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第16話
しおりを挟む第16話 虚界の門
夜明け。
アマギの村に、冷たい風が吹いていた。
エリスは村の丘の上に立ち、遠くの地平を見つめていた。
そこには、薄い霧の向こうに黒い影――“北端”の山脈がうっすらと見える。
蓮の残響が告げた場所。
“虚界の門”が存在する地。
「……本当に、そこにあるのね」
背後からリィナの声。
いつもの無骨な笑みを浮かべながら、背中に古びた銃を背負っている。
今では弾丸の再生も魔術も使えない。
それでも、彼女は迷わずに言った。
「行くんだろ? だったら早く支度しようぜ」
「……ありがとう、リィナ」
「礼はいいって。あたしはただ、あんたと一緒にいたいだけさ」
二人は朝焼けの中を歩き出した。
村人たちは見送りに集まり、静かに手を振る。
エリスは振り返らなかった。
――背中を見せる勇気も、いまの彼女には覚悟の一部だった。
⸻
旅は過酷だった。
北へ進むにつれ、空気は冷え、草原は枯れ、やがて大地が灰色に変わっていった。
森を抜けるたびに、不思議な幻影が見える。
昔の神殿、崩れた塔、笑っていた村人たち――世界の“過去”がちらついていた。
「これが……世界の欠片?」
エリスが呟く。
「残留情報だろうな」
リィナは銃を握り直す。
「この辺り、魔力の代わりに“世界データ”が集まってる。
つまり、あの灰蓮の言ってた“修復領域”だ」
「だとしたら、もう近いのね……“門”に」
その言葉の直後、空が鳴った。
重低音のような響きが地面を震わせ、黒い光が天に立ち上る。
霧が裂け、巨大な円形の構造体が姿を現した。
古代の石でできた門――直径は百メートルを超える。
中央には渦を巻く闇の空間。
それが、“虚界の門”だった。
「でかい……まるで世界そのものの穴だ」
リィナが呟く。
「ここが、蓮の記憶と力の封印……」
エリスの声がわずかに震えた。
そのとき、門の前の大地が波打つ。
次の瞬間、灰色の影が立ち上がった。
人の形。
しかしその顔はなく、全身が煙のように揺れている。
「原初神の……影(シャード)!」
リィナが即座に銃を構える。
引き金を引くと、弾が放たれる――が、影の中で霧散した。
「くそっ、当たらねぇ!」
エリスが前に出る。
杖を構え、詠唱ではなく、心で祈る。
「――私の中に残る、蓮の“光”よ。応えて」
胸の紋章が輝き、空間が揺れた。
次の瞬間、影の動きが止まる。
光と闇がせめぎ合い、空間が裂ける。
そこから現れたのは――一人の男だった。
銀の鎧を纏い、背に黒い翼を折りたたむ。
片目に古い傷、手には長剣。
「おいおい……まさか、あんた……」
リィナが驚愕の声を上げる。
男は静かに剣を下ろし、低く言った。
「……久しいな。生きていたか、人の娘たち」
エリスの瞳が揺れる。
「あなたは――ゼオル……!?」
そう、かつて蓮が倒した“神の代行者”だった男。
だが、その瞳にあったはずの冷たい光はもうなかった。
「俺は、あの戦いで神格を失い……人として蘇った。
だが、神の記憶が消えぬまま、北を彷徨っていた」
「じゃあ、あなたも……蓮の再構築に巻き込まれたのね」
ゼオルは頷く。
「“虚界の門”の守護者として、ここに縛られている。
蓮の力は、この奥に眠っている。だが――
それを開くには、“模倣者の記憶”が必要だ」
エリスは自分の胸に手を当てた。
「つまり、私が鍵……?」
「そうだ。
だが同時に、門を開けば世界は二度目の選択を迫られる。
“創造”か、“破壊”か。
お前たちがどちらを選ぶかによって、この世界の形は変わる」
沈黙が流れる。
風が門の隙間から吹き抜け、灰のような光が舞った。
リィナが口を開く。
「なぁゼオル。あんた、今は人間だって言ったよな。
だったら、あたしたちの味方をしろ」
ゼオルは微笑む。
「……もう“神の律”に縛られてはいない。
だからこそ、俺は見届けよう。
人間がどこまで辿り着けるのかを」
エリスが一歩、門の前に進み出る。
胸の紋章が再び光を放つ。
「蓮……あなたの遺した“門”。
いま、私が開ける」
その瞬間、世界が白に染まった。
光が収束し、門の中心が音を立てて開いていく。
風が逆流し、過去の記憶と未来の映像が入り混じる。
蓮の声が、微かに聞こえた。
――『エリス……この先は、“模倣を超えた真実”だ。』
エリスが目を閉じ、静かに呟く。
「行こう、リィナ。これが、私たちの答えよ」
リィナが笑う。
「おうよ。蓮の意志、確かに受け取った」
そして三人――エリス、リィナ、ゼオルは光の門の中へと踏み出した。
その瞬間、虚界の門が音を立てて閉じ、
世界の“内側”――失われた神々の記憶空間へと彼女たちは飲み込まれていった。
⸻
遠く離れた海辺。
波の音の中、天城蓮は空を見上げていた。
風が吹き、微かに呟く。
「……やっと、来たか」
彼の瞳が光る。
その光は、北の空で輝く“門”の輝きと重なった。
「次の模倣は、“真実の世界”だ――」
そして、蓮の姿は海の光に溶けて消えた。
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