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第四章・小さな偶像神
【第九節・孵化】
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目が悪いのは、【受肉】で入れられた肉体側の機能不全だと思っていた。ルシにも機会をみて【直す】と言われたが、施術後しばらくは盲目の状態で過ごすことになるそうで、【お告げ】を行うには問題ないが日常生活へ支障が間違いなく出る。私はまだ未熟。最近ようやく、一通りの業務を問題なくこなせるようになってきたのだ。まだ一年すら任期も経っていないのに、皆へ迷惑を掛けるわけにはいかない。
ニーズヘルグ司祭が【堕天】し、新たにポラリス司祭の体制となってからは皆に余裕ができるようになった。でもそれは、四人で業務を回す前提の余裕であって、三人では難しい。きっと誰しもが「大丈夫、そんなことはない」と言ってくれるに違いなくとも、【天使】は誰かに必要とされ続けない限り【道具】としては不良品なのだ。
そして【天使】は人間以外の心を読むことができない。私は……それがとても怖い。わからないのが不安だ。表面上をどんなに取り繕っていても、本心は微塵も思っていないのかもしれない。皆にいつか「使えない」と言われ、捨てられてしまうのが怖い。手帳をどんなに知識や記録で埋めても、その感情を拭うことは出来なかった。
「捨てられたくなければ、日々の努力を怠らないことだ。知識や経験は一生の宝になる。【天使】は神々の意思を反映し、手足となる役目を担っている。自分自身を【道具】と例えるお前の考え方がわからなくはないし、【使えない】と判断されれば切り捨てられる世界であるのも確かだ。……もっとも、ポラリス司祭の甘い思想でどこからが【使えない】の境になるか、私には理解できないがな」
「もし……副司祭が、司祭の立場なら……その……私のような、欠点の多い【天使】を、どう思われますか? やはり……【使えない】と、思われてしまうのでしょうか」
懺悔室に設置された机へ羽根ペンを置き、アダム副司祭は座ったままこちらへ身体を向ける。少々怒ったような表情で睨む三つ編みが特徴の彼は、穏やかなポラリス司祭と比べてしまうとやや短気で怖い人だが、私にとってアポロ同様頼れる先輩でもあった。
「……少なくとも、【使えない天使】は存在しない。ニーズヘルグは歪んでいたが腐っても【中級天使】の階級ではあった。私や司祭は十年、アポロは五年少々で今の地位を得られた。お前はまだ五ヶ月少々、使える使えないと見極めるには早い。早熟は戦力として歓迎されるべき点ではあるが、経験を積んだ【天使】と比べ判断の甘さが多くなるように、人間を正しく導く業務は過去の事例記録を読んだ程度では埋められない差だ。それを詰めるのは日々の努力しかない」
「ですが……結果的に、私が足を引っ張っているようで……」
副司祭は溜め息を吐き、自身の首から下げた金の小さな十字架を私へ見せるように右手で持ち、やや前のめりになって顔を覗く。
「盲目的に業務をこなすのも、【道具】としては正しい事だ。私はそれでもかまわないが、完璧な神々が何故【天使】に感情を与えたのかわかるか? 多種多様化する人間の感情を知るには、【天使】が人間に近い感情を理解できるようにならなければならない。喜怒哀楽。憎しみやお前のように何かへ不安を抱くのも、それだけ私達が優れている証拠だ。……そして、部下がその感情を自ら支配できるよう育てるのが、私達上司の役目でもある。……私はそう考えているよ」
「………………」
握られた十字架はよく見ると傷が多く、私が首から下げている物よりずっと色褪せ、相当長い年月使い込まれていた。副司祭もニーズヘルグの下で過ごした十年間、不安や焦りを感じた時、そうして自分を奮い立たせていたのだろうか。触れてしまうと間違いなく機嫌を損ねるので尋ねはしない。だがそういった感情を抱くのは、自分にも覚えがあると教えているようであった。そして部下の感情を制御できるようにするのも、自分の役目であると。
「以前の私なら、また違った答えが出せただろう。だが神々がそう私達を創った以上、感情を持つことは無意味ではない筈だ」
「……アダム副司祭」
「【地上界】で生きる者達が神々より優れているなどあり得ない……が、私達は神々の手で直々に生み出された【天使】。彼らよりも洗練された存在であることに違いはない。自身の存在を卑下するのは勝手だが、塵芥より劣っているとは思わないことだ。……司祭の考えはそれに反する」
軽く左右に顔を振って十字架から手を離し、副司祭は背を向け再び机へと向かう。
彼の思想はポラリス司祭の思想と異なり、神々を絶対の存在だと疑わない。創造主である神々から生み出された私達もまた、誇り高い【天使】という【特別な存在】――言葉を少し濁したが、そう言いたいのだ。
【地上界】に住む人々が、人々の意思で歩めるよう導くポラリス司祭。【天界】に住まう神々を崇めるよう、人間を導くアダム副司祭。二人の道は交わらず、どちらが正しいかも私にはわからない。先輩であるアポロはポラリス司祭へ付いて行くと言っていた。いつの日か選択を迫られた時、私はどちらの道を選ぶべきなのだろう?
***
真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を、ペントラと歩いていたのを覚えている。来客用の寝室、白黒の絵画が沢山飾られた部屋、食料庫、大きな広い図書室――図書室から出た時、誰かに呼ばれた気がして振り返った。その瞬間、意識が遠のいて――目を覚ましたら、真っ暗な空間に居た。
自分が立っているか、座っているかもわからない。手元すら見えない真の闇。ざわざわと人の声が聴こえ、雑音のような【思考】が止めどなく流れ込んでくる。気分が悪くなって、口元を抑えるが手の感覚が無い。そもそも瞼は開いている? 耳は? 私の身体はどうなっている?
――気持ちが悪い。眠っている夢なのか、起きている現実なのか。何も理解できないのが気持ちが悪い。落ち着かない。歩いている? 走っている? それとも狭い空間に押し込められ、動けなくなっている? 息を吸うが肺の広がる感覚が無い。声を出すが喉も震えず、音も出ない。雑音は止まず、言語として成立しないそれへ耳を傾けていると狂ってしまいそうになる。でも耳を塞ぐことも、【思考】を切ることもできない。
――何分経った? 数時間……あるいは数日、数週間、数年ここにいた? 光も何も差さないここでは、時間の感覚もわからない。でも、考えることを止めてはならない。
私は【天使】。手帳へ書いていた皆の言葉や出来事を思い出し、どうにか自分自身を繋ぎ止める。気持ち悪くて、周囲の何かへ溶けてそうになるのを独りで耐えていた。声の出し方は忘れ、方向感覚もどうでもよくなった。ただここに私という【個】が居る。私が私である限り、私は狂わない。まだ耐えられる。
捨てられたくなければ、努力を怠るな――あの日の言葉がまた響く。助けを呼ぶ声は誰にも届かない。届いていても、返事が聴こえていないだけかもしれない。もしくは五ヶ月少々見ていたのは夢で、これが本来の現実?
違う。私は【天使】。人間を導く【天使】。名前は――……名前は?
