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第15話
しおりを挟む第15話 模倣者の遺志
空が静まり返っていた。
灰の嵐が過ぎ去ったあと、世界はまるで“息を潜めて”いた。
アマギの村。
崩れかけた家々の間を、子どもたちの泣き声と、大人たちの安堵の声が混ざって響く。
多くは恐怖に震えていたが、誰も諦めてはいなかった。
それが、この新しい世界の“強さ”だった。
リィナが煙の中から現れ、肩で息をしていた。
「……はぁ……まったく、あの灰男、派手に暴れやがって……」
エリスは倒れたままの姿勢で、まだ胸元を押さえていた。
そこには淡く光る文様――“金黒の紋章”が浮かんでいる。
灰蓮が消える直前、反応したあの光だ。
「……エリス! おい、大丈夫か!」
リィナが駆け寄り、支える。
エリスは微かに息を整え、震える声で言った。
「だいじょうぶ……でも、なにかが……中で動いてる……」
リィナは眉をひそめた。
「動いてるって……まさか、あの灰のヤツの残りか?」
「違う……これは――」
その瞬間、世界が一瞬だけ“逆光”に包まれた。
エリスの胸の光が強くなり、空へと光の線を伸ばす。
風が渦を巻き、村全体を包み込んだ。
リィナが目を細め、声を張る。
「みんな、下がれっ!」
次の瞬間、光の中から“声”が響いた。
『――エリス、リィナ。聞こえるか?』
その声を聞いた瞬間、エリスの瞳が大きく見開かれる。
「……蓮!?」
風が止まり、光が形を持ち始める。
そこに浮かび上がったのは、かつての天城蓮の姿。
だがそれは“肉体”ではなく、光の粒でできた幻影。
「……本当に、あなたなの?」
『ああ。これは残響だ。
俺の意識の一部が、灰蓮を通してお前の中に届いたんだ』
リィナが唖然としたまま呟く。
「おいおい……まさか、死んだやつの幻影まで残ってるとはな……」
『死んではいない。
ただ、“形”を失っただけだ。
俺はいま、この世界の基盤そのもの――“模倣構造”の中にいる』
エリスは息を呑んだ。
「じゃあ……この世界のすべてを、あなたはまだ“見ている”の?」
『ああ。
けど、もう干渉はできない。
この世界は“人間の手”で動いているからな』
蓮の幻影は穏やかに笑った。
『……ありがとう、エリス。
お前が“生きていてくれた”から、この世界は壊れずに済んだ』
エリスは首を振る。
「違う……あなたが残してくれたからよ。
私たちは、あなたの遺した“灯”でここまで来たの」
『……そう言ってもらえると、救われるな』
風が優しく吹き抜ける。
光の粒が村の上空で揺れながら、蓮の声が続く。
『けど、ひとつだけ伝えておきたい。
“再構築”は終わっていない』
「……どういうこと?」
エリスが顔を上げる。
『俺が作ったこの世界には、まだ“欠陥”がある。
それは……“存在の重なり”だ。』
リィナが眉をひそめた。
「存在の重なり?」
『旧世界で死んだ神々の“意識の残片”が、まだ漂っている。
灰蓮もそのひとつだった。
やがて、それらが互いに融合し、“原初神(オリジン)”として蘇る』
エリスの表情が硬くなる。
「まさか……また、神が?」
『ああ。
しかも今度のそれは、秩序も感情も持たない“空虚な意識”だ。
神というより、世界の“自己修正本能”に近い。』
「世界そのものが敵になるってわけか……」
リィナの口調が低くなる。
『そうだ。
それが再び目覚めた時、すべてを“ゼロ”に戻そうとする。
人間が築いたものも、感情も、時間すらも消し去る』
沈黙。
焚き火のような風の音だけが響く。
エリスが拳を握る。
「じゃあ、どうすればいいの? 私たちに何ができるの?」
『……“選べ”。』
「え……?」
『再び神を生むか、それとも人間のまま抗うか。
どちらにも未来はある。
だが、どちらも犠牲を伴う。』
蓮の声が少しだけ悲しげになる。
『俺は、もう導けない。
けれど……“選ぶ力”だけは、お前たちに残してある。
それこそが――模倣者の遺志だ』
エリスは俯き、そして顔を上げた。
その瞳には、炎のような決意が宿っている。
「わかった。
私たちの手で、この世界を守る。
もう誰も犠牲にしない。
“神なき自由”を、最後まで貫くわ」
リィナが笑う。
「まったく……また無茶な道を選びやがって」
『ふたりらしいな』
蓮の幻影が少しだけ薄れていく。
風に溶けるように、彼の声が静かに響いた。
『最後にひとつだけ――
この世界の北端、“虚界の門”を探せ。
そこに、俺のすべての記憶と力が封じられている。
それが、原初神を止める唯一の鍵だ』
光が完全に消える。
静寂。
エリスはしばらくその場に立ち尽くしていた。
リィナが肩を叩く。
「決まりだな。
――次の目的地、“北端”だ」
エリスはゆっくりと頷いた。
「ええ。蓮の意志を、私たちが継ぐ」
空に星が瞬く。
その中心で、一際明るい金黒の光が一瞬だけ輝いた。
それはまるで、どこかで彼が微笑んでいるようだった。
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