もふもふ猫は歌姫の夢を見る

雪うさこ

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第1章 お誕生日と王様

第3話 謎の黒マント現る?問題

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 風馬に腕を引かれたまま、一階に駆け降りて、避難所を目指した。一階には誰も残っていなかった。どこからか、逃げ遅れた生徒の悲鳴が聞こえる。

「助けないと——」

「駄目だ! まずは自分たちの身の安全を確保するほうが先決だ」

 風馬は廊下の突き当りにたどり着くと、斜めに据えつけられている鋼鉄製の扉に手をかけた。しかし——。それはびくともしなかった。

「くそ! 鍵がかかっている!」

「開けてください! まだおれたち、ここにいます!」

 おれは必死で鋼鉄の扉を叩く。どんどんと鈍い音が響くばかりで、中から応答はない。

「ここに入ってしまったら、地上の声なんて聞こえるわけがない」

 校庭にいる生徒たちが逃げ惑う姿が見える。先生の姿も見えた。先生たちは、逃げ遅れた生徒たちを避難させようとしている。

 しかし、避難所はこうして閉ざされてしまっている。おれたちは、一体どこに逃げればいいと言うのだ。

 肩で大きく息をする。命の危機に直面した者は、みんなこんな反応を示すのだろうか。風馬の目は見開き、その顔色は血の気がない。冷や汗ばかりが出るのに、喉は乾いていて、自分の呼吸の音だけが妙に大きく聞こえてきた。

 絶望的だった。このままここにいても、黒鳥たちは間違いなく校舎内にまで侵入してくるだろう。

(おれのせいだ——)

「ご、ごめん。おれを助けにきてくれたから。風馬は……風馬は逃げ遅れて……」

「ばか! こんなところでそんなこと言ったって仕方がないだろう? 今はなんとか生き延びることを考えないと。校庭から町の様子を見た。町も鳥たちに襲われていた。ともかく隠れるしかない。捕まったら終わりだ」

 校舎内に響くのはガラスが割れる音。黒鳥たちが、中に侵入しようと試みているのだ。

「校舎の中に入ってこられたら、すぐに見つかる。裏の林に逃げ込めれば、なんとか身を隠せそうだ」

 おれは小さく頷くと、再び風馬の手を握った。彼は周囲を用心深く伺いながら、身を低くして歩く。

 やっとの思いでたどり着いた非常出入口には、どうやらまだ黒鳥の姿は見えなかった。

 少々胸をなでおろしながら、そっと扉を押し開く。風馬はそこから外の様子を伺うと、振り返ってから、人差し指をちょんちょんと振った。

 そこから外にからだを滑り込ませる。ふと視界に入ってきたのは、山間にある町が炎で焼かれている光景だった。

 小高い場所にある学校からは、町の様子がよく見える。あちこちから火の手が上がり、黒い煙があちらこちらから立ち昇っていた。

 逃げ惑う住民たちを黒鳥が愉快そうに突いて回る。町の象徴でもある大聖堂は、黒鳥たちの襲撃を受け、塔が崩れる寸前だった。

(なんてことだ——)

 今朝。目が覚めた時。こんなことが起きるなんて、想像もできなかった。いつも通りに目が覚めて、「寝ぐせ、酷いですね」と雄聖に笑われた。

 階下に降りていくと、すでに朝食を終えて、仕事の書類を読んでいたじいさんに「明日は誕生日。今日一日をしっかりと過ごすように」と、言いつけられた。

 いつもと変わりのない一日になるはずだったのだ。それなのに——。

 悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 町中から響く悲鳴に、思わず耳を塞ぎたくなった。 

 これでは、まるで悪夢だった。今日見た夢の続きではないか——?

 おれたちが、いったいなにをしたと言うのだろうか。

 じいさんと雄聖は無事だろうか。雄聖のいる屋敷は、町から離れている。けれど、じいさんはあの大聖堂の近くの庁舎にいるのだ。心配だった。

「凛空。林に向かって走るぞ」

 町の様子に気を取られていると、風馬はおれの腕を握った。その瞬間。目の前に黒鳥が舞い降りてきた。

(しまった……! 見つかった!)

『イタゾ カギシッポ』

 黒鳥は目玉を左右非対称的にぎょろぎょろと動かして言った。

『イタゾ イタゾ ホウコクシロ カギシッポ ミツケタ』

(鍵しっぽって。この鳥たちが探しているのは、おれなの!?)

 二羽、三羽と黒鳥たちが舞い降りてきて、おれたちは、あっという間に囲まれた。

『タベチャ ダメナノ?』
『ダメダメ』

 黒鳥たちは仲間たちで揉めていた。

『コノ ネコ ウマソウダ ナ』

『クロネコ イガイハ タベテモ イイッテ』

『クロネコ イガイハ ネ』

 一羽の黒鳥がくちばしで風馬の頭を小突いた。こうも大きな黒鳥に取り囲まれてしまうと、おれたちは無力だった。

「クソ! やめろ!」

 風馬は、近くにあった枝を手に持つと、ブンブンと振りまわす。しかしそれは、まったく意味もない行為に過ぎない。黒鳥の中の一羽が、その枝を咥えると、風馬ごと放り出したのだ。

「風馬!」

 彼は少し離れたところに落下し、倒れ込んだまま動かなくなってしまった。

(怖い。怖いけれど。このままじゃ風馬が——)

