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14話
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第14話 「潜入計画」
——午前2時。
管理局・第七区ブロック、地下制御棟。
時間の止まったような無音の空間。
光源はわずかな緑色のインジケーターだけ。
その影の中を、二つの影が滑るように動いていた。
黛と七瀬。
「……監視カメラ、あと三基。ルートは予定どおり」
「了解。ノイズ発生プログラム、30秒だけ通す。……走れ」
二人は息を殺し、無音で廊下を駆けた。
靴底が床に触れるたび、光の粒が一瞬だけ浮かぶ。
このフロアは本来、一般職員でも立ち入り禁止の“情報中枢”。
ここには——《神谷蓮領域》に関する全ての記録がある。
⸻
「……あのさ」七瀬が小声で言った。
「私たち、これ完全に犯罪だよね」
「知ってる」黛は即答した。
「けど正義だ」
「出た。“黛イズム”。かっこいいけど怖い」
黛は、微かに笑った。
「神谷を守るためなら、悪党のフリぐらい安いもんだ」
七瀬は肩をすくめた。
「はいはい。じゃ、次の扉ハッキングする。黛先輩、入口の警戒お願い」
七瀬がタブレットを起動。
画面に映し出される暗号の列。
手が早い。
コードが次々と書き換えられ、電子ロックがわずかに点滅を始める。
ピッ。
低い電子音。
扉が、静かに開いた。
その先には——青く光る円形のホール。
壁一面にホログラフィックディスプレイが浮かび、無数の情報が流れていた。
その中央、透明な立方体の中に、一本のデータドライブが浮かんでいる。
七瀬が呟く。
「……“対象X・神谷蓮領域”の基幹データ、あれだ」
黛が頷き、周囲を警戒。
七瀬が慎重に歩を進め、ドライブを外部デバイスに転送する。
その瞬間——警告音が鳴り響いた。
ピィィィィィィィィィィィィ!!
七瀬「うわぁぁぁ!? ちょっ、なんで!? 無音トリガー解除したはず——」
黛「隠れてろ!」
天井のセンサーが一斉に赤く光る。
自動防衛ドローンが、シャッと羽音を立てて降りてきた。
六機。
黛は迷わず拳銃を抜き、射撃。
弾丸がドローンの光学センサーを貫く。
爆発音が反響する。
七瀬が机の下に滑り込み、デバイスを必死に操作した。
「データ転送完了まであと……12秒!」
「12秒もいらねぇ、5でやれ!」
「人間じゃない要求しないで!!」
黛は壁を蹴り、横転。
飛びかかってきたドローンのアームを掴み、壁に叩きつける。
金属音が弾ける。
七瀬「転送完了!! 走る!!」
黛「了解!!」
二人はホールを飛び出した。
背後で、ドローンが次々と爆散する。
炎の中を駆け抜けるように、七瀬が笑った。
「——やっば、映画みたいだねこれ!!」
「お前、今だけは頼もしいよ!」
⸻
数分後。
地下水路の抜け道に出た二人は、息を荒くして立ち止まる。
「……ふぅ。助かった」七瀬が膝に手をつく。
黛は呼吸を整え、周囲を確認。
「中身は?」
「まだ全部は開けてない。でも……少しだけ覗いた」
七瀬の表情が変わる。
「黛先輩。“神谷蓮領域”——ただの独立結界じゃない」
「どういう意味だ?」
七瀬はタブレットを見せた。
そこに表示された文字。
――《神域交信ノード》
――《管理局第零層接続》
――《監視者コード:エリシア》
黛の瞳がわずかに揺れる。
「……エリシア……神側のやつか」
「そう。あいつ、蓮の“領域”を通じて、地上と神域をつないでる。
つまり、蓮の領域そのものが“通信端末”なんだよ」
黛は低く唸った。
「……世界の両側をつなぐ、人間。
だから“代表”か。なるほどな」
七瀬が顔を上げる。
「この情報、蓮に渡そう。……でも、それだけじゃない」
「?」
「管理局の中に、“蓮を守る派閥”がある」
黛の表情がわずかに動いた。
「……誰だ?」
七瀬は画面を拡大。
そこには一つの署名が表示されていた。
──《局長代行:日向 誠司》
「この人、“神谷蓮を抹消対象から外せ”って内部メモ出してる」
「局長代行が……?」
「そう。彼が今、蓮に接触しようとしてる」
黛は、拳を握った。
「……間に合わない。先に“上”が動く」
