ホーネストキラー

しょう

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約束の土曜日。あの告白の後から城築は毎日といっていいほど準備室へ来た。接触はなく、ただ世間話しをしに来て帰り際に必ず”好き”と俺に告げる。最初は流す事ができたのだが1日に城築について考える時間が増え、たった2週間。それだけの短い期間で城築はすんなり俺の懐に入り込んできた。元々、深く生徒と話をする事はなかったのだが。それに話をするにしても大抵の生徒は自分の事や悩み、学習面の話しで終わることが常だ。なのに城築は俺の好みから探りを入れてくる。初めは音楽、食べ物、映画と特に警戒する話題でもなかったのに。どうやら身なりは違うのだが好みの音楽や映画は非常に共通していた。俺に興味を抱いている事は痛いほど感じる。その上、好きとまで言われた。恐らくだが卒業までに俺と親しくなろうとしている。あの時、言ったお互いをもっと知ってからという意見に従っているとみた。何がそんなにいいのかはわからない。生きてきてたびたび言われるこの顔が原因だろうか。しかし、俺の視点からすると城築の方が…。何を考えているんだ。俺は教師だ。生徒に手を出す訳にはいかないだろう。常識的に考えて犯罪だ。少なからず浸食されている。城築は見た目に反してとても人懐っこく、何より正直だ。それがギャップなのだろう。意外性をつかれた。最初は嫌いだと言わせたというのに。
それにしても2年間といえば入学した頃には俺の事を知っていたのだろうか。城築と接点はなかったと思う。なんなら担任になったから知った。城築はその間は何をしていたのだろうか。声を掛けられた事はないし、俺と同じタイプだと気付いたのはその2年の間でのことだろうか。駄目だ. 気を抜くと城築の事ばかり考えている。これが狙いだったのか?だとしたら城築はだいぶ手腕があるぞ。8年長く生きている俺よりよっぽど。今から会う生徒の一人に思考を盗まれている。悔しいくらいに。

先日言っていたライブハウスの前で城築を待つ。薄暗くなり始めた時間と同時に増える人々の目的は俺と共通していると。そんな中心にいる人物とこんな場所で待ち合わせていいものなのか。よくはないとわかっていても連絡手段がない。そういえば電話番号なんかは聞いてこないな。毎日といっても過言じゃない接触が盲点を生んでいた。

「先生こっち。」

思わず掴まれた手首を振り払う事もできず引っ張られる。整列もしていない店の前でよく見つけたなと感心が先立ち、まだ開店前のハウス内に連れ込まれた。思い描いた通り酷く視界が悪かった。暗い店内の奥、引かれるままステージを横切りバックヤードを行き楽屋というには広い控室に連れてこられる。長方形の部屋の奥、隅に備えられたL字型のソファーにはすでに何人かの演者が座っている。ライブに行ったことはあるが舞台裏の全貌を初めて知った。物珍しさに辺りを見渡すと壁にはサインが数多く乱雑に書かれていたのが城築を別世界の人物と思わせ、少しの寂しさを感じるのも絆されているからこそ。

「あれ?先生じゃん!」
「佐々木。」
「観に来てくれたんだ。よかったじゃん真生!」
「…知って」
「る!俺たちが有名になったら真生だけは女性問題ねぇよなって言ってたとこなんだよなぁ。」
「うるせぇよ。男に好かれる先生の気持ちも考えろって。」
「悪いやつじゃねぇんだよ先生!嫌かもだけど避けるのだけは勘弁してやって。」
「もうそんな話すんなって。先生、こっち。」
「あぁ…。」

俺の性質は言わないと宣言されていたな。…守ってくれているのか。呼ばれるまま着いていくと、楽屋のような個室。荷物が散乱している一画に一つのハードケースは置かれていた。城築の物なのか慣れた手付きで開いた中には黒いテレキャスター。ピックガードは赤く、ストラップは細い革製。黒のカールコードも傍に収納されている。これは俺の好きなギタリストと同じだ。城築を思わず見やると、まるで恋でもしているような目つきでそのギターを眺めていた。好みの音楽が似ていたのだ、おかしい話ではないがまさか城築もファンだったのか?俺が男を好きなんだと自覚した切っ掛けでもあるそのギタリストを。
当時は有名人に憧れているのだと勘違いしていたが実のところ初恋だった。だからといってライブで出待ちなんかはしなかったし熱狂している事を誰にも知られてはいけないのだと思っていたし言わなかった事だ。しかしその忍ぶ恋はギタリストの死によって終わった。それからも気になるのは男性ばかりで自分の趣向を認める事になる。まさかだった。そのギタリストが愛用していたギターと酷似したテレキャスターと機材の数々。まさかギタープレイまでと思うと視線が泳ぐ。