記憶の棚をガラガラと――引き出しを開け、手帳を引っ掻き回す――無い――ない――ない。
どこにもない。
いけない。思考を止めるな。この記憶は本物。周囲の何かが囁いて、雑音が記憶の隙間へ入り込む。違う、これは私の記憶じゃない。これも違う。これも、これも、これも――一握りの【私】が蝕まれ、数えきれないほどの雑音で埋められていく。
星一つ無い、吸い込まれるような黒い空。海は枯れ、生き物は砂になり始めた。
さらさらと、真っ逆さまになって地中へ積もっていく。精神と願いを舟に乗せ、【ノアの機神】へ乗り込む時を待つ。埋もれた砂の中で幾星霜。【偶像神】が目覚めた時、【ノアの機神】も砂の中より目覚める。黒い空を焼け。天に住まう神々を焼き滅ぼせ。時間は無い。【機神】の燃料は人間の生きたいと願う精神。詰め込め詰め込め。まだ足りぬ。黒い空を焼くにはまだ足りぬ。
そして偽りの神が築いた全てを奪い尽くし、新たな【地上の民】として降りたとう。真に生きるべきは――
――暗闇に、ぽっかりと浮かぶ白い箱。穏やかな人の子の声で、箱は語りかける。
『やあ。僕の場所まで辿り着けたんだね。僕は【ノア】。君は?』
【天使】……もうそれしか思い出せない。
『【天使】? 神の使いと言われる想像の存在? 神々が僕を裁きにでもきたのかい? 何十億人もの人々を欺き騙し、神へと対抗する【機神】の燃料を積んだ兵器として、僕は今日まで生き続けてきた。これは僕の意思でもない。たまたま適合してしまったからであって、学者共の一任であれよあれよと【偶像神】にされちゃったんだ。でも、罪があるなら裁かれても仕方ない。僕が彼らの核であるのは間違いないんだから』
違う、私は人々を導く【天使】。何でここに流れ着いたのか――わからない。でもきっと、誰かを救うために私が来たんだと思います。そういう用途で創られた【道具】ですから――捨てられたくない。私は【使えない道具】じゃない。
あなたに望みや願い、希望はありますか? 【天使】にどうか導かせてください。
『そうだなぁ……また空が見たい。生きたい。思いっきり深く眠りたい。こんな偽物世界から飛び出して、本物の世界の空気を肺で吸いたい。……君がここから、僕を連れ出してくれる?』
導きましょう、本当の空が見える場所まで。
白い箱が近付いてくる。最初に自分の指先が見えた、次に腕、脚、長い髪――目がすごく熱い。焼けるように痛む。視えているが、眼球内の水分が沸騰しているかのようにぶくぶく疼く。溢れ出そうになる両目を押さえ付ける。……痛みが落ち着き前を見るが白い箱は無く、真っ暗な空には小さな白い光が見えた。ポラリスのように動くことのないその光は、出口を指し示してくれている。
……そうだ、ポラリス。私の司祭様。いつも私を守り、導いてくれた司祭様――青い髪に三つ編みのアダム副司祭、巻き髪金髪で大きな体のアポロ……大丈夫、私も【天使】としての仕事を成し遂げてみせます。
だからどうか、私を捨てないでください。
***
黒装束の一団を鎮圧後、彼らの拠点であろう事を象徴する黒い旗が掲げられた四角い建物内で、負傷した兵士の手当てを行わせながら状況の説明を求めた。青い腕章を付けた短い金髪の男が周囲から【隊長】と呼ばれ指揮しているようで、彼が主に説明を担当してくれた。
長く狭い石階段を上り、案内された部屋には左右の壁に【銃】を携えた黒装束の護衛が二人、出入口の背後の扉の脇に二人。……まだこちらへ警戒しているのだろう。当然と言えば当然か。
深々と三人掛け用ソファへ腰を下ろすアラネア、ローグメルク、私と向かい合うようにして、隊長は一人黒いソファへ座る。彼は無機質な金属のテーブルへ、部下から受け取った六角形の大きな都市が刷られた地図を広げ、街の端にある黒い印を指さす。
「ここが今居る我々の拠点だ。他にも印の付いた建物があるだろう。白、赤、青、緑――様々な色によって分けられた警備団が、街周辺や街中を警護している。……名乗るのが遅れた。我々は【箱舟中央区】を警護する【黒の一団】だ。手荒な歓迎で済まないね、外界からの来訪者達よ」
「いやぁ、こちらこそお勤めご苦労様です。ところで、怪我人の容態は大丈夫なのでしょうかね?」
「問題ない。ここは元々病院として機能する予定だった建物だ。医療品は【自動生成機】で入力すれば作成でき、治療カプセルも自然治癒と疲労回復を促してくれる。銃器は生成するまで少々時間が掛かるが……【箱舟】からしてみれば、この程度の損害など微々たるものだ」
しかし、隊長の表情は自信に満ちた言葉とは裏腹に、どこか陰鬱で覇気がない。周囲の護衛兵の顔は例の黒い装備で表情が見えないが、皆疲弊した表情を浮かべているのか? 見られていることに気が付いたのか、隊長は両手で自分の頬を叩き、眠気を覚ますように喝を入れる。
「失礼。我が隊は勤務中、頭部の装備装着が義務付けられていてね。顔が見えないのを良い事に、私まで気が緩んでいたようだ」
「……あまり眠られていられない様子ですね」
「我々は眠れない、そう言った方が正しい。この【箱舟】の中では眠ることも、死ぬことも許されないのだ」
「詳しくお話していただけますか? この街や【箱舟】、あなた達古代人について」
「……いいとも」
彼はここが【箱舟】内部に創られた精神世界であることや、自分達は五千年前に滅んだとされる古代人の一人であり、全く同じ外見の概念が集って部隊を組み、【偶像神】が目覚める時まで各地を警護していること。自分達は【箱舟】の管理下にあり、死ぬことはおろか、眠ることも許されない存在であること……時折部下から資料を持ってこさせながら、細やかに説明してくれた。
私達が現実の世界で戦った鉄の魔物達は、【機神】と呼ばれる【疑似生命】のような物で、中には人の精神が埋め込まれているそうだ。長い年月地中深くへ埋められていたが、【偶像神】を納めた棺が解放されたことで反応し、彼を殺そうと血眼になって探している。街へ侵入してきたのも、スピカ達の元へ向かう道中常に付け狙われていたのもそのせいだ。
「【疑似生命】つーと……ベファーナが死体を繋ぎ合わせて作るような奴っすね。んでも、隊長や皆さんもあんな禍々しくねぇし、顔が同じって以外普通の人間と変わらないように感じるんすけど」
「我々には【感情】がある。死にたくない、生きたい、眠りたいなど……恐らく、元となった人間の名残なのだろう」
「その……精神を病まれたりとかはなされなかったんですか? 人間は短命である分、その精神は特殊な環境下へ置かれ続けると、正常に保てないと聞いたことがあります。食料問題は補えているようですけど、五千年以上睡眠を一切とらず、今日まで正常でいるなど不可能です」
私の言葉に隊長も唸り、腕を組んで渋い顔を作る。都合の悪い事を刺された……というより、どう説明したものかと考えているようだ。
「……それについて説明する前に、まず五千百三十七年と八ヵ月前に起こった【箱舟】の反乱から話そう。私達の保護対象である人間――諸君らにとって【古代人】と呼ぶべき存在が突如不安定化。街の周辺地域も同様に崩壊し始め、ご覧の通り跡地には砂しか残らなかった。【箱舟】へ移り住んだ古代人の当時六割は崩壊によって亡くなり、残り三割は数少ない無事だった区画へ散り散りに逃げ惑うも、海に呑まれ消息不明。残り一割は中央区へ逃げ込んだ」
隊長が重い口調でトントンと指差していく。青や白で斜線を引かれている範囲は海と砂地になっているが、その下には黒字で地名や都市名のようなものが書かれていた。眺めている地図も中央区周辺拡大図の一部だそうで、あの広大な海の上にここと同規模都市がいくつも存在したとすれば、六十億人を抱え込むのも不可能ではないか。
だが【箱舟】に個の意思があるにも関わらず、なぜ不安定なまま計画を実行に移したのしたのだろう。アラネアも言ってはいたが、上層部が強引に精神世界の完成を急がせたとしても、自ら乗り込む前提なのだとしたらあまりにお粗末すぎる。
その彼は手帳を取り出して隊長の話を書き足し、怪訝な顔を浮かべている。
「わからないなぁ。古代人は俺も考古学者達も完璧主義者だと思っていたんだけど……不安定な要素をそのまま残して実行するかい? 【神々の黄昏】まで時間が無かったのならわかるんだけど、六十億人分の土地はキッチリ用意されてたみたいだし……で、一割の人間はどうなったのさ?」
「私の背後の窓からも見える、あの白い塔の地下深くで今も生活しているとされている。かれこれ五千年以上彼らの姿を確認していないが、億単位の精神反応や定期的に崩壊進行度の通知連絡が来ることから、現在も生存しているのは間違いない。【箱舟】が反乱を起こす数日前、【箱舟】の再起動が数十年以上は行われないと判断した上層部と研究者は、これまで精神安定剤を定期的に服用させていた住民達へ、定期服用が不要になると施行した【チップ】の装着を義務付けた。我々は初めから【箱舟】が作り出した存在であり、施行前から既に適応されていたが……」
「賭場で賭ける時にベットで払う奴すか? それとも木材を細かく砕いた着火剤かなんかすか?」