「お、おい!」

 おれは黒鳥たちに呼びかけた。

「おれに用事があるんだろう? だ、だったら、おれ、おれだけ……おれだけ連れていけ! 風馬には手を出すなよ!」

 なにを言っているか、自分でもわからなくなった。なにせ耳元に心臓があるみたいに、どきどきして、自分の言葉が聞こえないのだ。そんな調子だから、黒鳥たちの声だってよく聞こえなかった。

『——……ダ。イイダロウ。オマエ ヲ ツレテ イク』

 集団の中の一羽がそう言ったかと思うと、おれの首根っこを咥えた。

「ひいい」

 おれのからだは空中に振り上げられ、そのまま黒鳥の背中に落下した。

 悲鳴を上げる間もない。おれを乗せた黒鳥は、あっという間に空に舞い上がった。

『ツカマレ。フリオトサレル ゾ』

「ひ、ひいい!」

 おれは必死に背中の羽根にしがみつく。

「凛空! 凛空ぅ!」

 地上から風馬の声が聞えるが、それもあっという間に小さくなる。おれを乗せた黒鳥が一鳴きしたのを合図に、学校を襲っていた黒鳥たちが、一斉に上空に舞い上がった。

(よかった。これで風馬やみんなは無事に逃げられる)

 安心したのも束の間。黒鳥が上空から見せつける町の惨状に息を飲んだ。学校の校庭から見るよりも、町の様子がより鮮明に見えた。

 典礼祭の準備で活気付いていたはずの町。家家は崩れ、あちこちに人が倒れていた。親を失った子が泣き叫んでいる様子が見えた。

 これは、まるで戦争だ。夢じゃない。これは戦争なんだ!

 おれを乗せた黒鳥の鳴き声を合図に、町を襲っていた黒鳥たちも、町の人々を追いかけることをやめて、舞い上がった。

 おれを乗せた黒鳥は、大聖堂があった場所の上空を旋回したかと思うと、ゆっくりと崩れ落ちた瓦礫の上に舞い降りた。

『カギシッポ クロネコ ミツケタ ミツケタ』

 そこには、男が一人立っていた。まるで、その男を避けるかのように瓦礫の山がうず高く積みあがっている。

 黒鳥たちは、次々に瓦礫の上に舞い降りてから、男にこうべを垂れた。

「おお。見つけたか。面倒を掛けさせおって」

 おれを乗せてきた黒鳥が首を下げる。「降りろ」と言うことだ。

 黒鳥の背からするりと降りると、黒鳥に嘴で背中を押されて、男の前に突き出された。ばくばくと拍動する心臓を抑えることも叶わず、おれは目の前の男を凝視した。

 ぞっとするほどの闇——。そうだ。頭のてっぺんから、つま先まで真っ黒な男だった。黒い外套を目深にかぶり、顔を確認することはできなかった。外套の中まで闇でできあがっているのではないかと思うほどだった。

 男の視線がどこを見ているのかもわからない。しかし、彼はおれを値踏みするかのようにつま先から頭のてっぺんまで眺めるような仕草を見せる。

「鍵しっぽの黒猫か——。木を隠すなら森へ。まったくもって、単純な思考だ。だからこそ半信半疑だったのだが。やりおるな。リガード」

 男の声は静かだった。この騒動の渦中にいる人物の声とは思えないくらい、冷たく、そしてひっそりとしていた。

「人違いじゃない……の? なんで、——なんで、おれのことを探しているんだ」

 町中を焼く炎の光が揺らぎ、フードの合間から、白い仮面が見えた。そこから覗く瞳は、白縹しろはなだ色。ぞっとするほど冷たく、まるで氷みたいに見えた。
「お前には質問する権利はない」

「な、なんだよ。人違いかも知れないだろう? 鍵しっぽの黒猫なんて、世の中にたくさんいるはずだよ。おれのことなんて一つも知らないくせに」

「知っている。お前はリガードに育てられた。奴が現役を退き、人生の残り少ない時間をお前に費やしてきた。それだけでお前の価値が十分わかる。お前は双方にとって、大事な切り札なのだからな」

「な、なにを言って……」

 男の手が伸びてくる。手袋と外套の合間から見える腕は炎の光を浴びて、きらきらと輝いて見えた。

 頭の中は「逃げたい」と思っているはずなのに、まるで糸で縫いつけられてしまったように、そこから一歩も動くことができなかった。

 その冷たい手の感触を想像し、体を硬くして身構える。しかし男の手がおれに触れることはなかった。

 突如、男の姿がおれの視界から消えたのだ。

(え? なに?)

 はったとして目を瞬かせると、男はおれから離れたところに立っているのが見えた。一体、なにが起こったというのだろうか。男が退いたのではない。

 ふと肩にかかる温もりに頭を上げると、そこにはじいさんがいた。じいさんは、おれを抱きかかえるようにして、そこに立っていた。

 白銀の髪を後ろに一つに束ね、白い装束を纏っているじいさんの顔色は蒼白だった。血の気もない。橙色の炎に照らされて、じいさんはまるで、死人みたいに見えた。

「じいさん……!」

 おれはそこで初めて、じいさんがおれを抱えて、助けてくれたことに気がついた。これは移動魔法。じいさんは、そう。魔法使いなのだ。



 




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