸岬から南に120キロの所まで流され、そこから黒潮に流されて、南南東方向に進路を変えて漂流し続けたらしい。そこまでさくらが告げると、横の物が俺に航海図を渡した。
夜の星々を観測し、そこから割り出した座標が四国沖から南に伸び、ゆっくりと弧を描くように東へ移り、八丈島に近づく頃には南に上がっているのが判る。
「二日目から潮任せでゆっくりと南へと流されました」
「みたいだな」
「その時点では、風さえ吹けば、予定通りに到着できると思っていました」
「だが、風は吹かなかった」
「はい」
船は八丈島から南西に150キロは進んだ所から八丈島へ進んでいる。しかし、八丈島は見つからず、そのまま北上を続けた。その時点で八日を費やしており、樽の水は半分を切っていた。
「八日目から微風が吹きはじめ、操舵できる状況に変ってきました。しかし、再び流された場合を考えると水に不安を覚えました。そのまま北上して島か伊豆付近で水の補給を考えたのです」
「で、そこで北条水軍に見つかったと」
「はい。伊豆から八丈島は北条が支配しており、周辺を巡回している北条水軍の船に見つかりました。若様が北条と交易をしておりますので、争うのは適当ではないと考えました」
「で、伊豆まで連行されたか」
「申し訳ございません」
北条家の臨検は仕方ない。
自ら支配する八丈島方面から熱田の旗を掲げた船が北上してくれば怪しいと考える。しかし、難破した訳でもないのに捕縛したのは越権行為だ。臨検した時に航海図を目に入らなければ、連行されたかは微妙な気がする。
さくらの失態と言えば、失態となる。
やり過ぎと感じた北条-宗哲も考えた。それを逆手に取ってさくらへ謝罪すると、当主の氏康がいる小田原へ招いた。そして、氏康自らもさくらに頭を下げ、正式な謝罪の使者を織田家に送ると言っている。
非の打ち所のない対応だが、実はさくらの足止めと帆船を調査する時間稼ぎと思われる。
さくらは帆船に関する話を一切断り、帆船への調査も断った。だが、外観からの調査と、談話の端々で漏れる情報漏洩は防げない。
俺なら帰路に北条家の者を送り、帆船が無寄港で熱田に帰れるのかを確かめる人材を派遣する時間を稼いだ。十日も小田原に足止めした理由だ。
北条家は帆船の性能を知りたい。
名古屋と小田原の距離はおおよそ260キロ、名古屋と伊勢は100キロなので360キロであり、六月一日早朝に小田原を就航した帆船は三日昼過ぎに熱田に到着した。つまり、わずか2日半で移動できた。
360キロを無寄港で平均3.2ノット (時速6キロ)で帰ってきた。
三百石船の平均速度が5.5ノット (時速10.2キロ)だ。帆船の速度が優れている訳ではない。しかし、帆船は夜通し走れるのに対して、海岸線に沿って移動する三百石船は日の出に出港し、日の入り前に湊に入る。一日の走行時間は8時間から12時間と限定される。
灯台などない世界だ。
海の上は真っ暗であり、暗闇の中で陸に近づいて座礁しない為の処置だ。
この熱田にも北条家の者が滞在しており、二日半で戻ってきた事は北条家に伝わる。
さくらの話が終わる頃に、千代女の眉間の皺が集めっていた。
不機嫌な千代女の顔色を窺っているさくらの声がだんだんと小さくなる。
「千代女様、どうして難しい顔をされているのでしょうか?」
「さくら、お主の失敗に気づいておらんみたいだな」
「先程も言いました。北条家に秘密をばらしておりません。船への立ち入り禁止も貫きました」
「まっすぐに帰ってきただけで十分な情報漏洩となる」
