ポラリス~導きの天使~

ラグーン黒波

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第五章・死にたがりの【天使】

【最終節・縁】

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 街を発って二日後。午前十時四十四分。王都に到着したミーアは王都兵士隊へ、アタイは大教会にいる【ルシ】へ周辺環境調査の結果報告を行っていた。ミーアには、自身をエルフ族だと語った【ローブ姿の機神】についての報告は伏せるよう伝えている。顔に出やすい性格が裏目に出て、隊長らに追及されないといいが。
 興味深げに資料をくまなく読む【ルシ】は、事細かに状況やどんな姿をしていたか、武器、騎乗していた魔物の品種はと次々と質問してくる。王都内で起きたエルフ族が関連する事件や、竜人族の品種改良された種を飼いならしていた点も、何か思い当たる節があるようだった。
 最後の一枚まで読み終え、彼は小さな溜め息と共に手元の資料を閉じた。珍しくやや険しめな表情に、状況の深刻さがこちらにも伝わる。大教会の最前席、隣へ座るアタイへ目を合わせて【ルシ】は重々しく口を開いた。

「……君達が【ローブ姿の機神】に遭遇し、撃退した翌朝。王都下水処理場の一区画で、男性エルフ族の変死体が現場作業員によって発見された」

「!?」

「彼の腹部には、杭のような太く鋭い物を刺されたと思われる傷があった。腕や顔の一部は異形に変化し、重石を手足に巻かれ沈められたらしい。どうにも君の報告内容や、数年前の暴徒襲撃事件と重なる点が多くてね。私は……同一犯だと考えている」

「当時逃げられた三角帽……ですか」

「ああ。自分に従っていた人間達まで、魔物へと変えてしまう冷徹な人物だ。あの日から今日に至るまで、信頼できる一部の【上級天使】に探らせているものの、実態が未だつかめていない。亡くなった男性エルフ族は、ポラリス君の影響で正気に戻ったか、或いは利用価値が無いと判断して切り捨てられたか」

「………………」

「……どちらにしても、彼の様に【機神】を操り従え、他種族へ襲撃を行える技術を持つ者が出て来てしまったんだ。こちらも早急に手を打たないといけない」

 彼は顎へ手を当て、悩まし気に思案する。あの日、【ルシ】率いる【上級天使】達と王都兵士隊は大教会に突入し、虫の息だったアタイを助け出せたものの、首謀者の三角帽の男は取り巻きの人間達を全員異形の魔物へと変え、混乱に乗じて逃亡。その後の足取りはつかめず、上層部や貴族が組織的に噛んでる可能性も考えてはいた。
 人間の栄える煌びやかな王都の裏で、想像以上に根深く暗躍する存在。その影響は王都の外へと影響するまでに膨れ上がり、自分達は直接手を下さず、間接的に他種族を襲えるまでになった。だが、あの【機神】は捕らえられたエルフ族の同族を助け出そうとしていたように思える。【機神】が森のエルフ族を追い出すのと、矛盾した行動。……どういうこったい。
 頭を掻き毟り、混乱する思考をどうにか纏めようと口にして整理していく。

「えーと……ってことはエルフ族の男は組織の一員で、私的に【機神】を利用してエルフ族を救済し、他種族を滅ぼすか搾取する奴隷みたくしようとしていた。それを許さなかった、もしくは使えなくなったかで男を消します。でも【機神】達は身内である筈のエルフ族の森まで襲っていて、完全に支配しきれていないか、別々の組織、個人が技術を所有している可能性もあると。……は~、ややこしい。……どーも一貫性が無い」

「【機神】を利用して他種族同士を争わせようと、裏で掻き回している存在がいる。……彼らの狙いは、再び世を混沌へ陥れることかもしれない」

 独り言のつもりだったが、言葉の端々を【ルシ】に拾われる。混沌へ陥れるって……また戦争でもおっぱじめるつもりかよ。でも――――

「――――掻き乱して争わせるんなら、いくらでもやり様はありますね。【機神】をあえて個人運用させて、同士討ちさせても問題ない訳で」

「貸すのは技術提供のみ、か。水面下での試験運用を兼ねてなのだとしたら、最も効率的なやり方だ。末端の者を生かして捕らえられたとしても、蜥蜴の尾を切り落とすが如く裏から消し去り、強い憎しみを抱いた代わりとなる人物を新たに用意すればいい。……そうまでして、戦争を起こさせたいのか……っ」

