もふもふ猫は歌姫の夢を見る

雪うさこ

文字の大きさ
43 / 57
第5章 戦禍と平和

第42話 新しい軍事大臣誕生?問題

しおりを挟む


「牛族、象族が合流し、連合軍の数は膨れ上がっております。明日の早朝にはあらかた出揃うことでしょう」

 そこでスティールが口を挟んだ。

「おれたちの仲間が自分たちの種族に戻り、この戦いに参戦しないように説き伏せている最中だ。先ほど届いた仲間からの伝令によると、その半数がこの戦いを見送るという決断をしてくれているそうだ」

「数ではない。種類だ。小型動物と大型動物では訳が違うのだ。特に今回の戦いの鍵を握るのは比較的凶悪な性質を兼ね備えている肉食の獣人の動向だ。日頃より我々に友好的な種族は、すでに援助を申し出てくれているが、それについても表立って兵力を送り込んでくれるところはいない。あくまでも後方支援だそうだ。王都に住まう避難者の受け入れ、物資の供給——その程度で終わりだろう」

 ピスの説明に一同は黙り込んだ。この戦いは避けられないのかもしれない。人間と獣人との確執は、長い時を経て根深く刻み込まれているのだ。

 その場の空気が重くなった時。ふとサブライムが身を乗り出して言った。

「王宮と革命組、それからすべての者たちが手を組まなければ乗り切れない非常事態だ」

「歌姫の覚醒は?」

 ピスの問いにサブライムは首を横に振った。ピスは残念そうにおれを見た。なんだか申し訳なくて耳が垂れる。サブライムはおれを励ますように笑みを見せた。

「いや。それはそれでよかったのかもしれない。おれは思うのだ。歌姫の力にばかり頼ってはいけない。これは神が我々に与えた試練でもある。我々は平和に慣れ、そして自分たちの利益ばかりを追ってきた。カースという絶対悪を得た今、我々は一致団結してそれに立ち向かわなければならないということだ」

(絶対悪……)

 なんだか胸がちくりと痛んだ。これはおれの気持ちではないと思う。きっとおれの中の音が心を痛めているのだ。

「凛空?」

 サブライムがおれの名を呼んだ。はったとして意識を内から外に戻す。そこにいるみんながおれを見ていた。

「あ、あの」

「大丈夫か?」

「うん……」

 おれの中で少しずつ明瞭になっていく歌姫の記憶は、知れば知るほど、辛い気持ちになる。おれはカースを憎み切れない自分がいることに戸惑いしかない。

 サブライムやエピタフをあんなに傷つけた男だというのに。心から嫌いになれないのは、おれの中に歌姫の魂が宿っているからに違いないのだ。そう思いたいはずなのに、なんとなくそれもまた、違っているような気がして、混乱しているのだった——。

 サブライムが心配そうに見ていた。おれは気を取り直して、首を横に振った。

「大丈夫だよ。大丈夫」

「疲れているのだろう。休みたいだろうが正念場だ。ここからは、片時もおれから離れてはいけないぞ」

 彼は大きな手でおれの頭を撫でてくれた。隣にいたピスは眼鏡を押し上げて難しい顔をしている。

「しかし戦闘となれば、凛空を連れ歩くのは得策ではありませんぞ」

「凛空を守り切るのがおれの役目」

「いいえ。前線に出すなど、カースの思惑通りになりますぞ。凛空は王宮の奥にかくまいましょう。王は凛空と一緒に……」

 しかし、ピスの声はサブライムの声で遮られた。

「そこまで言うなら、お前が凛空を護衛しろ」

「また前線に出るおつもりですか?」

 ピスの不本意そうな声にサブライムは「そうだ」と平然と答えた。

「凛空。ピスが護衛につくなら安心だ。大丈夫だ。すぐに終わらせる。お前は奥で待っていろ」

 不満気なピスを抑え込んでサブライムは会議を進めていった。

「カースを封印するためには、歌姫の力が必要だと言われているがね。私も王の意見に賛成だ。そんな迷信染みたものに頼る必要はないよ」

 博士が言った。

「私には、古の技術があるのだ。魔法を凌駕するような素晴らしき技術だ。これらの力を活用すれば、非効率的な方法をとる必要もない。誰も犠牲になる必要なんてないのだ」

「なにを言う。古の技術は禁忌だ。それらを駆使したことで、人類は神の粛清を受けたのではないか」

「今は緊急事態だ。そんなことを言っていたのでは全滅するぞ。カースは獣人の世を作ると言っているが、怪しいものだ。カースは、この地上の全てを憎んでいるかもしれないのだぞ?」