さくらが驚いて「えっ、意味が判りません」と叫んだ。
小田原から熱田まで、三百石船は小田原から伊東、下田、土肥、江尻、御前崎、船溜(あるいは、浜名)、百々、伊良湖岬、伊勢、安濃津、熱田などの湊を経由してやってくる。
風向きが良ければ、六日で熱田に到着だ。しかし、十日から十五日も掛かる事が珍しくない。
逆方向の熱田から小田原ならば黒潮に逆らわないので半分の日程となる。
二日半に驚く事もない。
しかし、さくらが走ったのは小田原から熱田であり、黒潮に逆らって二日半で帰ってきた。
早馬であれば熱田と小田原は二日で届く距離だが、今川家と織田家は対立しており、早馬を走らせるのが不可能だ。
北条家から見れば、熱田と小田原に帆船の航路が引かれると五日を掛けずに京の情報が入るようになる。十日以上も掛かる現在から見れば雲泥の差となる。
喉から手が出るほど帆船が欲しい。
「北条家から正式な謝罪の使者を送ると言ってきておる。そして、手紙を持ってきた外郎屋に同行した先触れが、その使者を出迎える準備をしている」
「北条の家臣がすでに来ておるのですか?」
「その為にさくらを小田原で足止めさせたのだ」
「……申し訳ございません」
俺に手紙を持ってきた駿河外郎屋の手代は尾張の各所を巡り、商売を進める傍ら、外郎屋に同行した北条家の家臣が熱田で情報を集めながら使者の到着を熱田で待っていた。
さくらは小田原を出る時に北条家の使者である笠原-綱信と出口-茂忠(五郎左衛門尉)の二人に対面し、熱田での再会を誓ったらしい。
俺は帆船の事を東国に知らせるつもりはなかった。
だが、もう秘密にする事はできない。
いっその事、八丈島当りを練習航路に設定して関東沿岸の地図の作成許可を打診するか。
そんな事を考えながら北条の使者が到着するのを待つ事にした。
六月中旬、水不足の懸念が深まってきた。
千秋季忠から熱田神宮でも雨乞い儀式を執り行うので参加の打診があった。
六月初旬から千秋季忠から相談を受け、雨乞いの準備をしていた。
さくらが帰ってきた頃から入道雲が立ち上がりはじめた。
その頃は近づいてくる感じがしないので、雨乞いには早いと実施を遅らせている。
最近になってかなり近づいてくるようになった。
そろそろいいかも?
俺はそんな事を考えている頃、東尾張の藤島丹羽領の農民は地面が渇き、地割れが起こり始めるほど深刻な状況となり、農民が一揆を起こして岩藤川の堰を破壊する事件が起きた。
それに対して、岩崎丹羽家は兵を送った。
藤島丹羽家臣も対抗して兵を差し出して小競り合いとなった。
信長兄ぃは即時の停戦を命じ、改めて岩藤川の水を藤島丹羽領へも流すように命じた。
しかし、信長兄ぃの使者を丹羽氏勝は丹羽家の問題と追い返した。
藤島城の丹羽氏秀は氏勝との対決を決意して、信長兄ぃへ援軍要請を出したらしい。
明日の雨乞い儀式を執り行う為に俺が熱田神宮に到着すると、季忠が慌てていた。
「魯坊丸様。どういたしましょう?」
「何かありましたか」
「信長様から藤島丹羽への援軍へ参集が掛かりました。しかし、明日は雨乞いを行う為に兵を動かせません」
「そうですね。雨乞いの警備に兵が必要です」
「しかし、信長様の要請を断る訳もいきません」
季忠から相談された俺は熱田の各所で大規模な焚き火を行うアイデアを出した。
無駄とは思うが、上昇気流を生み出して雨が降りやすい環境を作る。
山中に油を撒いて全焼させる勢いで放火しないと、大気を揺るがす上昇気流が生まれないと思うが、たくさんの巨大なキャンプファイヤーに火が灯れば、熱田の民も納得するだろうという気休めだ。