「俺のギター。かっこいいっしょ。」
「あぁ、テレキャスターの方が好きなのか?」
「ん、レスポールはやっぱボーカルって感じ。1本は欲しいけどよ。」
「そうか。」
「あ、そうだ。舞台袖から観てくんない?」
「…いいのか?そんな特等席で。」
「いい。傍にいて欲しいっていうか…。それに…客じゃねぇし先生は。」
「……参ったな。」

真っ直ぐ向けられる、客じゃないの言葉に胸が詰まった。この子は俺を特別視している事がよくわかる一言だ。友人だとしても袖に呼ぶ事はあまりないだろうに。なんというか真っ直ぐに向けてくる好意に応える事ができない立場がもどかしいとも思う。この時点でもう取り返しのつかない所まで来ているのは自覚しているし拙いとも思っているのに突き放せない。屈託ない様子は柵まみれの大人にはなしえない。それがまた眩しい上に尊く感じている。この子の将来を思えば等とまた子供扱いする思考はこの際失礼だ。

「城築は俺みたいな顔のやつが好きなのか?」
「は?ちげぇよ。確かに最初は顔だったけど…あんたとは好みも合うし、楽しいんだよ。最初は真面目な奴かと思ったけどそうじゃねぇところもあるっていうか。」
「そんな事までわかるのか。」
「まぁ…直感で。当たるんだよ、そういうの。」
「特技みたいなものか。」
「そういう所な。ちょっと天然はいってるよな、あんた。」
「気のせいだろ。」
「ギター見せてんのに直感の方に特技って。」
「あぁ…いや、そうだな。」
「否定しきれねぇだろ?直感は特技って誇るもんでもねぇし。ま、お堅そうに見えてそうじゃねぇってのも意外。知ってんの学校では俺くらいじゃね?」
「どうだろうな。」
「…そうじゃねぇと嫌だ。困る。」
「ガキか。」
「そこはガキで結構。」

笑顔を見せる城築に落ちかけている。頭と心は違うとよく聞くフレーズだがまさしくだな。できるだけ悟られないように同じく表情を崩す。馬鹿正直で裏表のないこのデカい男子学生が年の近い、ましてや生徒じゃなければと思わずにはいられない。
アンプの繋がれていないギターを肩にかけた城築は少しだけ弾いて見せてくれた。それにしても出で立ちから俺の好きなギタリストとよく似ている。今は味気ないギターの音がどう変わるのか。楽しみであり恐ろしくもあり。その結果次第ではきっと俺は城築に…。
そこまで考えた所で佐々木に呼ばれる城築は顔を上げた。そのままカールコードを掴んでステージへ向かうらしい。先生と呼ぶ声に引かれ同じ舞台の袖に立つ。邪魔にならないように比較的端に寄るとメンバーが握手する様を眺める。きっとこの4人にしかわからない絆が存在しているのがわかる。ずっと一緒にいるわけでもなくただステージに立つ時だけ団結する独特な何か。見送る瞬間、城築は俺と視線を合わせて頷くのもなんだかむず痒くて笑ってやる事しかできなかった。

そして懸念していた予感は的中する。まるで同じだと。出で立ちもそうだがエフェクターを使わない、言い訳のできないギターの演奏技術、アンプのボリュームもまるで一緒。何よりあのギタリストと同じ手法での演奏に思わず一歩引いた体は幕ギリギリまで誘惑された。訃報を知らされたあの時の願いが叶ったような。
一目会いたかった。その心残りが解放される。有名人に恋をするなんて馬鹿な話しではあるが俺にとって初めてで唯一。もう生で聴くことはできないと思っていた。

俺は瞬きも忘れた。

このバンドの特徴だろう、最初から最後までバラード調の曲なんて1つもなく客を盛り上げたままステージを終えたのだった。舞台からはけてくるメンバーはやり切ったと笑顔でステージを降りる。お疲れと一言声を掛けると、うちの生徒ではない2人もありがとう、先生と言われるのがなんだか嬉しかった。最後に遅れて戻る城築の顔を見る事がなぜかできない。1度呼ばれる声に振り向く事ができず、しかしこのまま帰るのも城築に失礼だ。そうだ、せっかく招待してくれた。特例だったのだろう、舞台袖という特等席まで用意してくれた。意を決して振り向くとそこには城築が立っているのに自分でもどう説明したらいいのかわからない感情が溢れ出す。気付けば頬に生温かいものが流れていた。

