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第四章・小さな偶像神
【第八節・薔薇の魔王】
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形はどうあれ兵士達との和解にも成功し、僕達は通りの屋上から【銃】で攻撃してきた彼らの仲間と合流するため、街道を徒歩で移動している。彼らが【クルマ】と呼ぶ車輪の付いた鉄と硝子の箱は、ベファーナが【銃】や【シュリュウダン】も含めて、使い物にならない。彼女に直せるかどうか尋ねてはみたが、【狂わせる】ことは出来ても【元に戻す】のは無理だと笑顔で言い切られてしまった。
兵士の内何人かは彼女が何を【狂わせた】か【銃】を分解し、【クルマ】の様々な部分を開いては下へ潜り込んで原因を調べていたが判明しなかったのか、【銃】を【クルマ】へ押し入れ屋上の仲間を回収したいと提案してきた。代えのある道具より命の方が惜しいと鬼気迫る様子だったので、僕とベファーナもそれを了承して現在に至る。
不思議なことに、ベファーナは【箱舟】の中でも他人の【思考】を覗き見ることができるが、僕は彼らの【思考】を読み取ることができない。ここが【箱舟】という特殊な精神世界だからなのか、それとも彼らが神々に滅ぼされてしまった【古代人】だからか。……あまり考えたくはないが、神々の【人間】という線引きに彼らが含まれていないのだとしたら複雑だ。
「皆さんはこの街を警護する自警団や兵士のようなものですか?」
先頭を歩く赤い腕章を付け隊長と名乗った、短い金髪の兵士へ尋ねる。
「……俺達は一人の人間を基に作られた【箱舟中央区・警備部隊】だ。白・黒・紅・蒼――……各隊は統一された色の装備で身を包み、街の様々な場所を【箱舟】が再び安全な未来へと辿り着くまで警護していた。少なくとも、五千百三十七年と八ヵ月前まではそうだった」
「え……はい?」
「だから、五千百三十七年と八ヵ月前だ。俺が何かおかしなことを言ったか?」
隊長は聞き直したのを不思議に思ったのか、眉間に皺を寄せて振り返る。一人の人間を元に作られた? 部下の兵士が隊長と同じ顔立ちをしているので、兄弟か血縁関係のある者達が集まり部隊を組んでいるのかと想像していたが。……それにベファーナは、人間の精神が五千年以上も保てるわけがないとも言っていた。しかも全く話が通じないほど【錯乱】しているわけでも無い。
最初こそ好戦的な態度だったものの、アレウス氏と同じく常識や良心の無い人間では無いように見える。五千百三十七年と八ヵ月間……彼らはどうやって狂わず、今日まで生き延びてきたのだろうか。
「ハハァ、ナルホド? 君達は元を辿れば一人の人間ではあるガ、【箱舟】の一部――つまり外敵から自動で街を守る【機能】ってわけダ。だから精神がほぼ常に安定しているシ、都合が悪くなれば消して再生産で補えル」
「?」
「ポーラ君、彼らはウチが【魔物】の死体や土で作る【疑似生命】みたいなものだヨ。意志を持ったゴーレムと呼んでもイイ。一人一人を人間らしク、感情豊かにした感じだネ」
箒で並走して低く街道上を飛ぶベファーナは、【翼の盾】で防いだ【銃弾】を指先でくるくる回しながら説明する。
となると彼らは人間ではなく【概念的な何か】であり、使役者である【箱舟】の命に従いこの街を守護している? だが、彼ら街を警護する任より自身らの死を恐れる。ゴーレムや死体を繋ぎ合わせた歪な【疑似生命】ではなく、遥かに【人】として完成していた。……それでも彼らは【疑似生命】なのか。
「俺達は【ノア】という男がモデルになっている。感情が豊かに見えるのも【箱舟】に脳を直結されている彼の影響だろうさ。【偶像神】でもある彼が目を覚まさない限り、俺達は【箱舟】に存在するこの街を拠点の【人工生成機】を使って銃や食い物を作りながら警護し続けるし、その日が来たらすぐにでもおさらばだ。皮肉なもんだよ。人間に近い感情は湧いてくるのに【心の底はそう思っていない】俺達が、守る対象である人間達より長生きするなんてね」
「ああ、俺も隊長と同意見だ。早くこんな仕事終わらせて眠りたいぜ」
「でもな、不思議と死にたくもねぇんだよ。やっぱ目の前で仲間が死ぬのも嫌だし、殺されるのもごめんだ。俺達は死んじまったらどうなるんだ?」
「さぁ? ただ死んでまた再生成で出てくるのが、【俺でなければいい】けどな」
後ろを練り歩く隊長と同じ顔をした十一人の兵士達も、口々に言葉をこぼす。彼らも何やら複雑な境遇のようだが、僕が彼らの感情を【箱舟】から脱出するまでに理解することができるだろうか。
「このような状況になる前、【箱舟】の中の人々の身に何があったのですか? ……失礼かもしれませんが、ここはあまりにも不自然な点が多過ぎます」
「ああ、それは――――なんだっ!?」
隊長が説明しようとしたその時、右側数本向こうの街道で大きな爆発音。硝子や硬い物体の砕ける音と共に、大量の砂煙が路地や街道から噴き出した。誰かが戦っている? 僕らと同様に街へ辿り着いた誰かが、街を警護する警備部隊と交戦しているのか? それにしては戦闘が激し過ぎるような――
「――クソッ!! あいつだっ!! 紅と蒼の部隊を潰した化け物がまた来たぞっ!! 俺を含めた五人班は屋上の狙撃手を回収、残りは拠点に戻って足と銃火器を補充して来いっ!! あんた達は――」
「――すみませんっ!! 僕は一足先に向かいますっ!!」
「ああ? おい、待てっ!?」
隊長の声を背で受けながら、砂煙吹き出す街道を目指し走り出す。派手な爆発音は警備部隊の攻撃によるものかもしれないが、ここまで大規模な戦闘音が続くとなるとお互い無事で済まない。
「なんだかイヤな予感がしないかイ? ウチは一度引き返しテ、彼らと共に行動しても間違いじゃないと思うけド?」
頭上を飛ぶベファーナがニヤニヤと笑いながら、引き返すことを提案してくる。
そんな余裕はない。僕らの知る誰かであれ、この街を守る警備部隊の兵士であれ、今この瞬間も誰かの命が危険にさらされている。ベファーナは最低限の力で無力化し制圧してはくれたが、他の巻き込まれた皆が上手く切り抜けられるかはわからない。それに隊長の発言……僕ら以外の別の存在が、【箱舟】の中で彼らの脅威となっている?
「ポーラ君。君は自分の仲間と彼ら【古代人】の仲間、どちらかしか救えないのだとしたら君はどちらを選ブ? 無論、今彼らを救ったとしてモ、ウチらが脱出するために【箱舟】を停止させてしまえバ、【疑似生命】の彼らは確実に消えル。【古代人】達の精神もネ。彼らが如何に生きた人間のように見えたとしてモ、騙されちゃイケナイ。実体のない霧や幽霊のようなものダ。救ったとして何が変わル?」
「わかりませんっ!! ただの自己満足かもしれないし、僕らの為にもならないかもしれませんっ!! ですが……だからと言って、【天使】である僕が彼らを見捨てて良い理由にはなりません……っ!!」
「イーヒッヒッヒッ!! 君はホントに走り出したら止まらないネェッ!? いいともいいとモッ!! ベファーナちゃんは君の選択に付き合おウッ!! 君がどう悩み選択するかが楽しみだヨッ!!」
固い地面を蹴り、更に走る速度を速めて音源へ急ぐ。神々が彼らを見限ろうとも、精神だけの【偽りの生命】だとしても、矛盾した行動であったとしても……彼らが助けを求めれば応えよう。生きたいと願うならば、生きられる道を模索しよう。連続する選択の先にどんな答えがあるかわからない。だが罪の無い、彼らのように漫然とでも【生きたい】と願っただけの誰かが傷つくのが嫌なんだ。
***
辿り着いた街道、砂煙の中心には見覚えのある二人が一人の【片角の女】を相手に、熾烈な戦いを繰り広げていた。【悪魔の七つ道具】の【鉄線】で動きを止めようとするペントラと、呪詛を纏った黒い尾を引くレイピアを振るうティルレット。その二人の猛攻や拘束を、華奢な体躯の捻りと足捌きによる最低限の動作で躱し、魔術と思われる花弁を周囲へ散らす。そして時折できる連携の小さな隙に、手足の紅黒い籠手や脛当を鞭のように使った体術で反撃する【片角の女】。
肩までかかる程度の紫髪、頭部から生えた片方が切られた紅い二本の角。服装は黒を基調に緑の茨の装飾が入った上半身防具と、紅い薔薇の装飾が入ったフリル付きの短いスカート。体型や服装こそ彼女と違ったが……あまりにもスピカに酷似し過ぎている。
【片角の女】はティルレットのレイピア突きを後方へ大きく飛び跳ねて躱して間合いを取ると、両手を前へ突き出した姿勢で緑色の光を纏い始める。