「それとは違う。我々の言う【チップ】は……あー、なんと説明すればいいか。……資料を持ってきてくれ。恐らく口で説明してもわからないだろう。地下の保管庫にあるはずだ」
「はっ!!」
私達の認知するチップと彼らの言う【チップ】はまったく異なる物らしく、隊長は扉の傍で警護する一人の兵士へ命じる。
彼の話によれば、精神の崩壊は当初薬物である程度凌いできたが、長期的になると見込んで手法を切り替えたとのこと。精神世界で食事など不要だと思ったが、【箱舟】の【自動生成機】が作る食事によって【えねるぎー】――魔力が行動活力として蓄積され、生前と同じ行動習慣をなるべくとることで精神衛生を保っていたとも語られた。
「それでも、死ぬよりはマシだったんっすかねぇ。いや、死にたくないのもわかるんすけど、【薬漬け】ってのもあまりいい聞こえしないっす。精神だけの状態でも全く副作用の影響がないとは思えやせんし、精神的に弱い子供や赤ん坊はどうしてたんすか?」
顎を撫でながら、ローグメルクは納得いかない様子で隊長へ質問する。隊長は腕を組み、目を伏せ一呼吸おいたあと、声の調子を更に落として答えた。
「【箱舟】計画実行から数日後。赤ん坊や子供・身体に障害や精神疾患を持つ人々が不安定化。崩壊や変異を起こし、我々【箱舟】の防衛機能が対応。鎮圧後、数時間後には目の前で我が子や友人を失った者達が不安定化。これも我々が鎮圧。更に――」
「――ちょ……ちょっと待ってくだせぇっ!? 最初っから全滅しそうな流れになってるっすよっ!?」
「精神安定剤を配布すると、上層部が決定するまでの数日間で四割の人類が消滅。六割は約二年間安定したが、それ以降崩壊や変異を起こす者達が徐々に増え、更なる安定化を図るために施行されたのが【チップ】の装着だ。これが五千百三十七年と八ヵ月前の【箱舟】の反乱までに起きた出来事とされている」
「失礼しますっ!! 資料を持ってまいりましたっ!!」
「ああ、ありがとう」
彼は部下から紙の資料を受け取り数ページめくった後、目当てのページを開いた状態でテーブルへ乗せてこちらへ見せた。四角い枠で囲まれた図の中央には指輪が描かれており、分解図や解説なども事細かに書かれているが――やはり理解できない。アラネアも手帳と資料を見比べながら唸っている。
「考古学者なら大発見だと大騒ぎするんだろうなぁ。精神世界じゃなければ、持って帰りたい物も沢山あるのに。……多分資料とか貰っても、現実へ持って帰れないんだろうけど……」
「そんなこと言ったら、そうやって手帳へ書いても、現実じゃ白紙の状態かも知れねーっすよ?」
「うん……それもそうだっ!! ああ、しまったっ!! どうすればいいっ!?」
「おぉっ!? 知らないっすよぉっ!?」
両脇に座る二人はこんな状況でもマイペースで緊張感皆無。間の私は真剣に現状をどうするか真剣に考えているというのに……。それを眺める隊長も苦笑いしていた。
「かつて滅ぼされた人類と新人類が、形を変えこうして巡り合うというのも、なかなか感慨深い話ではあるな」
「……ですが、私達から見ればあなた達は間違いなく侵略者です。【箱舟】があなたの説明した通りの役目を果たそうとするのなら、【地上界】は大混乱になる。神々に仇名したことも含め、私達が分かり合えることは決してない」
「ごもっともだ、少年。元々そのような計画なのだからな。……これは我々の意思では止めようがない。【箱舟】は人類の希望であり、我々は【箱舟】を守護する存在。だが……部隊の多くの者は【箱舟】に裏切られ、希望と信じて疑わなかった存在の反乱に疑問を抱いている。我々古き人類は、今を生きるに値するのかどうかと」
隊長は地図の一角、白で丸を付けられた場所を指す。この拠点から少々離れた場所だ。
「ここには我々の同志である【白の部隊】がいる。だが彼らは模範的部隊とは言い難く、任務に対し意識も低い。装備や狙撃手の腕は上等だが、統率の執れない烏合の衆。彼らならば取り込むのも容易だ。我が部隊の書簡を見せれば不用意に争うことも無い。用意しよう、少々待っていてくれ」
「? それは裏切り行為では……」
「……少年。君らの住む世界は平和かね? ここのような殺風景な景色ではなく緑溢れ、争いのない平和な世界を築けているか?」
この表情は知っている。生きることに疲れた顔。……だが、同時に未来への期待が籠った瞳。まるで老人のようだ。いや……五千年以上もこの世界で過ごしているのだ。見た目こそ二十歳前後でも、老人以上の存在か。
「緑は豊かですね。目立った争いも今はありません。……技術面で負けてしまいそうですが、私達にも私達の強みがありますし、皆さんのようなどこの誰とも知らない人々に、偉大なる神々が築いた世界を脅かされるわけにはいきません」
「副司祭、もうちょっと穏便な言い方ないんすか?」
「いいや、それで十分だ。君達は君達の時代を生きたまえ。……決して、我々のようにはならないことだ」
隊長はソファから立ち上がり、書簡を用意してくると言って部屋から出て行った。
彼が何故そのような行動に出たのか理解できない。使命であれば全うするべきだ。危険に晒され死にたくないと願ったとして、何故自分達よりも私達が生きる価値があると判断して譲るのだ? その為に存在しているのではないのか? だから今まで街を守ってきたのではないのか? まだ一割の生存者がいるのだろう。なぜ投げ出す?
「助けてもらってるのに納得いかないって顔してるね、アダム副司祭」
アラネアが手帳にペンを挟んでポケットへしまい、ずれた帽子を被り直して呟く。何を知ったように言うのだこの蜘蛛男は。
「俺はなんとなくわかるっす。ヴォルガードの旦那も同じ顔をしてやした。あの面構えと言葉は覚悟を決めた漢っすよ。俺達が拒否してもお節介焼くつもりっすね、あの隊長さん」
「一国の王へ仕えていたローグメルクがこう言うんだ、信頼するのに十分な人物なのは間違いない。そこの兵士さんはどう思う?」
「はっ!! 隊長は尊敬できる上司でございますっ!!」
「……わからないですね。上司は事実上、あなた達側の人類を救うのを放棄したのですよ? あなたの仲間の中には『生きたいと願って何が悪い』と叫んだ方が居ました。私もそれに共感を覚える部分もありましたが、あなた達の上司は街を守り、人類を守るという役目を負いながらも矛盾し過ぎている。それとも……その程度で諦める人類だったという意味ですか?」
黒装束の兵士は少し間を置き、何やら考えている様子だったがすぐに返答する。
「私は、我々の犠牲の上で平和な世を築けたのだとしたら、誇りに思いますっ!! それは古い人類、新しい人類関係無く共通でありますっ!! もし仮に皆さんの世が混沌とした世なら、我々が治めることで平和を取り戻せるかもしれませんが、我々が介入してしまっては皆さんの平和が脅かされるでしょうっ!! よって私は【箱舟】の旅路をここで終わらせ、未来を生きる皆さんへ託すことを望みますっ!! 他の者がどう答えるかわかりませんが、私は隊長の考えを支持しますっ!!」
敬礼姿勢のまま、はきはきと恥じらいなく自分の考えを述べる兵士に呆れた。それは自分の上司の考えであって、お前の使命は街や人々を守る事だろうに。こいつらもポラリスと同じお人好しか。……五千年経ってもその程度の答えで止まり、行き着いた結果がこれだ。やはりお前の考え方は伝播するとロクな未来にならない。
だが……協力を拒んだところで私達に利点は無い。現実ならいざ知らず、ここは精神世界で【箱舟】の庭。恐らく隊長の話が本当なら、精神的な負荷が一定以上かかると変異や崩壊など身体に異常が出るのだろう。【チップ】という物や精神安定剤なども持ち合わせていない私達が長居していては、古代人の二の舞だ。
他人の好意には素直に甘えろ。アレウスが生き延びるには必要な要素だとよく言っていた。今がその時か。察したローグメルクがさり気なく肩へ置いた右手を、左手で払う。
「そこまで愚かじゃないですよ。状況が状況です。最優先は【箱舟】を止め、ここから無事出ることです」
「そうっす。使えるもんは何でも使わなきゃ、緊急時は生き残れないっす。冷静に行動しやしょう」
「話の辻褄は確かに合うんだけど……妙に引っかかるなぁ。物質や彼らが劣化せず、五千年近くも綺麗な状態を保つのは精神世界だから説明が付くとして、一割の人々が地下へと避難……【箱舟】の反乱を安定化させる為の研究で一時的に移り住んだとしても、今は地上で活動することも十分に可能だ。何故彼らは文通のやり取りのみで、五千年以上も姿を現さないんだ……?」
アラネアは【チップ】の資料をパラパラとめくり、疑問をぶつぶつ呟く。行動の矛盾、精神安定として【チップ】を配布した直後の人々や都市の変異、崩壊の加速、姿を見せない人間達。……全てがここから抜け出す要素になりえるとは思わないが、【箱舟】の本体へ至る為に、ある程度掘り下げ対処していかねばなるまい。
まずは【白の部隊】と合流して――
「――ん? 資料が……」
彼の手に握られた資料が白い砂と変化し、さらさらと床へ積もっていく。続いて目の前の地図も、端の方から徐々に砂へと変わるのが視界に入った。……これは?