 彼は悔し気に歯を食いしばり、目を細める。ここまで【ルシ】の感情的な表情を見たのも初めてだったが、嫌々参加させられた戦争を再び起こされようとしているのだ。当事者として怒りや悲しみ以上に、悔しさが先に出るのも仕方ない。
 長い沈黙。【ルシ】は一息吐き、冷静さを取り戻した表情を見せる。

「すまない。話の最中に取り乱してしまって……」

「いえ。以前のアタイなら同情なんてしなかったでしょうけど、今はその悔しさも納得してるんで」

「……彼らに会って、君もミーア君も良い刺激を受けたようだね。それが私の中では今最も嬉しい朗報だ。そうだ、首の傷を見せてもらってもいいかな?」

「はぁ、ちょっと同情してやればこれだ……」

 マフラーをずらし、首元をルシへと見せる。今朝も首の傷を手鏡で確認したが、相変わらず赤く腫れたまんまだった。彼もまじまじと傷痕を診て、数十秒ほどで診察から解放された。

「結構、戻してくれて構わないよ。……残念ながら、以前と変化は見られない。やはり精神的な影響ではなく、【受肉】側そのものに欠陥が……?」

「知りませんよそんなの。アタイはともかく、ポラリス司祭やアダム副司祭も同じ目で見たら、幻滅されると思いますよ。研究熱心なのもいいんですが、部下へのセクハラは【特級階級】としてあるまじき行為なんじゃないですかねぇ。職権濫用です?」

「とは言っても、【受肉】をより安定化させるのが私の務めでもある。しかし、【天使】達の精神への負担軽減や五感欠落を無くすのは、私一人の技術や閃きでは限界があるのだよ。……ポラリス君に良い刺激を貰っているのは、私も同じさ。彼は謙遜するけど、【受肉】の想定限界を超えた力を引き出しながら、ああも精神が安定してるのは凄い事なんだ。大抵……魂の方が潰れてしまう」

「だから臨床試験も兼ねて監視していると」

「いや、監視どころか街の教会運営は彼に任せっきりだとも。直接会いに出向く機会も月一程度で、ほぼ報告書と手紙でのやり取りさ。こちらも多忙の身。彼には肩肘張らず、柔軟に部下達と日々の業務に取り組んで欲しいしね」

 まるで家から出た我が子を気に掛ける親だ。先の悔し気な表情から一転、穏やかな表情でポラリスの手紙を手に彼らの事を話し始める。もしやテメェ、親馬鹿話が理解できる相手を作る為に、アタイやミーアを出向かせたんじゃないだろうね。【ルシ】はちょっと天然入ってるから、有り得なくない。

「まぁ……面白いのはわかります。全員伸び代ありますし、怯えながら生活するどころか賑やかで」

「そうだろう? 特に今回は……そうだね。君を苦しめてしまったことや、【ローブ姿の機神】へ感情を強引に伝えた事を悔やんでいる」

 彼からの手紙を読みながら、【ルシ】は少し声の調子を落として悲し気に呟く。お人好しらしい手紙の内容だ。

「……ポラリス君は、怒りや憎しみの感情をよく分かっていない。理解しようとしないのではなく、本人の中でそういった【負の感情】が欠落してしまっている。正義感だけで自身を正当化できない、心の整理ができない辛さは、サリー君も知っているだろう。彼は周りに支えられることで、初めて彼のままでいられるんだ」

「面倒なくらい繊細ですね」

「ま、まあ……確かに。でも、今の【地上界】に必要なのは、ああいった【慈悲】の感情や【人を愛する】感情なんだ。あのまま彼が成長し、人から人へと伝播していく流れが出来れば、穏やかな世界になるとは思わないかい?」