「ヤバっ!? 早く退け情熱女っ!!」
ペントラの叫びが聞こえたのか、紅い花弁の舞う空間からティルレットが走り抜けて退いてくる。直後に花弁が紅く発光し――周囲の建物や建造物を巻き込んで爆発した。路面に大きな穴が開き、爆風で砕けた石や硝子が周囲へ飛び散る。白黒のメイド服を引き裂かれながらもティルレットは表情を崩さず、足元へ垂れる血を踏みしめ、砂塵の向こうに居る【片角の女】へレイピアを構え直す。
ベファーナと共に建物の物陰から様子を窺っていたが、攻撃の止んだ隙に戦線から少し離れているペントラへ近付く。彼女もこちらの存在に気付いたようで、すぐ傍の大きめの【クルマ】を指差し、影へ身を隠す。
「ポーラも無事だったかいっ!! そっちの【魔女】がなんでここにいるかなんて、今はぶっちゃけどうでもいいっ!! スピカちゃんによく似たアレは何だいっ!? 滅茶苦茶強いじゃないかっ!?」
「スピカだヨ」
「あぁんっ!?」
「えっ!?」
ベファーナは吹き飛びそうになるツギハギ帽子を左手で押さえながら、【片角の女】がスピカであると即答する。僕とペントラは開いた口が塞がらない。
似てはいるが、身長や容姿の年齢が記憶の彼女と一致しない。少女のスピカよりも【片角の女】の方が大人びいていて、魔術や体術の素養が無かったと言っていたにも関わらず、修行を重ね訓練をし、実践経験を積んだ明らかに素人ではない動きや【花弁の魔術】も理解できなかった。
こちらの表情を見て「イーヒッヒッヒ」と笑うベファーナは目を細め、花弁の舞う空間でティルレットと交戦し続ける【片角の女】を指さす。
「驚くのも無理はナイ。十五歳から更に五年前後の成長したスピカの姿だもノ。二人の知る可憐な少女と一致しなくて当然サ」
「五年……どういうことです、ベファーナさん」
「アタシらそんなに長い事寝てたのかい?」
「イヤイヤ。君らは【箱舟】に引き込まれてから数時間程度しか経っちゃいなイ。現実でも五時間程度かナ? ウチらの目の前にいるティルレットは本物だシ、スピカも本物サ。けど一つだけ違う点があるとすれバ、今のスピカは【疑似生命】の兵士達と同じく【箱舟】の【機能】として存在シ、その力を行使してるってことダ――オットォッ!?」
何かに気付いたベファーナがパチリと指を鳴らす。【クルマ】の前へ僕らを覆い隠すように、大きく厚い石壁がせり上がってくる。直後――爆発音と周辺の建物の硝子が割れる音が聞こえ、先程と同じ花弁の爆発が起こったのだと理解した。規模が大きかったのか、ベファーナの背後に見える【クルマ】や建造物が激しい爆風で街道を転がっていくのが見えた。彼女が機転を利かせなければ、僕らは身を隠している【クルマ】の下敷きになっていただろう。
「ヒューッ!! 【魔女】もちゃんとやればできるじゃないのっ!!」
「ウチの話はまだ終わってないからネッ!! 親友と言えど邪魔はさせないヨッ!! ……アア、スピカが【箱舟】と力や存在が直結してる話までしたネ。今のスピカは【魔王】そのもノ。身体に流れる【魔王】の血や保有した膨大な魔力、戦闘経験は【箱舟】の方がある程度補助してるのかもだけド、腐っても一国を統べた【魔王の娘】。仮に本気で五年も鍛えれバ、今のウチらじゃ束になっても勝つのは難しイ。これはあくまでウチの仮説。【箱舟】にそういった意思があるのかどうか分からないガ、スピカを利用して異物であるウチらを排除してようとしてるのかモ?」
戦闘音が鳴りやまない。壁の向こうでまだティルレットは【片角の女】――スピカ相手に戦い続けている。だが、あの傷と出血量……僕らもスピカを止めるのに加わるべきか。
「マジかぁ……あー、それで情熱女はすっ飛んで行ったんだねぇ。……スピカちゃんを止める方法は?」
ペントラは困惑しながらも納得した表情を浮かべ、右手で頭を抱えながらベファーナへ尋ねると、彼女は得意げに鼻で笑った。
「そのイチ、力で捻じ伏せ物理的にスピカを殺して止めル。そのニ、【箱舟】の脳ともいえる部分を破壊して止めル。どこかにこの世界を形創リ、スピカや兵士達へ力を供給し続けてる存在がアル。予想としてはド定番の塔がすっごい怪しいんだけド、魔力を辿れないからあくまで予想だネ。支配下から外れればスピカも元に戻るだろうシ、精神の拘束力が弱まればウチがみんなを引き上げることもできル」
「…………他には?」
「そのサン、【箱舟】の膨大な力がスピカと直結しているのを利用シ、一気に消費させル。一番ウチらも危険な選択だガ、供給元の場所が分からないのなら【箱舟】が機能しなくなるまで過剰に力を使わせればイイ。【箱舟】の力は有限ダ。兵糧戦法も不可能じゃないヨ。力が無くなって世界を維持できなくなれバ、ウチらも解放されル」
指折りしながら、ベファーナは思いつく限りのスピカを止めれるであろう方法を挙げてくれた。一は選択肢にない。精神の【死】が現実へどう影響するかわからないし、彼女を傷付けたくない。二は僕らもスピカも助かり確実性のある方法だが、あの塔に無ければ広い街を探し回らなければいけないうえ時間も掛かる。【箱舟】が起動するまでに発見できるかどうか……。
一番時間を要さない且つ最も危険なのは、スピカの攻撃を耐え続ける第三の選択肢。ティルレットが彼女の猛攻を耐えてくれているが、あのティルレットが深手を負うのだ。【花弁の魔術】に攻撃を躱し反撃する柔軟な体術、一度動き始めれば近付くことさえ危うい。だが【翼の盾】なら……?
「とにかく、あんた達が居るってことは他の連中もこっちに迷い込んでるんだろ? 一旦ここはティルレットと協力して、スピカちゃんから逃げた方がいいさね。あんまりにも戦力的に分が悪……んにゃ、【魔女】のあんたならいけるかい?」
「ムリムリッ!! ウチが全力ならまだしも今は半分ッ!! 残り半分は現実で誰かが君達のように【箱舟】へ引き込まれないよう食い止めてるのサッ!! これがまたまた大変でネ、ザガムや馬にも手伝ってもらってるけどこれ以上はこっちに回せなイッ!! 【冥界】の沙汰は金次第だけド、ウチにはいくら積まれたってどうにもできないヨッ!!」
「アダムやアラネアさん達にもまだ会えていません。巻き込まれているのは確実ですが、皆さんの力が今は必要――」
――『ごっごっ』と鈍い音をたてて、ペントラの背後を白黒の物体が地面を跳ね、転がっていくのが見えた。まさか――
「――御機嫌よう、皆さん」
頭上から声がして、ベファーナの作った石壁の上へ視線を向ける。
燃えるような紅い目を光らせ、顔や籠手を返り血で濡らした――【魔王の娘】が僕らを見下ろしていた。幼さの残る顔立ち、笑顔だと彼女が本人だと分かる程度にはスピカの面影がある。
「ヤァ、親友。自分の家族をぶん殴ってボッコボコにする気分はどうだイ?」
「……なんでお前もいるんですか。まぁ、細かいことはいいです」
ベファーナの姿を見たスピカは不機嫌そうな表情をした後、石壁の上から飛び跳ね、離れた場所にうつぶせで倒れるティルレットの傍へ降り立つ。彼女の左肩には黒い呪詛が纏わり付いたままのレイピアが突き刺さっていたが、スピカは蠢く呪詛を気にすることなく右手で引き抜き、こちらへ向かってゆったりと歩いてくる。黒いヒールが固い地面を歩く音が周囲の建物へ反響し、海風で彼女の持つレイピアの呪術が靡く。
駄目だ。思考が追い付かない。目の前の彼女が本当に【スピカ・アーヴェイン】なのか、背後で倒れこむティルレットをどう助けるか、【箱舟】をどうやって停止させるか……ぐるぐると頭の中を疑問が巡るだけで、優先させるべき明確な指示を脳が出せない。十数歩手前で歩みを止め、スピカは僕らへ握られたレイピアを構える。
「スピカちゃん……あんた本当にスピカちゃんなのかいっ!?」
「ええ。そうですよ、ペントラさん。ボクは【スピカ・アーヴェイン】。【魔王】と呼ばれた【ヴォルガード・アーヴェイン】の一人娘、その人です。お兄さんもペントラさんも信じられないといった表情ですが……お前だけは相変わらずですね」
「イーヒッヒッヒッ!! なんてったって【魔女】だからネッ!! 親友が急に老けたくらいじゃ驚かないヨッ!!」
スピカはスカートを両手の指先で持ち上げ恭しくお辞儀をするが、頭を上げるとニヤニヤと笑うベファーナを睨む。確かに今のスピカに僕達との記憶があることに衝撃を受けたし、それさえも予定調和といった表情で態度を崩さない【魔女】にも驚いた。