直後に後方のドアが勢いよく開き、皆が振り返ると同時に隊長の怒号が飛んだ。
「総員拠点から退避しろっ!! ここの崩壊が始まったっ!! 早く――ああぁああ……」
彼はそう言いかけ喉元を押さえ跪き、ゴリゴリと何かが擦れる耳障りな音を身体から出す。隊長の背中から、白い羽のようなものが飛び出す――全身から血を垂れ流して、顔面の肉がボロボロと剥がれ落ち――下から出てきたのは真っ白な頭蓋骨――ではなく、ほぼ毎日顔を合わせている【天使】のものだった。
「おぇ……えっほげっほっ!! ……お久しぶりです。アダム副司祭、ローグメルクさん、アラネアさん。やっと……会えましたね」
隊長の身体を、卵の殻のように突き破って出てきたのは……丸眼鏡に長い茶髪が特徴的な新人【天使】。全身が隊長の血に塗れ眼鏡こそないものの、その声と顔、黄色の瞳は紛れもなく本人だった。彼女は血と肉が染み込んだ黒装束をぐちゃぐちゃと鳴らして立ち上がり、羽を引きずり左右へ揺れ、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。
状況が呑み込めない私達が絶句する中、扉の左右や壁で待機していた兵士達は小さな悲鳴混じりに携帯していた【銃】を彼女へ構えた。
「!? 止め――」
「――ば、ばば化け物めえぇっ!! よくも隊長をぉっ!! 総員斉射ぁっ!!」
止めどない小規模な爆発音、金属音、火薬の臭いが部屋に広がる。思わず耳を押さえて目を細め、目の前で新人が――いや、一瞬のうちに腕や足が吹き飛び、広がりつつある血だまりの中で仰向けの姿勢で倒れていた。髪の毛で隠れて表情が見えないが、ごぼごぼと呼吸をし、血を吐いているようだ。
血肉が広がる光景に吐き気がする。胃がキリキリと締め付けられるようで、こみ上げる物を左手で口を押えて抑え込む。……それだけでは終わらなかった。
「まだ息が――おぶ――おああぁあぁ」
扉の左右に居た兵士が、隊長と同様に喉元を押さえて苦しみだす。頭部の装備の隙間や体から血を吹き出し、ゴリゴリと体内から不快な音を出している。……まさか――
「――逃げるよ」
「うっす」
二人の短いやりとりが聞こえた瞬間、ローグメルクに抱えられ、数秒もしないうちに建物の窓から飛び出し空中に居た。風の音――遠のく飛び出した部屋に迫る黒い地面――アラネアが背中の足や手で糸を出し、街道を挟んだ左右の建物の間へ素早く太い糸を張り、私を抱えたローグメルクと彼は弾力のある糸を足場にして、落下速度を和らげ少し下の街道へ着地した。
抱えられたまま、先程まで居た【黒の部隊】の拠点を見上げる。【銃】を撃つ音。各階から煙と怒号が上がり、徐々にそれは大きくなっていく。
「どうなっている……何故あいつが……?」
「何が何だか全然だ。でも、離れた方がよさそうだねぇ。ローグメルク、そのまま副司祭を抱えて【白の部隊】の所へ行こう」
「うぇっ!? 俺何処に【白の部隊】が居るかなんて覚えてないっすよっ!?」
「それは大丈夫、地図は簡単に写して手帳にメモしておいた。俺が先導するから後方の警戒はよろしくね」
「早速手帳が役立ってるじゃないっすか」
「ん? おおっ、本当だっ!! 俺の努力が無駄じゃなかっただけでも嬉しいよっ!!」
アラネアは手帳を取り出し、飛び跳ねるようにして二人は街道を素早く移動していく。離れていく彼らの拠点の窓からは吹き出る黒煙と、新人の顔をした【何か】がこちらを見ている気がした。
***
廊下へ通じる扉越しに音がする。バキバキと硬い物が布のように肉を裂き、水音をたてて何かを引きずる音。時折する銃声と悲鳴。走り、逃げ惑う足音。俺は一人、この治療カプセルのある地下の個室の隅から動けずにいた。
水音の正体はわかっている。扉の下からどす黒い血が流れ出てきているから。赤や青の部隊が正体不明の化け物にやられ音信不通と連絡が数時間前にあったが、それが俺達の拠点にまでやって来た。予兆はあった。部屋の備品が次々と存在崩壊を起こして砂になり始め、数秒もしないうちに扉の向こうから怒号と銃声が上がって……現在に至る。
手元には先程【自動生成機】で作ったばかりの拳銃が一丁のみ。弾倉には弾が十二発、予備弾倉は無い。問題はこいつを構えるための両腕が三つ編みのガキにズタズタにされ、治りかけた状態じゃ上手く握れねぇ。トリガーへどうにか指を当てても、引く力すら残ってねぇ。……どうすればいいんだ、クソ。
治療カプセルは既に完全に砂となって崩壊し治療不可。部屋に備え付けられていた消火斧や緊急警報ブザーも砂になりかけ。扉や拠点だっていつ崩れ落ちるかもわからない。濃い血の臭いと死が徘徊すると音を聞きながら、俺は建物に圧し潰され終わるのか。それとも化け物が押しかけ、生きたまま俺を肉塊にして頭からバリバリと食っちまうか。
「死にたくねぇ……死にたくねぇ……死にたくねぇ……」
頭は冷静のつもりだ。だがガチガチと歯を鳴らす口からは、その言葉しか出てこなかった。二つの眼球は扉を捉えて離さない。角を背にして怯え、その時を待っている。隊長や他の奴らがどう思い死んでいったか知らねぇ。もしかしたらもう【箱舟】の防衛機能でこのことを忘れて、再生成されてるかもしれねぇ。
けどな、俺は誰が何を言おうが死にたくねぇんだ。今の俺が俺でなくなるのが嫌だ。生きたいと望んで何が悪い。死が怖い、生きたい。他の奴らや人類なんか知ったことじゃない。俺は俺だ。身体は【ノア】でも、中身は俺の意思だ。
『――あなたは……他の方と違うんですね。生きたいと強く願っている……』
「――――――っ!?」
耳や鼓膜の器官を無視して、脳みそに直接話しかけている感覚に身をよじり頭を抱える。なんだこれ……化け物が俺の脳みそに悪さしてるのか? それとも【箱舟】と繋がれた、オリジナルの【ノア】か? 痛い。ぎちぎちと脳が悲鳴を上げ、今にも破裂しそうだ。
『化け物……ではありません。私は人々を導く【天使】です……生きたいと思うその心に、偽りはないのですね?』
【天使】? 俺達を滅ぼした神々の使いの? ああそうだ。なんだっていい、くそ、この痛みを止めてくれ。まだ死にたくない。他の奴らがどう思っていようが、俺は死にたくないんだ。
壁へ頭をゴリゴリと擦り付けると、鼻から血が垂れてくる感覚がした。死ぬ、俺死ぬのか?
