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第6話
しおりを挟む第6話 境界を越える者
朝霧の王都は、まるで息を潜めていた。
いつもなら賑わう市場もまだ眠っている。
鐘が一度だけ鳴り、静寂を切り裂いた。
天城蓮は、王都の裏門近くでフードを深く被っていた。
身に着けているのは、レインから借りた黒い軽鎧。
腰には剣、背中には布袋。中身は食料と水、そして――蒼く光る“覚醒媒体”の欠片。
隣で、エリスがフードを被り直した。
その瞳には迷いがなかった。
「外縁域までの案内人、ちゃんと来るのか?」
「ええ。信頼できる人を頼んだわ」
「信頼できる、ね」
蓮が苦笑する。
この世界で誰を信じればいいのか、もう分からなくなっていた。
塔の事件以来、王都では“覚醒者反逆”の噂が流れている。
神殿の命令で、蓮は「人間の姿をした災厄」として指名手配された。
王都の衛兵だけでなく、冒険者ギルドまで動員されている。
このままでは、確実に捕まる。
だから、逃げる。
――神々が見ていない場所、“外”へ。
「お待たせ」
声の主に、蓮は目を向けた。
そこに立っていたのは、赤いショートヘアの少女。
黒いジャケットに革鎧、背には長い銃を背負っている。
年は十七、十八ほどだが、その眼光は鋭く、街の空気とは違う荒野の匂いを纏っていた。
「案内人のリィナ・クロード。傭兵稼業やってる。報酬は金貨十枚、先払いで頼む」
「いきなり金の話かよ」
「命張るんだから当然でしょ。
あんたが“覚醒者”だって噂、もう街中に広まってる。護送手当込みだと思いなさい」
蓮は肩をすくめながらも、懐から袋を取り出して放った。
リィナは片手で受け取り、金貨の音を確かめる。
「確かに。――じゃ、ついてきな」
彼女の歩き方は無駄がなく、風のように静かだった。
三人は裏路地を抜け、下水道の入口へ向かう。
⸻
下水道の中は湿っていて暗かった。
苔の匂いと水音だけが響く。
リィナが持つランタンが、壁の魔法式をぼんやり照らす。
「王都の下層は神殿が監視してるんじゃ?」
「正面の出入り口だけね。
でも、昔の戦時中に使われた“避難路”が残ってる。
王族ですら知らない抜け道だよ」
リィナが軽く笑う。
その笑みは皮肉と誇りが混ざっていた。
「お前、ただの傭兵じゃねえな」
「ただの傭兵なら、神殿の連中と一緒に逃げてるよ。
……うちの村、あいつらに焼かれたからね」
声の奥に、静かな怒りが滲む。
蓮は言葉を飲み込んだ。
神殿。
“神の名のもとに支配する”この世界の権力。
エリスの言う通り、すべてのスキル、すべての運命を“神の図書館”が管理している。
抵抗すれば異端、覚醒すれば災厄。
「……リィナ。お前、神を信じてるか?」
「信じる? あんなの、敵だよ」
リィナは振り返らずに答えた。
その瞳は暗闇の中でも、確かな光を宿している。
「だから私は“外”を目指す。
神の手が届かない場所で、自由に生きるために」
――自由。
その言葉に、蓮の胸が小さく鳴った。
⸻
下水道の出口を抜けると、夜明けの草原が広がっていた。
遠くに王都の城壁が霞んで見える。
ようやく、外だ。
だが、喜ぶ間もなく、リィナが急に立ち止まった。
「……待て。誰かいる」
彼女が銃を構える。
エリスが呪文を詠唱し始める。
蓮もスキルウィンドウを展開した。
《探知スキル:反応3件 距離30m》
草原の向こう、三つの影が現れた。
黒い鎧、仮面、そして胸に刻まれた神殿の紋章。
「“神聖騎士団”……!」
エリスが息をのむ。
先頭の男が名乗った。
「覚醒者、天城蓮。
神託により、ここにお前の存在を抹消する」
淡々とした声。
だが、その一言に、空気が凍りついた。
リィナが引き金に指をかける。
「抹消だぁ? 笑わせんな」
銃口から魔力弾が放たれる。
しかし、男の前で光の壁が展開され、弾が消えた。
「無駄だ。神の加護に届く攻撃は存在しない」
「……なら、俺が“上書き”してやるよ」
蓮が前へ出た。
金色の紋章が腕に浮かぶ。
《スキル:“超越模倣(オーバーライド)” 起動》
世界が、一瞬だけ止まる。
風が凍り、音が遠のく。
蓮の目に映るのは、無数の光の線――“スキル構造”。
「“防御障壁A”……いいスキル持ってんな」
蓮が手を伸ばした瞬間、線がねじ曲がる。
男の防御障壁が音もなく崩壊した。
「なっ……!?」
「返すぜ」
次の瞬間、蓮の周囲に同じ障壁が形成された。
神聖騎士の放った聖剣の斬撃が、全て無効化される。
リィナの目が見開かれた。
「……これが、“超越模倣”……!」
エリスが詠唱を終える。
「《フレア・ランス・テンペスト》!」
炎の槍が嵐のように降り注ぎ、草原を焼いた。
光の中で、蓮は剣を構える。
「模倣――“剣術B”」
光が走る。
振り下ろされた一撃が空気を裂き、敵の鎧ごと両断する。
神聖騎士団の一人が崩れ落ちた。
残り二人が逃げようとした瞬間、リィナの銃声が響いた。
正確な二発。
銃弾はそれぞれの額を撃ち抜いた。
静寂。
焦げた草の匂い。
そして、青空。
リィナが銃を肩に乗せ、吐き捨てるように言った。
「ふぅ……やっぱ神様ってのは、脆いもんだね」
蓮は剣を下ろし、息を吐く。
胸の奥で、金色の紋章が脈打つ。
《制御限界 80%》
《警告:長時間使用は人格崩壊の恐れあり》
「……やっぱ代償はあるか」
エリスが駆け寄り、肩に手を置く。
「無理しないで。あなたの身体は、もう人の器じゃないのよ」
「それでも、止まれない」
蓮は小さく笑う。
「神が支配する世界で生きるより、
自由を掴んで死ぬほうが、ずっとマシだから」
リィナが横目で笑った。
「言うじゃない、覚醒者さん」
エリスも微笑む。
「だったら、行きましょう。――“外”へ」
三人は、燃え尽きた草原を越え、地平線の向こうへ歩き出した。
そこに見えるのは、黒い霧が渦巻く巨大な裂け目――“世界の境界”。
虚神の眠る場所。
神々が封印した、世界の“外”。
風が吹く。
蓮の金色の瞳が、その裂け目をまっすぐに見据えた。
「ここからが、本当の戦いだ」
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