「ティルレットや皆さんには申し訳ありませんが、ボクは【こちら側】に付くことにいたしましたので。残り半日も無い時間を、この空っぽの街でご自由にお過ごしください。どうせあなた達が何をしてどうあがいても、【箱舟】の起動は止められませんからね」
彼女の口から出た言葉に、僕の中の感情がまたチリチリと音をたて、少しずつ焼け始めた。拳に力が入り、身体が震える。恐怖ではない、絶望的な力の差に圧倒されているわけでもない。哀しみと入り混じって、教会で祈る片角の少女の姿が揺らぐ。
「スピカさん……何故ですっ!? 【箱舟】に無理矢理操られているのなら――」
「――違います。ボクはボクの明確な意思で、【箱舟】を利用しているのです。【箱舟】が起動すれば、それはそれは現実の【地上界】は大混乱に陥るでしょう。狂い叫び、争いが生まれ、戦火が広がる。……昔と同じように多くの生き物が死滅し、多くの罪のない生き物が命を落とすでしょう。ですが――……それがどうかしましたか?」
「………………っ!?」
軽く微笑んだスピカはティルレットのレイピアを放り投げ、それが僕の足元へと跳ねながら転がってくる。黒く蠢く呪詛は今だ健在で、真っ白なレイピアに絡まったままだ。スピカの右手に呪詛は残っていない。
「圧倒的戦力差。精神世界を作り出せる技術があろうとも、神をも凌駕する【禁術】を有しようとも、魔物達を統べて全ての生命を愛そうとも……雲の上で混乱を待ち望むクソったれな神々には勝てません。いいように踊らされて、屈辱的に殺されるだけです。【天使】も【悪魔】も【人間】も獣人族やドワーフ族も――いつかはアレの気まぐれで簡単に殺されてしまいます」
「………………」
「なら、あいつらに一矢報いるためにはどうすればいいか? 【天使】の【ルシ】やお兄さん達を利用して、世界の常識を変える嫌がらせを仕掛けるか? 【魔女】にでも頼んで【禁術】の一つや二つを【地上界】で流行らせ、己らの無知さで困惑させるか? ……違う、違う違う違う違う違うっ!!」
叫ぶ彼女の周囲に紅い花弁が再び舞い始める。淡く煌めき発光する様子は、まるで火の粉ように見えた。
「それじゃあ足りないっ!! あいつらの創った物を滅茶苦茶に壊すにはまだ足りないっ!! ボクの心にできた傷は一生埋まらないっ!! 父も母もあの国の皆も生き返らないっ!! ボクがクソったれな神々へ復讐するにはもっと手の打ちようも無く、迅速で想定外の規模の変革が必要なんですっ!! お兄さんやボクがかつて望んだような平和な世界を築き上げるより、終わらせることの方が圧倒的に早いことに気付いてしまったんですよっ!! 細く不安定ないつ死ぬかも分からない道を歩む必要もないし、直ぐに【天界】で呑気しているクソったれ共の慌てふためく顔を拝むことができるっ!!」
見開いた眼で口元を笑みで歪ませ、スピカは切れた方の角を擦る。周囲に舞う花弁が切れた角の先端へ集まり、徐々に切られていない方の角と同じ形を作っていく。
「自分がかつて身勝手に滅ぼせたと思った存在に、創った世界を壊されるんです。……それって、最高の展開じゃないですか?」
彼女がそう言い切る頃には切られた角が完全に再生し、痕跡もないほど左右の均整が取れた自然な形となった。そしてスピカは右手を僕へと差し伸べ、言葉を続ける。
「お兄さんは……あの日、あの教会でボクを導いてくれると誓ってくれました。どんなにボクが歪でも、理不尽な世界を抗って生きようとするボク達を美しく、正しいと言ってくれました――」
――【 】を縛る感情が焼ける。チリチリと。名前の無いその感情が、哀しみさえも焦がして心を満たそうとしていた。それが溢れ出ないよう、更に強く【 】を感情で締め付ける。囚われないように、見ないように、ひたすら十年間縛ってきた【 】は、思考までも燃やしていく。
記憶の中の教会が燃え、角の生えた聖母が炎の中に倒れ込む。色硝子が割れ、教会の屋根に取り付けられた十字架が落ちると共に、天井が崩れ――何もかもが焼け崩れていく。僕は教会の外で膝から崩れ落ち、その光景を眺めていた。救えなかった。覚悟が足りなかった。力が足りなかった。様々な思考が頭を巡る。業火で完全に覆われた教会の前には両手を掲げ、黒い鎧を身に着けた【薔薇の魔王】の姿が目に留まる。
【薔薇の魔王】は振り返り、こちらへ手を差し伸べ、告げる。
――ボクに――【天使】の導きがあらんことを――
「――……僕は【変わらない】」
「…………はい?」
足元に転がるレイピアを拾い上げる。黒い呪詛がレイピアから指、手、腕を伝い、身体へと流れ込んでくる。蟲のように蠢く呪詛はとても熱く、不規則に身体の表面を這う度に痛みを感じた。ティルレットはこんなものを常日頃から抑え込んでいたのか。
こちらの返事に中途半端な笑みを浮かべた表情で、【魔王】の皮を被った少女は固まる。
「僕の心を焼いていくこの感情。これはきっと、誰もが当たり前に抱いている感情なんでしょう。そのまま身を委ね、投げ出してしまってもいいかもしれないと思ってしまう。それほどまでにこの感情は力強く、引き換えに多くのものを失う感情です」
「お兄さんは……何の話をしているのですか?」
右手のレイピアを強く握り、【信仰の力】を徐々に纏わせ乗せていく。いつもは透明な翼に呪詛が混じって、少しだけくすんだ色になる。ほんの少しだけだ。でも、今は僕だけの力じゃ目の前の壁を乗り越えられない。
「独りで悩み、考え、潰れてしまう。孤独だと感じてしまった時、人は誰でも弱くなってしまいます。だからこんな感情にさえ簡単に支配されてしまう。……今のスピカさんが話したように何もかも断ち切って、壊したくなるのも理解できた気がします。そうすれば大事な人を失う不安に怯えることも、他人からの信頼を気に病む必要もなくなりますから」
「!?」
一歩前に歩むと、少女は差し伸べた手を引いて一歩下がる。
そうだ――踏み出す。彼女のように、情熱的に。
死に近過ぎて息が詰まりそうになったら生の方へ。溢れる生に溺れそうになったら静かな死の方へ。
死生の狭間。逝ったり来たりを繰り返す。
そうして自分にとって居心地の良い場所を見つけて、ティルレットはこれを自分のものとした。
「……僕も失うのが怖くて独りで背負いこみ、独りでなんとかしようと考えるようになっていました。多分、少しでも踏み間違えれば、僕も今のスピカさんと同じ側になっていたのでしょう」
もう一歩踏み出し、左腕に伝った【信仰の力】で【翼の盾】を作る。いつもより少しだけ大きくて、少しくすんだ【翼の盾】とレイピア。呪詛は消えず絵の具のように揺らめき、柔軟に形を変える強い芯となる。
戸惑い後退る彼女の周囲に、再び紅い花弁が舞い始めた。今にも爆発しそうに強く発光する花弁を僕は【受け入れ】、更に前へと進む。盾やレイピアに付いた花弁は溶け混じり、絵の具を水へ付け足していくように色が広がっていく。それでも完全には染まり切らず、透明な部分を残して【呪詛の黒】と【花弁の紅】が混ざり合う。レイピアを更に細くしていき、元の握られたレイピアよりも一回り大きい程度にまで縮小した。
少しだけ左右の腕が重くなった気がするが、その分力強くなった気もする。扱う僕自身はきっと弱いままだろうが。
「あの時、何故スピカさんが怒ったのかわかりませんでした。……ですが今のスピカさんを見て、その気持ちをようやく理解することが出来ました。前向きに、恐れてもいいから抱え込まず、皆さんの力と知恵で世界を変えていく。不安で倒れそうになった時は皆さんに支えてもらう代わりに、僕も皆さんを一緒に支えます。僕ら【天使】に足りない感情は……皆さんにとっては有って当たり前な感情なんでしょうね」
「い……嫌だっ!! ……ボクは――――ボクはもう、あんな苦しい世界で生きたくないんですよっ!!」
踏み込んで、頭を砕くべく彼女は右拳を突き出す。【翼の盾】を構えてそれを受け止め、追撃の回し蹴りを細くなったレイピアで僅かに軌道を逸らし、【翼の盾】が蹴り上げられ――返しの脳天目掛けたかかと落としを、レイピアで強引に受け止める。体へ伝わる衝撃こそ凄かったが、細いレイピアはひびや傷など損傷することなく受け止めてくれた。
周囲に紅い花弁が舞い、起爆しようと輝き始める。咄嗟に空いていた左の【翼の盾】を街道へ叩きつけ、盾が【欠けた】衝撃で周囲の花弁が上空に舞い上がると同時に、爆発音が頭上から聞こえた。耳鳴りが酷く、彼女の動きに対応するのが遅れて腹を強く殴られる。
吹き飛ばされた勢いのままに転がり、ベファーナやペントラの居る所でようやく止まって起き上がる。口から出た血をコートの袖で拭い、痛みと衝撃にふらつき震えながらもどうにか立つ。