⸻
一方そのころ——
《神谷蓮領域》の屋上。
月明かりの中、アイが風に髪をなびかせながら立っていた。
背後から声。
「——また見張りか?」
振り向くと、蓮。
目の下には疲労の影。
それでも、いつものように笑っていた。
「寝てろって言っても無駄だもんな」
「無駄だね。……あんたも寝てないでしょ」
「領域の管理してた。外、ざわついてる」
アイが小さく眉をひそめた。
「……何か、来る?」
「“誰か”だ」
その瞬間——
夜空が波紋のように歪んだ。
静寂の中に、低い声が響く。
「——人間代表、神谷蓮」
光の粒が舞い降りる。
その中心に、ひとりの影が現れた。
白い衣を纏い、顔の半分を仮面で覆った存在。
瞳は金色、声は無機質。
「我は、《神域特使・ノア》。
“監理層”より命を受け、この地に降りた」
蓮は、無言のまま一歩前に出る。
ノアは淡々と言った。
「我々はあなたを歓迎する。“人間代表”ではなく、“新たな神”として」
「……は?」
アイの顔が強張る。
「あなたの領域は、神域との同調率92%。
あなたの存在はすでに人間の枠を超えている。
——ゆえに、あなたの傍らにある“器”を渡してもらう」
「“器”?」
ノアの視線が、アイに向く。
「——その少女、月城アイ。
彼女の魂構造は、“創造核”として最適。
あなたの“神化”を完了させるには、彼女の存在が必要だ」
アイが息を呑む。
蓮の背筋に冷たいものが走る。
「……つまり、アイを“材料”にしろってことか?」
「肯定」
次の瞬間、蓮の目が燃えた。
「——断る」
ノアの表情は変わらない。
「それは“拒絶”と認識する。では、排除手順に移行——」
言い終わる前に、蓮が動いた。
風が弾ける。
拳が光を裂く。
——ドガァッ!!
ノアの仮面が砕け、光の血が飛び散る。
その奥で、ノアの“人間のような”目が見えた。
「……人間は……いつも、選択を間違える」
「間違いでも、俺たちが決めるんだよ」
蓮の拳が再び光る。
その瞬間、領域全体が激しく震えた。
壁がきしみ、空が鳴る。
ノアの声が、風に消えていく。
「……了解。次は、“議会”ではなく、“神々”が来る——」
光が弾け、ノアの姿が霧のように消えた。
静寂。
アイが膝をつき、震える声で言う。
「蓮……あたし、怖いよ」
蓮はその肩に手を置き、かすかに笑った。
「大丈夫だ。怖くてもいい。
でも——あいつらには、渡さねぇ」
月の光が、二人を包み込む。
その光の奥で、領域の空が少しずつ赤く染まり始めていた。
(第14話 終)
——午前2時。
管理局・第七区ブロック、地下制御棟。
時間の止まったような無音の空間。
光源はわずかな緑色のインジケーターだけ。
その影の中を、二つの影が滑るように動いていた。
黛と七瀬。
「……監視カメラ、あと三基。ルートは予定どおり」
「了解。ノイズ発生プログラム、30秒だけ通す。……走れ」
二人は息を殺し、無音で廊下を駆けた。
靴底が床に触れるたび、光の粒が一瞬だけ浮かぶ。
このフロアは本来、一般職員でも立ち入り禁止の“情報中枢”。
ここには——《神谷蓮領域》に関する全ての記録がある。
⸻
「……あのさ」七瀬が小声で言った。
「私たち、これ完全に犯罪だよね」
「知ってる」黛は即答した。
「けど正義だ」
「出た。“黛イズム”。かっこいいけど怖い」
黛は、微かに笑った。
「神谷を守るためなら、悪党のフリぐらい安いもんだ」
七瀬は肩をすくめた。
「はいはい。じゃ、次の扉ハッキングする。黛先輩、入口の警戒お願い」
七瀬がタブレットを起動。
画面に映し出される暗号の列。
手が早い。
コードが次々と書き換えられ、電子ロックがわずかに点滅を始める。
ピッ。
低い電子音。
扉が、静かに開いた。
その先には——青く光る円形のホール。
壁一面にホログラフィックディスプレイが浮かび、無数の情報が流れていた。
その中央、透明な立方体の中に、一本のデータドライブが浮かんでいる。
七瀬が呟く。
「……“対象X・神谷蓮領域”の基幹データ、あれだ」
黛が頷き、周囲を警戒。
七瀬が慎重に歩を進め、ドライブを外部デバイスに転送する。
その瞬間——警告音が鳴り響いた。
ピィィィィィィィィィィィィ!!
