ばかな男は恋で賢くなるのか?

雪うさこ

文字の大きさ
36 / 83
第四幕

07 大好きな人

しおりを挟む


「到着です」

 駐車場に車を停めた田口に促されて、野原は外に足を踏み出した。

 コンクリート造りの灰色の建物は近代的な設計だ。直線と曲線が絶妙なバランスで配置され、柔らかい印象を受けた。
 
 周囲は緑の木々が覆っている。都会の中で、一瞬、居場所を失念するような感覚。車の往来する音も聞こえない静寂に包まれた空間は、目眩を引き起こしそうだった。

「課長、こちらです」

 田口の声にハッとして彼の後ろをついて行くと、真正面の出入り口から中に入った。

 屋内は日の中でも薄暗い。ぼんやりと橙色だいだいいろのライトが灯る中、目の前にひらけた中庭の光景が印象的だ。

 野原は真っ直ぐにその開かれた大きなガラス窓のところに立ち尽くす。

 天井から床までの嵌め込み窓。隣には出入りできるガラスの扉がある。
 
 中庭は、やはりコンクリート造りの殺伐とした雰囲気が漂ってはいるが、真ん中に植えられている大きなけやきの木が別の質感で存在感を醸し出していた。

 だんだんと緑色がくすんで見えるのは秋が近い証拠だ。

 ぼんやりとそれを眺めていると、後ろで職員となにやら話していた田口の声が耳をついた。

「そう言うな。今日は課長も一緒だ」

 どうやら自分の話をしているようだ。もう少し見ていたかったけど……名残惜しい。

 そんな気持ちのまま、振り返り田口のところへ向かうと、見たこともない長身の職員が頭を下げた。

「失礼いたしました」

 なぜ彼が野原に謝罪するのかわからない。しかし田口に一々確認するようなことでもない。
 案外どうでもいいことは気にしないのだ。

「いや、気にしない」

 野原の返答に謝罪した職員だけでなく、田口も目を瞬かせていた。
 こんなことは日常茶飯だ。野原の言葉に「キョトン」とする人間は多いのだ。だから気にしない。考えてもわからないことだからだ。

 それよりも、この建物に興味が湧いた。キョロキョロと辺りを見渡していると、見知った顔の男が嬉しそうに駆けて来た。

 星音堂長兼課長の水野谷みずのやだ。丸眼鏡の細身の男。下っ腹が少し出ている様子を見ると、中年であるということは一目瞭然だ。

 彼を認めると野原は深々と頭を下げた。

「野原じゃない。どうしたの? 珍しいね」

「水野谷課長、お久しぶりです」

 ——嬉しい。

 自然に笑みが洩れた。隣にいた田口は不審そうな視線を向けてくるけど、お構いなしだ。
 
 だって嬉しいのだ。
 そう、水野谷は野原の尊敬すべき上司である。目指すべき人なのだから。

 なにも感じない野原が「目指すべき人」なんて可笑しな話なのかもしれないが、彼にだって誰かに憧れる気持ちは持ち合わせていた。

 水野谷とは入庁して二番目の部署で知り合った。当時係長であった彼には、いろいろなことを教えてもらった。
 野原の公務員人生の基礎は彼から学んだといっても過言ではない。

「文化課長だとは聞いていたけど、なんだか顔を合わせるのは何年ぶりだろう?」

「いつぶりなのでしょうか? 見当も着きません」

 野原の答えに水野谷は考え込む仕草をしていた。

「本日は予算取りにあげる都合上、修繕現場を確認したいと思いまして」

「もちろん! 相変わらず真面目だね。自分の目で見ないと、なんて。あの頃と全く変わっていないね。野原は。えっと——星野、案内して」

 水野谷の指示に、めんどくさいという顔をして立ち上がった男は、保住よりも見てくれのひどい男だった。無精ひげによれよれのワイシャツ。保住の寝ぐせどころではない。

 窓際に座って、パソコンを適当に叩いていた無精髭の男——星野は「ちっ」と舌打ちをしながらこちらを見つめる。

「課長! 勘弁してくださいよ。おれも忙しいんですから」

「そんなこと言って、もう終わっているんだろ?」

 水野谷は苦笑する。彼が無碍にもしない態度を取るということは、能力のあるできる職員なのだろう。
 水野谷は複数名いる職員の中で彼を指名したのだ。野原は彼を認めると決める。