「だ、大丈夫かいポーラっ!?」
後ろからペントラが両肩を支えて、ようやく両足で安定して立てた。
「……全然、大丈夫じゃないです。やっぱり僕は弱いままなので、皆さんに支えてもらわないと駄目みたいです」
「へ? ……くっ……ふふふっ!! 何だいそりゃぁっ!? あーっはっはっはっはっ!!」
「……なんで笑うんですか」
「いやぁごめんっ!! 笑うところじゃないんだろうけど……あんたが弱音吐くなんて珍しいなってさ」
嫌な顔せず嬉しそうに笑うペントラの顔を見て、腕へかかる重みが少しだけ軽くなった気がした。正面を見据える。スピカが両手で花弁を固め、真っ赤な【杭】を作っていた。あの技はよく知っている、ローグメルクの【生成術】で作る【杭】だ。なら【僕達】はそれを受け止めるまで。
「ペントラさん、魔力を僕の盾へ流すことはできますか? ベファーナさんもお願いします」
「ん、それぐらいお安い御用だ。受け止めるんだろ? 支えてやるからしっかりやりなよっ!!」
「イーヒッヒッヒッ!! 任せてチョーダイナッ!! ウチの魔力があればあんな枝っ切れで貫けるわけないヨッ!!」
「……ありがとうございます」
皆を隠すように、紅黒入り混じった半透明の【翼の盾】を正面に広げていく。パチリとベファーナが指を鳴らすと盾は発光し、ペントラが僕の肩を支える手も熱くなる。くすんでいた視界が晴れて――翼の向こうにいるスピカの姿をはっきりと目が捉えた。
「アアアアアァッ!!」
奮い起こした叫びと共に、【杭】が投げられるとほぼ同時に盾へ着弾。紅い花弁を撒き散らしながら、食い破ろうと回転し続ける【杭】。屋上から【銃】を撃たれた時と比にならない威力と重みがある筈なのに、二人の補助で吹き飛ばされることなく安定している。これなら――
「――まぁだぁまぁだあぁあああっ!!」
「――――――っ!?」
叫び声と共に更に衝撃が二つ、三つ、四つとたて続けに来る。舞い散る花弁の量が更に増し、彼女の姿がこちらから見えなくなるほどだ。連続して【杭】を投げて来たか。流石に……重たい……。六、七、八――――止むことのない衝撃に、殴られた腹部の痛みがぶり返し、喉奥から血がせり上がる。吐血を堪え、十本を超えた【杭】に後ろへ徐々に押されている。
十三……十四。増え続けていた衝撃が十四本目で止み、【杭】が盾の表面を回転して削る音に混じり、僅かにヒールで走る音が近付いて来ているのが聞こえた――――今だ。
【翼の盾】をレイピアで突き刺し亀裂を入れ、内側から破壊する。崩壊すると同時に蓄積されていた威力が一度に爆発し、【杭】や花弁が周囲へ吹き飛び豪風と共に視界が一気に晴れた。数歩先には両腕で衝撃と爆風に耐えるスピカの姿。足を踏み出し――二歩――一歩――レイピアで彼女が再生した角の部分を的確に突く。その部分は手応え無く紅い花弁となって風に舞い、どこかへと飛んで消えていった。
役目を終えたように右手へ握っていたレイピア本体もボロボロと壊れ、包んでいた羽も支えを失い、霧のように風に乗って霧散した。放心状態で立ち尽くすスピカ。……もしかしたら、昔切り落とされた時の【勇者】の姿と重なって見えたのかもしれない。
【契約悪魔】のローグメルクにティルレット、シスター、ドルロス夫妻にアラネア、そしてベファーナ。どれだけ今は幸せに囲まれていようとも、いつか失ってしまうのではないか。新しくできた大切な人達も同時に失ってしまうのではないかと心の奥底、見えない所で彼女も独り悩んでいた――僕と同じだ。
改めて彼女の右手を取り、あの日のように目を合わせて、もう一つの誓いを立てる。
「……【導きの天使】として、僕は迷えるあなたを導きましょう。ただ……僕が迷える時は、あなたを含めた皆さんで僕を導いてください。迷ったり、悩んだり……泣いて孤独の怒りをぶつけていただいても構いません。あなたがどんなに嫌ったとしても傍にいて、変わらずあなたの力になりましょう。そして僕も……もう少し皆さんを頼って、自分を大事にします。大丈夫です。僕は変わらず、ここにいますから」
彼女は震える手で僕の手を握り返す。今にも泣きだしそうに涙をためる表情は、記憶のスピカと同じだ。
「なんで……お兄さんは、ボクを怒らないんですかぁ……て、ティルレットもぉ……」
「――不肖、ティルレット。如何なる時も、スピカお嬢様のお傍に居ります。例え物理的に距離が離れていようとも、心は主君と共に。スピカお嬢様はご自身が思われているより、周囲の者はあなた様に支えられているのでございます。故に、不肖や司祭も寛容になるのです」
やれやれといった表情のペントラに支えられながら、ティルレットはポケットから取り出した白いハンカチで主の頬を伝う涙を拭う。すいすいと宙を箒で飛ぶベファーナは、満足げにその光景を無言で眺める。冷やかしの一つでも言うかと思ったが、流石に空気読んだのかもしれない。
***
……すごく言い辛い。煽るような発言も、全部お兄さん達と敵対するための【演技】だったなんて、今更言えない空気になってしまった。
ベファーナの口車に乗せられ【箱舟の防衛機能】として潜り込んだはいいものの、【箱舟】側が想定している【大雑把な敵対概念】に抵触しないと、【防衛機能】として魔力を行使できないってのは先に教えて欲しかった。ティルレットとベファーナはグルですが、お兄さんとペントラさんはマジなので、二人に関してはボクが【箱舟】に魅入られて闇堕ちしたとか思ってそうです。
〈イーヒッヒッヒッ!! マアマア、落ち着きなッテッ!! こうした方が【箱舟本体】を探し回るよりも手っ取り早かったんだからサッ!? イヤー、砂浜に突っ込んでまで【裏道】を探した甲斐があったヨ。実に自然な演技だったネッ!! 領地の皆で劇団でも立ち上げテ、街でお芝居の一つや二つでもやったらスッゴク儲かりそうジャンッ!? ン~、特別に百点満点中千点あげちゃウッ!! イーヒッヒッヒッ!!〉
上からニタニタ笑いで見下ろす【魔女】の声が、頭の中に反響する。何言ってんだこのクソったれ【魔女】。……ティルレットもだ。彼女はボクの命令に躊躇しないので、簡単な説明だけして演出として戦ってはくれましたが、自分で肩へレイピア突き刺して無理矢理お兄さんへ渡そうとするとか、正気の沙汰じゃないと思うんですけど。誰がそこまでやれと言った。
……とはいえです。ボクも流れでお兄さんと本気で殴り合いをしてしまいました。途中いい感じのボディーブローが入ってしまって、お兄さん吐血してふらふらですし……え、死なないですよね? 精神世界で死んだらどうなるかとか全く説明されてないんですけど、ボク下手したらお兄さん殺した大戦犯になりますよ? 大丈夫ですよね? え?
「…………っうぶ!?」
口元を右手で抑え、お兄さんは僕らへ背を向けて吐血した。ペントラは「大丈夫かいっ!?」とティルレットを支えたまま、お兄さんの元へ駆け寄って心配そうに見つめる。【信仰の力】で他者の力を取り込み【翼の盾】やレイピアの強度が上がっても、お兄さん自身の身体能力は人並みと【変わってない】。それが彼の染まり切らない透明な強さなのかもしれないが、同時に脆さでもある。
いや、それどころじゃない。どうにかして応急手当だけでも。今ならそれっぽい魔術も使えますし、せめてお兄さんを怪我させた自分の失態くらいは――
「――オイオイ、随分と手酷くやられてんじゃないカ? ダ・ガ・シ・カ・シッ!! 幸いベファーナちゃんは【魔女】だから治癒系統の魔術にも明るイッ!! ウゥム、消化器官がやられてるのかモ? シスターのように完全には治せずとモ、増血と止血程度はできるかナ」
見計らったのようにお兄さんの前へベファーナが降り立ち、軽く触診しながら手早く容態を確認し、治療のためにその場で横へなるよう促す。タイミングが完璧すぎるんですけど、わざとですよね?
「……ありがとう、ございます。ベファーナさんには……今回助けられっぱなしです」
「イイッテイイッテッ!! ウチとポーラ君の仲じゃないカッ!! これからも遠慮なくウチを頼ってくレッ!! どんな時でもウチは親友の力になろウッ!! どっかの誰かさんと違ってネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
「………………」
今回だけは言い返せそうにない。【箱舟】からの魔力供給も止まり、もう派手で威力の高い魔術は使えない。今のボクがティルレットと戦ったら、間違いなく負ける程度には。……これで【箱舟】が起動する前に止めれたと考えていいんですかね?