『ならば死なないよう、【天使】の私が導きましょう。生きたいと望むなら、その願いを叶えましょう』
視界の端で扉が砂になり、茶髪で黒服の少女が白い羽を引きずって入って来た。近付いてくる。俺は動けない。足をバタバタと動かし、ひっくり返る。頭を抱えた姿勢のまま、血塗れの少女から逃れようと角へ限界まで身体を押し付ける。
濃い血の臭いを撒き散らしながら近付く少女は顔を上げ、黄金に鈍く光る瞳を向ける。
「どのような形であっても生きたいと思うあなたの願い、私が叶えましょう。そうですね……【猟犬】などはどうでしょうか? 地獄の果てまで追いかける【猟犬】。力強く相手の喉笛を噛み千切り、風のように走る屈強な四肢。あなたはあなたのままで、死を望む者の願いをどうか叶えてください。彼らはもう生きることに疲れ、先のない人生には絶望しかありません。……やれますか?」
「あ……ああぉ……おおおぉ――」
口と鼻が尖って――背骨と、筋肉が伸縮し――腕や足が膨張する――手袋やブーツを硬い爪が突き破り――音が頭の上からする――ああ、耳が頭の上に生えたのか。視界が明瞭になってきた。頭や腕の痛みは無く、今まで感じたことのない高揚感が湧いてくる。
黒い兵士の服に身を包んだ血塗れの【天使】が頭を撫で、扉の向こうを指さす。なぜか今すぐに部屋から飛び出し、走り出したい欲求に駆られる。空腹感、高揚感、そして最後に――他の者への深い慈悲。
「死にたくても死ねず、未来に絶望し苦しんでいる人が、まだ【箱舟】には沢山います。生を望む者にはあなたと同じ救いを、死や眠りを望む者には二度と覚めぬ終わりを。全ての民草の願いを叶え、皆で【箱舟】の外へと出ましょう。人々に希望を届けなさい、勇気ある【ノアの猟犬】よ。【天使】はいつでも、あなたを見守っておりますよ」
「――――――!!」
力強く吠え、床を蹴り、血に濡れた廊下へ滑り出る。
救いを、希望を、願いを。今なら皆を【救える】。いや、【救わなければならない】。
俺が人類を救うんだ。全て終わらせ、皆で【箱舟】の外へ行く。
血に塗れた白い羽の幼い【天使】よ――【ノアの猟犬】に、あなたの導きがあらんことを。
ニーズヘルグ司祭が【堕天】し、新たにポラリス司祭の体制となってからは皆に余裕ができるようになった。でもそれは、四人で業務を回す前提の余裕であって、三人では難しい。きっと誰しもが「大丈夫、そんなことはない」と言ってくれるに違いなくとも、【天使】は誰かに必要とされ続けない限り【道具】としては不良品なのだ。
そして【天使】は人間以外の心を読むことができない。私は……それがとても怖い。わからないのが不安だ。表面上をどんなに取り繕っていても、本心は微塵も思っていないのかもしれない。皆にいつか「使えない」と言われ、捨てられてしまうのが怖い。手帳をどんなに知識や記録で埋めても、その感情を拭うことは出来なかった。
「捨てられたくなければ、日々の努力を怠らないことだ。知識や経験は一生の宝になる。【天使】は神々の意思を反映し、手足となる役目を担っている。自分自身を【道具】と例えるお前の考え方がわからなくはないし、【使えない】と判断されれば切り捨てられる世界であるのも確かだ。……もっとも、ポラリス司祭の甘い思想でどこからが【使えない】の境になるか、私には理解できないがな」
「もし……副司祭が、司祭の立場なら……その……私のような、欠点の多い【天使】を、どう思われますか? やはり……【使えない】と、思われてしまうのでしょうか」
懺悔室に設置された机へ羽根ペンを置き、アダム副司祭は座ったままこちらへ身体を向ける。少々怒ったような表情で睨む三つ編みが特徴の彼は、穏やかなポラリス司祭と比べてしまうとやや短気で怖い人だが、私にとってアポロ同様頼れる先輩でもあった。
「……少なくとも、【使えない天使】は存在しない。ニーズヘルグは歪んでいたが腐っても【中級天使】の階級ではあった。私や司祭は十年、アポロは五年少々で今の地位を得られた。お前はまだ五ヶ月少々、使える使えないと見極めるには早い。早熟は戦力として歓迎されるべき点ではあるが、経験を積んだ【天使】と比べ判断の甘さが多くなるように、人間を正しく導く業務は過去の事例記録を読んだ程度では埋められない差だ。それを詰めるのは日々の努力しかない」
「ですが……結果的に、私が足を引っ張っているようで……」
副司祭は溜め息を吐き、自身の首から下げた金の小さな十字架を私へ見せるように右手で持ち、やや前のめりになって顔を覗く。
「盲目的に業務をこなすのも、【道具】としては正しい事だ。私はそれでもかまわないが、完璧な神々が何故【天使】に感情を与えたのかわかるか? 多種多様化する人間の感情を知るには、【天使】が人間に近い感情を理解できるようにならなければならない。喜怒哀楽。憎しみやお前のように何かへ不安を抱くのも、それだけ私達が優れている証拠だ。……そして、部下がその感情を自ら支配できるよう育てるのが、私達上司の役目でもある。……私はそう考えているよ」
「………………」
握られた十字架はよく見ると傷が多く、私が首から下げている物よりずっと色褪せ、相当長い年月使い込まれていた。副司祭もニーズヘルグの下で過ごした十年間、不安や焦りを感じた時、そうして自分を奮い立たせていたのだろうか。触れてしまうと間違いなく機嫌を損ねるので尋ねはしない。だがそういった感情を抱くのは、自分にも覚えがあると教えているようであった。そして部下の感情を制御できるようにするのも、自分の役目であると。
「以前の私なら、また違った答えが出せただろう。だが神々がそう私達を創った以上、感情を持つことは無意味ではない筈だ」
「……アダム副司祭」
「【地上界】で生きる者達が神々より優れているなどあり得ない……が、私達は神々の手で直々に生み出された【天使】。彼らよりも洗練された存在であることに違いはない。自身の存在を卑下するのは勝手だが、塵芥より劣っているとは思わないことだ。……司祭の考えはそれに反する」
軽く左右に顔を振って十字架から手を離し、副司祭は背を向け再び机へと向かう。
彼の思想はポラリス司祭の思想と異なり、神々を絶対の存在だと疑わない。創造主である神々から生み出された私達もまた、誇り高い【天使】という【特別な存在】――言葉を少し濁したが、そう言いたいのだ。
【地上界】に住む人々が、人々の意思で歩めるよう導くポラリス司祭。【天界】に住まう神々を崇めるよう、人間を導くアダム副司祭。二人の道は交わらず、どちらが正しいかも私にはわからない。先輩であるアポロはポラリス司祭へ付いて行くと言っていた。いつの日か選択を迫られた時、私はどちらの道を選ぶべきなのだろう?
***
真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を、ペントラと歩いていたのを覚えている。来客用の寝室、白黒の絵画が沢山飾られた部屋、食料庫、大きな広い図書室――図書室から出た時、誰かに呼ばれた気がして振り返った。その瞬間、意識が遠のいて――目を覚ましたら、真っ暗な空間に居た。
自分が立っているか、座っているかもわからない。手元すら見えない真の闇。ざわざわと人の声が聴こえ、雑音のような【思考】が止めどなく流れ込んでくる。気分が悪くなって、口元を抑えるが手の感覚が無い。そもそも瞼は開いている? 耳は? 私の身体はどうなっている?
――気持ちが悪い。眠っている夢なのか、起きている現実なのか。何も理解できないのが気持ちが悪い。落ち着かない。歩いている? 走っている? それとも狭い空間に押し込められ、動けなくなっている? 息を吸うが肺の広がる感覚が無い。声を出すが喉も震えず、音も出ない。雑音は止まず、言語として成立しないそれへ耳を傾けていると狂ってしまいそうになる。でも耳を塞ぐことも、【思考】を切ることもできない。
――何分経った? 数時間……あるいは数日、数週間、数年ここにいた? 光も何も差さないここでは、時間の感覚もわからない。でも、考えることを止めてはならない。
私は【天使】。手帳へ書いていた皆の言葉や出来事を思い出し、どうにか自分自身を繋ぎ止める。気持ち悪くて、周囲の何かへ溶けてそうになるのを独りで耐えていた。声の出し方は忘れ、方向感覚もどうでもよくなった。ただここに私という【個】が居る。私が私である限り、私は狂わない。まだ耐えられる。
捨てられたくなければ、努力を怠るな――あの日の言葉がまた響く。助けを呼ぶ声は誰にも届かない。届いていても、返事が聴こえていないだけかもしれない。もしくは五ヶ月少々見ていたのは夢で、これが本来の現実?
違う。私は【天使】。人間を導く【天使】。名前は――……名前は?
