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第一幕
05 一緒にいたい
しおりを挟む彼に見入ってしまっていたことを気づかれまいと、槇は慌てて誤魔化し笑いをした。
「おれ、眠くなっちゃって」
「そう」
時計の針は9時を指すところだ。
「寝るの」
「そうだな。明日も学校だしさ」
野原は頷いてから本を閉じた。そしてそこで初めて気がついたとばかりに目を瞬かせた。
「実篤、どこで寝るの」
「あ、そうだよな。布団か。布団……」
槇の問いに彼は首を横に振った。
お客様用布団なんて、どこにあるかわからないという顔だ。
「じゃあ、いいや。おれもここで寝よ~」
槇はあっけらかんと言い放って、さっさと野原のベッドに飛び乗った。
「……」
「あれ? 反応なし? いやなのか」
「別に。狭くないならいいけど」
「いいじゃん。どうせ。夜はそんなに寒くない」
槇がぴょんぴょんとベッドの上で跳ねているのを見てから、軽くため息を吐いて、野原はベッドに入り込んだ。大人になっても使えるようにと、大人サイズのベッドが置いてあってラッキーだ。
二人は毛布にくるまって落ち着く。
「なあ、お前、何の本読んでんの?」
「いろいろ」
「いろいろって」
「なんでも好き。作ったお話も、本当の話も」
「作った話で好きなのってなに?」
「神話の話とか好き」
「シンワ? シンワって何だよ」
槇の問いに、枕に収まっていた野原は視線を上げた。
「神の話って書いて神話。知らないの」
「そ、そんなのみんな知らないし」
無知を指摘され、槇は顔を赤くする。
二人は月明かりで明るい天井を見上げていた。
「日本の神話、ギリシアの神話、北欧の神話。伝説や昔話みたいなもの」
「そ、そんなにあるんだ」
いつもは寡黙な野原なのに、彼は槇に日本書紀の天地開闢の話を聞かせた。
混沌の世界に舞い降りた神たちが日本を作り上げていく話。それからたくさんの神様が生まれてきたこと。
そして神さまたちが様々な物語を織りなす様。それらを彼なりの言葉で語ったのだ。
槇は今まで生きてきて、そんな話を聞いたこともない。その話に夢中になっている自分に気がつかずに聞き入っていた。
特に興味を引いたのは「伊邪那岐」と「伊邪那美」の話し。
「え~! ウジってなに?」
「ウジはハエの子ども。動物の死体とかにわく虫で……」
「気持ち悪いじゃん……」
「それに体に雷神がたくさんついていて……だから、伊邪那岐は逃げた」
「で、でもさ。その神さまのこと、好きだったんだろう? 迎えに行ったくせに、逃げるんだ」
槙は野原の語る言葉に本気だ。
「実篤は逃げない? 大事な人がどんな姿になっても逃げないでいられるの?」
「お前はどうなんだよ」
「おれは」
野原は眠くなった目をこすりながら小さい声で答えた。
「関係ない。どんな姿だって、その人がその人なら、関係ない」
「ウジ虫、気持ち悪くないのかよ」
「虫は虫。実篤は、虫嫌い?」
「き、嫌いじゃねーし」
「じゃあ、いいじゃない」
うようよと白い虫が蠢いている人間(と言っても神様)を以前のように大事に思えるのだろうか。槙はそんな想像をして、身震いした。
「でもさ、雪……あれ?」
そしてふと、いつしか彼のその声が聞こえないことに気がついて隣に視線をやると、野原はいつの間にか眠りに就いていた。
「どっちかっていうと、実篤は須佐男みたい……」
「なんだよ。それ」
寝言みたいに呟くその言葉は夢現。すっかり寝入ってしまった彼を見つめて、本の話をさせたらこんなに話すのかと驚いた。
いつもは自分を拒否するように、距離を取ってくるくせに。
槇はふと野原は頭を撫でてみる。
――こうして一緒に過ごすことができたらいいのに。
その意味が子どもの槇にはよくわからない。だけど事実は、そう。
野原と一緒にこうしていられたらいいのに。なんだか少し心の奥が熱くなるけど、当時の槇には、その意味がよくわからなかったのだ。
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