「イヤァ、そうは問屋が何とやらってネ。スピカ以外ニ、【箱舟】側へ自らの意思で傾いた奴が一人いル。そいつがマァ強い強イ。元の素質が良かったのもあるんだろウ。ただ彼女の場合、どうしようもないくらい暗くて底が無イ。スピカを二割とするなラ、あっちが八割ってところだろうネ」
「は? そんなの一言も聞いてないんですけど?」
「そりゃそうだヨッ!! 君を強引に【箱舟】へくっつけたのハ、彼女に主導権を握らせない為でもあったんだからサッ!! 【敵を騙すならまず味方かラ】。兵法の基本ダロォ? アア、イケナイイケナイッ!! コッチは二人だけの秘密だったネェッ!? イーヒッヒッヒッ!!」
「お、おまあぁえぇっ!? 話が全然違うじゃないですかあぁっ!?」
治療の施術中なので、背中を思いっきり蹴り飛ばしたいのを堪える。が、ボクの心の声までは抑えきれなかった。施術されているお兄さんとペントラがこちらを向く。……やってしまった。
「……どういうことだい? スピカちゃん?」
「ベファーナさんもです……僕達に、何か隠し事してますよね」
ティルレットもボクの顔を見て左右へ首を振り、もう隠し通すのは無理だと伝える。二人の刺さるような疑惑の視線に、切られた角を撫でながら一呼吸置き、その場へストンと膝を折り曲げ正座した。
「え~っと~……ハイ、ゴメンナサイ。ボクとティルレットとそこの【魔女】は、グルになって二人を騙してました。叶う事ならさっきまでのお二人へした大変失礼な発言全部を、水に流していただけると助かります。……えー……そのー……えへっ?」
その後ペントラさんにボクら三人はかなり怒られましたが、お兄さんがやんわりなだめて事なきを得ました。
でも、言葉を真に受けたあなたの雰囲気が普段と違って、気圧されたのは嘘じゃない。変わりそうになるあなたを怖いと思い、苦しげなあなたをこれ以上傷付けたくないとも感じました。あなたは自分を弱いと言うけども、感情に流されないよう……必至で自分の心を縛っている。
その【信仰の力】は他者を守る為のもの。ルシの【銃】、アダムの【槍と剣】、アポロの【腕】とも違う。硬く脆く、相手を極力傷付けない、柔軟で思いやりのある力。だが一歩間違えれば相手の力を取り込み、あらゆる攻撃を弾き返し無慈悲に叩き潰す、とても強力な力。
だからボクは願う。あなたが何色にも染まり切らず、皆の祈りに潰されてしまわないよう、そのままであって欲しいと。
それはきっとボクだけじゃない。あなたを取り巻く全ての人の願いです。
兵士の内何人かは彼女が何を【狂わせた】か【銃】を分解し、【クルマ】の様々な部分を開いては下へ潜り込んで原因を調べていたが判明しなかったのか、【銃】を【クルマ】へ押し入れ屋上の仲間を回収したいと提案してきた。代えのある道具より命の方が惜しいと鬼気迫る様子だったので、僕とベファーナもそれを了承して現在に至る。
不思議なことに、ベファーナは【箱舟】の中でも他人の【思考】を覗き見ることができるが、僕は彼らの【思考】を読み取ることができない。ここが【箱舟】という特殊な精神世界だからなのか、それとも彼らが神々に滅ぼされてしまった【古代人】だからか。……あまり考えたくはないが、神々の【人間】という線引きに彼らが含まれていないのだとしたら複雑だ。
「皆さんはこの街を警護する自警団や兵士のようなものですか?」
先頭を歩く赤い腕章を付け隊長と名乗った、短い金髪の兵士へ尋ねる。
「……俺達は一人の人間を基に作られた【箱舟中央区・警備部隊】だ。白・黒・紅・蒼――……各隊は統一された色の装備で身を包み、街の様々な場所を【箱舟】が再び安全な未来へと辿り着くまで警護していた。少なくとも、五千百三十七年と八ヵ月前まではそうだった」
「え……はい?」
「だから、五千百三十七年と八ヵ月前だ。俺が何かおかしなことを言ったか?」
隊長は聞き直したのを不思議に思ったのか、眉間に皺を寄せて振り返る。一人の人間を元に作られた? 部下の兵士が隊長と同じ顔立ちをしているので、兄弟か血縁関係のある者達が集まり部隊を組んでいるのかと想像していたが。……それにベファーナは、人間の精神が五千年以上も保てるわけがないとも言っていた。しかも全く話が通じないほど【錯乱】しているわけでも無い。
最初こそ好戦的な態度だったものの、アレウス氏と同じく常識や良心の無い人間では無いように見える。五千百三十七年と八ヵ月間……彼らはどうやって狂わず、今日まで生き延びてきたのだろうか。
「ハハァ、ナルホド? 君達は元を辿れば一人の人間ではあるガ、【箱舟】の一部――つまり外敵から自動で街を守る【機能】ってわけダ。だから精神がほぼ常に安定しているシ、都合が悪くなれば消して再生産で補えル」
「?」
「ポーラ君、彼らはウチが【魔物】の死体や土で作る【疑似生命】みたいなものだヨ。意志を持ったゴーレムと呼んでもイイ。一人一人を人間らしク、感情豊かにした感じだネ」
箒で並走して低く街道上を飛ぶベファーナは、【翼の盾】で防いだ【銃弾】を指先でくるくる回しながら説明する。
となると彼らは人間ではなく【概念的な何か】であり、使役者である【箱舟】の命に従いこの街を守護している? だが、彼ら街を警護する任より自身らの死を恐れる。ゴーレムや死体を繋ぎ合わせた歪な【疑似生命】ではなく、遥かに【人】として完成していた。……それでも彼らは【疑似生命】なのか。
「俺達は【ノア】という男がモデルになっている。感情が豊かに見えるのも【箱舟】に脳を直結されている彼の影響だろうさ。【偶像神】でもある彼が目を覚まさない限り、俺達は【箱舟】に存在するこの街を拠点の【人工生成機】を使って銃や食い物を作りながら警護し続けるし、その日が来たらすぐにでもおさらばだ。皮肉なもんだよ。人間に近い感情は湧いてくるのに【心の底はそう思っていない】俺達が、守る対象である人間達より長生きするなんてね」
「ああ、俺も隊長と同意見だ。早くこんな仕事終わらせて眠りたいぜ」
「でもな、不思議と死にたくもねぇんだよ。やっぱ目の前で仲間が死ぬのも嫌だし、殺されるのもごめんだ。俺達は死んじまったらどうなるんだ?」
「さぁ? ただ死んでまた再生成で出てくるのが、【俺でなければいい】けどな」
後ろを練り歩く隊長と同じ顔をした十一人の兵士達も、口々に言葉をこぼす。彼らも何やら複雑な境遇のようだが、僕が彼らの感情を【箱舟】から脱出するまでに理解することができるだろうか。
「このような状況になる前、【箱舟】の中の人々の身に何があったのですか? ……失礼かもしれませんが、ここはあまりにも不自然な点が多過ぎます」
「ああ、それは――――なんだっ!?」
隊長が説明しようとしたその時、右側数本向こうの街道で大きな爆発音。硝子や硬い物体の砕ける音と共に、大量の砂煙が路地や街道から噴き出した。誰かが戦っている? 僕らと同様に街へ辿り着いた誰かが、街を警護する警備部隊と交戦しているのか? それにしては戦闘が激し過ぎるような――
「――クソッ!! あいつだっ!! 紅と蒼の部隊を潰した化け物がまた来たぞっ!! 俺を含めた五人班は屋上の狙撃手を回収、残りは拠点に戻って足と銃火器を補充して来いっ!! あんた達は――」
「――すみませんっ!! 僕は一足先に向かいますっ!!」
「ああ? おい、待てっ!?」
隊長の声を背で受けながら、砂煙吹き出す街道を目指し走り出す。派手な爆発音は警備部隊の攻撃によるものかもしれないが、ここまで大規模な戦闘音が続くとなるとお互い無事で済まない。
「なんだかイヤな予感がしないかイ? ウチは一度引き返しテ、彼らと共に行動しても間違いじゃないと思うけド?」
頭上を飛ぶベファーナがニヤニヤと笑いながら、引き返すことを提案してくる。
そんな余裕はない。僕らの知る誰かであれ、この街を守る警備部隊の兵士であれ、今この瞬間も誰かの命が危険にさらされている。ベファーナは最低限の力で無力化し制圧してはくれたが、他の巻き込まれた皆が上手く切り抜けられるかはわからない。それに隊長の発言……僕ら以外の別の存在が、【箱舟】の中で彼らの脅威となっている?
「ポーラ君。君は自分の仲間と彼ら【古代人】の仲間、どちらかしか救えないのだとしたら君はどちらを選ブ? 無論、今彼らを救ったとしてモ、ウチらが脱出するために【箱舟】を停止させてしまえバ、【疑似生命】の彼らは確実に消えル。【古代人】達の精神もネ。彼らが如何に生きた人間のように見えたとしてモ、騙されちゃイケナイ。実体のない霧や幽霊のようなものダ。救ったとして何が変わル?」
「わかりませんっ!! ただの自己満足かもしれないし、僕らの為にもならないかもしれませんっ!! ですが……だからと言って、【天使】である僕が彼らを見捨てて良い理由にはなりません……っ!!」
「イーヒッヒッヒッ!! 君はホントに走り出したら止まらないネェッ!? いいともいいとモッ!! ベファーナちゃんは君の選択に付き合おウッ!! 君がどう悩み選択するかが楽しみだヨッ!!」
固い地面を蹴り、更に走る速度を速めて音源へ急ぐ。神々が彼らを見限ろうとも、精神だけの【偽りの生命】だとしても、矛盾した行動であったとしても……彼らが助けを求めれば応えよう。生きたいと願うならば、生きられる道を模索しよう。連続する選択の先にどんな答えがあるかわからない。だが罪の無い、彼らのように漫然とでも【生きたい】と願っただけの誰かが傷つくのが嫌なんだ。