六月中に夕立が降れば、雨乞いは成功だと考えている。
はぁ、俺は溜息を吐きながら間が悪いと思った。
「では、こう言うのはどうです。熱田神宮で行う予定の雨乞いを島田に変更し、周辺の農民に旗を持たせて集めましょう」
「兵ではなく、農民ですか?」
「東尾張には、岩崎丹羽家へ援軍に赴いた空城を襲うと噂を流します。そして、一日遅れで五百人の兵を送るのはどうでしょうか」
「一日遅れですか」
「参集に一日遅れますが、岩崎丹羽家への援軍の足止めをするのです。信長兄ぃの参集を拒絶した事にはならないでしょう」
「なるほど」
「今日中に東尾張に熱田から攻めると噂を広げておきます。明日の朝、熱田中の民が多くの旗を持って島田へ向かうのを見れば、東尾張の領主は攻める準備をしていると勘違いします。どの城主も岩崎丹羽家への援軍を送れなくなるでしょう」
「ありがとうございます。信長様へその旨を伝える使者を送ります」
翌日、島田の新田開発の空き地に熱田の一万人以上の民が集まった。
太陽が真上に上がるのを待つと、キャンプファイヤーに火を灯した。
ごおおおぉぉぉ、巨大な焚き火が天に昇る。
季忠を筆頭に多くの神官の雨乞いの祈祷がはじまった。
炎天下で祝詞を上げると体力を消耗する。
祝詞の読み上げは途切れないように続けかられるが、何班に分けて交替で休憩を取る。
昼から夕暮れまで祝詞を詠んでいたら、俺は間違いなく倒れる。
天幕に避難した俺は、氷の入った水を飲みながら休憩を取った。
「千代、まだ終わらんか?」
「日の入りにはかなり時間があります」
「もう駄目だ」
「雨乞いを見守っている民も疲れており、暑さで見物する余裕もございません。あとは最後だけ参加すればよいと思います。このまま日陰で休憩しておいて下さい」
「そうさせてもらう」
天幕は日陰を作るだけで涼しくない。
さくらが水の入った桶を持って戻ってきた。
「若様。井戸の水を汲んできました。足を入れてお涼み下さい」
「すまないな」
「これくらいは当然でございます。しかし、厚い雲が近づいてきている気がします」
「そのまま降ってくれると涼しくなるな」
俺は天幕から顔を出して空を見た。
ずっと遠くにあった入道雲が近づいてきている気がする。
マジで一雨降るかも知れない。
しばらくすると、風が吹き出して雷が響いた。
ぽつぽつと冷たいものが頬を叩く。
俺は祝詞を上げる神官の中に戻ると、季忠が俺の手を取って台の上に上げた。
「熱田の民よ。熱田明神様の祈りが天に届いた。魯坊丸様を讃えよ」
うおぉぉぉぉぉ、民が怒号のような大きな歓声を上げ、旗がぐるぐると回される。
こういう演出は想定外だ。
歓喜と共に雨が強くなって頬を打つが、誰も帰ろうとしない。歓喜も止まない。
さらに強くなって集中豪雨となった。
目の前も見えなくなった所で天幕に避難して、風邪を引く前にお着替えだ。
さくらが興奮して言葉が止まらない。
「さすが若様。見事に雨が降りました」
「偶然だ」
「偶然ではありません。神々に愛されている証拠です」
「入道雲が近づいていたから、十日以内に夕立がくると思って雨乞いを許可しただけだ」
「熱田の民も、改めて若様の力を知ったでしょう」
「だから、偶然だ」
天幕で着替えている俺の前に楓が飛び込んできた。
「若様。信長様が敗走して平針の関所まで引き上げてきました」
はぁ、敗走だと……藤島丹羽の援軍に行っただけで敗走ってどういう事だ?
