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第3話
しおりを挟む第3話 王都への道
夜が明けた。
森の木々の間から、薄い朝靄が流れていく。
鳥の声が響き、昨夜の戦いがまるで幻のように思えた。
焚き火の灰を踏みながら、天城蓮は背中に軽い疲労を感じていた。
眠れなかったというより、眠る暇がなかった。
魔族の死体を片づけ、周囲を警戒しながら、ようやく夜が明けたのだ。
「……寝不足だな」
ぼそりと呟くと、すぐ隣で声が返る。
「異世界初日で生きてるだけで上等よ」
エリス・ヴァンデル。
銀髪の魔導士はすでに準備を整えていた。
白いローブの裾をたくし上げ、腰に魔導石の杖を下げている。
護衛のレインは無言で剣の刃を拭っていた。
昨夜の戦闘での彼の冷静さはプロそのものだ。
ただ、蓮に対する視線には、まだわずかな警戒が残っている。
「さて……王都まで、どれくらいかかるんだ?」
「徒歩で三日はかかるわ。途中に街があるけれど、魔物の出没が多い地域よ」
「三日……長いな。交通機関とかないの?」
「馬車ならあるけれど、森の出口までは無理ね。
この辺り、魔族領の境界に近いの」
「つまり――危険地帯か」
「ええ。でも安心して。私たちが護るから」
そう言って、エリスは微笑んだ。
その笑顔に少しだけ救われる気がした。
蓮は剣も持たずに魔喰熊を倒した異世界初心者。
戦い方も、この世界の常識も、何もわかっていない。
だが、歩き出すしかない。
森の奥へ向かう小道を三人は進んだ。
地面は湿っていて滑りやすい。木々の間を縫うように進むたび、
エリスのローブが光を反射して淡く輝いた。
数時間後。
日差しが強くなり、ようやく森を抜けた。
眼前に広がるのは、丘陵地帯。
遠くに巨大な城壁が見えた。
その上には尖塔がいくつも伸び、白い光を放っている。
「あれが……」
「アステル王都。私たちの中心よ」
蓮は言葉を失った。
地平線まで続く城壁。
その中でうごめく無数の人影。
異世界という単語がようやく現実に変わる瞬間だった。
だが、感動は長く続かなかった。
レインが足を止め、低く言う。
「……待て。気配がする」
空気が変わった。
草の匂いに混じって、金属と血のにおいがする。
――ガサッ。
茂みの中から、三人の男が姿を現した。
全員、黒いローブに赤い刺繍。胸には“蛇の紋章”。
「転移者の一人か。報告通り、まだ生きているようだな」
「誰だよ、お前ら」
「我らは“深淵教団”。異界の魂を神へ捧げる者だ」
宗教団体――というかカルトの匂いしかしない。
蓮は警戒を強めた。
エリスが杖を構える。「また追跡者……! ここまで来るなんて!」
レインが即座に前に出て、剣を抜く。
だが相手はただの人間ではない。
彼らの手に黒い魔法陣が浮かぶと、地面が唸りを上げた。
次の瞬間、土から腕が生えた。
乾いた骨の腕。――アンデッド召喚だ。
「くそっ……数が多い!」
「蓮、下がって!」
エリスが叫ぶ。杖の先が光を帯びる。
魔法陣が展開され、眩しい閃光が走る。
「《フレア・ランス》!」
炎の槍が放たれ、前方のアンデッドをまとめて貫く。
爆発音。黒煙。だが、まだ残っている。
蓮は咄嗟にスキルウィンドウを開いた。
見えたのは――敵のスキル情報。
《対象:“教団信徒A”
スキル:“暗黒術E” “死霊操作F+” “耐魔皮膚E-”》
「よし、いける!」
蓮は手を突き出した。
「模倣――“暗黒術E”!」
《“暗黒術E”模倣開始 出力:15% 残り時間:00:29》
右腕から黒い霧が噴き出す。
脳に流れ込む未知の知識――魔力の回路。
感覚だけで呪文が浮かぶ。
「《ダーク・スラッシュ》!」
黒い刃が空気を裂き、正面の信徒の胸を貫いた。
男が悲鳴を上げて倒れる。
その光景に、エリスが息をのむ。
レインが叫ぶ。
「お前……魔族の術を!?」
「模倣しただけだ!」
もう一人の信徒が魔法陣を構えるが、蓮は一歩踏み込み、手を突き出した。
「《ダーク・スラッシュ》!」
二撃目が命中。信徒は後ろに吹っ飛び、木に叩きつけられて沈黙する。
残り一人が逃げようとしたが、レインの剣がその背中を貫いた。
森に静寂が戻る。
しばらくして、蓮は力が抜けてその場に膝をついた。
魔力の使い過ぎだ。頭がクラクラする。
「だ、大丈夫!?」
エリスが駆け寄ってきた。
「ちょっと……疲れただけ」
蓮は笑おうとしたが、喉が乾いて声が掠れた。
エリスが唇を噛む。
「模倣スキルが……ここまで精密に動くなんて。
本来、魔族系の魔法は人間には適合しないのに」
「……多分、“異界の魂”だから、なのかもな」
「異界の……魂……」
エリスの瞳が揺れる。
彼女は何かを考え込み、やがて小さく呟いた。
「やっぱり……この世界の“スキル階層”は、壊れ始めてるのかもしれない」
「スキル階層?」
「ええ。この世界では、すべてのスキルは“神の図書館”に登録されていて、
人間はその一部を“貸し出し”の形で使っているの。
だけどあなたのスキルは、その仕組みを“超えている”。
つまり――神の管理外ってこと」
「神の……管理外」
「そう。だから“覚醒者”って呼ばれるの。
神の制御を逸脱したスキル保持者。
その存在は、神々にとって“異端”」
エリスの声にはわずかな震えがあった。
「……つまり俺は、神様に目をつけられてるってことか」
「残念だけど、そうね」
「最悪だな」
蓮は苦笑した。
だが同時に、胸の奥に熱いものが灯っていた。
神の支配。スキルで人生が決まる世界。
そんなもの、破壊してやりたいと――ほんの少しだけ、思った。
エリスが蓮を見つめる。
「あなた、怖くないの?」
「怖いよ。……でも、もう逃げるのは飽きた」
その言葉に、エリスは静かに微笑んだ。
「なら、あなたにひとつ渡すわ」
彼女は胸元のペンダントを外した。
蒼く光る石――魔力結晶のようだ。
「これは“覚醒媒体”の欠片。
本来、上級魔導士でも扱えないもの。
けど、あなたなら反応するはず」
蓮が手を伸ばすと、石が淡く脈打った。
次の瞬間、視界に新しいウィンドウが開く。
⸻
《覚醒媒体反応検出
進化条件②を満たしました
固有スキル:“模倣(コピー)” → “進化準備完了”》
⸻
ウィンドウの下に、カウントダウンが現れた。
《進化起動まで:24時間》
蓮の心臓が跳ねる。
“明日”、何かが起こる。
エリスが小さく微笑んだ。
「ようこそ、“覚醒者の道”へ、天城蓮」
王都を照らす朝の光が、丘を黄金に染めていた。
その光の中で、蓮は静かに拳を握った。
――この世界を、ひっくり返すために。
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