***
辿り着いた街道、砂煙の中心には見覚えのある二人が一人の【片角の女】を相手に、熾烈な戦いを繰り広げていた。【悪魔の七つ道具】の【鉄線】で動きを止めようとするペントラと、呪詛を纏った黒い尾を引くレイピアを振るうティルレット。その二人の猛攻や拘束を、華奢な体躯の捻りと足捌きによる最低限の動作で躱し、魔術と思われる花弁を周囲へ散らす。そして時折できる連携の小さな隙に、手足の紅黒い籠手や脛当を鞭のように使った体術で反撃する【片角の女】。
肩までかかる程度の紫髪、頭部から生えた片方が切られた紅い二本の角。服装は黒を基調に緑の茨の装飾が入った上半身防具と、紅い薔薇の装飾が入ったフリル付きの短いスカート。体型や服装こそ彼女と違ったが……あまりにもスピカに酷似し過ぎている。
【片角の女】はティルレットのレイピア突きを後方へ大きく飛び跳ねて躱して間合いを取ると、両手を前へ突き出した姿勢で緑色の光を纏い始める。
「ヤバっ!? 早く退け情熱女っ!!」
ペントラの叫びが聞こえたのか、紅い花弁の舞う空間からティルレットが走り抜けて退いてくる。直後に花弁が紅く発光し――周囲の建物や建造物を巻き込んで爆発した。路面に大きな穴が開き、爆風で砕けた石や硝子が周囲へ飛び散る。白黒のメイド服を引き裂かれながらもティルレットは表情を崩さず、足元へ垂れる血を踏みしめ、砂塵の向こうに居る【片角の女】へレイピアを構え直す。
ベファーナと共に建物の物陰から様子を窺っていたが、攻撃の止んだ隙に戦線から少し離れているペントラへ近付く。彼女もこちらの存在に気付いたようで、すぐ傍の大きめの【クルマ】を指差し、影へ身を隠す。
「ポーラも無事だったかいっ!! そっちの【魔女】がなんでここにいるかなんて、今はぶっちゃけどうでもいいっ!! スピカちゃんによく似たアレは何だいっ!? 滅茶苦茶強いじゃないかっ!?」
「スピカだヨ」
「あぁんっ!?」
「えっ!?」
ベファーナは吹き飛びそうになるツギハギ帽子を左手で押さえながら、【片角の女】がスピカであると即答する。僕とペントラは開いた口が塞がらない。
似てはいるが、身長や容姿の年齢が記憶の彼女と一致しない。少女のスピカよりも【片角の女】の方が大人びいていて、魔術や体術の素養が無かったと言っていたにも関わらず、修行を重ね訓練をし、実践経験を積んだ明らかに素人ではない動きや【花弁の魔術】も理解できなかった。
こちらの表情を見て「イーヒッヒッヒ」と笑うベファーナは目を細め、花弁の舞う空間でティルレットと交戦し続ける【片角の女】を指さす。
「驚くのも無理はナイ。十五歳から更に五年前後の成長したスピカの姿だもノ。二人の知る可憐な少女と一致しなくて当然サ」
「五年……どういうことです、ベファーナさん」
「アタシらそんなに長い事寝てたのかい?」
「イヤイヤ。君らは【箱舟】に引き込まれてから数時間程度しか経っちゃいなイ。現実でも五時間程度かナ? ウチらの目の前にいるティルレットは本物だシ、スピカも本物サ。けど一つだけ違う点があるとすれバ、今のスピカは【疑似生命】の兵士達と同じく【箱舟】の【機能】として存在シ、その力を行使してるってことダ――オットォッ!?」
何かに気付いたベファーナがパチリと指を鳴らす。【クルマ】の前へ僕らを覆い隠すように、大きく厚い石壁がせり上がってくる。直後――爆発音と周辺の建物の硝子が割れる音が聞こえ、先程と同じ花弁の爆発が起こったのだと理解した。規模が大きかったのか、ベファーナの背後に見える【クルマ】や建造物が激しい爆風で街道を転がっていくのが見えた。彼女が機転を利かせなければ、僕らは身を隠している【クルマ】の下敷きになっていただろう。
「ヒューッ!! 【魔女】もちゃんとやればできるじゃないのっ!!」
「ウチの話はまだ終わってないからネッ!! 親友と言えど邪魔はさせないヨッ!! ……アア、スピカが【箱舟】と力や存在が直結してる話までしたネ。今のスピカは【魔王】そのもノ。身体に流れる【魔王】の血や保有した膨大な魔力、戦闘経験は【箱舟】の方がある程度補助してるのかもだけド、腐っても一国を統べた【魔王の娘】。仮に本気で五年も鍛えれバ、今のウチらじゃ束になっても勝つのは難しイ。これはあくまでウチの仮説。【箱舟】にそういった意思があるのかどうか分からないガ、スピカを利用して異物であるウチらを排除してようとしてるのかモ?」
戦闘音が鳴りやまない。壁の向こうでまだティルレットは【片角の女】――スピカ相手に戦い続けている。だが、あの傷と出血量……僕らもスピカを止めるのに加わるべきか。
「マジかぁ……あー、それで情熱女はすっ飛んで行ったんだねぇ。……スピカちゃんを止める方法は?」
ペントラは困惑しながらも納得した表情を浮かべ、右手で頭を抱えながらベファーナへ尋ねると、彼女は得意げに鼻で笑った。
「そのイチ、力で捻じ伏せ物理的にスピカを殺して止めル。そのニ、【箱舟】の脳ともいえる部分を破壊して止めル。どこかにこの世界を形創リ、スピカや兵士達へ力を供給し続けてる存在がアル。予想としてはド定番の塔がすっごい怪しいんだけド、魔力を辿れないからあくまで予想だネ。支配下から外れればスピカも元に戻るだろうシ、精神の拘束力が弱まればウチがみんなを引き上げることもできル」
「…………他には?」
「そのサン、【箱舟】の膨大な力がスピカと直結しているのを利用シ、一気に消費させル。一番ウチらも危険な選択だガ、供給元の場所が分からないのなら【箱舟】が機能しなくなるまで過剰に力を使わせればイイ。【箱舟】の力は有限ダ。兵糧戦法も不可能じゃないヨ。力が無くなって世界を維持できなくなれバ、ウチらも解放されル」
指折りしながら、ベファーナは思いつく限りのスピカを止めれるであろう方法を挙げてくれた。一は選択肢にない。精神の【死】が現実へどう影響するかわからないし、彼女を傷付けたくない。二は僕らもスピカも助かり確実性のある方法だが、あの塔に無ければ広い街を探し回らなければいけないうえ時間も掛かる。【箱舟】が起動するまでに発見できるかどうか……。
一番時間を要さない且つ最も危険なのは、スピカの攻撃を耐え続ける第三の選択肢。ティルレットが彼女の猛攻を耐えてくれているが、あのティルレットが深手を負うのだ。【花弁の魔術】に攻撃を躱し反撃する柔軟な体術、一度動き始めれば近付くことさえ危うい。だが【翼の盾】なら……?
「とにかく、あんた達が居るってことは他の連中もこっちに迷い込んでるんだろ? 一旦ここはティルレットと協力して、スピカちゃんから逃げた方がいいさね。あんまりにも戦力的に分が悪……んにゃ、【魔女】のあんたならいけるかい?」
「ムリムリッ!! ウチが全力ならまだしも今は半分ッ!! 残り半分は現実で誰かが君達のように【箱舟】へ引き込まれないよう食い止めてるのサッ!! これがまたまた大変でネ、ザガムや馬にも手伝ってもらってるけどこれ以上はこっちに回せなイッ!! 【冥界】の沙汰は金次第だけド、ウチにはいくら積まれたってどうにもできないヨッ!!」
「アダムやアラネアさん達にもまだ会えていません。巻き込まれているのは確実ですが、皆さんの力が今は必要――」
――『ごっごっ』と鈍い音をたてて、ペントラの背後を白黒の物体が地面を跳ね、転がっていくのが見えた。まさか――
「――御機嫌よう、皆さん」
頭上から声がして、ベファーナの作った石壁の上へ視線を向ける。
燃えるような紅い目を光らせ、顔や籠手を返り血で濡らした――【魔王の娘】が僕らを見下ろしていた。幼さの残る顔立ち、笑顔だと彼女が本人だと分かる程度にはスピカの面影がある。
「ヤァ、親友。自分の家族をぶん殴ってボッコボコにする気分はどうだイ?」
「……なんでお前もいるんですか。まぁ、細かいことはいいです」
ベファーナの姿を見たスピカは不機嫌そうな表情をした後、石壁の上から飛び跳ね、離れた場所にうつぶせで倒れるティルレットの傍へ降り立つ。彼女の左肩には黒い呪詛が纏わり付いたままのレイピアが突き刺さっていたが、スピカは蠢く呪詛を気にすることなく右手で引き抜き、こちらへ向かってゆったりと歩いてくる。黒いヒールが固い地面を歩く音が周囲の建物へ反響し、海風で彼女の持つレイピアの呪術が靡く。
駄目だ。思考が追い付かない。目の前の彼女が本当に【スピカ・アーヴェイン】なのか、背後で倒れこむティルレットをどう助けるか、【箱舟】をどうやって停止させるか……ぐるぐると頭の中を疑問が巡るだけで、優先させるべき明確な指示を脳が出せない。十数歩手前で歩みを止め、スピカは僕らへ握られたレイピアを構える。
「スピカちゃん……あんた本当にスピカちゃんなのかいっ!?」
「ええ。そうですよ、ペントラさん。ボクは【スピカ・アーヴェイン】。【魔王】と呼ばれた【ヴォルガード・アーヴェイン】の一人娘、その人です。お兄さんもペントラさんも信じられないといった表情ですが……お前だけは相変わらずですね」
「イーヒッヒッヒッ!! なんてったって【魔女】だからネッ!! 親友が急に老けたくらいじゃ驚かないヨッ!!」
スピカはスカートを両手の指先で持ち上げ恭しくお辞儀をするが、頭を上げるとニヤニヤと笑うベファーナを睨む。確かに今のスピカに僕達との記憶があることに衝撃を受けたし、それさえも予定調和といった表情で態度を崩さない【魔女】にも驚いた。
「ティルレットや皆さんには申し訳ありませんが、ボクは【こちら側】に付くことにいたしましたので。残り半日も無い時間を、この空っぽの街でご自由にお過ごしください。どうせあなた達が何をしてどうあがいても、【箱舟】の起動は止められませんからね」
彼女の口から出た言葉に、僕の中の感情がまたチリチリと音をたて、少しずつ焼け始めた。拳に力が入り、身体が震える。恐怖ではない、絶望的な力の差に圧倒されているわけでもない。哀しみと入り混じって、教会で祈る片角の少女の姿が揺らぐ。