「穏やかどころか、退屈過ぎて泣く子も寝ますよ。比喩じゃなく、本当に」

「ははははは。それはそれで平和じゃないか。……また長く話し過ぎてしまったね。では、君とミーア君の本件任務終了を言い渡す。お疲れ様。今日明日はゆっくりと休むといい」

「どーも」

 席を立ち、長話で凝り固まった首を回して伸びをする。正面の巨大なステンドグラス越しに降り注ぐ、陽光の温かさが心地いい。この後はミーアと飯食って荷物の整理して――――あ、忘れる所だった。手紙を丁寧に折り畳む【ルシ】の方を見て、伝え忘れていた土産の事を話す。

「そういやあの街でうっさん臭い画家から絵を貰ったんですけど、今度見に来てくださいよ。ゆらゆら蠢く黒色だけの絵で、気味が悪いし芸術に疎いアタイには理解し難くてですね……」

「画家? ……ああ、成程。彼女の作品だね。わかった、今度【君達の借家】へお邪魔させてもらうとしよう。ミーア君の戸籍の件も任せてくれ給え。私が全て手続きを行っておこう」

「助かります。また【機神】の件含め、進展なり問題なりあれば呼んでくださいな。出来れば、休暇中以外で」

「心強い。では、家族と共に良い休暇を。サリー【上級天使】」

***

 午後十六時三分。ティルレットが休暇を貰ってから一週間。アラネアの用意した運動着へ着替えたスピカお嬢と、城の庭で特訓をしながら今日も食後の軽い運動中。【生成術のいろは】はまだまだなんで、木剣を使って練習させているものの、親の才能は子にも表れるもんすね。するする基礎を飲み込んで、応用的な動きからちょっとした【魔術】を混ぜた技まで、攻める手段は増えた。……ただ――――

「――――休憩っ!!」

「えぇ、早くないっすか? まだ二分しか経って――――」

「――――もう二分ですよっ!? インドア舐めないでくださいっ!!」

 この体力の無さっすねぇ。子供は外で遊んで体力培うもんだって、子持ち商人のバックスさんは言ってたっすけど……お嬢の娯楽は室内でのお勉強や読書、ボードゲームやトランプ遊び。同い年の子供でもいれば鬼ごっこや木登りなりするんでしょうが、大人ばかりの中で育ってそういう機会も無かったっす。……俺達が過保護過ぎたのもあるっすけど。
 お嬢はコップに注がれた水を喉を鳴らして飲むと、そのまま庭に設置された白い椅子へ座り、傍のテーブルに頭を着ける。想定外に厄介だったのが実はあの角。左右でバランスが違うせいで、常に体幹は角が無事な左へ寄りまくって時々ひっくり返ったり、頭につられて剣先が下がる。両脚でどっしり構える姿勢へ一旦変えたものの、休み休みでも首と肩がこって、お嬢曰くこの姿勢で休むのが一番楽とのことっす。
 首周りと肩周りの筋力強化に基礎体力作り。……ドルロス夫妻や俺は武術の基礎から応用まで具体的に教えられるっすけど、素の体力と筋力は長期間でゆっくり育てていくしかないっす。

「ろ~ぐめ~るく……魔術で筋力と体力誤魔化すようなことって、できないんですかぁ~? 【箱舟】の中だとあんなに思い通り動けたのに、現実じゃ頭は重いし息が喉で詰まって……大きな角がこんなに恨めしいと思ったの、ボク生まれて初めてですよぉ……」

「体幹を鍛えて、左右のバランス取れるようにするしかないっす。魔術で直接筋力と体力を強くするんなら、ベファーナへ頼み込むのも――――」

「――――それだけは無い。絶対無い。アレに頼んだら何要求されるか分かったもんじゃないです」

「なら、地道にコツコツ励むしかないっすね。技術の飲み込みは結構早いんで、稽古後回しにして城の周囲をぐるぐる走った方が案外効率いいかもっす」

「うへぇ……いっそ頭もげるか角もげないですかね」

「何おっかないこと言ってるんすか……」

 お嬢の魔力で筋力・体力の肩代わりさせるにしても、素人の俺達が教えたところで手足が耐え切れなくて吹っ飛ぶか、軽く跳ねただけで雲まで届いたりしたら洒落になんねぇ。というか、古株組は脳筋ばっかで、魔力を筋力や体力に変換する技術を持ってる奴が居ねぇっす。シスターは【守護魔術】と【治療施術】特化だし、ベファーナはお嬢が絶対首を縦へ振らない。
 ……古株組でそっちに学があるとすれば、ティルレ――――