六月三日の昼過ぎ、さくらを乗せた帆船が熱田湊に戻ってきたと連絡を受けた。城での作業を中断すると、俺は熱田神宮に移動して乗組員を出迎えた。
「不肖さくら、無事に帰還いたしました」
「ご苦労だった。疲れているだろうが報告を頼む」
「もちろんでございます」
帆船は順調に出港し、夜半には紀伊半島の潮岬から南東30キロに達した。果が弱い割に順調であった。しかし、朝方前に風が完全に風が止まり、紀伊沖をゆっくり西に進んだ。そこから丸一日掛けて四国の室戸岬から南に120キロの所まで流され、そこから黒潮に流されて、南南東方向に進路を変えて漂流し続けたらしい。そこまでさくらが告げると、横の物が俺に航海図を渡した。
夜の星々を観測し、そこから割り出した座標が四国沖から南に伸び、ゆっくりと弧を描くように東へ移り、八丈島に近づく頃には南に上がっているのが判る。
「二日目から潮任せでゆっくりと南へと流されました」
「みたいだな」
「その時点では、風さえ吹けば、予定通りに到着できると思っていました」
「だが、風は吹かなかった」
「はい」
船は八丈島から南西に150キロは進んだ所から八丈島へ進んでいる。しかし、八丈島は見つからず、そのまま北上を続けた。その時点で八日を費やしており、樽の水は半分を切っていた。
「八日目から微風が吹きはじめ、操舵できる状況に変ってきました。しかし、再び流された場合を考えると水に不安を覚えました。そのまま北上して島か伊豆付近で水の補給を考えたのです」
「で、そこで北条水軍に見つかったと」
「はい。伊豆から八丈島は北条が支配しており、周辺を巡回している北条水軍の船に見つかりました。若様が北条と交易をしておりますので、争うのは適当ではないと考えました」
「で、伊豆まで連行されたか」
「申し訳ございません」
北条家の臨検は仕方ない。
自ら支配する八丈島方面から熱田の旗を掲げた船が北上してくれば怪しいと考える。しかし、難破した訳でもないのに捕縛したのは越権行為だ。臨検した時に航海図を目に入らなければ、連行されたかは微妙な気がする。
さくらの失態と言えば、失態となる。
やり過ぎと感じた北条-宗哲も考えた。それを逆手に取ってさくらへ謝罪すると、当主の氏康がいる小田原へ招いた。そして、氏康自らもさくらに頭を下げ、正式な謝罪の使者を織田家に送ると言っている。
非の打ち所のない対応だが、実はさくらの足止めと帆船を調査する時間稼ぎと思われる。
さくらは帆船に関する話を一切断り、帆船への調査も断った。だが、外観からの調査と、談話の端々で漏れる情報漏洩は防げない。
俺なら帰路に北条家の者を送り、帆船が無寄港で熱田に帰れるのかを確かめる人材を派遣する時間を稼いだ。十日も小田原に足止めした理由だ。
北条家は帆船の性能を知りたい。
名古屋と小田原の距離はおおよそ260キロ、名古屋と伊勢は100キロなので360キロであり、六月一日早朝に小田原を就航した帆船は三日昼過ぎに熱田に到着した。つまり、わずか2日半で移動できた。
360キロを無寄港で平均3.2ノット (時速6キロ)で帰ってきた。
三百石船の平均速度が5.5ノット (時速10.2キロ)だ。帆船の速度が優れている訳ではない。しかし、帆船は夜通し走れるのに対して、海岸線に沿って移動する三百石船は日の出に出港し、日の入り前に湊に入る。一日の走行時間は8時間から12時間と限定される。
灯台などない世界だ。
海の上は真っ暗であり、暗闇の中で陸に近づいて座礁しない為の処置だ。
この熱田にも北条家の者が滞在しており、二日半で戻ってきた事は北条家に伝わる。
さくらの話が終わる頃に、千代女の眉間の皺が集めっていた。