「スピカさん……何故ですっ!? 【箱舟】に無理矢理操られているのなら――」
「――違います。ボクはボクの明確な意思で、【箱舟】を利用しているのです。【箱舟】が起動すれば、それはそれは現実の【地上界】は大混乱に陥るでしょう。狂い叫び、争いが生まれ、戦火が広がる。……昔と同じように多くの生き物が死滅し、多くの罪のない生き物が命を落とすでしょう。ですが――……それがどうかしましたか?」
「………………っ!?」
軽く微笑んだスピカはティルレットのレイピアを放り投げ、それが僕の足元へと跳ねながら転がってくる。黒く蠢く呪詛は今だ健在で、真っ白なレイピアに絡まったままだ。スピカの右手に呪詛は残っていない。
「圧倒的戦力差。精神世界を作り出せる技術があろうとも、神をも凌駕する【禁術】を有しようとも、魔物達を統べて全ての生命を愛そうとも……雲の上で混乱を待ち望むクソったれな神々には勝てません。いいように踊らされて、屈辱的に殺されるだけです。【天使】も【悪魔】も【人間】も獣人族やドワーフ族も――いつかはアレの気まぐれで簡単に殺されてしまいます」
「………………」
「なら、あいつらに一矢報いるためにはどうすればいいか? 【天使】の【ルシ】やお兄さん達を利用して、世界の常識を変える嫌がらせを仕掛けるか? 【魔女】にでも頼んで【禁術】の一つや二つを【地上界】で流行らせ、己らの無知さで困惑させるか? ……違う、違う違う違う違う違うっ!!」
叫ぶ彼女の周囲に紅い花弁が再び舞い始める。淡く煌めき発光する様子は、まるで火の粉ように見えた。
「それじゃあ足りないっ!! あいつらの創った物を滅茶苦茶に壊すにはまだ足りないっ!! ボクの心にできた傷は一生埋まらないっ!! 父も母もあの国の皆も生き返らないっ!! ボクがクソったれな神々へ復讐するにはもっと手の打ちようも無く、迅速で想定外の規模の変革が必要なんですっ!! お兄さんやボクがかつて望んだような平和な世界を築き上げるより、終わらせることの方が圧倒的に早いことに気付いてしまったんですよっ!! 細く不安定ないつ死ぬかも分からない道を歩む必要もないし、直ぐに【天界】で呑気しているクソったれ共の慌てふためく顔を拝むことができるっ!!」
見開いた眼で口元を笑みで歪ませ、スピカは切れた方の角を擦る。周囲に舞う花弁が切れた角の先端へ集まり、徐々に切られていない方の角と同じ形を作っていく。
「自分がかつて身勝手に滅ぼせたと思った存在に、創った世界を壊されるんです。……それって、最高の展開じゃないですか?」
彼女がそう言い切る頃には切られた角が完全に再生し、痕跡もないほど左右の均整が取れた自然な形となった。そしてスピカは右手を僕へと差し伸べ、言葉を続ける。
「お兄さんは……あの日、あの教会でボクを導いてくれると誓ってくれました。どんなにボクが歪でも、理不尽な世界を抗って生きようとするボク達を美しく、正しいと言ってくれました――」
――【 】を縛る感情が焼ける。チリチリと。名前の無いその感情が、哀しみさえも焦がして心を満たそうとしていた。それが溢れ出ないよう、更に強く【 】を感情で締め付ける。囚われないように、見ないように、ひたすら十年間縛ってきた【 】は、思考までも燃やしていく。
記憶の中の教会が燃え、角の生えた聖母が炎の中に倒れ込む。色硝子が割れ、教会の屋根に取り付けられた十字架が落ちると共に、天井が崩れ――何もかもが焼け崩れていく。僕は教会の外で膝から崩れ落ち、その光景を眺めていた。救えなかった。覚悟が足りなかった。力が足りなかった。様々な思考が頭を巡る。業火で完全に覆われた教会の前には両手を掲げ、黒い鎧を身に着けた【薔薇の魔王】の姿が目に留まる。
【薔薇の魔王】は振り返り、こちらへ手を差し伸べ、告げる。
――ボクに――【天使】の導きがあらんことを――
「――……僕は【変わらない】」
「…………はい?」
足元に転がるレイピアを拾い上げる。黒い呪詛がレイピアから指、手、腕を伝い、身体へと流れ込んでくる。蟲のように蠢く呪詛はとても熱く、不規則に身体の表面を這う度に痛みを感じた。ティルレットはこんなものを常日頃から抑え込んでいたのか。
こちらの返事に中途半端な笑みを浮かべた表情で、【魔王】の皮を被った少女は固まる。
「僕の心を焼いていくこの感情。これはきっと、誰もが当たり前に抱いている感情なんでしょう。そのまま身を委ね、投げ出してしまってもいいかもしれないと思ってしまう。それほどまでにこの感情は力強く、引き換えに多くのものを失う感情です」
「お兄さんは……何の話をしているのですか?」
右手のレイピアを強く握り、【信仰の力】を徐々に纏わせ乗せていく。いつもは透明な翼に呪詛が混じって、少しだけくすんだ色になる。ほんの少しだけだ。でも、今は僕だけの力じゃ目の前の壁を乗り越えられない。
「独りで悩み、考え、潰れてしまう。孤独だと感じてしまった時、人は誰でも弱くなってしまいます。だからこんな感情にさえ簡単に支配されてしまう。……今のスピカさんが話したように何もかも断ち切って、壊したくなるのも理解できた気がします。そうすれば大事な人を失う不安に怯えることも、他人からの信頼を気に病む必要もなくなりますから」
「!?」
一歩前に歩むと、少女は差し伸べた手を引いて一歩下がる。
そうだ――踏み出す。彼女のように、情熱的に。
死に近過ぎて息が詰まりそうになったら生の方へ。溢れる生に溺れそうになったら静かな死の方へ。
死生の狭間。逝ったり来たりを繰り返す。
そうして自分にとって居心地の良い場所を見つけて、ティルレットはこれを自分のものとした。
「……僕も失うのが怖くて独りで背負いこみ、独りでなんとかしようと考えるようになっていました。多分、少しでも踏み間違えれば、僕も今のスピカさんと同じ側になっていたのでしょう」
もう一歩踏み出し、左腕に伝った【信仰の力】で【翼の盾】を作る。いつもより少しだけ大きくて、少しくすんだ【翼の盾】とレイピア。呪詛は消えず絵の具のように揺らめき、柔軟に形を変える強い芯となる。
戸惑い後退る彼女の周囲に、再び紅い花弁が舞い始めた。今にも爆発しそうに強く発光する花弁を僕は【受け入れ】、更に前へと進む。盾やレイピアに付いた花弁は溶け混じり、絵の具を水へ付け足していくように色が広がっていく。それでも完全には染まり切らず、透明な部分を残して【呪詛の黒】と【花弁の紅】が混ざり合う。レイピアを更に細くしていき、元の握られたレイピアよりも一回り大きい程度にまで縮小した。
少しだけ左右の腕が重くなった気がするが、その分力強くなった気もする。扱う僕自身はきっと弱いままだろうが。
「あの時、何故スピカさんが怒ったのかわかりませんでした。……ですが今のスピカさんを見て、その気持ちをようやく理解することが出来ました。前向きに、恐れてもいいから抱え込まず、皆さんの力と知恵で世界を変えていく。不安で倒れそうになった時は皆さんに支えてもらう代わりに、僕も皆さんを一緒に支えます。僕ら【天使】に足りない感情は……皆さんにとっては有って当たり前な感情なんでしょうね」
「い……嫌だっ!! ……ボクは――――ボクはもう、あんな苦しい世界で生きたくないんですよっ!!」
踏み込んで、頭を砕くべく彼女は右拳を突き出す。【翼の盾】を構えてそれを受け止め、追撃の回し蹴りを細くなったレイピアで僅かに軌道を逸らし、【翼の盾】が蹴り上げられ――返しの脳天目掛けたかかと落としを、レイピアで強引に受け止める。体へ伝わる衝撃こそ凄かったが、細いレイピアはひびや傷など損傷することなく受け止めてくれた。
周囲に紅い花弁が舞い、起爆しようと輝き始める。咄嗟に空いていた左の【翼の盾】を街道へ叩きつけ、盾が【欠けた】衝撃で周囲の花弁が上空に舞い上がると同時に、爆発音が頭上から聞こえた。耳鳴りが酷く、彼女の動きに対応するのが遅れて腹を強く殴られる。
吹き飛ばされた勢いのままに転がり、ベファーナやペントラの居る所でようやく止まって起き上がる。口から出た血をコートの袖で拭い、痛みと衝撃にふらつき震えながらもどうにか立つ。
「だ、大丈夫かいポーラっ!?」
後ろからペントラが両肩を支えて、ようやく両足で安定して立てた。
「……全然、大丈夫じゃないです。やっぱり僕は弱いままなので、皆さんに支えてもらわないと駄目みたいです」
「へ? ……くっ……ふふふっ!! 何だいそりゃぁっ!? あーっはっはっはっはっ!!」
「……なんで笑うんですか」
「いやぁごめんっ!! 笑うところじゃないんだろうけど……あんたが弱音吐くなんて珍しいなってさ」
嫌な顔せず嬉しそうに笑うペントラの顔を見て、腕へかかる重みが少しだけ軽くなった気がした。正面を見据える。スピカが両手で花弁を固め、真っ赤な【杭】を作っていた。あの技はよく知っている、ローグメルクの【生成術】で作る【杭】だ。なら【僕達】はそれを受け止めるまで。
「ペントラさん、魔力を僕の盾へ流すことはできますか? ベファーナさんもお願いします」
「ん、それぐらいお安い御用だ。受け止めるんだろ? 支えてやるからしっかりやりなよっ!!」
「イーヒッヒッヒッ!! 任せてチョーダイナッ!! ウチの魔力があればあんな枝っ切れで貫けるわけないヨッ!!」
「……ありがとうございます」
皆を隠すように、紅黒入り混じった半透明の【翼の盾】を正面に広げていく。パチリとベファーナが指を鳴らすと盾は発光し、ペントラが僕の肩を支える手も熱くなる。くすんでいた視界が晴れて――翼の向こうにいるスピカの姿をはっきりと目が捉えた。
「アアアアアァッ!!」