「――――不肖、ティルレット。只今休暇より戻りました。スピカお嬢様、特訓の調子はいかがですか?」

「おぉ……? あああああぁおかえりなさいティルレットっ!! すみません、ちょ~っと慣れない運動ばっかしてたものでっ!! あのっ!! 別にローグメルクが悪い訳じゃ……」

 噂をすればなんとやらっすね。花壇へ腰かけて考え込んでいたら、音も気配も無くお嬢の直ぐ隣へ戻って来やがった。いつの間にか俺の隣に土産物の山が置かれてるし……あんたこの量をどうやって運んできたんすか。

「話しは彼奴より聞いておりまする。然し、見ればお疲れのご様子。不肖、ティルレット。城の影で休まれることを提案します、許可を」

 お、早速チャンス。ティルレットに察せられないようお嬢へ無言で目配せして、手筈通りに命令するよう促すと、頷いて返事をしてくれた。嫌々言った時は強行手段っす。お嬢は両腕を広げ、ティルレットへ命令する。

「許可しますっ!! でも疲れて歩けないので、抱っこでお願いしますっ!!」

「………………」

 二人とも固まった。こちらへ背を向けているティルレットの表情は分からない。だが、いつも即答で答えるこいつが【答えない】んだ。相当驚いてるんだろうよ。さあ、どう答える?

「………………」

「………………」



「……――――了承」

 おっしゃあああああああぁっ。ハグした。今、自分から抱きかかえにいった。でも、ここで俺が騒いじゃ台無しっす。静かに、さり気なく祝うんっすよ。黙れ俺の口、喋るなよ今は。空気を読んで、土産の山だけ片すっす。ローグメルク、漢を見せてやりましたよ旦那と奥方ぁっ。

「苦節、十五年でございましょうか。不肖、ティルレット。主であるスピカお嬢様とこうして触れ合うことを恐れ、極力避けて参りました。不肖の誤りにより苦しめてしまった姿が忘れられず、お手を取る事さえ躊躇し、再び太陽を穢してしまうのではと」

「いいんですよ、ティルレット。あなたにローグメルク、シスター、ドルロス夫妻。……皆さんに大切にされて、ボクは今日まで生きて来れました。付かず離れず、常にボクを見守ってくれていたあなたの愛情は、一番理解しています」

「恐悦至極」

「ティルレット。あなたはボクを太陽と例えましたが、ボクはあなたのお日様のように温かい体温が大好きです。……ローグメルクはずっと心配してました。親が我が子の頭を撫でてやれないだなんて、あんまりにも可哀想だと」

「ぶっ!? おっおお嬢っ!?」

 落としそうになった土産の箱を、どうにか左足の脛へ乗せて受け止める。お嬢はニマニマ笑い、土産の山を両手で抱え片足で立つこちらを見ていた。

「彼は何かと気が利く男です。でも、そうやって本気で心配してくれるのは、ローグメルクもあなたを家族だと想ってくれているからです。血の繋がりがなくとも、ボク達は【縁】で繋がっています。父と母、ここに住む皆やお兄さん達。もう一度あなたが人生をやり直したとして、こうやって抱きしめてくれる未来へ辿り着くのは、きっと星の数ほど枝分かれした人生のたった一本だけです」

「左様でございますか」

「人生はたった一本の選択肢。他の人生を歩む機会でも無ければ、どの選択が最も幸福かだなんてわからないでしょう? だから今歩んでいるボクの人生で、今が最も幸福な時間です。ティルレット。親として、娘の頭を撫でてもらってもいいですか」

「勿論にございます」

 そっと頭へ右手を乗せ、お嬢の頭を撫でるティルレット。手袋はつけたまんまだし、こっちからはあんたの無表情は見えないっす。もしかしたら笑ってるか、泣いてるかもしれないっすけど、それでいいんす。あんたの幸せは強く抱きしめ返すお嬢の幸せで、家族の俺にとっても嬉しい光景なんすから。


「待て、ローグメルク」

「ほ?」

 脛の上の土産を頭の上へ乗せ変え、そっと城の中へ運ぼうとして背後から呼び止められる。命令通り、城の日陰へと抱えて運んだティルレットはお嬢を降ろし、こちらを睨みつけていた。名前を呼ぶなんて珍しいなんても思ったっすけど、それよりこの空気は……ちょっとよろしくない感じっすね?