記憶の棚をガラガラと――引き出しを開け、手帳を引っ掻き回す――無い――ない――ない。
どこにもない。
いけない。思考を止めるな。この記憶は本物。周囲の何かが囁いて、雑音が記憶の隙間へ入り込む。違う、これは私の記憶じゃない。これも違う。これも、これも、これも――一握りの【私】が蝕まれ、数えきれないほどの雑音で埋められていく。
星一つ無い、吸い込まれるような黒い空。海は枯れ、生き物は砂になり始めた。
さらさらと、真っ逆さまになって地中へ積もっていく。精神と願いを舟に乗せ、【ノアの機神】へ乗り込む時を待つ。埋もれた砂の中で幾星霜。【偶像神】が目覚めた時、【ノアの機神】も砂の中より目覚める。黒い空を焼け。天に住まう神々を焼き滅ぼせ。時間は無い。【機神】の燃料は人間の生きたいと願う精神。詰め込め詰め込め。まだ足りぬ。黒い空を焼くにはまだ足りぬ。
そして偽りの神が築いた全てを奪い尽くし、新たな【地上の民】として降りたとう。真に生きるべきは――
――暗闇に、ぽっかりと浮かぶ白い箱。穏やかな人の子の声で、箱は語りかける。
『やあ。僕の場所まで辿り着けたんだね。僕は【ノア】。君は?』
【天使】……もうそれしか思い出せない。
『【天使】? 神の使いと言われる想像の存在? 神々が僕を裁きにでもきたのかい? 何十億人もの人々を欺き騙し、神へと対抗する【機神】の燃料を積んだ兵器として、僕は今日まで生き続けてきた。これは僕の意思でもない。たまたま適合してしまったからであって、学者共の一任であれよあれよと【偶像神】にされちゃったんだ。でも、罪があるなら裁かれても仕方ない。僕が彼らの核であるのは間違いないんだから』
違う、私は人々を導く【天使】。何でここに流れ着いたのか――わからない。でもきっと、誰かを救うために私が来たんだと思います。そういう用途で創られた【道具】ですから――捨てられたくない。私は【使えない道具】じゃない。
あなたに望みや願い、希望はありますか? 【天使】にどうか導かせてください。
『そうだなぁ……また空が見たい。生きたい。思いっきり深く眠りたい。こんな偽物世界から飛び出して、本物の世界の空気を肺で吸いたい。……君がここから、僕を連れ出してくれる?』
導きましょう、本当の空が見える場所まで。
白い箱が近付いてくる。最初に自分の指先が見えた、次に腕、脚、長い髪――目がすごく熱い。焼けるように痛む。視えているが、眼球内の水分が沸騰しているかのようにぶくぶく疼く。溢れ出そうになる両目を押さえ付ける。……痛みが落ち着き前を見るが白い箱は無く、真っ暗な空には小さな白い光が見えた。ポラリスのように動くことのないその光は、出口を指し示してくれている。
……そうだ、ポラリス。私の司祭様。いつも私を守り、導いてくれた司祭様――青い髪に三つ編みのアダム副司祭、巻き髪金髪で大きな体のアポロ……大丈夫、私も【天使】としての仕事を成し遂げてみせます。
だからどうか、私を捨てないでください。
***
黒装束の一団を鎮圧後、彼らの拠点であろう事を象徴する黒い旗が掲げられた四角い建物内で、負傷した兵士の手当てを行わせながら状況の説明を求めた。青い腕章を付けた短い金髪の男が周囲から【隊長】と呼ばれ指揮しているようで、彼が主に説明を担当してくれた。
長く狭い石階段を上り、案内された部屋には左右の壁に【銃】を携えた黒装束の護衛が二人、出入口の背後の扉の脇に二人。……まだこちらへ警戒しているのだろう。当然と言えば当然か。
深々と三人掛け用ソファへ腰を下ろすアラネア、ローグメルク、私と向かい合うようにして、隊長は一人黒いソファへ座る。彼は無機質な金属のテーブルへ、部下から受け取った六角形の大きな都市が刷られた地図を広げ、街の端にある黒い印を指さす。
「ここが今居る我々の拠点だ。他にも印の付いた建物があるだろう。白、赤、青、緑――様々な色によって分けられた警備団が、街周辺や街中を警護している。……名乗るのが遅れた。我々は【箱舟中央区】を警護する【黒の一団】だ。手荒な歓迎で済まないね、外界からの来訪者達よ」
「いやぁ、こちらこそお勤めご苦労様です。ところで、怪我人の容態は大丈夫なのでしょうかね?」
「問題ない。ここは元々病院として機能する予定だった建物だ。医療品は【自動生成機】で入力すれば作成でき、治療カプセルも自然治癒と疲労回復を促してくれる。銃器は生成するまで少々時間が掛かるが……【箱舟】からしてみれば、この程度の損害など微々たるものだ」
しかし、隊長の表情は自信に満ちた言葉とは裏腹に、どこか陰鬱で覇気がない。周囲の護衛兵の顔は例の黒い装備で表情が見えないが、皆疲弊した表情を浮かべているのか? 見られていることに気が付いたのか、隊長は両手で自分の頬を叩き、眠気を覚ますように喝を入れる。
「失礼。我が隊は勤務中、頭部の装備装着が義務付けられていてね。顔が見えないのを良い事に、私まで気が緩んでいたようだ」
「……あまり眠られていられない様子ですね」
「我々は眠れない、そう言った方が正しい。この【箱舟】の中では眠ることも、死ぬことも許されないのだ」
「詳しくお話していただけますか? この街や【箱舟】、あなた達古代人について」
「……いいとも」
彼はここが【箱舟】内部に創られた精神世界であることや、自分達は五千年前に滅んだとされる古代人の一人であり、全く同じ外見の概念が集って部隊を組み、【偶像神】が目覚める時まで各地を警護していること。自分達は【箱舟】の管理下にあり、死ぬことはおろか、眠ることも許されない存在であること……時折部下から資料を持ってこさせながら、細やかに説明してくれた。
私達が現実の世界で戦った鉄の魔物達は、【機神】と呼ばれる【疑似生命】のような物で、中には人の精神が埋め込まれているそうだ。長い年月地中深くへ埋められていたが、【偶像神】を納めた棺が解放されたことで反応し、彼を殺そうと血眼になって探している。街へ侵入してきたのも、スピカ達の元へ向かう道中常に付け狙われていたのもそのせいだ。
「【疑似生命】つーと……ベファーナが死体を繋ぎ合わせて作るような奴っすね。んでも、隊長や皆さんもあんな禍々しくねぇし、顔が同じって以外普通の人間と変わらないように感じるんすけど」
「我々には【感情】がある。死にたくない、生きたい、眠りたいなど……恐らく、元となった人間の名残なのだろう」
「その……精神を病まれたりとかはなされなかったんですか? 人間は短命である分、その精神は特殊な環境下へ置かれ続けると、正常に保てないと聞いたことがあります。食料問題は補えているようですけど、五千年以上睡眠を一切とらず、今日まで正常でいるなど不可能です」
私の言葉に隊長も唸り、腕を組んで渋い顔を作る。都合の悪い事を刺された……というより、どう説明したものかと考えているようだ。
「……それについて説明する前に、まず五千百三十七年と八ヵ月前に起こった【箱舟】の反乱から話そう。私達の保護対象である人間――諸君らにとって【古代人】と呼ぶべき存在が突如不安定化。街の周辺地域も同様に崩壊し始め、ご覧の通り跡地には砂しか残らなかった。【箱舟】へ移り住んだ古代人の当時六割は崩壊によって亡くなり、残り三割は数少ない無事だった区画へ散り散りに逃げ惑うも、海に呑まれ消息不明。残り一割は中央区へ逃げ込んだ」
隊長が重い口調でトントンと指差していく。青や白で斜線を引かれている範囲は海と砂地になっているが、その下には黒字で地名や都市名のようなものが書かれていた。眺めている地図も中央区周辺拡大図の一部だそうで、あの広大な海の上にここと同規模都市がいくつも存在したとすれば、六十億人を抱え込むのも不可能ではないか。
だが【箱舟】に個の意思があるにも関わらず、なぜ不安定なまま計画を実行に移したのしたのだろう。アラネアも言ってはいたが、上層部が強引に精神世界の完成を急がせたとしても、自ら乗り込む前提なのだとしたらあまりにお粗末すぎる。
その彼は手帳を取り出して隊長の話を書き足し、怪訝な顔を浮かべている。
「わからないなぁ。古代人は俺も考古学者達も完璧主義者だと思っていたんだけど……不安定な要素をそのまま残して実行するかい? 【神々の黄昏】まで時間が無かったのならわかるんだけど、六十億人分の土地はキッチリ用意されてたみたいだし……で、一割の人間はどうなったのさ?」
「私の背後の窓からも見える、あの白い塔の地下深くで今も生活しているとされている。かれこれ五千年以上彼らの姿を確認していないが、億単位の精神反応や定期的に崩壊進行度の通知連絡が来ることから、現在も生存しているのは間違いない。【箱舟】が反乱を起こす数日前、【箱舟】の再起動が数十年以上は行われないと判断した上層部と研究者は、これまで精神安定剤を定期的に服用させていた住民達へ、定期服用が不要になると施行した【チップ】の装着を義務付けた。我々は初めから【箱舟】が作り出した存在であり、施行前から既に適応されていたが……」
「賭場で賭ける時にベットで払う奴すか? それとも木材を細かく砕いた着火剤かなんかすか?」