不機嫌な千代女の顔色を窺っているさくらの声がだんだんと小さくなる。
「千代女様、どうして難しい顔をされているのでしょうか?」
「さくら、お主の失敗に気づいておらんみたいだな」
「先程も言いました。北条家に秘密をばらしておりません。船への立ち入り禁止も貫きました」
「まっすぐに帰ってきただけで十分な情報漏洩となる」
さくらが驚いて「えっ、意味が判りません」と叫んだ。
小田原から熱田まで、三百石船は小田原から伊東、下田、土肥、江尻、御前崎、船溜(あるいは、浜名)、百々、伊良湖岬、伊勢、安濃津、熱田などの湊を経由してやってくる。
風向きが良ければ、六日で熱田に到着だ。しかし、十日から十五日も掛かる事が珍しくない。
逆方向の熱田から小田原ならば黒潮に逆らわないので半分の日程となる。
二日半に驚く事もない。
しかし、さくらが走ったのは小田原から熱田であり、黒潮に逆らって二日半で帰ってきた。
早馬であれば熱田と小田原は二日で届く距離だが、今川家と織田家は対立しており、早馬を走らせるのが不可能だ。
北条家から見れば、熱田と小田原に帆船の航路が引かれると五日を掛けずに京の情報が入るようになる。十日以上も掛かる現在から見れば雲泥の差となる。
喉から手が出るほど帆船が欲しい。
「北条家から正式な謝罪の使者を送ると言ってきておる。そして、手紙を持ってきた外郎屋に同行した先触れが、その使者を出迎える準備をしている」
「北条の家臣がすでに来ておるのですか?」
「その為にさくらを小田原で足止めさせたのだ」
「……申し訳ございません」
俺に手紙を持ってきた駿河外郎屋の手代は尾張の各所を巡り、商売を進める傍ら、外郎屋に同行した北条家の家臣が熱田で情報を集めながら使者の到着を熱田で待っていた。
さくらは小田原を出る時に北条家の使者である笠原-綱信と出口-茂忠(五郎左衛門尉)の二人に対面し、熱田での再会を誓ったらしい。
俺は帆船の事を東国に知らせるつもりはなかった。
だが、もう秘密にする事はできない。
いっその事、八丈島当りを練習航路に設定して関東沿岸の地図の作成許可を打診するか。
そんな事を考えながら北条の使者が到着するのを待つ事にした。
六月中旬、水不足の懸念が深まってきた。
千秋季忠から熱田神宮でも雨乞い儀式を執り行うので参加の打診があった。
六月初旬から千秋季忠から相談を受け、雨乞いの準備をしていた。
さくらが帰ってきた頃から入道雲が立ち上がりはじめた。
その頃は近づいてくる感じがしないので、雨乞いには早いと実施を遅らせている。
最近になってかなり近づいてくるようになった。
そろそろいいかも?
俺はそんな事を考えている頃、東尾張の藤島丹羽領の農民は地面が渇き、地割れが起こり始めるほど深刻な状況となり、農民が一揆を起こして岩藤川の堰を破壊する事件が起きた。
それに対して、岩崎丹羽家は兵を送った。
藤島丹羽家臣も対抗して兵を差し出して小競り合いとなった。
信長兄ぃは即時の停戦を命じ、改めて岩藤川の水を藤島丹羽領へも流すように命じた。
しかし、信長兄ぃの使者を丹羽氏勝は丹羽家の問題と追い返した。
藤島城の丹羽氏秀は氏勝との対決を決意して、信長兄ぃへ援軍要請を出したらしい。
明日の雨乞い儀式を執り行う為に俺が熱田神宮に到着すると、季忠が慌てていた。
「魯坊丸様。どういたしましょう?」
「何かありましたか」
「信長様から藤島丹羽への援軍へ参集が掛かりました。しかし、明日は雨乞いを行う為に兵を動かせません」
「そうですね。雨乞いの警備に兵が必要です」
「しかし、信長様の要請を断る訳もいきません」
季忠から相談された俺は熱田の各所で大規模な焚き火を行うアイデアを出した。