「カースは全てを無に帰することを目的としているというのか?」

 ピスと博士の論争は続く。他のメンバーたちはそれを静観していた。

「カースという存在は怨念だ。この千年もの間、一つのことに固執し、そのためだけに存在をつないできた奴だ。我々の常識では計り知れぬなにかがあるに違いない」

 千年前に叶わなかった思いが、カースを突き動かしている。もし音と出会えたのなら、彼は破滅への道を諦めてくれるのだろうか。

(いや、そんな生半可なものではない)

 断片的に見ている映像の中。カースのこの世界へ向けられた憎悪は、歌姫の存在など霞んでしまうほどに増幅しているのではないかと感じていた。

(彼は、歌姫の存在すら憎んでいるのかも知れない)

 二人の言い合いは延々と続くかと思われたが、途中でスティールが間に入った。

「しかし残された時間はそう多くはない。カースの目的はともかく。こうしている間にも、刻一刻とカースは獣人を巻き込み、戦力を増やしながら王宮に乗り込んでくる。あいつの狙いは凛空だ。歌姫を手に入れる。そして王であるお前を狙ってくるぞ」

 サブライムは「わかっている」と言った。

「おれたちの仲間は信頼できる。だがしかし、最悪の事態も想定しなければならないということだ」

 それは革命組の組員たちが同族を説き伏せることができなかったら——ということだ。

「おれたちの仲間が失敗すれば、進行は止まらない。できるだけカースに賛同する種族を減らすことで、被害を最小限にする必要がある」

 スティールの説明にサブライムが続けた。

「王都の民に避難を促しているが、思っているよりも事は早急に動いている。急がせろ。明日の日の出までには完了させるのだ。残されている軍は不眠不休で準備を整えろ。その指揮を執るのはお前だ。スティール」

 スティールは「え!」と驚きの声を上げた。ピスは眼鏡を押し上げて言った。

「モデスティは王宮への反逆罪で大臣職を罷免とした。スティール。今この時から、軍事大臣はお前だ」

 スティールは顔色を青くしながらも、「わかりました。謹んで拝命いたします」と頭を下げた。
 サブライムは「話は決まりだ」とばかりに手を打ち鳴らした。

「革命組はそのまま軍事大臣直轄部隊へと移行する」

「サブライム。お前……」

「スティール。いつまでも意地を張るな。お前がいなくなって寂しかったのはおれだけではない。エピタフだってずっとそう思ってきた。あいつは素直じゃないからな」

「しかし、おれの仲間には獣人も多いのだ。確かに今回は協定を結ぶが、軍に組み込むとなると……」

 そこで口を開いたのは司法大臣のグレイヴだった。彼は相変わらず外套に全身が覆われていて、その姿形を見ることができない。

「先日の協議で、我々は王宮務めの条件から『種族の規制』を撤廃した。わかるだろう? その意味が」

 スティールは「信じられない」という表情でサブライムを見つめていた。これは王宮にとって、とても重要で意味のある決定だった。

 サブライムは静かな声で言った。

「皆がおれの提案に賛同してくれたのだ。おれは種族ですみわけはしない。能力があれば、誰にでも開かれた王宮にしていきたいのだ」

 遥か昔。カースや音がいた頃、王宮には獣人もいた。あれから千年もの間。排除されてきた獣人たちが王宮務めができる。これは物凄いことだと思った。

「我々は真の意味での共存を目指す。それがおれの政治的姿勢だ」

 その時のサブライムの横顔は誇らしく見えた。おれが不在だった間、王宮で一体なにがあったのだろうか。おれにはわからない。

 けれども、これは明らかにサブライムがこの国の王として認められているということが理解できた瞬間でもあった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜

中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」 仕事終わりの静かな執務室。 差し入れの食事と、ポーションの瓶。 信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、 ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...