奮い起こした叫びと共に、【杭】が投げられるとほぼ同時に盾へ着弾。紅い花弁を撒き散らしながら、食い破ろうと回転し続ける【杭】。屋上から【銃】を撃たれた時と比にならない威力と重みがある筈なのに、二人の補助で吹き飛ばされることなく安定している。これなら――
「――まぁだぁまぁだあぁあああっ!!」
「――――――っ!?」
叫び声と共に更に衝撃が二つ、三つ、四つとたて続けに来る。舞い散る花弁の量が更に増し、彼女の姿がこちらから見えなくなるほどだ。連続して【杭】を投げて来たか。流石に……重たい……。六、七、八――――止むことのない衝撃に、殴られた腹部の痛みがぶり返し、喉奥から血がせり上がる。吐血を堪え、十本を超えた【杭】に後ろへ徐々に押されている。
十三……十四。増え続けていた衝撃が十四本目で止み、【杭】が盾の表面を回転して削る音に混じり、僅かにヒールで走る音が近付いて来ているのが聞こえた――――今だ。
【翼の盾】をレイピアで突き刺し亀裂を入れ、内側から破壊する。崩壊すると同時に蓄積されていた威力が一度に爆発し、【杭】や花弁が周囲へ吹き飛び豪風と共に視界が一気に晴れた。数歩先には両腕で衝撃と爆風に耐えるスピカの姿。足を踏み出し――二歩――一歩――レイピアで彼女が再生した角の部分を的確に突く。その部分は手応え無く紅い花弁となって風に舞い、どこかへと飛んで消えていった。
役目を終えたように右手へ握っていたレイピア本体もボロボロと壊れ、包んでいた羽も支えを失い、霧のように風に乗って霧散した。放心状態で立ち尽くすスピカ。……もしかしたら、昔切り落とされた時の【勇者】の姿と重なって見えたのかもしれない。
【契約悪魔】のローグメルクにティルレット、シスター、ドルロス夫妻にアラネア、そしてベファーナ。どれだけ今は幸せに囲まれていようとも、いつか失ってしまうのではないか。新しくできた大切な人達も同時に失ってしまうのではないかと心の奥底、見えない所で彼女も独り悩んでいた――僕と同じだ。
改めて彼女の右手を取り、あの日のように目を合わせて、もう一つの誓いを立てる。
「……【導きの天使】として、僕は迷えるあなたを導きましょう。ただ……僕が迷える時は、あなたを含めた皆さんで僕を導いてください。迷ったり、悩んだり……泣いて孤独の怒りをぶつけていただいても構いません。あなたがどんなに嫌ったとしても傍にいて、変わらずあなたの力になりましょう。そして僕も……もう少し皆さんを頼って、自分を大事にします。大丈夫です。僕は変わらず、ここにいますから」
彼女は震える手で僕の手を握り返す。今にも泣きだしそうに涙をためる表情は、記憶のスピカと同じだ。
「なんで……お兄さんは、ボクを怒らないんですかぁ……て、ティルレットもぉ……」
「――不肖、ティルレット。如何なる時も、スピカお嬢様のお傍に居ります。例え物理的に距離が離れていようとも、心は主君と共に。スピカお嬢様はご自身が思われているより、周囲の者はあなた様に支えられているのでございます。故に、不肖や司祭も寛容になるのです」
やれやれといった表情のペントラに支えられながら、ティルレットはポケットから取り出した白いハンカチで主の頬を伝う涙を拭う。すいすいと宙を箒で飛ぶベファーナは、満足げにその光景を無言で眺める。冷やかしの一つでも言うかと思ったが、流石に空気読んだのかもしれない。
***
……すごく言い辛い。煽るような発言も、全部お兄さん達と敵対するための【演技】だったなんて、今更言えない空気になってしまった。
ベファーナの口車に乗せられ【箱舟の防衛機能】として潜り込んだはいいものの、【箱舟】側が想定している【大雑把な敵対概念】に抵触しないと、【防衛機能】として魔力を行使できないってのは先に教えて欲しかった。ティルレットとベファーナはグルですが、お兄さんとペントラさんはマジなので、二人に関してはボクが【箱舟】に魅入られて闇堕ちしたとか思ってそうです。
〈イーヒッヒッヒッ!! マアマア、落ち着きなッテッ!! こうした方が【箱舟本体】を探し回るよりも手っ取り早かったんだからサッ!? イヤー、砂浜に突っ込んでまで【裏道】を探した甲斐があったヨ。実に自然な演技だったネッ!! 領地の皆で劇団でも立ち上げテ、街でお芝居の一つや二つでもやったらスッゴク儲かりそうジャンッ!? ン~、特別に百点満点中千点あげちゃウッ!! イーヒッヒッヒッ!!〉
上からニタニタ笑いで見下ろす【魔女】の声が、頭の中に反響する。何言ってんだこのクソったれ【魔女】。……ティルレットもだ。彼女はボクの命令に躊躇しないので、簡単な説明だけして演出として戦ってはくれましたが、自分で肩へレイピア突き刺して無理矢理お兄さんへ渡そうとするとか、正気の沙汰じゃないと思うんですけど。誰がそこまでやれと言った。
……とはいえです。ボクも流れでお兄さんと本気で殴り合いをしてしまいました。途中いい感じのボディーブローが入ってしまって、お兄さん吐血してふらふらですし……え、死なないですよね? 精神世界で死んだらどうなるかとか全く説明されてないんですけど、ボク下手したらお兄さん殺した大戦犯になりますよ? 大丈夫ですよね? え?
「…………っうぶ!?」
口元を右手で抑え、お兄さんは僕らへ背を向けて吐血した。ペントラは「大丈夫かいっ!?」とティルレットを支えたまま、お兄さんの元へ駆け寄って心配そうに見つめる。【信仰の力】で他者の力を取り込み【翼の盾】やレイピアの強度が上がっても、お兄さん自身の身体能力は人並みと【変わってない】。それが彼の染まり切らない透明な強さなのかもしれないが、同時に脆さでもある。
いや、それどころじゃない。どうにかして応急手当だけでも。今ならそれっぽい魔術も使えますし、せめてお兄さんを怪我させた自分の失態くらいは――
「――オイオイ、随分と手酷くやられてんじゃないカ? ダ・ガ・シ・カ・シッ!! 幸いベファーナちゃんは【魔女】だから治癒系統の魔術にも明るイッ!! ウゥム、消化器官がやられてるのかモ? シスターのように完全には治せずとモ、増血と止血程度はできるかナ」
見計らったのようにお兄さんの前へベファーナが降り立ち、軽く触診しながら手早く容態を確認し、治療のためにその場で横へなるよう促す。タイミングが完璧すぎるんですけど、わざとですよね?
「……ありがとう、ございます。ベファーナさんには……今回助けられっぱなしです」
「イイッテイイッテッ!! ウチとポーラ君の仲じゃないカッ!! これからも遠慮なくウチを頼ってくレッ!! どんな時でもウチは親友の力になろウッ!! どっかの誰かさんと違ってネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
「………………」
今回だけは言い返せそうにない。【箱舟】からの魔力供給も止まり、もう派手で威力の高い魔術は使えない。今のボクがティルレットと戦ったら、間違いなく負ける程度には。……これで【箱舟】が起動する前に止めれたと考えていいんですかね?
「イヤァ、そうは問屋が何とやらってネ。スピカ以外ニ、【箱舟】側へ自らの意思で傾いた奴が一人いル。そいつがマァ強い強イ。元の素質が良かったのもあるんだろウ。ただ彼女の場合、どうしようもないくらい暗くて底が無イ。スピカを二割とするなラ、あっちが八割ってところだろうネ」
「は? そんなの一言も聞いてないんですけど?」
「そりゃそうだヨッ!! 君を強引に【箱舟】へくっつけたのハ、彼女に主導権を握らせない為でもあったんだからサッ!! 【敵を騙すならまず味方かラ】。兵法の基本ダロォ? アア、イケナイイケナイッ!! コッチは二人だけの秘密だったネェッ!? イーヒッヒッヒッ!!」
「お、おまあぁえぇっ!? 話が全然違うじゃないですかあぁっ!?」
治療の施術中なので、背中を思いっきり蹴り飛ばしたいのを堪える。が、ボクの心の声までは抑えきれなかった。施術されているお兄さんとペントラがこちらを向く。……やってしまった。
「……どういうことだい? スピカちゃん?」
「ベファーナさんもです……僕達に、何か隠し事してますよね」
ティルレットもボクの顔を見て左右へ首を振り、もう隠し通すのは無理だと伝える。二人の刺さるような疑惑の視線に、切られた角を撫でながら一呼吸置き、その場へストンと膝を折り曲げ正座した。
「え~っと~……ハイ、ゴメンナサイ。ボクとティルレットとそこの【魔女】は、グルになって二人を騙してました。叶う事ならさっきまでのお二人へした大変失礼な発言全部を、水に流していただけると助かります。……えー……そのー……えへっ?」
その後ペントラさんにボクら三人はかなり怒られましたが、お兄さんがやんわりなだめて事なきを得ました。
でも、言葉を真に受けたあなたの雰囲気が普段と違って、気圧されたのは嘘じゃない。変わりそうになるあなたを怖いと思い、苦しげなあなたをこれ以上傷付けたくないとも感じました。あなたは自分を弱いと言うけども、感情に流されないよう……必至で自分の心を縛っている。
その【信仰の力】は他者を守る為のもの。ルシの【銃】、アダムの【槍と剣】、アポロの【腕】とも違う。硬く脆く、相手を極力傷付けない、柔軟で思いやりのある力。だが一歩間違えれば相手の力を取り込み、あらゆる攻撃を弾き返し無慈悲に叩き潰す、とても強力な力。
だからボクは願う。あなたが何色にも染まり切らず、皆の祈りに潰されてしまわないよう、そのままであって欲しいと。
それはきっとボクだけじゃない。あなたを取り巻く全ての人の願いです。
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