「それとは違う。我々の言う【チップ】は……あー、なんと説明すればいいか。……資料を持ってきてくれ。恐らく口で説明してもわからないだろう。地下の保管庫にあるはずだ」
「はっ!!」
私達の認知するチップと彼らの言う【チップ】はまったく異なる物らしく、隊長は扉の傍で警護する一人の兵士へ命じる。
彼の話によれば、精神の崩壊は当初薬物である程度凌いできたが、長期的になると見込んで手法を切り替えたとのこと。精神世界で食事など不要だと思ったが、【箱舟】の【自動生成機】が作る食事によって【えねるぎー】――魔力が行動活力として蓄積され、生前と同じ行動習慣をなるべくとることで精神衛生を保っていたとも語られた。
「それでも、死ぬよりはマシだったんっすかねぇ。いや、死にたくないのもわかるんすけど、【薬漬け】ってのもあまりいい聞こえしないっす。精神だけの状態でも全く副作用の影響がないとは思えやせんし、精神的に弱い子供や赤ん坊はどうしてたんすか?」
顎を撫でながら、ローグメルクは納得いかない様子で隊長へ質問する。隊長は腕を組み、目を伏せ一呼吸おいたあと、声の調子を更に落として答えた。
「【箱舟】計画実行から数日後。赤ん坊や子供・身体に障害や精神疾患を持つ人々が不安定化。崩壊や変異を起こし、我々【箱舟】の防衛機能が対応。鎮圧後、数時間後には目の前で我が子や友人を失った者達が不安定化。これも我々が鎮圧。更に――」
「――ちょ……ちょっと待ってくだせぇっ!? 最初っから全滅しそうな流れになってるっすよっ!?」
「精神安定剤を配布すると、上層部が決定するまでの数日間で四割の人類が消滅。六割は約二年間安定したが、それ以降崩壊や変異を起こす者達が徐々に増え、更なる安定化を図るために施行されたのが【チップ】の装着だ。これが五千百三十七年と八ヵ月前の【箱舟】の反乱までに起きた出来事とされている」
「失礼しますっ!! 資料を持ってまいりましたっ!!」
「ああ、ありがとう」
彼は部下から紙の資料を受け取り数ページめくった後、目当てのページを開いた状態でテーブルへ乗せてこちらへ見せた。四角い枠で囲まれた図の中央には指輪が描かれており、分解図や解説なども事細かに書かれているが――やはり理解できない。アラネアも手帳と資料を見比べながら唸っている。
「考古学者なら大発見だと大騒ぎするんだろうなぁ。精神世界じゃなければ、持って帰りたい物も沢山あるのに。……多分資料とか貰っても、現実へ持って帰れないんだろうけど……」
「そんなこと言ったら、そうやって手帳へ書いても、現実じゃ白紙の状態かも知れねーっすよ?」
「うん……それもそうだっ!! ああ、しまったっ!! どうすればいいっ!?」
「おぉっ!? 知らないっすよぉっ!?」
両脇に座る二人はこんな状況でもマイペースで緊張感皆無。間の私は真剣に現状をどうするか真剣に考えているというのに……。それを眺める隊長も苦笑いしていた。
「かつて滅ぼされた人類と新人類が、形を変えこうして巡り合うというのも、なかなか感慨深い話ではあるな」
「……ですが、私達から見ればあなた達は間違いなく侵略者です。【箱舟】があなたの説明した通りの役目を果たそうとするのなら、【地上界】は大混乱になる。神々に仇名したことも含め、私達が分かり合えることは決してない」
「ごもっともだ、少年。元々そのような計画なのだからな。……これは我々の意思では止めようがない。【箱舟】は人類の希望であり、我々は【箱舟】を守護する存在。だが……部隊の多くの者は【箱舟】に裏切られ、希望と信じて疑わなかった存在の反乱に疑問を抱いている。我々古き人類は、今を生きるに値するのかどうかと」
隊長は地図の一角、白で丸を付けられた場所を指す。この拠点から少々離れた場所だ。
「ここには我々の同志である【白の部隊】がいる。だが彼らは模範的部隊とは言い難く、任務に対し意識も低い。装備や狙撃手の腕は上等だが、統率の執れない烏合の衆。彼らならば取り込むのも容易だ。我が部隊の書簡を見せれば不用意に争うことも無い。用意しよう、少々待っていてくれ」
「? それは裏切り行為では……」
「……少年。君らの住む世界は平和かね? ここのような殺風景な景色ではなく緑溢れ、争いのない平和な世界を築けているか?」
この表情は知っている。生きることに疲れた顔。……だが、同時に未来への期待が籠った瞳。まるで老人のようだ。いや……五千年以上もこの世界で過ごしているのだ。見た目こそ二十歳前後でも、老人以上の存在か。
「緑は豊かですね。目立った争いも今はありません。……技術面で負けてしまいそうですが、私達にも私達の強みがありますし、皆さんのようなどこの誰とも知らない人々に、偉大なる神々が築いた世界を脅かされるわけにはいきません」
「副司祭、もうちょっと穏便な言い方ないんすか?」
「いいや、それで十分だ。君達は君達の時代を生きたまえ。……決して、我々のようにはならないことだ」
隊長はソファから立ち上がり、書簡を用意してくると言って部屋から出て行った。
彼が何故そのような行動に出たのか理解できない。使命であれば全うするべきだ。危険に晒され死にたくないと願ったとして、何故自分達よりも私達が生きる価値があると判断して譲るのだ? その為に存在しているのではないのか? だから今まで街を守ってきたのではないのか? まだ一割の生存者がいるのだろう。なぜ投げ出す?
「助けてもらってるのに納得いかないって顔してるね、アダム副司祭」
アラネアが手帳にペンを挟んでポケットへしまい、ずれた帽子を被り直して呟く。何を知ったように言うのだこの蜘蛛男は。
「俺はなんとなくわかるっす。ヴォルガードの旦那も同じ顔をしてやした。あの面構えと言葉は覚悟を決めた漢っすよ。俺達が拒否してもお節介焼くつもりっすね、あの隊長さん」
「一国の王へ仕えていたローグメルクがこう言うんだ、信頼するのに十分な人物なのは間違いない。そこの兵士さんはどう思う?」
「はっ!! 隊長は尊敬できる上司でございますっ!!」
「……わからないですね。上司は事実上、あなた達側の人類を救うのを放棄したのですよ? あなたの仲間の中には『生きたいと願って何が悪い』と叫んだ方が居ました。私もそれに共感を覚える部分もありましたが、あなた達の上司は街を守り、人類を守るという役目を負いながらも矛盾し過ぎている。それとも……その程度で諦める人類だったという意味ですか?」
黒装束の兵士は少し間を置き、何やら考えている様子だったがすぐに返答する。
「私は、我々の犠牲の上で平和な世を築けたのだとしたら、誇りに思いますっ!! それは古い人類、新しい人類関係無く共通でありますっ!! もし仮に皆さんの世が混沌とした世なら、我々が治めることで平和を取り戻せるかもしれませんが、我々が介入してしまっては皆さんの平和が脅かされるでしょうっ!! よって私は【箱舟】の旅路をここで終わらせ、未来を生きる皆さんへ託すことを望みますっ!! 他の者がどう答えるかわかりませんが、私は隊長の考えを支持しますっ!!」
敬礼姿勢のまま、はきはきと恥じらいなく自分の考えを述べる兵士に呆れた。それは自分の上司の考えであって、お前の使命は街や人々を守る事だろうに。こいつらもポラリスと同じお人好しか。……五千年経ってもその程度の答えで止まり、行き着いた結果がこれだ。やはりお前の考え方は伝播するとロクな未来にならない。
だが……協力を拒んだところで私達に利点は無い。現実ならいざ知らず、ここは精神世界で【箱舟】の庭。恐らく隊長の話が本当なら、精神的な負荷が一定以上かかると変異や崩壊など身体に異常が出るのだろう。【チップ】という物や精神安定剤なども持ち合わせていない私達が長居していては、古代人の二の舞だ。
他人の好意には素直に甘えろ。アレウスが生き延びるには必要な要素だとよく言っていた。今がその時か。察したローグメルクがさり気なく肩へ置いた右手を、左手で払う。
「そこまで愚かじゃないですよ。状況が状況です。最優先は【箱舟】を止め、ここから無事出ることです」
「そうっす。使えるもんは何でも使わなきゃ、緊急時は生き残れないっす。冷静に行動しやしょう」
「話の辻褄は確かに合うんだけど……妙に引っかかるなぁ。物質や彼らが劣化せず、五千年近くも綺麗な状態を保つのは精神世界だから説明が付くとして、一割の人々が地下へと避難……【箱舟】の反乱を安定化させる為の研究で一時的に移り住んだとしても、今は地上で活動することも十分に可能だ。何故彼らは文通のやり取りのみで、五千年以上も姿を現さないんだ……?」
アラネアは【チップ】の資料をパラパラとめくり、疑問をぶつぶつ呟く。行動の矛盾、精神安定として【チップ】を配布した直後の人々や都市の変異、崩壊の加速、姿を見せない人間達。……全てがここから抜け出す要素になりえるとは思わないが、【箱舟】の本体へ至る為に、ある程度掘り下げ対処していかねばなるまい。
まずは【白の部隊】と合流して――
「――ん? 資料が……」
彼の手に握られた資料が白い砂と変化し、さらさらと床へ積もっていく。続いて目の前の地図も、端の方から徐々に砂へと変わるのが視界に入った。……これは?