七瀬「うわぁぁぁ!? ちょっ、なんで!? 無音トリガー解除したはず——」
黛「隠れてろ!」
天井のセンサーが一斉に赤く光る。
自動防衛ドローンが、シャッと羽音を立てて降りてきた。
六機。
黛は迷わず拳銃を抜き、射撃。
弾丸がドローンの光学センサーを貫く。
爆発音が反響する。
七瀬が机の下に滑り込み、デバイスを必死に操作した。
「データ転送完了まであと……12秒!」
「12秒もいらねぇ、5でやれ!」
「人間じゃない要求しないで!!」
黛は壁を蹴り、横転。
飛びかかってきたドローンのアームを掴み、壁に叩きつける。
金属音が弾ける。
七瀬「転送完了!! 走る!!」
黛「了解!!」
二人はホールを飛び出した。
背後で、ドローンが次々と爆散する。
炎の中を駆け抜けるように、七瀬が笑った。
「——やっば、映画みたいだねこれ!!」
「お前、今だけは頼もしいよ!」
⸻
数分後。
地下水路の抜け道に出た二人は、息を荒くして立ち止まる。
「……ふぅ。助かった」七瀬が膝に手をつく。
黛は呼吸を整え、周囲を確認。
「中身は?」
「まだ全部は開けてない。でも……少しだけ覗いた」
七瀬の表情が変わる。
「黛先輩。“神谷蓮領域”——ただの独立結界じゃない」
「どういう意味だ?」
七瀬はタブレットを見せた。
そこに表示された文字。
――《神域交信ノード》
――《管理局第零層接続》
――《監視者コード:エリシア》
黛の瞳がわずかに揺れる。
「……エリシア……神側のやつか」
「そう。あいつ、蓮の“領域”を通じて、地上と神域をつないでる。
つまり、蓮の領域そのものが“通信端末”なんだよ」
黛は低く唸った。
「……世界の両側をつなぐ、人間。
だから“代表”か。なるほどな」
七瀬が顔を上げる。
「この情報、蓮に渡そう。……でも、それだけじゃない」
「?」
「管理局の中に、“蓮を守る派閥”がある」
黛の表情がわずかに動いた。
「……誰だ?」
七瀬は画面を拡大。
そこには一つの署名が表示されていた。
──《局長代行:日向 誠司》
「この人、“神谷蓮を抹消対象から外せ”って内部メモ出してる」
「局長代行が……?」
「そう。彼が今、蓮に接触しようとしてる」
黛は、拳を握った。
「……間に合わない。先に“上”が動く」
⸻
一方そのころ——
《神谷蓮領域》の屋上。
月明かりの中、アイが風に髪をなびかせながら立っていた。
背後から声。
「——また見張りか?」
振り向くと、蓮。
目の下には疲労の影。
それでも、いつものように笑っていた。
「寝てろって言っても無駄だもんな」
「無駄だね。……あんたも寝てないでしょ」
「領域の管理してた。外、ざわついてる」
アイが小さく眉をひそめた。
「……何か、来る?」
「“誰か”だ」
その瞬間——
夜空が波紋のように歪んだ。
静寂の中に、低い声が響く。
「——人間代表、神谷蓮」
光の粒が舞い降りる。
その中心に、ひとりの影が現れた。
白い衣を纏い、顔の半分を仮面で覆った存在。
瞳は金色、声は無機質。
「我は、《神域特使・ノア》。
“監理層”より命を受け、この地に降りた」
蓮は、無言のまま一歩前に出る。
ノアは淡々と言った。
「我々はあなたを歓迎する。“人間代表”ではなく、“新たな神”として」
「……は?」
アイの顔が強張る。
「あなたの領域は、神域との同調率92%。
あなたの存在はすでに人間の枠を超えている。
——ゆえに、あなたの傍らにある“器”を渡してもらう」
「“器”?」
ノアの視線が、アイに向く。
「——その少女、月城アイ。
彼女の魂構造は、“創造核”として最適。
あなたの“神化”を完了させるには、彼女の存在が必要だ」
アイが息を呑む。
蓮の背筋に冷たいものが走る。
「……つまり、アイを“材料”にしろってことか?」
「肯定」
次の瞬間、蓮の目が燃えた。
「——断る」
ノアの表情は変わらない。
「それは“拒絶”と認識する。では、排除手順に移行——」
言い終わる前に、蓮が動いた。
風が弾ける。
拳が光を裂く。
——ドガァッ!!
ノアの仮面が砕け、光の血が飛び散る。
その奥で、ノアの“人間のような”目が見えた。
「……人間は……いつも、選択を間違える」
「間違いでも、俺たちが決めるんだよ」
蓮の拳が再び光る。
その瞬間、領域全体が激しく震えた。
壁がきしみ、空が鳴る。
ノアの声が、風に消えていく。
「……了解。次は、“議会”ではなく、“神々”が来る——」
光が弾け、ノアの姿が霧のように消えた。
静寂。
アイが膝をつき、震える声で言う。
「蓮……あたし、怖いよ」
蓮はその肩に手を置き、かすかに笑った。
「大丈夫だ。怖くてもいい。
でも——あいつらには、渡さねぇ」
月の光が、二人を包み込む。
その光の奥で、領域の空が少しずつ赤く染まり始めていた。
(第14話 終)
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