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変わりゆく者
「王女のお誘い、受けてしまわれたら良かったのに」
「くだらんな」
俄かに騒がしくなってきた王太子宮の執務室で、ペンを走らせる手を止めないまま私は一蹴した。戯言に付き合っている時間などない。大概の人間はこれで済むが、生憎相手は仔栗鼠である。
「そうおっしゃいますけど殿下。さっきから窓の外を気になさってるじゃないですか」
「無駄口を叩く暇があるなら働け」
「働いてますし、腹立つんでしょう?たまにはアースィム様もヤキモキすべきです」
中途半端な敬語ならば使わない方がマシだ。思う傍らでその語尾の揺れに気づき、視線だけを向けた。ルーカスは手を止めず、まとめた紙をファイルに押し込んでいる。
朝からイザームと目を合わせず、鈍い幼馴染みに気を利かせたカーミルにより唐変木が連れ出された後に、この物言い。
何かがあったのは明白でも、爪の先ほどにも興味はない。どうせ仔栗鼠の悋気だろうが、王族たる者が外で沈んだ背中を見せるとは、まったく情けない。
私はペンを置き、手のひらを机に着いた。立ち上がり、指摘された窓の外を見下ろす。そこにはアースィムやクルシュ一行がおり、騎士達に囲まれていた。
見慣れない装備に見慣れない顔ぶれ。入ったばかりの新入り達だ。奴らは騎士団の不文律に疎く、城内や社交界で暗黙となっているルールにもまた、疎い。
握手に差し出される手。さり気なさを装って距離を詰める足。
アースィムはすべてを自然に避けている。柔らかい笑顔のまま、だがけして触れさせない。徹底された一線を確認し、満足に顎を引く。
代わりを引き受ける、とまではいかないが、幼馴染みどもは、騎士の肩を組んで笑ったりと距離が近い。イザームも同じだ。触られようが張り付かれようが気にする様子はなく、奴にとって無意味なものだからだろうと推測はするが。
整理したファイルを細腕に抱え、棚に並べる後ろ姿を見る。
几帳面な手と相反し、ファイルの背を親の仇のように睨みつけている。
執務室には私とルーカスしかいない。使いに出たサイラスはまだ戻らない。ならば、ただの従兄弟同士であっても構うまい。
「イザームの眠りは浅くはないか」
「……急になんの話です?」
私が話を振ると、ルーカスはわかりやすく訝しんだ。空になった腕を片手で摩りながらこちらを振り返る。
先程ルーカスは王女の誘いを持ち出したが、たかが茶会であれど、受けた結果が何を招くかわからぬ愚者ではあるまい。イザームの鈍さが余程堪えているらしい。
遊学の申し入れなどと宣う王女の、滞在の目的はただ一つだ。
アルストリア王太子の、第二妃の座。
王女の国は我が国にとって貴重な石炭の輸入先であるから、押し切れると踏んでいるのだろう。勝ち誇った目でアースィムを見ていた王女を思い出し、私は鼻で笑った。そしてまた、唯一と決めた伴侶へ顔を戻す。
「クルシュの男は眠らない訓練を受けるそうだ」
ルーカスを見ないまま告げる。
あまりにも眠りの浅い伴侶を不審に思い聞き出した情報であり、唖然とした私に、伴侶は笑った。
いつ襲撃されるか、わからないからと。
「……アースィムはな、未だに、風の音一つに飛び起きる」
黙ったルーカスが今、どんな顔をしているかはどうでも良かった。
こちらを見上げた黒曜が眉を下げたのを視界に納めた私は、椅子に掛けていた上着を掴んだ。
幼馴染みどもはアースィムがはっきりと嫌がらなければ手助けをしない。困惑では弱い。役立たずどもめと舌を打ち、俯いた仔栗鼠の横を大股で過ぎる。
「おまえが奴に与えたいものはなんだ?」
少なくとも不安や焦燥ではないだろう。
答えは待たない。ルーカスは恋愛脳だが、愚かではない。
執務室を出た私は、いつの間にか中庭から移動して来ていたサジェドと目を合わせる。口の減らない男は黙って肩を竦め、歩き出した私に追従した。暢気に口笛を鳴らす男に、チッともう一度舌を打つ。
「場数を踏ませてやりたいのはわかるが、程々にしろ」
「だから来たじゃねーか」
「遅い」
「わかってんだからてめェから来いっつーの。お迎え待ちすんなよ」
中庭に辿り着くまで途切れぬ応酬に、すれ違う文官や使用人達は頭を下げるついでに顔も背ける。カーミルやディルガムならばこうはなるまい。この男は、幼馴染みどもの中で群を抜いて私を苛立たせる。
歩きながら手にした上着を羽織る。
押し開けられる扉の前、私はサジェドを見ないままに問う。
「進捗は」
「大将がヘマするワケねェだろ」
サジェドがふんと鼻を鳴らす。続けて、今思い出したとばかりに後ろからファイルを差し出してきた。
足を動かさず、振り返らないまま受け取り、軽く目を通す。並ぶのは流れるような美しい異国語で、アースィムの手によるものだ。
取引の量と額。
下部には既に先方の押印があり、我が国の捺印待ちとなっている。
あの王女がやって来て半月足らず。アースィムは今戻った。外交に出ていたのは一週間しかなく、見事な交渉能力である。
厚顔無恥な王女は今日中に摘み出せるだろう。
新たな石炭の輸入国は近隣だが、貿易は小さなものだった。結ばれる条約により国交が豊かになるはずだ。触らせなかった褒美も兼ねて、よく褒めてやらねばなるまい。
「アースィム」
私が呼びかけると、アースィムは安堵したように微笑んだ。
騎士が整列する。
その前を通り、こちらに伸びてきた手を取る前に。
「あん?」
些事に業務が滞れば時間が減る。
私は唐変木に視線を投げてから、二階を見た。窓に張り付くくらいならば降りて来れば良いものを。呆れた横を、眉を顰めた男が駆けて行く。壁と木を伝い、二階まで身を運ぶ馬鹿者だ。扉から出入りは出来ないのか。
「……テオ」
「あぁ。話を聞こう」
もっとも、幼馴染みにすら嫉妬を見せるようになった伴侶の前である。
私はすぐに視線を戻し、取った左手の指先に口付けを落とした。
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