直後に後方のドアが勢いよく開き、皆が振り返ると同時に隊長の怒号が飛んだ。
「総員拠点から退避しろっ!! ここの崩壊が始まったっ!! 早く――ああぁああ……」
彼はそう言いかけ喉元を押さえ跪き、ゴリゴリと何かが擦れる耳障りな音を身体から出す。隊長の背中から、白い羽のようなものが飛び出す――全身から血を垂れ流して、顔面の肉がボロボロと剥がれ落ち――下から出てきたのは真っ白な頭蓋骨――ではなく、ほぼ毎日顔を合わせている【天使】のものだった。
「おぇ……えっほげっほっ!! ……お久しぶりです。アダム副司祭、ローグメルクさん、アラネアさん。やっと……会えましたね」
隊長の身体を、卵の殻のように突き破って出てきたのは……丸眼鏡に長い茶髪が特徴的な新人【天使】。全身が隊長の血に塗れ眼鏡こそないものの、その声と顔、黄色の瞳は紛れもなく本人だった。彼女は血と肉が染み込んだ黒装束をぐちゃぐちゃと鳴らして立ち上がり、羽を引きずり左右へ揺れ、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。
状況が呑み込めない私達が絶句する中、扉の左右や壁で待機していた兵士達は小さな悲鳴混じりに携帯していた【銃】を彼女へ構えた。
「!? 止め――」
「――ば、ばば化け物めえぇっ!! よくも隊長をぉっ!! 総員斉射ぁっ!!」
止めどない小規模な爆発音、金属音、火薬の臭いが部屋に広がる。思わず耳を押さえて目を細め、目の前で新人が――いや、一瞬のうちに腕や足が吹き飛び、広がりつつある血だまりの中で仰向けの姿勢で倒れていた。髪の毛で隠れて表情が見えないが、ごぼごぼと呼吸をし、血を吐いているようだ。
血肉が広がる光景に吐き気がする。胃がキリキリと締め付けられるようで、こみ上げる物を左手で口を押えて抑え込む。……それだけでは終わらなかった。
「まだ息が――おぶ――おああぁあぁ」
扉の左右に居た兵士が、隊長と同様に喉元を押さえて苦しみだす。頭部の装備の隙間や体から血を吹き出し、ゴリゴリと体内から不快な音を出している。……まさか――
「――逃げるよ」
「うっす」
二人の短いやりとりが聞こえた瞬間、ローグメルクに抱えられ、数秒もしないうちに建物の窓から飛び出し空中に居た。風の音――遠のく飛び出した部屋に迫る黒い地面――アラネアが背中の足や手で糸を出し、街道を挟んだ左右の建物の間へ素早く太い糸を張り、私を抱えたローグメルクと彼は弾力のある糸を足場にして、落下速度を和らげ少し下の街道へ着地した。
抱えられたまま、先程まで居た【黒の部隊】の拠点を見上げる。【銃】を撃つ音。各階から煙と怒号が上がり、徐々にそれは大きくなっていく。
「どうなっている……何故あいつが……?」
「何が何だか全然だ。でも、離れた方がよさそうだねぇ。ローグメルク、そのまま副司祭を抱えて【白の部隊】の所へ行こう」
「うぇっ!? 俺何処に【白の部隊】が居るかなんて覚えてないっすよっ!?」
「それは大丈夫、地図は簡単に写して手帳にメモしておいた。俺が先導するから後方の警戒はよろしくね」
「早速手帳が役立ってるじゃないっすか」
「ん? おおっ、本当だっ!! 俺の努力が無駄じゃなかっただけでも嬉しいよっ!!」
アラネアは手帳を取り出し、飛び跳ねるようにして二人は街道を素早く移動していく。離れていく彼らの拠点の窓からは吹き出る黒煙と、新人の顔をした【何か】がこちらを見ている気がした。
***
廊下へ通じる扉越しに音がする。バキバキと硬い物が布のように肉を裂き、水音をたてて何かを引きずる音。時折する銃声と悲鳴。走り、逃げ惑う足音。俺は一人、この治療カプセルのある地下の個室の隅から動けずにいた。
水音の正体はわかっている。扉の下からどす黒い血が流れ出てきているから。赤や青の部隊が正体不明の化け物にやられ音信不通と連絡が数時間前にあったが、それが俺達の拠点にまでやって来た。予兆はあった。部屋の備品が次々と存在崩壊を起こして砂になり始め、数秒もしないうちに扉の向こうから怒号と銃声が上がって……現在に至る。
手元には先程【自動生成機】で作ったばかりの拳銃が一丁のみ。弾倉には弾が十二発、予備弾倉は無い。問題はこいつを構えるための両腕が三つ編みのガキにズタズタにされ、治りかけた状態じゃ上手く握れねぇ。トリガーへどうにか指を当てても、引く力すら残ってねぇ。……どうすればいいんだ、クソ。
治療カプセルは既に完全に砂となって崩壊し治療不可。部屋に備え付けられていた消火斧や緊急警報ブザーも砂になりかけ。扉や拠点だっていつ崩れ落ちるかもわからない。濃い血の臭いと死が徘徊すると音を聞きながら、俺は建物に圧し潰され終わるのか。それとも化け物が押しかけ、生きたまま俺を肉塊にして頭からバリバリと食っちまうか。
「死にたくねぇ……死にたくねぇ……死にたくねぇ……」
頭は冷静のつもりだ。だがガチガチと歯を鳴らす口からは、その言葉しか出てこなかった。二つの眼球は扉を捉えて離さない。角を背にして怯え、その時を待っている。隊長や他の奴らがどう思い死んでいったか知らねぇ。もしかしたらもう【箱舟】の防衛機能でこのことを忘れて、再生成されてるかもしれねぇ。
けどな、俺は誰が何を言おうが死にたくねぇんだ。今の俺が俺でなくなるのが嫌だ。生きたいと望んで何が悪い。死が怖い、生きたい。他の奴らや人類なんか知ったことじゃない。俺は俺だ。身体は【ノア】でも、中身は俺の意思だ。
『――あなたは……他の方と違うんですね。生きたいと強く願っている……』
「――――――っ!?」
耳や鼓膜の器官を無視して、脳みそに直接話しかけている感覚に身をよじり頭を抱える。なんだこれ……化け物が俺の脳みそに悪さしてるのか? それとも【箱舟】と繋がれた、オリジナルの【ノア】か? 痛い。ぎちぎちと脳が悲鳴を上げ、今にも破裂しそうだ。
『化け物……ではありません。私は人々を導く【天使】です……生きたいと思うその心に、偽りはないのですね?』
【天使】? 俺達を滅ぼした神々の使いの? ああそうだ。なんだっていい、くそ、この痛みを止めてくれ。まだ死にたくない。他の奴らがどう思っていようが、俺は死にたくないんだ。
壁へ頭をゴリゴリと擦り付けると、鼻から血が垂れてくる感覚がした。死ぬ、俺死ぬのか?
『ならば死なないよう、【天使】の私が導きましょう。生きたいと望むなら、その願いを叶えましょう』
視界の端で扉が砂になり、茶髪で黒服の少女が白い羽を引きずって入って来た。近付いてくる。俺は動けない。足をバタバタと動かし、ひっくり返る。頭を抱えた姿勢のまま、血塗れの少女から逃れようと角へ限界まで身体を押し付ける。
濃い血の臭いを撒き散らしながら近付く少女は顔を上げ、黄金に鈍く光る瞳を向ける。
「どのような形であっても生きたいと思うあなたの願い、私が叶えましょう。そうですね……【猟犬】などはどうでしょうか? 地獄の果てまで追いかける【猟犬】。力強く相手の喉笛を噛み千切り、風のように走る屈強な四肢。あなたはあなたのままで、死を望む者の願いをどうか叶えてください。彼らはもう生きることに疲れ、先のない人生には絶望しかありません。……やれますか?」
「あ……ああぉ……おおおぉ――」
口と鼻が尖って――背骨と、筋肉が伸縮し――腕や足が膨張する――手袋やブーツを硬い爪が突き破り――音が頭の上からする――ああ、耳が頭の上に生えたのか。視界が明瞭になってきた。頭や腕の痛みは無く、今まで感じたことのない高揚感が湧いてくる。
黒い兵士の服に身を包んだ血塗れの【天使】が頭を撫で、扉の向こうを指さす。なぜか今すぐに部屋から飛び出し、走り出したい欲求に駆られる。空腹感、高揚感、そして最後に――他の者への深い慈悲。
「死にたくても死ねず、未来に絶望し苦しんでいる人が、まだ【箱舟】には沢山います。生を望む者にはあなたと同じ救いを、死や眠りを望む者には二度と覚めぬ終わりを。全ての民草の願いを叶え、皆で【箱舟】の外へと出ましょう。人々に希望を届けなさい、勇気ある【ノアの猟犬】よ。【天使】はいつでも、あなたを見守っておりますよ」
「――――――!!」
力強く吠え、床を蹴り、血に濡れた廊下へ滑り出る。
救いを、希望を、願いを。今なら皆を【救える】。いや、【救わなければならない】。
俺が人類を救うんだ。全て終わらせ、皆で【箱舟】の外へ行く。
血に塗れた白い羽の幼い【天使】よ――【ノアの猟犬】に、あなたの導きがあらんことを。
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