無駄とは思うが、上昇気流を生み出して雨が降りやすい環境を作る。
山中に油を撒いて全焼させる勢いで放火しないと、大気を揺るがす上昇気流が生まれないと思うが、たくさんの巨大なキャンプファイヤーに火が灯れば、熱田の民も納得するだろうという気休めだ。
六月中に夕立が降れば、雨乞いは成功だと考えている。
はぁ、俺は溜息を吐きながら間が悪いと思った。
「では、こう言うのはどうです。熱田神宮で行う予定の雨乞いを島田に変更し、周辺の農民に旗を持たせて集めましょう」
「兵ではなく、農民ですか?」
「東尾張には、岩崎丹羽家へ援軍に赴いた空城を襲うと噂を流します。そして、一日遅れで五百人の兵を送るのはどうでしょうか」
「一日遅れですか」
「参集に一日遅れますが、岩崎丹羽家への援軍の足止めをするのです。信長兄ぃの参集を拒絶した事にはならないでしょう」
「なるほど」
「今日中に東尾張に熱田から攻めると噂を広げておきます。明日の朝、熱田中の民が多くの旗を持って島田へ向かうのを見れば、東尾張の領主は攻める準備をしていると勘違いします。どの城主も岩崎丹羽家への援軍を送れなくなるでしょう」
「ありがとうございます。信長様へその旨を伝える使者を送ります」
翌日、島田の新田開発の空き地に熱田の一万人以上の民が集まった。
太陽が真上に上がるのを待つと、キャンプファイヤーに火を灯した。
ごおおおぉぉぉ、巨大な焚き火が天に昇る。
季忠を筆頭に多くの神官の雨乞いの祈祷がはじまった。
炎天下で祝詞を上げると体力を消耗する。
祝詞の読み上げは途切れないように続けかられるが、何班に分けて交替で休憩を取る。
昼から夕暮れまで祝詞を詠んでいたら、俺は間違いなく倒れる。
天幕に避難した俺は、氷の入った水を飲みながら休憩を取った。
「千代、まだ終わらんか?」
「日の入りにはかなり時間があります」
「もう駄目だ」
「雨乞いを見守っている民も疲れており、暑さで見物する余裕もございません。あとは最後だけ参加すればよいと思います。このまま日陰で休憩しておいて下さい」
「そうさせてもらう」
天幕は日陰を作るだけで涼しくない。
さくらが水の入った桶を持って戻ってきた。
「若様。井戸の水を汲んできました。足を入れてお涼み下さい」
「すまないな」
「これくらいは当然でございます。しかし、厚い雲が近づいてきている気がします」
「そのまま降ってくれると涼しくなるな」
俺は天幕から顔を出して空を見た。
ずっと遠くにあった入道雲が近づいてきている気がする。
マジで一雨降るかも知れない。
しばらくすると、風が吹き出して雷が響いた。
ぽつぽつと冷たいものが頬を叩く。
俺は祝詞を上げる神官の中に戻ると、季忠が俺の手を取って台の上に上げた。
「熱田の民よ。熱田明神様の祈りが天に届いた。魯坊丸様を讃えよ」
うおぉぉぉぉぉ、民が怒号のような大きな歓声を上げ、旗がぐるぐると回される。
こういう演出は想定外だ。
歓喜と共に雨が強くなって頬を打つが、誰も帰ろうとしない。歓喜も止まない。
さらに強くなって集中豪雨となった。
目の前も見えなくなった所で天幕に避難して、風邪を引く前にお着替えだ。
さくらが興奮して言葉が止まらない。
「さすが若様。見事に雨が降りました」
「偶然だ」
「偶然ではありません。神々に愛されている証拠です」
「入道雲が近づいていたから、十日以内に夕立がくると思って雨乞いを許可しただけだ」
「熱田の民も、改めて若様の力を知ったでしょう」
「だから、偶然だ」
天幕で着替えている俺の前に楓が飛び込んできた。
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