ばかな男は恋で賢くなるのか?

雪うさこ

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第六幕

08 お弁当

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 昼のチャイムが鳴った。槇と会わなくなって一週間以上が経った。こんなに長く顔を見ることもないのは初めてで、どうしたらいいのかわからなかった。

 ——伝えなくてはいけない。自分の気持ち。

 だが、心に浮かぶ言葉はどれも曖昧で、一体なにを伝えたらいいのかわからないままだったのだ。

「課長」

 明るい篠崎の声に顔を上げると、彼女はお弁当を手にしていた。

「ちゃんとお約束のお弁当、作ってきましたよ。ここではなんですから、ラウンジに行きませんか?」

 笑顔の篠崎に誘われるようにラウンジに足を運んだ。

 彼女はなにか下心があるのかもしれないが、野原からしたらそのままとしか捉えてはいない。
 篠崎という人間が、野原にお弁当を作ってきたという、たったそれだけだのことなのだ。

「篠崎さんはお母さん」

 お弁当を目の前にして、野原はそう感想を述べる。

「課長のお母さまじゃありませんよ。もっと女心を理解しないと。本当にお嫁さんなんてきてくれませんからね」

「お嫁さん……」

 ——実篤さねあつがお嫁さん? ……似合わない。

 というか。なぜそこで槇が頭に浮かんだのか。野原は首を傾げた。

「ささ、食べましょうよ」

「いただきます」

 手を合わせてからお弁当の中を眺める。焼き鮭、卵焼き、ミニトマト、カボチャのサラダ……。白ごまのふられた白いご飯はつやつやとしていた。

「いつもなにを食べていらっしゃるんですか? お菓子ばかりではいけませんよ。そう若くはないんですから。そろそろご自分の健康のことを気にかけていかないと……」

 篠崎はお説教のようにつらつらと話す。しかし、ふと言葉を切った。

「——課長?」

「え?」

 顔を上げると、篠崎は心配そうな表情をしていた。

「あの、大丈夫ですか」

 ——なにが?

 野原は目を瞬かせて篠崎を見つめると、彼女はそっと手を伸ばし、それから手に持ったハンカチで野原の頬に触れた。

 はったとして視線を下ろす。

「あの、美味しくないですか? すみません。そんな泣いちゃうくらいまずいなんて……」

「まずくない……え?」

 お弁当と箸を置いてから、目元を拭う。

 ——あ、涙……?

 槇と喧嘩別れした夜みたい。自分でも気が付かないのに涙が零れてくる。

「あの、課長」

「ごめん。篠崎さん。美味しくないんじゃない。——どうしてだろう? なんだか」

 篠崎の卵焼きは甘くて心にじんときた。それよりなにより。なぜか、あの槇が作った焦げた料理を思い出したのだ。

 ——実篤はどうしている? ちゃんと話しなくちゃいけない。実篤と。

 急に彼が恋しくなったのだろうか。不可思議な感覚に、胸がぎゅーっと締め付けられて辛い。息が詰まりそうになった。

 ——実篤に会わなくちゃ。

せつっ!」

 幻聴かと思うくらいのタイミングで槇の声が耳を突いた。はっとして顔を上げると、彼は険しい表情で隣に立っていた。

「……実篤……?」

「お前、——ちょっと、来いよっ!」

「な、仕事中……」

「仕事中って……っ」

 彼は野原の目の前に座っている篠崎をきっとにらみつける。彼女は一瞬、驚いた表情をしていた。野原は咄嗟に思った。

 ——彼女を巻き込んではいけない。

「実篤。離して」

「お前……っ。ちょっと来いよ」

 槇は怒りを押し殺すように低い声色を吐いた。

 ——なにを怒る? なんで? 怒りたいのはこっち。

 野原はそう思うが、彼は構う事なくつかんでいた手に力を入れて野原を引っ張った。

「来いよ」

 人の多い場所で騒動を起こすのは不適切と判断する。それから、篠崎に謝罪した。

「篠崎さん、ごめん」

「課長!?」

 強引に引き寄せられてラウンジから出る。心配そうな篠崎の顔が見えたが、それに構っている暇もない。
 野原は槇に手を引かれて廊下に連れ出された。




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