「先生?!」
「城築…だよな?」
「どうした?ちょっ…こっち!」

気遣って先ほどと同じように掴まれる手首。ただ違うのは酷く熱い。引かれるまま店裏の人気がない路地裏へ連れ出される。狭い道はきっとライブハウスのスタッフや演者しか立ち寄らない場所なのだとわかるほど薄暗い。俺の両肩に手を置き直して覗き込む城築になんと説明したらいいのか。落ち着くまで待ってくれているのがわかる。大事だとわかるような扱いが伝わってくるのにステージでの初恋の相手と見間違えた罪悪感。眼鏡を外して取り合えず袖で目元を擦る。

「大丈夫かよ…。」
「すまない…急に。」
「…謝んなって…なんで泣いてたんだよ。」
「…城築が、初恋の人に見えたんだ。」
「…まさか、あのギタリストの事かよ。」
「あぁ…。」
「………俺で残念だった?」
「違う。嬉しかったんだ…でも、好きだと言ってくれるお前に申し訳なくて…。」
「……。」
「俺の勝手でお前には関係ない事だと思っている。城築はあの人の音が好きでギターを練習したんだろうから。」
「好きだけど…嫌いになりそう…。」
「…!それはやめてくれ。あの人が残したものだ。嫌いになって欲しくはない。」
「…ムカつく。」
「……。」
「今日、先生の目の前で弾いたのは俺なのによ。」
「……そうだな。城築。」
「……。」
「白状、…する。」

俺の申し出に何の事かわかっていない城築が首を傾げる。肩に置いた手をゆっくり下す先を追い落とす視線に合わせて眼鏡を掛け直すと上手く伝えられるように思考を整理する少しの間。

「……実は、お前のギターを見た瞬間に勘付いた。だから怖かったんだ。」
「……。」
「勘違いしないで欲しい。あの人の死は受け入れている。だから代わりはいない。その上でお前を好きになるのが怖かった。」
「……むずい。」
「そうだな…複雑ではあるが、お前を名代とは思っていない。」
「つまり、あの人とどんな関係だったかはしらねぇけど俺を好きになってくれるってこと…か?」
「まぁ…ん?関係?あぁ、一方的なファンだ。」
「へ?」
「ただ、俺は男が好きなんだと自覚する切っ掛けでもある。」
「…じゃあ、あの人のおかげでもあるって事か。」

先ほどの不満げな表情は形を潜め、確認するようにたどる言葉はよくわからないが。だが自身の趣向を悲観する時期はずいぶん昔に過ぎ去った俺にとっては少し不思議だった。城築の立場に立てば間接的にはそうかも知れないが受け入れているように見える。当時、俺は悩んだものだが城築はむしろ積極的というか後ろめたさも感じない。人にも自分にも正直な人間なのだろう。こうやって知っていく城築は本当に穢れを知らないというか無垢だ。好きな事は好きと、嫌いなことは嫌いとはっきり言える。芯があってきっと男女共に放っては置かないのではないだろうか。そんな有望な男子は俺を好きだと言う。身に余る。

「城築、俺も…お前の事を好きになってもいいか?」
「……!」
「先生失格だな。」
「そんな事…どうでもいいとは言えねぇけど…好きになって欲しい。俺にとって初恋なんだよ、先生が。」
「光栄だな。」

城築の初めてと聞いて少しの優越感を覚える。ステージ上では観客をあんなに盛り上げてかっこいい姿を見せていたのに俺の前ではデカい懐く子供みたいで。でもそれを無下にできない愛嬌もある。何より可愛いと思い始めているのだ。手遅れなんだろうな。

「城築、今日はよく頑張ったな。何か奢らせてくれ。メンバーも一緒に」
「嫌だ。」

回される手は先ほど見たギターを奏でていた大きな手で腰を覆うほどに大きい。まだ暖かい手を意識する頃には懐に閉じ込められていた。遮ったのは言葉だけじゃなく視界もだ。肩口へ乗せる額に当たる骨は太く、重なる下半身に違和感を感じる。

「城築。」
「……ライブ後だし先生のせいだからな。」
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