「スピカお嬢様への戦闘訓練を行う権利を賭け、今一度、不肖の滾る情熱と、本気で剣を交えていただきたい」

「……自分の調子を測る、計量器みたいな言い方はどうかと思うっすよ、ティルレット」

 城の玄関へ一旦荷物を運び降ろし、ズレた眼鏡の位置を直す。両腕をプラプラさせ、息を吐いて気を引き締めながら庭へと戻った。それはそれ、これはこれ。あんたの口から礼の言葉は期待してないっす。ただ――――

「――――ただ、こんな馬鹿な俺にも一つだけ、昔からどうしても越えたい山があるんすよ」

「聴こう」

 両手の手袋外して、黒いレイピアを構えて戦闘態勢のティルレットと対峙し、両手指の間へダガーを生成しながら高鳴る胸のまま言葉にする。

「気にくわないとか身内感情抜きに、あんたに勝ちたいっす。言っちまえば強さの塊のティルレットは俺の憧れであり、越えるべき目標でもあるんすよ。そんな人が本気で相手してくれるって言ってるんすから、燃えないのは漢じゃねぇっす……っ!!」

「至極単純。然し、そうでなくては張り合いが無い」

 肩の力を抜き、身体の軸を意識してやや低く構え、迎え撃つ準備をする。純粋な速さと脚力だけなら俺の方が上だ。あとは奴の速さに目が追いついて行けるかどうか――――

「――――ティルレット……今度は、大丈夫ですよね……?」

 不安気な表情して尋ねる主へ、ティルレットは口元を僅かに緩ませ【微笑んで】見せた。

「ご心配、感謝。二度とスピカお嬢様を残して燃え尽きぬよう、ポラリス司祭から直接学んで参りました」

「……お兄さんから?」

「左様にございまする。滾る情熱を、如何様に穏やかな情熱として御するか。剣を交え、【死生の狭間】とはまた別の、一つの境地を見出したものにございます」

 ……マジすか。あんた、どんだけ強くなれば気が済むんすか。生唾を飲み込み、冷気を周囲へ放ち続ける奴の一挙手一投足へ目を凝らす。左手の黒いレイピアとは別に――――右手へ硝子の様に透明な円形の【氷の盾】が握られた。顔や細い胴体を隠す程度の小盾……相手の攻撃を逸らして防ぎつつ、空いた片手で反撃する攻撃寄りの盾っすね。確かにそれなら司祭の盾をヒントにし――――

「――――本日快晴。太陽と星は、不肖の手中にございまする」

「!?」

 冷気が足元から吹き上がり、一瞬で視界が真っ白になる。しかもこいつは……日の光が反射してクッソ眩しい。【生成術】でレンズの黒い眼鏡を作り、一先ず目を開け――――正面喉元、右斜め脇下、左横首筋――――黒い剣先を屈んで躱す。頭上でぶつかり合う高い音。幻覚じゃねぇ、剣先が明らかに増えてる。立ち止まってりゃ向こうのどツボ、だが吹雪の壁を突っ切るのはもっとマズい。
 黒い剣先が壁の中に消えたのを確認し、立ち上がって四方八方を警戒する。視界に映れば躱せんだ。焦らず、攻撃の始点を見極めて、返しで一撃を入れ――――視界が一気に暗くなった。夜? 違う、【火の呪詛】の黒い壁――――白い剣先――――正面胸、斜め上左肩、右脹脛、後頭部――――腰を落として胸を逸らし、正面と背後を躱しながら右脹脛と左肩に向けられた剣先をダガーで逸らして防ぐ。まだ見える。躱して防げる。ただ本体は黒い壁の中、確実に一撃を入れるのは厳しい。
 白い剣先が砕け消え、音もしない呪詛の暗闇が再び広がる。黒眼鏡を消し、視覚と聴覚を更に尖らせ、壁の向こうに魔力の塊があるのを感じ取った。構え――……来る。白い剣先――――左のダガー三本を添えて逸らし、壁の中から出てきたティルレットの右腹目掛け、右拳のダガーを殴りつけるように――――入った。