 いくら見た目がひどくても、水野谷が信頼する職員に対する敬意は忘れない。野原は深々と頭を下げた。

「突然で申し訳ない。よろしくお願いします」

 上司の野原に続いて慌てて田口も頭を下げた。


 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

幼馴染みとアオハル恋事情

有村千代
BL
日比谷千佳、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった…。 「他に気になる人ができたから」と、せっかくできた彼女に一週間でフられてしまった千佳。その恋敵が幼馴染み・瀬川明だと聞き、千佳は告白現場を目撃することに。 明はあっさりと告白を断るも、どうやら想い人がいるらしい。相手が誰なのか無性に気になって詰め寄れば、「お前が好きだって言ったらどうする?」と返されて!? 思わずどぎまぎする千佳だったが、冗談だと明かされた途端にショックを受けてしまう。しかし気づいてしまった――明のことが好きなのだと。そして、すでに失恋しているのだと…。 アオハル、そして「性」春!? 両片思いの幼馴染みが織りなす、じれじれ甘々王道ラブ! 【一途なクールモテ男×天真爛漫な平凡男子(幼馴染み/高校生)】 ※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています ※全70回程度(本編9話+番外編2話)、毎日更新予定 ※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】 ※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】 ※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】 □ショートストーリー https://privatter.net/p/9716586 □イラスト&漫画 https://poipiku.com/401008/">https://poipiku.com/401008/ ⇒いずれも不定期に更新していきます

【R18+BL】空に月が輝く時

hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。 そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。 告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。 ★BL小説&R18です。

必要だって言われたい

ちゃがし
BL
<42歳絆され子持ちコピーライター×30歳モテる一途な恋の初心者営業マン> 樽前アタル42歳、子持ち、独身、広告代理店勤務のコピーライター、通称タルさん。 そんなしがない中年オヤジの俺にも、気にかけてくれる誰かというのはいるもので。 ひとまわり年下の後輩営業マン麝香要は、見た目がよく、仕事が出来、モテ盛りなのに、この5年間ずっと、俺のようなおっさんに毎年バレンタインチョコを渡してくれる。 それがこの5年間、ずっと俺の心の支えになっていた。 5年間変わらずに待ち続けてくれたから、今度は俺が少しずつその気持ちに答えていきたいと思う。 樽前 アタル(たるまえ あたる)42歳 広告代理店のコピーライター、通称タルさん。 妻を亡くしてからの10年間、高校生の一人息子、凛太郎とふたりで暮らしてきた。 息子が成人するまでは一番近くで見守りたいと願っているため、社内外の交流はほとんど断っている。 5年間、バレンタインの日にだけアプローチしてくる一回り年下の後輩営業マンが可愛いけれど、今はまだ息子が優先。 春からは息子が大学生となり、家を出ていく予定だ。 だからそれまでは、もうしばらく待っていてほしい。 麝香 要(じゃこう かなめ)30歳 広告代理店の営業マン。 見た目が良く仕事も出来るため、年齢=モテ期みたいな人生を送ってきた。 来るもの拒まず去る者追わずのスタンスなので経験人数は多いけれど、 タルさんに出会うまで、自分から人を好きになったことも、本気の恋もしたことがない。 そんな要が入社以来、ずっと片思いをしているタルさん。 1年間溜めに溜めた勇気を振り絞って、毎年バレンタインの日にだけアプローチをする。 この5年間、毎年食事に誘ってはみるけれど、シングルファザーのタルさんの第一優先は息子の凛太郎で、 要の誘いには1度も乗ってくれたことがない。 今年もダメもとで誘ってみると、なんと返事はOK。 舞い上がってしまってそれ以来、ポーカーフェイスが保てない。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

恋を諦めたヤンキーがきっかけの男と再会する話

てぃきん南蛮
BL
荒垣は校内で最も悪名高い不良生徒だ。 しかし、ある日突然現れた優等生・寺崎に喧嘩を挑んで返り討ちにされてしまう。 寺崎にリベンジすると決心した荒垣だったが、何故か次第に恋心を抱いてしまい── 8年後。 社会人となった荒垣は偶然行き倒れていた美形を拾ってしまう。 その人物は、かつて恋心を抱いた寺崎本人だった。 冷淡な優等生×バカなヤンキー からの 過労気味国家公務員×家庭系土木作業員

悠遠の誓い

angel
BL
幼馴染の正太朗と海瑠(かいる)は高校1年生。 超絶ハーフイケメンの海瑠は初めて出会った幼稚園の頃からずっと平凡な正太朗のことを愛し続けている。 ほのぼの日常から運命に巻き込まれていく二人のラブラブで時にシリアスな日々をお楽しみください。 前作「転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった」を先に読んでいただいたほうがわかりやすいかもしれません。(読まなくても問題なく読んでいただけると思います)

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...