「……しっ!! 取っ――――」

 ――――ティルレットが粉々に砕け、輝く氷の結晶が呪詛の闇の中へと消える。違う、こいつは偽物。本――――体――――は――――
 壁の中から、白と黒の剣先。左右――――両手のダガーで防ぎ、正面の魔力の塊へ左足で蹴りを――――掻い潜る奴の姿――――右手の小盾で、溜めた姿勢から腹を殴られた。……重てぇ――――身体が浮く。

「……お……!?」

「ふっ!!」

 振り抜――――呪詛の壁を突き破り、城壁へと背中から叩きつけられ、庭の芝生へうつぶせに倒れる。背中も腹も痛てぇし声が出ねぇ。……呪詛が身体に回り切る前に魔力で強引に掻き消し、腕で芝生を突いてなんとか立ち上がる。……が、正面に倒れそうになって、そのまま城壁へ背を預けた。呪詛の壁が晴れ、左手のレイピアから身体に呪詛を戻していく無表情のティルレットが目に映る。

「油断大敵。不肖の未熟な剣を超えるには、先ず慢心を棄てよ」

「……う……剣どころか、盾で殴ったじゃねぇっすか……」

「嗚呼、やはり司祭のようにはいかぬ。受ける前に手が出るのは未熟な証拠。情熱を不肖の身から切り離し、遊ばせてはみたが、穏やかには程遠い、難儀な物よ」

「は……? 今なんて?」

「最後の一撃を除き、不肖はお嬢様の傍で成り行きを見守っていた」

「…………つまり、俺が必死に戦ってた相手は……」

「不肖を真似た情熱の使い魔、とでも捉えてもらおう。剣の腕前は不肖より劣るが、陽動戦術の一つとして役立てるならば悪くはない」

「あっはっはっ、マジっすかぁー……」

 そのまま背中を城壁にこすりながら力無くへたり込み、乾いた笑いが出る。滾る情熱って、そういう事だったんすねぇ。無限に増え続ける呪詛と自分の魔力の塊を外へ放って、勝手に戦わせる。十五年も身体の中で飼いならし続けてるんだ、そんな芸当ができるようになったとしても不思議じゃないっす。あー、山を越えるにはまだまだ遠いっすねぇ。

「ローグメルク、大丈夫ですか? 外からだと、全く中の状況が見えなかったんですが」

 お嬢が正面で屈み、心配気に顔を覗き込んでいた。眼鏡を掛け直して笑って見せ、顎でティルレットを指す。

「お嬢。扱いこなすってのはああいうのっす。心・技・体、目指すべき理想形。お嬢も俺も、いつかはあの山を越えないといけないんすよ」

「う~ん……越えられますかねぇ?」

「超えられるっすよ、お嬢は間違いなく天才っすからねっ!! ……お?」

 白い手袋のはめられた左手が目の前に差し出され、視線で手の先を追う。いつもの喜怒哀楽の無い顔がそこにあった。

「立て、ローグメルク。土産を運ぶ」

「清々しいくらい感謝もクソも無いっすよね、ティルレット。んでも、おかえりなさいっす」

「嗚呼、只今」

 差し出された手を握り、立ち上がって水気を絞った手拭きを生成し、人数分渡す。腕や肩の布地に縫い合わされた跡があったのも気付いたっすけど、今は黙っておくことにするっす。
 今日からまた、一人分多く飯を作らないといけないっすねぇ。

「晩飯、お二人からリクエストがあれば聞くっすよ」

「ボクはローグメルクが作る物ならなんでもっ!!」

「同じく。旅の最中に狩った龍肉もある」

「あんたこの一週間マジで何してたんすか」
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